第17話 勇気と見栄
コンテナの陰に隠れるキッドは恐怖でガタガタと震えている。
その近くをのしのしと歩いているキャノルはブツブツと独り言を言っている。
「それにしても、オレ様はメビウスの始末担当としてここで待ち構えていたのに、どうしてガキの方が先に来たんだぁ?もしかして、別の場所で待機しているリーゼかルシードがすでにメビウスを倒したのかなぁ?メビウス担当は確かその二人とオレ様の三人だけだったよな・・・。まぁいいか。正直、メビウスを相手にするのはちょっと気が引けてたし・・・。ちょうど手頃な獲物がやって来て良かった。ここで上手いこと手柄を立てて、アローナちゃんにいいとこ見せるチャンスだ・・・・。ぐふふふ・・・・。」
妄想を始めたキャノルの声が少しずつ遠ざかっていくのをキッドは感じた。
『よし・・・、今のうちに・・・逃げよう・・・。』
キッドはゆっくりと立ち上がり、たくさん積み上げられたコンテナの間を音を立てないようにゆっくりと進んだ。
心臓はバクバクと鼓動を鳴らし、こめかみには汗が滲み、浅く早い呼吸を繰り返す。
コンテナの陰からおそるおそる頭を出して見ると、遠くの方に歩いていくキャノルの後ろ姿があった。
『よし・・・!いける・・・!』
キッドが気付かれないように逃げようとした、その時、工場の入り口のシャッターが開き、魔女を運ぶトラックが勢いよく入ってきた。
キッドは慌ててコンテナの陰に戻った。
『くそっ・・!もう少しだったのに・・・!』
逃走のチャンスを逃したキッドは心の中で悔しさと情けなさを感じながら、再びしゃがみこんだ。
キッドの隠れるコンテナの前にトラックが止まり、治安部隊の隊員が二人降りてきた。
「あっ、キャノル様!警備ご苦労様です!ご協力ありがとうございます!」
隊員がハキハキとキャノルに挨拶をすると、遠くへ行っていたキャノルが戻ってきた。
「ハァ・・・ハァ・・・、外の様子はどうなっているんだ?」
汗をかきながら歩いてくるキャノルは歩くだけでも息切れしていた。
「今回は魔女の数が今までと比べ物にならない程多く、かなり手こずっています。しかし、リボル様、マルシェル様、ハーマン様、ダスト様が来てくださったので、今は順調に進んでおります。」
隊員は背筋をピンと伸ばしてキャノルに報告すると、キャノルは首をかしげた。
「あれ?ウェイブの奴も魔女捕獲の担当じゃなかったっけ?」
キャノルが質問すると、隊員二人はポカンと口を開けて顔を見合わせた。
「いえ、ウェイブ様は見ておりませんが・・・。ここに来る途中で何人もの倒れている人や逃げ惑う人は見かけましたが・・・。すみません。我々もかなり急いでいたもので、周りの状況はほとんど気にかけておりませんでした。覚えているのはこの工場の入り口付近に待機しているアローナ様とセイラ様のお二人だけですね・・・。」
隊員が謝りながら頭を下げたが、キャノルはあまり気にしていない様子だった。
「ま、あんなヤンキーどうでもいいか。それより、アローナちゃんにはしっかりと挨拶をしろよ。根暗女のセイラはどうでもいいけど。・・・・ってあれ?ラチェットとヴァリィはいなかったのか?その二人もガキどもの始末担当として入り口で待機しているはずだけど・・・。ま、どうでもいいか。さっさと連れてきた魔女を運びな。」
キャノルがそう言うと、隊員がトラックの荷台の扉を開けた。
すると、コンテナの陰からその様子を見ていたキッドの目に、ぐったりとしたまま隊員に運び出される魔女の姿が映った。
その瞬間、キッドの心の中で何かが動いた。
『ああ・・・、魔女が運ばれていく・・・!オレ・・・何やってるんだ・・?魔女を助けに来たはずなのに、なんでこんなコソコソ隠れてるんだオレは・・・。ジェットも一人で戦ってるってのに・・・。こんなんじゃダメだ!親父にも母さんにも顔向けできねぇよ・・・。オレは危険を承知でここまで来たはずだ!オレも逃げてる場合じゃねぇ・・・、戦わなきゃ!』
キッドはグローブをはめた手でジャイロスフィアを強く握りしめ、コンテナから勢いよく飛び出した。
「待ちやがれコラァ!!!」
キッドの叫び声が響き、キャノルと隊員たちが驚いて振り返った。
「そこに隠れてたのかよぅ・・・。」
キャノルの目がギラリと光る。
「うっ・・・・。」
キッドは一瞬怯えて膝がガタガタと震えたが、無理やり震えを止めようと自分の手で膝を叩いた。
「オ、オレは・・・、お前らの思い通りになんてさせねぇ!かかって来やがれ!」
自分を奮い立たせるかのように全力で叫んだ。
すると、キャノルが手に持っていた大きなバズーカを構えた。
「ふん・・・。言われなくてもぶっ殺してやるよ!」
キャノルの持つバズーカの銃口が緑色に光り始めた。
「あれは、バズーカ!?やばい!」
「ファイヤー!!」
キッドが急いで武器を構えようとした瞬間、キャノルの叫び声と共にバズーカから緑色の大きな光の塊が勢いよく発射された。
「うわぁっ!!?」
キッドが横に飛んで間一髪かわしたが、その光の塊は十数メートル後方の壁にぶつかった瞬間爆発した。
「うあああ・・・!」
強烈な爆風が巻き起こりトラックがガタガタと揺れ、地面に伏せるキッドをあたりの資材もろとも大きく吹き飛ばした。
「ぐっ・・・。」
キッドは地面を転げ、キャノルの目の前まで吹き飛んだ。
キャノルはそのキッドを見下ろした。
「なんなんだよお前は。逃げたり出てきたり。オレ様をバカにしてるのかぁ!?お前みたいな奴はこの俺様、十二武将の一人『砲』のキャノル様が始末してやる!」
そう言うと、キャノルが着けている腕輪から緑色の光が溢れ出し、武器の中へと流れ込み始めた。
「うわああ!?」
銃口を向けられたキッドは腰が抜けて立てなかった。
「エネルギー充填完了!ファイヤー!!」
「くそぉっ・・・!」
キッドが無我夢中で手を上に向けた瞬間、体が宙に浮かび上がった。
発射された光の砲弾ははずれ、再び先程と同じ場所に命中し爆発を巻き起こした。
「な・・なんだ!?」
宙に浮かび上がったキッドを見上げて驚くキャノル。
視線の先には、二階の通路の裏側に手を当ててピッタリとくっついているキッドがいた。
「ハァ・・ハァ・・。危ねぇ、もう少しで当たるところだった・・・。しかし、とっさにやってみたが、このグローブはこんな使い方もできるんだな・・・。」
強力な磁力の力で二階の通路の裏側にくっついたキッドが下を見下ろすと、キャノルが再びこちらに銃口を向けていた。
「くそ!またしてもちょこまかと・・・。チャージ!!」
再び腕輪からバズーカへとエネルギーが充填され始めた。
「やべっ!またさっきの攻撃が来るのか・・・?どうすれば・・・。」
緑色の光がどんどん強まっていくバズーカを見て何とか攻略手段を考えるキッド。
すると、突然女性の声が聞こえてきた。
「うう・・・ここは・・・どこ・・・?」
驚いて見ると、爆風の衝撃で麻酔から目を覚ました魔女たちがトラックから続々と出てきていた。
その光景に、キッド、キャノル、治安部隊の隊員二人が驚いた。
「みんなこっちへ来ちゃダメだ!早く逃げろ!!」
「えっ!?きゃああああ!!!」
キッドが慌てて声をかけた瞬間、魔女たちは治安部隊の姿を見て自分たちが連れ去られたことを思い出し、慌ててキッドたちとは逆方向へ逃げ出した。
「お前たち逃がすな!追いかけろ!」
キャノルが慌てて隊員たちに命令し、隊員二人が魔女を追いかけた。
「させるか!」
キッドは急いで地面に降り、魔女を追いかけていく隊員二人に向けてジャイロスフィアを構えた。
その後ろからキャノルが叫んだ。
「お前の相手はオレ様だ!ファイヤー!!」
再びバズーカが発射された。
「くそっ・・・!」
攻撃を中断し、キッドは慌てて横に飛んでかわした。
外れた砲弾は魔女を追いかける隊員に直撃した。
「あああっ!・・・・・。」
「きゃあああ!!!」
「ぐううううっ・・・!」
強烈な爆風に飛ばされないよう、目の前のコンテナに必死でしがみつくキッドの耳に、隊員たちの悲鳴と魔女たちの悲鳴が聞こえた。
爆風が収まり、キッドが慌てて見ると黒こげになった隊員二人が倒れており、少し離れたところには数人の魔女が地面にうつぶせになっていた。
キッドは急いでその場に走り寄った。
「う・・・!死んでる・・・!?」
黒こげになった隊員二人は目も当てられない姿になっていた。キッドの目にはどちらがどちらの隊員だったのか判別すらできなかった。
後ろに倒れている魔女たちは直撃を免れ、しばらくして起き上がると、キャノルの砲弾により壁に空いた穴から外へと逃げて行った。
死んだ人間を目の当たりにし、呆然と立ちすくむキッド。
そのキッドの耳に、低く重たい声が聞こえてきた。
「お前のせいでせっかくの魔女を逃がしちまったじゃねぇかよぅ・・・。どう責任取ってくれるのかなぁ・・・・?」
振り返ると、冷静に佇むキャノルが不気味にこちらをにらんでいた。
キッドにはキャノルが何を言っているのか理解できなかった。
「魔女を逃がしたって、お前・・・、自分の仲間が死んだのに、何とも思わないのかよ!!?」
キッドは無意識のうちにそう叫んでいた。
叫ぶキッドとは対照的に、キャノルは無表情で冷静だった。
「仲間ぁ?そんな大層な関係じゃないっての。ただの駒程度にしか思ってないって。オレ様の攻撃の先にいたそいつらが悪い。」
キッドは拳を握りしめた。
「駒だと・・・?こいつらはお前を慕ってたんじゃないのかよ!?お前の命令にも素直に従ってたのに・・・、それを物みたいな扱いした上に命まで奪いやがって!!」
叫ぶキッドの頭の中には、屋敷で働いていた使用人たちの姿が浮かんでいた。
自分のために一生懸命働いてくれる姿を思い出すと、たった今目の前で起こった出来事はたとえ関係無い人間でも無視できないものだった。
「関係無いくせに何偉そうに説教してんだよ・・・。偉いのはそいつらでもお前でもない、オレ様だ!残りの全エネルギーで・・・黙らせてやる!!」
キャノルの腕輪が強く光り、エネルギーがバズーカへと一気に流れ込んだ。
バズーカがビリビリと振動し始め、キッドにもその響きが伝わってきた。
「やるしかねぇ・・・。」
強烈な光を放つバズーカを見たキッドはジャイロスフィアを二つ同時に構え、グローブの手首についているスイッチを最大限まで入れた。
すると、爆発の衝撃で辺りに落ちていた鉄くずがジャイロスフィアの磁力に引き寄せられ次々とくっついていき、やがて二つのジャイロスフィアは直径一メートル程の一つの大きな鉄の塊となった。
「ああああ!!!フルチャージ完了!!」
キャノルがギラギラと光るバズーカをキッドに向けた。
「こいつでぶっ飛ばす!」
キッドが鉄の塊を両手で目の前に構えた。
次の瞬間、二人の全力が解き放たれた。
「デスボンバー!!!」
「ジャイロシェル!!!」
工場の一階中央で、放たれた巨大な光の砲弾と鉄の塊が真っ向から激突した。
思わず目を覆ってしまうようなまばゆい光が一瞬すべてを照らした後、巨大な爆発が巻き起こった。
トラックやコンテナでさえもわずかに宙を舞い、辺り一面が吹き飛んだ。
「ぎああああああ!!!」
「うわあああああああ!!!」
キャノルとキッドは吹き飛ばされ、工場の壁に強く激突した。




