第16話 捕縛
LMC工場の十五階、ダイナとヴァリィが険しい顔で向かい合う姿があった。
一番の大物であるフロラの捕獲をダイナに邪魔されたヴァリィは、不機嫌そうな顔をしている。
「あんたを始末して、とっとと他の奴も始末しに行くわ。」
ヴァリィの言葉にダイナは鼻で笑って返した。
「無理だな。オレを倒そうなんて百年早ぇよ。」
「そう・・・。じゃあ、試させてもらおうかしら!!?」
叫びながらヴァリィは勢いよく武器を投げた。
ダイナは軽いステップで横にかわすと、ヴァリィめがけて突進した。
すると、ヴァリィの腕に装着されている腕輪が、銛の糸を高速で巻き取り、投げた銛が勢いよくダイナめがけて戻って来た。
「おっと!」
ダイナがジャンプしてかわすと、ヴァリィの腕に銛が戻った。
「おら!」
銛をキャッチしたヴァリィめがけ、ダイナが右足でのミドルキックを放った。
ガン!という音を響かせながら、ヴァリィは銛で防いだ。
「ちっ、武器をすぐに戻しやがって。隙ができねぇな。」
思ったように攻撃のチャンスを掴めず、ダイナはイライラした。
「さっきまでの威勢はどうしたの!?」
ヴァリィが銛をダイナめがけて連続で突いた。
「ちっ!」
ダイナはバック転をしながらすべてかわし、距離を開けた。
軽く攻撃をかわすダイナに、ヴァリィは散らばった他のメンバーからは感じられなかった実力を感じていた。
「あんた、他の奴と違って結構戦闘慣れしているようね。」
ヴァリィが尋ねると、ダイナは嫌そうな顔になった。
「けっ、昔からメビウスと戦ってるからな。気付いたらこうなってたよ。」
突然出てきたメビウスの名前にヴァリィは驚いた。
「メ、メビウスですって・・・!?あんた、どういう関係なの・・・?」
最も聞かれたくない質問をされ、ダイナはさらに不機嫌な顔になった。
「息子だ!言わせんな!」
ヴァリィは一瞬、ダイナの言ったことが理解できなかった。ポカンと口を開け、しばらくした後にようやく頭が追いついた。
「え、ええ!?む、息子!?メビウスに息子がいたの・・・!?」
ダイナは目じりにしわを寄せ、元々悪い目つきがさらに悪くなった。
「そうだよ。本当かどうかは知らないが、昔あいつは体を売る仕事をしていたらしいからな。そんでオレを産んだんだよ!」
ダイナは忌々しい過去を振り払うかのように叫びながら飛びかかり、がむしゃらに攻撃を繰り出した。
義手と銛がぶつかり合い金属の音が辺りに響き渡る中、ヴァリィは猛攻を何とか防ぎつつ、メビウスとダイナの過去に興味を持ち始めた。
「意外ね、あのメビウスがそんなことをしていたなんて。だからあんたはメビウスの話になると機嫌が悪くなるのね。」
「ああそうだよ!嫌なこと思い出させんな!」
「ふふっ・・。こりゃあんたも結構大物の獲物かもね・・・。」
そういうと、ヴァリィはダイナの足を弾いて距離を取った。
距離を開けたヴァリィを見てダイナはいったん攻撃を止め、思い出したくもないメビウスの事を聞かれた腹いせに、LMCの人間が聞かれたくないであろうことを聞いた。
「LMCってさぁ、大企業に見えて裏では結構ヤバイことやってんだろ?聞いてるぜ、メビウスの奴から。」
いきなりLMCの闇に踏み込まれ、ヴァリィの表情が一気に険しくなった。
「そう・・・。メビウスから聞いているなら、知っていても不思議ではないわね。」
ダイナはニヤリと笑って容赦なく続けた。
「『魔女狩り』って言うんだろ?暴動と見せかけて魔女を捕まえるってやつ。メビウスはいつもそこに出没するから、オレも奴を追いかけるうちに幾度となく魔女狩りの現場を見てきたぜ。」
ヴァリィはダイナが何かを聞き出そうとしているように感じた。
感情的になってダイナの口車に乗せられないよう、自分を落ち着かせてから尋ねた。
「何が言いたいの?」
最初は遠回しに聞こうとしていたダイナだが、ヴァリィに悟られたので直接聞くことにした。
「お前らなんで魔女を捕まえるんだ?まあ、今までそんなに気にしてなかったんだが、あいつらが必死に魔女を助けようとしてる姿を見たら気になってきてよ。」
当然のようにヴァリィは教えることを拒んだ。
「ふん・・・。聞けば教えてくれるとでも思ったの?」
拒まれることを予想していたダイナは、ヴァリィの様子を観察しながら、薄々感づいていたことを率直に口にした。
「オレの勘だが、さっきの色黒の奴やお前の付けてる腕輪から出てるその緑色の光、それが関係してるんだろ?」
ヴァリィが下を向いて表情が暗くなるのを見て、ダイナは確信した。
「図星だな、そういうことか。そんなくだらねぇものの為にわざわざ魔女を捕まえるとはね。」
ダイナに見下されたように感じたヴァリィは武器を握りしめ、怒りを露わにした。
「くだらないかどうか、あんたの体でわからせてあげるわ!!」
叫びながらヴァリィは姿勢を低くし、ダイナの足元を狙って銛を放つと放たれた銛が通路の連結部分を破壊した。
「さっきと同じ手かよ!」
ダイナは崩れる足場から高くジャンプした。
すると、ヴァリィは高速で糸を巻き取り素早く銛を構えた。
「いくら俊敏に動けても、空中じゃ身動きできないでしょ?」
宙を舞うダイナめがけ、ヴァリィは銛を投げ放った。
「なっ!?ぐあっ!!」
銛はダイナの脇腹に打ち込まれ、バランスを崩して床に転倒した。
「ぐうっ・・・。」
ダイナが痛みに顔を歪ませながら自分の腹を見ると、直径5センチ程の銛の先端が左の脇腹に刺さり、服には血が滲んでいた。
「くそ・・こんなもん!」
ダイナは銛を引き抜こうとしたが、銛の棘は抜けにくいように返しがついており、抜けないどころか抜こうとすれと更なる痛みがダイナを襲った。
ダイナの苦しむ姿を見たヴァリィは不気味な笑みを浮かべた。
「あっははは!無様な姿ね!さっきまでの威勢はどこ行ったのかしら!?」
ダイナは痛みを堪えながらゆっくりと起き上がり、ヴァリィをにらんだ。
「くそ・・・。一度見た手に引っかかるとはな・・・。オレとしたことが・・・。」
苦しむダイナの姿を見たヴァリィの顔からは、怒りが消え失せ得意気になった。
「これでもうあんたの自由は無いわ。」
そういうと、ヴァリィは糸を勢いよく巻き取った。
投げ放った銛が勢いよく回収され、ダイナの体を引っ張って連れてきた。
「ぐあああ!!」
銛に傷口をえぐられながら、無理やりヴァリィの手元まで引き寄せられたダイナは激痛に声を上げた。
「これは私に対する態度をわきまえてない分のおしおきよ!」
ヴァリィは引き寄せたダイナの顔面を思い切り殴り飛ばした。
「がはっ・・!」
引き寄せられた瞬間殴り飛ばされたダイナの腹には今だ銛が刺さっている。
「これくらいで終わらないわよ!さっさとこっちに来なさい!」
再び糸を巻き取り、銛が傷口をえぐりながらダイナの体を引き寄せる。
「ぐっあああ・・・。」
痛みに顔を歪めるダイナの首をヴァリィが掴んだ。
「どう?捕まった魚になった気分は。あんたの俊足ももう使えないわね。」
そういうと、ヴァリィはダイナの腹に刺した銛を掴み、ぐりぐりとねじり回した。
「あああっ・・・!くそっ!」
傷口をえぐられ絞り出すような声を出しつつ、ダイナは目の前のヴァリィに蹴りを放った。
「おっと、危ない。どこ狙ってんの?」
苦し紛れの力のないダイナの蹴りを、ヴァリィは後ろに軽く飛んであっさりかわした。
ダイナは大粒の汗を額に浮かべ、苦しさで顔は下を向いていた。
その様子を見たヴァリィが笑いながらダイナを嘲った。
「あっははは!苦しそうねぇ!せっかくママを追いかけてここまで来たのに、もう死にそうでちゅねー。」
嘲笑の言葉を浴びせた瞬間、ダイナの顔つきが変わった。
それは、バカにされた為ではなく、メビウスのことを思い出した為だった。
ダイナはヴァリィをにらみつけながら静かな声を出した。
「オレは・・・こんなところで死んでる場合じゃねえんだ・・・!奴を殺すまで・・・、奴にオレを産んだ理由を吐かせるまで・・・、死ぬわけにはいかねぇんだよ!!」
ダイナは自分の腹に刺さっている銛を両手で掴むと、じわじわと力を込めて引き抜き始めた。
「うおおおおおお!!!!!」
返しの刃が肉に刺さりながら傷口を痛めつける激痛を叫びで押し殺しながら、銛を引っぱる力を強めていく。
異常な行動に驚いたヴァリィはその光景に思わず見入ってしまっていた。
「う・・・うそでしょ・・・!?引き抜くなんて無茶・・・ありえない・・・。バカなの・・・!?」
目の前の光景に圧倒されてダイナへの攻撃を忘れていたヴァリィは、しばらくしてから我に返った。
「ひ、引き抜こうとしたって、そうはいかないわ!」
慌てて銛を掴もうと手を伸ばした瞬間、ダイナの叫び声が一気に強くなった。
「あああああああ!!!!」
ブチッという耳を塞ぎたくなるような嫌な音と血の水滴をまき散らし、ダイナの腹から銛が外れた。
「ハァッ・・・ハァッ・・・」
ダイナは苦痛の表情を浮かべ荒い呼吸をしながらも、堂々と立ちながら鋭い目でヴァリィを見ていた。
一方、その様子を見たヴァリィは言葉を失い、無意識のうちにダイナが危険であると判断し、本能的に後ずさりして距離を取っていた。
ダイナは銛を手放し、「カラン」という乾いた音が響いた。
その音でヴァリィは正気を取り戻し、急いで糸を巻き取って銛を回収した。
ダイナはすうっと目を閉じ、ゆっくりと深呼吸した。
ヴァリィの表情からはもはや余裕や冷静さは消え失せ、目の前に立つ得体の知れない人間に早く止めを刺さなければいけないという焦燥感しか無かった。
「これで最後よ!!」
ヴァリィが全力でダイナめがけて銛を投げた。
ダイナは目を見開き、冷静に体を捻って銛をかわすと、スムーズに体を前に倒し鮮やかな側転をした。
そのまま、地面を強く蹴り、高く飛び上がって空中で回転した。
目の前に迫ったダイナに焦り、ヴァリィは必死に糸を巻き取り、引き寄せた銛を構えて攻撃を防ごうとした。
ダイナは回転の勢いを乗せた右足を、構えている銛もろともヴァリィの顔面に叩きつけた。
「流剣!!!」
義足が銛にぶつかる金属音と、そのまま顔面にぶつかる打撃音がほぼ同時に響いた。
銛ごと顔を蹴り飛ばされたヴァリィは弾けたように吹き飛び、中央の柱に激突した。
「がふっ・・・!!」
柱に大きなヒビを入れ、真っ二つに折れた銛と共に気絶したヴァリィの体が床に倒れた。
地面に着地したダイナは片膝をつき、息を漏らした。
「ハァ・・ハァ・・。お前にごときにやられるようじゃ・・・、奴には勝てねぇんだよ・・・。」
呼吸を整えると、ゆっくりと体を起こした。
血が滲むお腹を抑え、ダイナは通路から下を覗き込んだ。
「そんで・・・、オレを巻き込みやがったあいつらは無事なのか・・・?急いで降りねぇとな・・・。」
工場の十階、壁沿いの通路にフロラとリーゼの姿があった。
「いい加減、抵抗しても無駄だということを学習しなさいよ。アンドロイドでしょ?」
「うううっ・・・・・!」
リーゼが装着している腕輪と繋がった黒い鎖が、地面に倒れ込むフロラの体中に巻き付いている。
黒い鎖は緑色の光を帯び、まるでリーゼの体の一部であるかのように奇妙に動いている。
フロラが力ずくで抵抗するが、鎖はビクともしない。
「は、離せ!」
フロラは体を締め付けられながらも力強い目でリーゼをにらんだ。
リーゼはぼんやりとした表情でフロラを見下ろしている。
「なあに?その目は。機械のくせに偉そうに。元々LMCの為に貢献するはずだったのに、ちょっと人間に拾われて自由になれたからって、勘違いしてんじゃないわよ。ボスが欲しがってるものじゃなかったら絞め殺してるところだわ。」
すると、地面に這いつくばりながらも、フロラは力強い声を出した。
「私・・・、あなたたちの所へ行かなくて良かった・・・。ジェットに拾ってもらえて・・・本当に良かった・・・。LMCと戦う時、いつもそう思うよ・・・!これからだって、LMCの思い通りになんてさせたくない!」
叫んだ瞬間、フロラは体中に一気に力を入れた。
「あああああああああ!!!!!!!」
目を見開き、歯を食いしばり、拳を握りしめ、フロラは全力で力を解き放った。
フロラの見た目からは想像できないその激しさに、リーゼは思わず圧倒されていた。
「なんなの!?こいつ!これが、アンドロイドというものなの・・・!?」
リーゼの体に、フロラの怒号がビリビリと響いた。
すると、フロラを締め付けている鎖がギチギチと音を立て始めた。
「ちょっと、嘘でしょ!?まずいわね!」
目の前の光景に驚き、リーゼは慌ててもう片方の腕を構えた。
「舐めてたわ・・・。本気でいくわよ。」
そう言うと、もう片方の腕輪から繋がった鎖も使い、合計二本の鎖でフロラの体を拘束した。
そして、腕輪の内側にあるスイッチを押すと、腕輪から鎖へ緑の光が流れ込み、それに反応するかのようにフロラを締め付ける力が強まった。
「うぐぅぅっ・・・・!」
体中を更に強く締め付けられ、苦痛に顔を歪めるフロラ。
しかし、目から力強さは失われてはいなかった。
「ぐうぅっ・・・!諦めない・・・!私はLMCなんて嫌いだ!ジェットと一緒に・・!」
フロラは再び全身に力を込めた。
「うああああああ!!!!!」
フロラの叫び声を抑えるかのようにリーゼも声を上げ、腕輪から鎖へと光を流し込んで力を強めた。
「はああああああ!!!!!」
その頃工場の一階では、息を押し殺してコンテナの陰に身を隠すキッドの姿があった。
部屋の壁に沿っていくつものコンテナやトラックが乱雑に並べられており、キッドはその中に隠れていた。
「どこ行ったんだぁ?侵入者は・・・。」
部屋の中央にある柱の周りの開けたスペースに、キッドを探しながら練り歩くキャノルがいる。栗のような形の髪とでっぷりとしたお腹をゆさゆさ揺らしながら、くりくりとしたつぶらな目で辺りをキョロキョロ見回し、手には大きなバズーカを持っている。
「なんなんだ、一体・・・。戦う姿勢を見せたと思ったら、いきなり逃げ出しやがって・・・。オレ様をおちょくってるのか?」
鼻息を荒くしながら怒り出したキャノルの独り言は、近くに隠れているキッドに聞こえていた。
キッドは武器を装備した手をガクガク震わせながら、物陰で怯えていた。
『くそ・・・、怖い・・・。屋敷の戦いではこんなこと無かったのに・・・!ジェットやフロラが一緒にいる時は・・・・怖く無かったのに・・・!今は自分一人だけだからか・・・?くそぉ・・・、体に力が入らねぇ・・・。せっかくここまで来たのに、オレ・・・情けねぇ・・・。』
キッドは初めて自分一人で挑むLMCの敵を相手に、想像をはるかに上回る恐怖を感じて身動きできなくなっていた。




