第18話 意地とプライド
LMC工場の一階で起こった巨大な爆発が収まった。
辺りの物が吹き飛んですべて壁沿いに押しやられており、中央の柱には所々に穴が開いていた。
その部屋の壁沿いで気を失って倒れている人物が二人いた。
「う・・・痛ててて・・・・。」
片方の人物が目を覚ました。
ゆっくりと起き上がり、辺りを見回す。
崩れた資材や瓦礫で踏み場がほとんど無くなった足場を歩き、ゆっくりともう一人の人物の元へと歩み寄っていく。
もう一人の人物がまだ気絶したままぐったりと倒れている姿を見て、歩み寄った人物が大きな声で笑った。
「がはははは!!どうだ!オレ様の勝ちだああああ!!」
大声で笑うキャノルは気絶しているキッドを見下ろした。
「ふーっ。爆発が起こった時はどうなるかと思ったが、オレ様のこの立派な体が衝撃を和らげたのだ!」
ぼよんと突き出たお腹をポンと叩いたキャノルは、そばに落ちていた鉄パイプを拾い振りかぶった。
「それじゃ、負けた君はおとなしく死のうか・・・。」
鉄パイプをキッドの頭めがけて振り下ろそうとした、その時、キャノルの耳にガサッという物音が聞こえた。
「な、何だ!?」
慌てて辺りを見回すと、そばに積もっている瓦礫の上に誰かが立っていた。
「誰だお前は!?メビウスか!?」
驚いて見上げるキャノルの視線の先にいるその人物は、大きな白い布を頭からかぶって姿を隠していた。
その人物はキャノルとキッドに目を配らせると、積もっている瓦礫をキャノルめがけて押し崩した。
「なっ!?ぎゃあああああ!!!」
キッドが気絶して倒れている目の前で、キャノルは瓦礫の雪崩に飲み込まれた。
その人物はあたりをキョロキョロと見回すと、どこかへ走り去った。
その頃、工場の五階の通路で床に倒れる二人の男がいた。
「痛ててて・・・。何だったんだ、今の爆発は・・・。」
「あーたたた・・・。腰に響くぜ・・・。」
カイトとラチェットは一階で起こった爆発の余波を受けていた。
カイトがゆっくりと立ち上がって下を覗き込んだが、照明が消えて薄暗くなった下の階はよく見えなかった。
「キッドの奴・・・大丈夫だよな・・・。ジェットかフロラかダイナが助けてるよな・・・。」
キッドを心配するカイト。
その後ろでラチェットも起き上がった。
「あーくそっ・・・。こんなことなら、トイレなんて我慢しておとなしくヴァリィたちと一緒に入り口で待機しといた方が良かったな。まあ、悔やんでも仕方ないか。さて、続きといこうぜ。カイトさんよぉ。」
ラチェットは爆発の衝撃で床に落とした武器を拾って構えた。それは、両面に刃がある、刃渡り30センチ程の刃物だった。二本の刃物を両手に一つずつ持ち、カイトに向かって構えた。
カイトも大剣ブレイカーを構え、ラチェットと向き合った。
「『鉈』のラチェットって言ったか?あんた。十二武将ってのは全員そんな感じの武器を持ってるのか?」
カイトがラチェットの両手の鉈を見ながら尋ねた。
「その通り。一人ずつ自分専用の武器を持ち、それを使って魔女狩りを始めとする任務を遂行する。」
ラチェットは手に持った鉈をくるくると回しながら答えた。
カイトの視線は鉈から腕輪へと変わった。
「じゃあ、その腕輪は何なんだ?ここに来るまでに会った色黒の男やヴァリィって女も付けていた気がするが・・・。」
ラチェットの表情が曇り、鉈を回すのを止めた。
「ほう・・・。ウェイブとヴァリィに会ったのか・・・。あの二人、さては獲物狙いで勝手にポジションから移動したな?全く、若い奴はこれだから・・・・」
「ふざけんな。オレの質問に答えろ。」
話を反らそうとするラチェットにカイトが詰め寄った。
ラチェットは少し黙り込んだが、話を反らすのを諦めた。
「ふう・・・。こいつに関しては秘密だ。というより、そろそろ気付き始めているんじゃないのか?知って得するものでもないが、どうしても知りたければオレを倒してこの先へ進むことだな。」
そう言うと、ラチェットはカイトめがけて鉈を振り下ろした。
「くっ・・・。」
両手の鉈をそれぞれタイミングをずらしつつ様々な角度から振り抜くラチェットの攻撃を、カイトはブレイカーで受け止めるのが精一杯だった。
キン!という金属がぶつかり合う鋭い音が何度も響く。
「ほらほらどうした?オレを倒すんじゃなかったのか若者よ。防御ばかりでは勝てないぞ。」
頭のてっぺんだけ禿げているラチェットは、気の抜けた顔つきをしており自分のことをおっさんと称しているが、体つきはカイトよりも屈強で背が高く、とてもおっさんと軽々しく呼べる戦闘能力ではない、カイトは攻撃を受けながらそう感じていた。
ラチェットが片手での一撃を振る度に、カイトが両手で持つ大剣のガードが崩されそうになる。
「くそ!おらあぁぁ!!」
カイトが思い切り踏み込み、大剣の突きを放った。
「ふん。」
ラチェットは片方の鉈で突きをあっさりと弾いた。
ギン!という重い音が響き、弾かれたブレイカーに引っ張られたカイトの姿勢が一気に崩れた。
「ほれ。」
「ぐああ!!」
ラチェットの鉈がカイトの右の腰に直撃した。
ドチャッ!という肉がえぐられる音と共に悲鳴を上げて、思わず後ろに下がったカイトの腰に血が滲み始めた。
「く・・・!」
ブレイカーを床に突き立てて傷ついた体を支えるカイト。
そのブレイカーを見たラチェットは攻撃を止めて口を開いた。
「それにしても頑丈な武器だな、その剣は。普通の武器ならオレの鉈で叩き割られているはずだが、傷らしい傷もついていないとはな・・・。むしろ、オレの方がダメージを受けているのか・・・。ただの剣ではないな。」
ラチェットは鉈にできたわずかな刃こぼれを眺めていた。
カイトは痛みで苦痛を浮かべながらも、ニヤリと笑った。
「ああ、そうさ。ブレイカーは厳密に言えば『剣』じゃねぇ、『板』だ・・・。面倒くせぇから剣と呼んでるが・・・、これは元々オレの仕事道具で、こいつで金属や硬いものを壊したり分解したりするのさ・・・。『切る』為じゃなく『砕く』為の道具だ・・・。てめぇのひょろい鉈とは違うんだよ・・・ハァ・・ハァ・・・。」
カイトが体を起こし、ラチェットに向けてブレイカーを指した。
カイトの言った通りそこに刃は無く、カイトの身長と同じくらいの長さの長方形の金属板を柄にくっつけただけのような物だった。
ラチェットはそれを見て納得した表情になったが、カイトの話の中で気になったことを一つ尋ねた。
「今お前、『仕事道具』と言ったが、この街で働いているのか?」
カイトは再びブレイカーを構えた。
「ああ、そうだ。それがどうした?」
カイトが答えると、ラチェットが深い息を吐いた。
「そうか・・・。ならお前、ゼルガを知っているんじゃないか・・・?」
ラチェットがそう言った瞬間、カイトの痛みに歪んだ表情が一変し、険しいものになった。
「なっ・・・!!どうしてそいつの名を・・・!?やっぱりあいつはLMCに・・・!?」
カイトが動揺する様子を見たラチェットは確信した。
「やっぱりな・・・。あいつもこの街出身らしいから、知っていてもおかしくないか・・・。まあ、なんとなく気になったから聞いただけだ。だからどうということではない。お前はここでオレに殺され、ゼルガにもう会うことは無い。ただそれだけだ。」
そう言うと、ラチェットの腕輪から緑色の光が溢れ出し、鉈の刃が緑色の光を帯びた。
「さて・・・、若者にしては中々強そうなお前の実力を見てみたかったんだが、期待外れだったよ・・・。おっさんにもプライドってもんがあるからな、若者には負けられない・・・。一瞬で片をつけてやろう・・・。」
そう言ったラチェットが静かに鉈の一撃を振り下ろした。
カイトはブレイカーを頭上に構えてガードしたが、先程とは比べ物にならない重さの一撃にブレイカー越しに頭を叩かれた。
「がっ・・・!」
強烈な振動が脳に走り、思わずよろけるカイト。
「終わりだ。」
ラチェットの二撃目がカイトの左脇に直撃した。
「ああああ!!!」
ボキッという音が響き、カイトが膝をついた。
崩れ落ちたカイトをラチェットが見下ろした。
「ほう・・・。心臓を狙って終わらせるつもりだったが、かなり頑丈な体だな。だが、それももう意味が無いがな・・・。」
ラチェットが両方の鉈を頭上に振りかぶった。
それを見たカイトは血の滲む体を必死に起こした。
「ハァ・・ハァ・・うおあぁぁぁ!!!!」
痛みと疲労で重くなった体をなんとか動かし、目の前のラチェットに力の無い体当たりをすると、ラチェットが少し距離を取った。
「まだ力が残っているようだな、大したもんだ。若者若者と一括りにして侮ってはいけないな。」
ラチェットが武器を構えると、カイトが必死の形相で目を見開きラチェットをにらんだ。
「オレは・・・、ゼルガに・・・、会わなきゃいけねぇんだ!あいつがLMCにいるってんなら・・・、ハァ・・・ハァ・・・、こんなところで終われねぇ!」
カイトは両手でブレイカーを握りしめ頭上に構えると、ラチェットめがけて全力で振り下ろした。
「うおおおおおおおお!!!!」
「ゴン!」という鈍い音と衝撃が響き、ラチェットは頭上に構えた両方の鉈でカイトの一撃を軽々と受け止めた。
「なかなか良い一撃だ。だが、魔女のエネルギーを使って破壊力と耐久力を上げたオレの鉈には勝てんよ。」
ラチェットが笑いながら剣を弾き飛ばそうとした、その時だった。
ガタン!という音と共に突然二人の足元の通路が崩れ落ちた。
「な・・・!?」
ラチェットは驚き、カイトと共に落下した。
落下中のわずか一瞬の間に、ラチェットは頭の中で必死に状況を分析した。
『まさか、さっきの爆発で床が緩んでいたのか!?まずい、このままでは一階まで落ちる!なんとか着地しなければ!』
地面の方に顔を向けラチェットが両腕を体の前に構え、受け身を取る体制に入った。
『後は着地のタイミングを間違えないようにするだけだ!オレが止めを刺せなかったのは残念だが、あいつは落下と同時に死・・・』
地面を見ながら考えていたラチェットは、カイトの方を見て驚いた。
カイトは落下しながらも再び剣を振り上げ、ラチェットから一瞬たりとも目を離していなかった。
「は・・・!?」
唖然とするラチェット。突然足場が崩れ落ち、五階の高さから地面に落下するというのに、目の前の男はそんな状況でも、敵を倒すことだけを考えていることが信じられなかった。
カイトは渾身の力を振り絞り、ラチェットめがけてブレイカーを振り下ろした。
「オレは!!解体チームリーダー!!カイト・フロストヘイルだああああああ!!!!」
カイトが叫びながら剣を振り下ろした瞬間、ラチェットはその気迫に敗北を認めた。
「畜生・・・若いっていいなぁ・・・。お前の勝ちだ・・・小僧・・・。」
仰向けに落下するラチェットの体の丁度中心を真っ二つに区切るように、ブレイカーがめり込んだ。
「粉砕解体!!!」
空中でドゴン!という重たい音が響き、カイトはブレイカーを振り抜いた。
「がはぁっ・・!!」
体の中央に縦一直線の窪みを入れられたラチェットは気絶し、一階のトラックの屋根に叩き落された。
続けて、カイトも同じくトラックの屋根へと落下した。
「ぐはあぁっ・・・!」
ラチェットの落下でへこんだトラックの屋根を突き破り、カイトは荷台の中へ落ちた。
「うっ・・・痛ててて・・・・、どうなったんだ・・・?」
トラックの屋根がクッション代わりとなり、幸いにも落下の衝撃を免れたカイトはゆっくりとトラックを降りると、屋根の上に気絶したラチェットが倒れているのを見つけた。
カイトはゆっくりとその場にしゃがみ込み、深く息を吐いた。
「ハァ・・・ハァ・・・。やったぜ、ざまぁみろ・・・。この街で働く者の意地として・・・、好き放題暴れるお前らなんかに・・・・負けられねぇんだよ・・・。」
その頃、正面ゲートから工場を目指して走っていたジェットが正面入口に到着していた。
「ハァ、ハァ・・・。めちゃくちゃ広いな。ゲートからここまで結構距離があったぞ・・・。それにしてもさっきの爆発音は何だったんだ・・・?あいつら大丈夫か・・・?」
ジェットは入口の扉を開けようとしたが、爆発の衝撃で歪んでいて開かなかった。
「くぬううぁぁぁぁ・・・・!くそ、開かねぇ!どこか入れそうな場所は・・・。」
ジェットは他に入れそうな場所が無いかを探し、辺りをキョロキョロと見回した。
すると、少し離れた所に二人の人間が倒れているのを見つけた。
「ん!?あれは・・・。」
ジェットは慌てて近寄ると、倒れているのは二人の女性だった。
一人はピンク色のロングヘアーの女性、もう一人は金髪の派手な女性だった。
二人とも黒っぽい服を着ており、それぞれ何か武器のような物を持ったまま倒れている。
胸元に銀色のLMCの紋章が付いていることにジェットは気付いた。
「これは・・・、LMCだ・・・!でもなんでこんなところに・・・。もしかしてメビウスにやられたのか?それとも、あいつらが戦って倒したのか・・・?」
倒れている二人の女性は特に目立った外傷は見られなかったが、二人とも目をつぶって倒れており、ジェットは誰が倒したのかわからなかった。
「考えても仕方ねぇな・・・。とりあえず、早く中へ入らねぇと。おっ、めっちゃでかい穴開いてるじゃねーか!」
倒れている二人を残し、ジェットは壁に空いた穴から工場内へと入った。




