第2話 アンドロイド
昼になり天高く昇った太陽に顔を向け、ジェットは悩んでいた。
自分のすぐ後ろで、真剣な顔でテレビの通販番組を食い入るように見ているこの少女をどうすれば良いのかと。
一般公開よりも先に会話もしてしまい、勝手に修理もしてしまった状態で、何か責任を取らされるのではという不安がこみ上げていた。
しかし、だからと言って返さないわけにもいかず、悩みながらただただ空を見上げていた。
「ジェットー!『センタクキ』って何ー!?」
初めて見る物にワクワクした表情で少女が聞く。
「あぁ……それはだな……」
ジェットは疲れた様子で答えるが、少女のキラキラした目を見ると真剣に考えている自分がバカらしくなった。
「とりあえず、飯食うか」
そう言うと、少女を連れて町へと出ていく。
青空の下、町の中を歩くジェットと少女。
ジェットは前を歩く少女の姿を後ろから見ていた。
少女は普通の人間と全く見分けがつかない。本当は機械ではないのでは、と改めて疑ってしまう程違和感の無い動きだった。
「ジェット。これからどこに行くの?」
ワクワクした少女が聞く。
「昼飯食いに行くんだよ。お前は機械だから食べる必要は無いけど、家に一人残すわけにもいかねえしな。まあ、せっかくだからついでに町の案内もしてやるよ」
学習機能が備わっているからだろうか、知らないことに対して目を輝かせる少女にジェットが町を案内しながら進む。
「この町はリーフタウンっていって、オレが生まれ育った町だ。田舎だけどのどかでいいところだぜ。オレは数年前から修理屋を開いて生活してるんだ」
ジェットが説明しながらのんびりと歩く中、時折目の前をチョウチョがひらひらと飛び、少女が手を広げて追いかけた。
10分程歩くと、小さなレストランに着いた。
「昨日晩飯食わなかったから、ちょっと贅沢して今日はハンバーグを食おう」
テーブルに広げたメニューを眺めるジェット。
少女は初めて見るものばかり並ぶメニューを楽しそうに眺めている。
「やっぱりLMCに返すしかねえよな……」
出されたハンバーグを口にかき込みつつ、そうつぶやくジェット。
「どうしたの?」
メニューから顔を上げ、少女がジェットに尋ねる。
「お前をLMCに返さないといけないなと思って」
ジェットは一瞬でハンバーグを平らげ、水を飲み干した。
「どういうこと?」
少女の顔が少し不安そうになる。
「お前は本当はLMCっていう場所にいなくちゃいけないんだ。だから、LMCに連絡してお前を返さないといけないんだ」
ジェットは真剣な表情で言った。
「ジェットはどうなるの?」
少女は自分の胸に両手を当て、不安そうな声で尋ねた。
「オレは一緒には行けない。LMCとは関係無いから、オレは一緒には行けないんだ」
少し小さくなった声でジェットは答えると、少女はとても悲しそうな表情になりうつむいた。
ジェットはその顔を見て自分も少し悲しい気持ちになったが、少し間をあけると笑みを浮かべて口を開いた。
「まあ、そんな顔すんなって。オレもいずれLMCに行くからよ」
「えっ!?」
少女が顔を上げた。
「オレの夢はLMCで働くことなんだ。今は修理屋として働いてるけど、もっと技術を高めていずれはLMCで働くんだ。だから、少し離れ離れになるけど、きっとオレも同じ場所に行く。そしたら会えるさ」
ジェットがにっこり笑って言うと、少女の表情も明るくなった。
本当は少女は説明の内容をあまり理解できなかったが、ジェットが笑ってくれると不安が無くなっていた。
レジで会計を済ませると、店員がジェットに声をかける。
「ジェット君、町の外れにLMCの大きなヘリコプターが止まってるって、他のお客さんから聞いたんだけど、もう見たかい?」
ジェットは驚いた。
「えっ?LMCの……ですか?この町に来てるんだ!」
「うん。こんな田舎町まで何のために来てるのか知らないけど、ジェット君なら興味あるだろうと思って、伝えようと思っていたんだ。ちなみに、中に乗っていた人は昨日大きな音があった森の方へ行ったみたいだよ。昨日の騒ぎと何か関係があるのかな?」
「そ……そうなんだ。わざわざありがとう!」
ジェットは一瞬ギクッとしたが、お礼を言って店を出た。
LMCはきっと少女を探すためにやってきたに違いない。直接会って、起こったことを全部正直に話して謝ろう、ジェットはそう思った。
「ふー……。よし、行くか」
大きく深呼吸し、ジェットは少女と共に森へと向かった。
二人は10分程で森に着いた。
少し緊張してきたジェットが自分の腰くらいまである草をかき分け、少女がその後を付いて行きながら進むと、少女が最初に入っていたコンテナが見えてきた。
すると、コンテナの周りにスーツを着た三人の男が立っているのが見えた。
二人の大男と金髪の背の低い男だった。あれがLMCの社員に違いないとジェットは確信した。
「うっ……」
いざ謝るとなると、緊張が高まってきたジェットはいったん足を止めた。
「ちょっとの間だけしゃべらないようにしてくれ」
少女にそう言い、一緒に木の陰から少し様子を見ることにした。
しばらくすると、話し声が聞こえてきた。
「ディゴス様!だめです、見当たりません!」
一人の大男が金髪の男にそう言うと、ディゴスと呼ばれた金髪の男が怒鳴った。
「バカやろう!!もっとよく探せ!絶対近くに落ちてるはずだ!あれを無くしたら大変なことになるんだぞ!!」
陰から見ていたジェットの緊張が一気に高まる。
「やべー……。めっちゃ怒ってんじゃんか……」
ジェットの不安な表情を見て、隣にいる少女も不安な表情になった。
「もう覚悟決めるしかねぇか……」
意を決して出て行こうとした時、ディゴスが再び大男二人に怒鳴った。
「お前らわかってんのか!?あのアンドロイドはDr.アクアの研究所から盗んできたものなんだぞ!!見つけられず野放しにして、それがもし世間にバレたりしたらLMCの信頼はガタ落ちだぞ!!」
出て行こうとしたジェットの足が止まる。
「……盗んできた……?」
怒鳴られて萎縮する大男二人にディゴスはまだ怒鳴り続ける。
「幻とまで言われたDr.アクアの研究所をようやく見つけて、やっとの思いでかっぱらったってのによぉ!!輸送中にワイヤーが切れて落とすなんて……!これがボスに知られたらシャレになんねぇぞ!」
ジェットは混乱していた。
『この少女は……盗まれたもの……?LMCが発明したってのは何だったんだ……?世界一の……オレの憧れの企業が……盗んだ……?』
ジェットは頭を押さえ、自分の中に浮かび上がってくる疑問や受け入れたくない不安を必死で消そうとした。
「う、嘘だ……」
ジェットの異変に気付いた少女が心配する。
「ジェット……!どうしたの……!?」
「誰だ!!?」
少女の声に気付いた三人の男が声を上げ、木の陰に隠れていたジェットと少女の姿を捉えた。
「あれは……!見つけたぞ!!」
「うっ……!」
ジェットはドキっとし、後ずさりする。
探し求めていたアンドロイドと一緒にいるジェットを見たディゴスは目じりにしわを寄せ、重くゆっくりとした口調で尋ねた。
「お前、今の話聞いてたのか?」
ジェットの額には汗が流れ、体にはうまく力が入らなかった。
突然の出来事に対する混乱、巨大なものを相手にしてしまった恐怖、受け入れ難い真実を知ってしまった失望が入り混じったぐちゃぐちゃな感情に押しつぶされそうだった。
「聞いてたみたいだな。生かしちゃおけねぇなぁ……」
ディゴスはそういうと、部下の大男二人に「やれ」と命令した。
大男二人が肩を回しながらジェットに近づいていく。
動けずに立ちすくむジェット。後ろには不安がる少女がいる。
『オレ……このままどうなるんだ……?LMCに殺されるのか……?秘密を知ってしまったから……?こんなことってありか……?』
もはやジェットの頭はあまり状況についていけていなかった。
大男二人がジェットに拳を浴びせる。
「ぐあっ……!」
地面に倒れるジェット。大男二人は容赦なく殴り続ける。
「ジェット!!……きゃあっ!!」
少女がジェットの元へ駆け寄ろうとするが、ディゴスに捕まってしまった。
「やっと捕まえたぞ!ふう、一時はどうなることかと思った」
少女を捕まえて、一安心するディゴス。左手で少女の両腕を握りしめ、右手で口を押える。
「んーっ!んーっ!」
少女はもがきながら、目の前で殴られているジェットの名前を呼ぶ。目からは涙がこぼれていた。
ジェットは殴られながら、次第に今自分が置かれている状況を理解し、ようやく事実を受け入れ始めていた。
『そうか……。オレが憧れていた企業はこうした悪事で今の地位までのし上がったのか……。
これから何を頼りにすればいいのかな……。ていうか『これから』があるのかな……。』
ジェットの目には涙が浮かんでいた。
自分の憧れだった企業に裏切られ夢を失い、もはや抵抗する気力も失いつつあったが、思い切り殴り飛ばされ再び地面に倒れた瞬間、その目に、取り押さえられ泣いている少女の姿が映った。
ジェットはハッとした。
『こいつはどうなるんだ……?オレが死んだら、こいつはLMCに連れて行かれて……、他人の技術を奪うような奴らの手に渡って、そこでこいつは笑って過ごせるのか……?いや、駄目だ……!!!こいつは渡すわけにはいかない!!!』
ジェットの目から涙が消え、決意に満ちた表情に変わった。
「うおあぁぁぁ!!!」
ジェットは突然叫び、驚いた男達の顔を右腕で殴り飛ばし、立ち上がった。
「うわっ……!」
硬い金属でできた右腕で殴られた男達はわずかに怯んで距離を取った。
「ハァ……ハァ……。そいつは……お前らには絶対に渡さねぇ!!!」
傷だらけのジェットは力強く叫び、少女の顔にわずかに笑みが戻る。
ディゴスが慌てて叫んだ。
「お、おいっ……お前ら何やってんだ、早く始末しろ!」
大男二人はジェットに向かって突進していく。
ジェットは落ち着いて両手を構え、数年前、右腕の義手を初めて装着した時のことを思い出していた。
自分がまだ小さかった頃、兄が自分のために義手を作ってくれた光景だった。
『ジェット、この腕は『ブレイブアーム』っていうんだ。ただの義手じゃない。戦うための機能を搭載している。でも、むやみに使っちゃ駄目だ。お前がいつか大切な人や大事な物を守る時が必ず来るだろう。その時にこの腕で戦うんだ。いいな?お前が大切なものの為に勇気をもって戦えるように、困難に立ち向かって真っすぐ進めるように、この腕をお前に渡す……。』
自分の右腕を作ってくれた兄の言葉がよみがえり、ジェットは右手を強く握りしめ、構えた。
目の前に迫った大男たちがジェットめがけて飛びかかる。
少女がもがきながら叫ぶ。
「んんーーーーっ!」
ジェットは迷いの無いまっすぐな目で敵を捕らえた。
その時、右腕の肘の部分から火花が散った。
次の瞬間、爆音が鳴り響き、右腕は敵の腹にめり込んでいた。
「ジェットォォハンマァァァ!!!」
ジェットの叫び声と同時に、右肘からまるで爆発したかのように火柱が噴射し、その勢いで『パンチ』をはるかに超えた速度のパンチが炸裂していた。
「ごほぉ・・あああああ!!!!」
大男二人はまとめて吹き飛びそのままコンテナに激突し、コンテナごと数メートル吹き飛ばした。
後ろから見ていた少女とディゴスには、二人が吹き飛ばされてからようやくジェットが『パンチ』をしたのだと理解できた。それ程に目に見えない速度の一撃だった。
大男二人は気絶し、ジェットの右腕からバシュッという音と共に蒸気が解き放たれた。
「ハァ……ハァ……」
敵を倒し、呼吸を整えるジェット。
「ジェットー!」
少女が駆け寄り、泣きながらジェットに抱き着く。
「大丈夫か!?……あれ……金髪の奴は……?」
ジェットがあたりを見回したその時だった。
突然背中に熱さと痛みの混じった強烈な衝撃が走った。
「が……あっ……!?」
何が起こったのかわからないままジェットはその場に倒れ込んだ。
「きゃあっっ!?」
倒れるジェットの横でディゴスが少女を突き飛ばし、悲鳴が響いた。
ジェットは一瞬目の前が真っ白になり気絶しそうになったが、何とか意識を保ち顔を上げるとディゴスが立っていた。その手には、バチバチと音をたてる電気を帯びた棒のようなものを持っている。
ジェットはそれで背中を殴られたことにようやく気づき、急いで体を起こそうとするがしびれて力が入らなかった。
そのジェットの頭をディゴスは強く踏みつけた。
「うっ……!」
ジェットはもがいたが、怪我と疲労と痺れでもう力が限界だった。
「くそがぁ……!何てことしてくれんだよぉ!!」
ディゴスが怒りで震えながら叫んだ。興奮で息が荒くなっている。
「はぁ……はぁ……だがもう終わりだ。オレが止めを刺してやるよ」
ディゴスが電気を帯びた棒を振りかぶった時、ジェットが絞り出すような声を出した。
「お前らLMCは……、そいつを……どうする気だ……。他人から盗んだその子を……、アンドロイドを……何に利用するんだ……」
ジェットの問いに対し、ディゴスは笑いながら答えた。
「がはははっっ!死にそうな声だなぁ!ボスはこいつの『人工知能』と動力源の『エターナルバッテリー』が欲しいんだよ!何に使うかは知らないが、オレはボス直々の命令で、長年姿をくらましていた技術者アクアリオの研究所を苦悩の末見つけ出し!完成したばかりのこいつを盗んだ!LMCは昔から裏ではそうやってきた!必要であれば奪い!邪魔であれば消す!お前らが普段テレビで見ている愛想たっぷりのボスはあんなもん表の顔だ!本当はもっと残酷で冷徹なお方なんだ!」
ジェットは力を振り絞り、少女に向かって全力で叫んだ。
「逃げろ!!ここから離れて、誰かに助けを求めるんだ……!」
ディゴスは笑いながら言う。
「逃がしはしねぇよ!こいつは連れて帰ったら一通り世間に公開して、注目を集めた後は即分解し、必要な部品だけを取り出して用済みだ!LMCの繁栄の為に役に立ってもらう!そして、事実を知ってしまったお前はLMCの闇に消えろ!」
ディゴスが掲げた棒を振り下ろそうとしたその瞬間、少女の静かでありながら力強い声が聞こえた。
「やめて……」
一瞬その場が静まり返った。
「ああん……?何か言ったか……ん……?」
ディゴスが振り返ると、少女が今まで見せたことのない、怒りの表情でにらみつけていた。
初めて見るその表情にジェットも驚いた。
「何だその目は……?こいつが殺されるのがそんなに嫌か……?あぁ!!?」
ディゴスが激しく怒鳴るが、少女は全く怯む様子を見せない。
「ジェットをこれ以上傷つけないで」
ディゴスが怒りで震えるのがジェットにはわかった。
「ボスに欲しがられてるからって調子こいてんじゃねぇぞぉあああ!」
ディゴスが勢いよく少女に向かって走り出し、武器を振りかぶる。
「逃げろ!!」
ジェットが叫んだが、少女は向かってくる相手に全く動じず、ゆっくりと右手を前に出した。
「あなた……キライ……」
少女の右手から火花が見えた。次の瞬間、勢いよく発射された少女の右手がディゴスの顔面にめり込んでいた。
それは、先程ジェットが見せた攻撃に似ていた。
「ご……ふっ……ああああ!!!」
少女の右手が爆発的に発射され、吹き飛ばされたディゴスはコンテナに激突し気絶した。
LMCの人間が三人共気絶し、その場が静寂に包まれる中、ジェットは呆気に取られていた。
少女の発射された右手は細いワイヤーで手首とつながっていた。
ワイヤーが勢いよく巻き取られ、ガチャッという音を立て手が元に戻った。
「ロケットパンチ……!? こいつにも戦うための機能がついていたのか……!」
ジェットが無意識にそう呟くと、先程まで怒りの表情だった少女が突然泣き出した。
「ジェットー!」
再び少女が泣きながらジェットに抱きつく。
「ジェット……。大丈夫?」
ジェットは笑いながら少女の頭をポンポンと叩いた。
「ああ、大丈夫だ、なんとかな……。ありがとう。オレを助けてくれたんだな」
「よかった……」
少女の顔に再び笑顔が戻った。




