第15話 散
突如現れたLMCを名乗る女性を前に、四人は一斉に戦闘態勢を取った。
目の前に現れた、黒いパーカー、ホットパンツ、サンダルを着用する、茶髪のポニーテールの女性は、手に持った棒を四人に向けている。
手に持った棒の先には鋭い棘が付いており、指を指す代わりにそれをダイナたちに向けて指しながら笑みを浮かべている。
緊張が走る中、キッドが口を開いた。
「十二武将って、屋敷で戦ったあの双子が言ってたやつか・・・!じゃあさっきの色黒の奴も・・・!」
色黒という言葉にヴァリィが反応した。
「色黒!?まさか、ウェイブの奴ポジションを無視して獲物を狙ったの・・・!?そういえばオレンジ頭の義手のガキがいるって聞いてたけど、いないわね・・・。ウェイブはそいつを狙ったってことね・・・!全く油断も隙も無いわ!」
ヴァリィは一人でブツブツと話しながら悔しがった。
「さっきの奴なら、もうジェットに倒されてる頃だろうよ!」
カイトが自信満々に話すと、悔しがっていたヴァリィが突然笑い出した。
「あははは!倒される!?確かにあいつは雑魚だけど、ガキにやられる程じゃないわ!」
笑い続けるヴァリィを見るダイナは十二武将の話などに興味は無く、もっと気になることがあった。
「メビウスはどこだ?」
話の流れを断ち切るダイナの問に、ヴァリィの笑い声がピタリと止まった。
「は?メビウス?知らないわよ。この工場にすでに入り込んでるみたいだけど、私はあんたたちの始末担当で、メビウスは担当じゃないの。他の十二武将が相手してるんじゃない?」
始末担当という残酷な言葉にキッドは身震いした。
「担当なんてあるのか・・・。お前はオレたちを始末するためにここで待ち構えてたのか・・・。」
ヴァリィはキッドの緊張が張り詰めた表情を見て得意気になった。
「そうよ。本当は建物の一階で待ち構えてたんだけど、いくら何でも正面から突っ込んでくるわけないと思ったから、自分の勘に従ってここで待ち構えてたの。そしたら大アタリだったってわけ。あんたたちは私に見つかって大ハズレだけどね。」
得意気になる敵の顔を見たダイナは機嫌を悪くした。
「確かにメビウスの居場所知らねぇなんて大ハズレだな。使えねぇ奴だぜ。」
ダイナの不意を突く刺々しい発言にヴァリィの表情が険しくなった。
「なんなのあんた?レディーに対する言葉遣いがなってないわね。まあいいわ。とりあえず、あたしのこの『銛』で、四人まとめて始末してあげるわ!」
おもむろに、ヴァリィは手にした銛を握りしめ、四人めがけて勢いよく投げつけた。
「避けろ!」
ダイナの一言で、フロラ、キッド、カイトが横に飛んでかわした。ダイナは軽くステップを踏んでかわすと一瞬で反撃に転じ、ヴァリィに突進した。
「うっ、こいつ、速っ・・・!?」
驚くヴァリィにめがけてダイナは義足の右足を振り上げ、ハイキックを放った。
「オラ!」
「くっ・・・!」
ヴァリィは身を屈めてギリギリのところでかわすと、腕を前に突き出した。
すると、腕輪が銛に繋がった糸を高速で巻き取り、銛を手元に回収したと同時にダイナめがけて突いた。
「危ね!」
ダイナはバック転をしてかわしつつ距離を取った。
ヴァリィは銛を構えて体制を立て直した。
「なかなかやるじゃない、あんた。」
見くびっていた獲物の実力をヴァリィが認めた。
「うるせぇよ。黙れ。」
「ホント、ムカつくわね・・・。」
すると、後ろからフロラ、キッド、カイトが一斉にヴァリィに攻撃を仕掛けた。
「うおおぉぉぉ!!」
「うっ・・・。」
三人の同時攻撃に慌てながら、ヴァリィはフロラのロケットフィストをかわし、続くキッドのジャイロスフィアを何とか避け、カイトのブレイカーの一撃を棒で防いだが、大剣の重さによろけた。
「くっ、うっとうしいわね!・・・仕方ない、この場で四人同時に仕留めるのは諦めるしかないか・・!」
そう言うと、ヴァリィは手にした銛を思い切りキッドの足元へ投げつけた。
「うわっ!!」
キッドは後ろに飛んでかわしたが、その瞬間「バキッ!」という音が鳴った。
刺さった銛は足場の連結部分を破壊し、重みに耐えきれなくなった通路がぐにゃりと曲がり、キッドの立っている足場が崩れた。
「うわっ・・・!」
「キッド!?」
カイトが慌ててキッドの手を掴もうとしたが間に合わなかった。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
「キッドー!!」
キッドの体ははるか下の暗闇へと落下していった。
「そんな・・・!」
突然の出来事にフロラが愕然とする。
「くそぉ!てめぇ!」
カイトが怒りを露わにすると、ヴァリィは銛の糸を掴んで振り回した。
「ほらほら!危ないよ!」
「くそ!」
カイトとダイナがしゃがんで避けると同時にヴァリィはフロラめがけて走り、フロラの体を担いだ。
「とりあえず、こいつだけでも頂いていくよ!」
「きゃっ!?」
フロラを担いだヴァリィは通路の手すりに素早く銛をひっかけると、糸を伸ばしながらターザンのように軽やかに一つ下の階の通路へと降り立った。
「しまった!くそっ!せこいことしやがって!」
ダイナもヴァリィを追いかけて手すりから飛び降り、下の階の通路へと降り立つと、カイトに向かって叫んだ。
「カイト!お前はキッドを頼む!」
カイトもヴァリィを追いかけようとしていたが、ダイナにキッドを頼まれて踏みとどまった。
「わかった!フロラは任せた!気をつけろよ!」
大声で返事をしたカイトが下の階へ降りる階段を目指して走っていった。
ヴァリィを追いかけるダイナはいつの間にかフロラたちに加担してしまっていることに気付き、自分に呆れていた。
「相変わらず、なんでオレはこんなことやってんだ・・・。はぁ・・・、まあいいか。どうせメビウスを探すためにはLMCが邪魔だしな。協力関係ってことことにしとくか。」
とりあえずフロラたちに協力する理由を無理やり決めて自分に言い聞かせたダイナは、すでにヴァリィに迫っていた。
「離して!」
「ジタバタするな!」
暴れるフロラを担いで逃げるヴァリィに、俊足のダイナが追いつくのは時間がかからなかった。
「オラ!喧嘩売って逃げるとか、ショボいことしてんじゃねーよ!」
ダイナはヴァリィに向かって飛んだ。
「くそっ・・・!」
「きゃあ!」
ヴァリィは飛んでくるダイナに向かってフロラを投げつけた。
「いっ・・!?ぐえっ・・!」
ダイナは慌てて足を曲げてフロラを蹴らないようにしたが、フロラとぶつかって床に転んだ。
「痛ってぇ・・。おい、大丈夫か!?」
「痛たた・・・。うん、大丈夫だよ。ごめんね・・・。」
二人が起き上がると、ヴァリィがこちらを見て堂々と立っていた。
「ふん・・・。まあこれでちょうどいいくらいかな。狭い場所での四人相手はごちゃごちゃしてて戦いにくかったけど、二人ならまとめて始末してあげるわ。」
ヴァリィは二人にじりじりと迫りながら銛を構えた。
すると、ダイナはフロラを後ろにグイと押しのけた。
「フロラ、こいつはオレがやる。お前は下に落ちたキッドを助けに行ってカイトと合流しろ。」
ダイナの突然の申し出にフロラは驚いた。
「えっ!?ダイナまで一人で戦うの?だ、大丈夫なの・・・?」
ジェットに続き、ダイナまで一人で戦うことに不安を感じ始めるフロラ。
「行かせないわよ!」
ダイナの話が聞こえたヴァリィはそれを阻止するため、一番優先的に狙うフロラめがけて銛を投げた。
「ガン!」という音を立て、迫りくる銛をダイナが蹴り飛ばした。
「早く行け!キッドを助けて来い!」
「わ、わかった!」
ダイナの叫びでフロラは振り返り、下へ降りる階段を目指した。
大物の獲物を逃がされたヴァリィは一気に不機嫌になり、ダイナをにらみつけた。
「くそ・・・!余計なことしてくれたわね!逃げたあいつの分、あんたの首で埋め合わせてもらうわよ!」
ダイナもヴァリィに負けず劣らず不機嫌そうに、義足の足でトントンと床を踏み鳴らして戦闘態勢を取った。
「余計なことされたのはこっちだぜ、ホント・・・。くそ面倒くせぇことしてくれやがってよぉ・・・。女だからって容赦しねぇ。蹴り飛ばされる覚悟はできてんだろうなぁ!?」
キッドを探すため、建物の南側の階段を通って下の階へと降り続けるフロラは焦りと不安でいっぱいだった。
「キッドもジェットもダイナもカイトも・・・、みんな大丈夫かな・・・?」
不安に駆られて思わず呟いたその時。
「あっ・・!?」
「バシッ!」という音が鳴り、何か硬いものがフロラの左足を捕らえた。
足の自由を奪われ転倒したフロラは左足を見た。
「痛たたた・・・。何これ・・・?」
足を見ると、先端に鋭い棘の付いた鎖が巻き付いていた。不気味な黒い鎖は緑色の光を帯びている。
「うーっ、取れない・・・。どうなってるの・・・?」
フロラが両手で外そうとするが、何故か鎖はビクともせず足に絡みつきぴったりとくっついて離れない。
「フフフ・・・。メビウスを待ち構えていたら、思わぬ大当たりね。まさかアンドロイドが一人でやってくるなんて。」
「えっ!?誰?」
当然聞こえた声にフロラが思わず振り向くと、鎖の先に一人の女性が立っていた。
黒髪のショートヘアーの女性は不気味に笑っている。
「私はLMC十二武将の一人『鎖』のリーゼ。LMCの追手から逃げてきたあなたなら、私がどんな人かわかるかしら・・・?」
突如告げられたLMCという言葉にフロラは敏感に反応した。
「え、LMC・・・!敵・・・!?」
驚いたフロラの顔を見たリーゼは感心した。
「すごいじゃない、その顔。もうLMCがどんな組織かわかってるって顔ね・・・。じゃあ、今の自分の状況もわかるわよね・・・?」
その頃、落下したキッドは地面から5メートル程の高さのところで、中央の柱にピタリとくっついて止まっていた。
「あ、危ねぇ・・・・・。ハァ、ハァ・・・・。もう少しで死ぬところだった・・・。」
キッドは磁力の力を持つグローブで中央の柱になんとかへばりつき、ギリギリのところで地面への落下を防いでいた。
死に直面した恐怖から落ち着きを取り戻し、両手を少しずつずらしながらゆっくりと地面に降り立った。
上を見上げると、さっきまで立っていた場所は全く見えず、思わず身震いした。
「どんだけ高いところから落ちたんだ・・・。これが無きゃ死んでたな・・・。それにしても、みんな大丈夫か・・・?早く戻らねぇとな。えっと、上への階段はどこだ・・・?」
仲間の元へ戻るため、上への階段を探し始めるキッド。
辺りは魔女を輸送したトラックやコンテナなどの資材が置かれており、周りがよく見渡せなかった。
「くそっ・・、階段はどこだ!?おっ・・、あったあった!・・・・ん?」
なんとか階段を見つけたが、階段のそばに誰かが立っているのが見えた。
その人物はキッドに気付き、驚きながら声を上げた。
「だ、誰だ・・・!?メビウスか・・・・?あれ・・・違う・・・?ふーっ、良かった。」
男は一瞬驚く様子を見せたが、歩いてきたキッドがメビウスではないことに気付くと安心したような様子を見せた。
その様子を見たキッドは不安を感じ、武器を構えた。
「お前こそ誰だ!?まさか、LMCか!?」
男は自信満々にキッドの方へ近づいてきた。胸にはLMCの紋章が付いており、何か大きな筒のようなものを背負っている。
武器を持つキッドの手に力が入った。
「LMCだな・・・!」
キッドがそう呟くと、男が堂々と声を出した。
「そうだ!オレ様はLMC十二武将の一人、キャノル様だ!お前がメビウスと戦っていたという奴だな?ここで始末してやる!」
工場の五階、建物の北側の階段を下へと急ぐカイトの姿があった。
「ああああ!あと何階あるんだよ!?いい加減、一階はまだか!?」
十階分の階段を駆け下りたカイトはいったん立ち止まり息を整えたが、キッドの事を考えると休んでいる場合ではないと思い、再び走り始めた。
「くそ・・・、大丈夫かキッドの奴・・・?まさか、死んでねぇよな・・・?都合良く、なんか柔らかいクッションとかの上に落ちてるよな・・・?」
不安になりながらも無理やりポジティブに考え、自分を落ち着かせながら先を急ぐカイト。
すると、すぐ近くにある扉のランプが光り、そこから機械の音声が聞こえてきた。
『五階に到着しました。』
カイトが音声の聞こえる方を見ると、扉の上に20FからB1Fまでの数字があり、5Fの部分が光っていた。
その扉を見たカイトは愕然と崩れ落ちた。
「エレベーターあったのかよ!?もうちょいわかりやすくしろよ!」
すると、悔しがるカイトの耳に誰かの声が聞こえてきた。
「いやー、ガキどもの撃退を任されてる時にトイレに行きたくなるなんて、オレもすっかりおっさんだな・・・ん?」
エレベータの中から中年の男が姿を現し、カイトと出くわした。
中年の男がカイトの姿を見てポカンとした表情で立ち止まる。
「あんた誰・・・?」
あまりに突然の遭遇にカイトも驚いて立ちすくんだ。
「まさか・・・LMC・・・?」
「まさか・・・メビウスと戦ってたっていう・・・?」
二人が同時に察した。
「あああああ!!!!?」
慌てて距離を開ける二人。
カイトは思わず武器を構えた。
「お、脅かしやがって・・・!てめぇLMCだなコラァ!」
武器を取り出したカイトの姿を見ると、男は急に冷静になった。
「ほう・・・。ここまでやって来たということは、お前がメビウスと戦っていたという奴で間違いなさそうだな。オレはLMC十二武将のラチェット。おっさんだが若者にはまだまだ負けんよ・・・。」




