第10話 追跡
「勘違い・・・?」
カイトはジェットの話を理解できなかった。
険しい表情のままジェットは話を続けた。
「ああ。オレたちは今まで魔女が自分たちの都合で好き勝手に暴れてるんだと思ってたけど、実際はLMCから無我夢中で逃げているだけじゃないかと思うんだ。」
カイトはまだ理解できないといった表情をしている。
「LMCから逃げるって・・・、なんで逃げる必要があるんだ?」
カイトの問にジェットは言葉に詰まり、難しそうな表情をして下を向いた。
「逃げる理由は・・・わからない。けどきっと、魔女を捕まえた治安部隊を・・・、LMCの奴らを追いかければ、何かわかるはずだ!」
ジェットが拳を強く握りしめた。
「オレは・・・もう・・・誰かがLMCの犠牲になるのは嫌だ・・!」
ジェットは顔を上げ、再び強い眼差しでカイトを見た。
カイトはその表情にジェットの意志の強さを感じた。
「なるほどな・・・、LMCの話になる度にやたらと険しい表情をすると思ったが、お前らはLMCに何かしら因縁があるんだな。・・・わかったよ。付き合ってやろうじゃねぇか!魔女を助けて、それから、LMCが何の目的で魔女を連れて行くのか暴いてやろうぜ!」
カイトが屈強な体格に見合った大声でジェットたちに協力することを宣言した。
思いもよらずカイトが協力してくれることになり、ジェットは驚いた。
「え!?大丈夫なのか?かなり危険なところに行くんだぞ。」
カイトはジェットの忠告を聞きもせず、目はすでに前を見ていた。
「構わねぇさ!この暴動の原因を根本から解決しねぇと、いつまでたっても危険なままだ。それに、理由もわからないままビクビク怯えるのも癪だしな!ちなみに、実はオレもLMCにはちょっとばかり因縁があってな。ついでに確かめに行くことにするわ!」
カイトは手のひらに拳を叩きつけながらニコッと笑った。
その顔を見たジェットはカイトの決意を感じて安心した。
キッドの方を見ると、もはや意思確認が必要のないくらい決意に満ちた表情で前を向いていた。
「ジェット、オレも行くぜ。もしかしたら親父の事に関する手がかりをつかめるかも知れねぇしな。」
キッドが武器を装備し、堂々とした口調で答えた。
ジェットはフロラの方を見た。
「フロラは街の出口で顔を隠して待っていてくれ。この先は危険だ。何が起こるかわから・・・」
「嫌だ!私も一緒に行く!」
ジェットの言葉を遮り、フロラが強く叫んだ。
珍しく反抗するフロラの態度にジェットは一瞬戸惑った。
「な・・、お前、この先はLMCの領域なんだぞ!?お前を連れていけるわけねぇだろ!ここでおとなしく待ってろ!」
ジェットがフロラの肩を掴み、無理やり説得しようとした。
すると、フロラは自分の肩を掴んでいるジェットの手を強く握りしめた。
「LMCに傷つけられる人を見たくないのは私も一緒だよ!!」
フロラの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。しかし、それでもしっかりとジェットの目を見ていた。
「フロラ・・・お前・・・」
初めて見るフロラの強い意志にジェットはしばらく何も言えなかった。
「ジェット・・・。私は・・・難しいことはよくわからない・・・。けど・・、ここで私だけ逃げて、ジェットやみんなだけが傷ついて、そんな姿でDr.アクアに・・・、私を作った人に会うのは嫌だよ・・・。私もみんなと一緒に戦いたい!」
フロラの目からは涙がこぼれ落ちていた。
その姿を見て、ジェットは苦悩の表情で下を向いた。
すると、カイトがジェットの肩にポンと手を置いた。
「一緒に連れて行ってやろうぜ。ジェット。」
「カイト・・・。」
ジェットがカイトの方を見る。
カイトはニッコリと笑みを浮かべ、ジェットの背中をバシバシと叩いた。
「なんとなくだが話はわかった。フロラも魔女と同じでLMCから狙われてるんだな?だが、フロラがそれでも行くってんならそれでいいじゃねぇか。それに、ここに残ったって安全とは限らねぇんだぜ。」
背中を叩かれながらジェットが葛藤する。
「お前なぁ、そんな簡単なことじゃねぇんだぞ・・・。・・・あぁ・・よし!わかった!フロラも行くぞ!」
ジェットが決断し、フロラを真っすぐ見た。
「ありがとう!ジェット!」
泣いていたフロラがジェットの決断で笑顔になった。
ジェットはポケットに手を入れ、小さな機械のようなものを取り出してフロラに渡した。
「フロラ、この発信機を持っていてくれ。これがあれば、お前がどこにいてもオレの持ってる受信機で居場所がわかるようになってる。いざという時の為に用意しておいたんだ。もしはぐれたりしたらすぐに助けに行くから、絶対に無くさないように持っておくんだ。いいな?」
「うん!わかった!」
フロラはジェットから渡された発信機をポケットに入れ、笑顔で返事をした。
「よし、じゃあ行くぞ!」
「おう!」
ジェットの合図で4人は走りだした。
爆発が起こった地点を通り抜け、治安部隊が出入りするというLMCの工場と都市の中心をつなぐ、一本の大きな道にたどり着いた。
4人がいる場所からLMCの工場へは、車が何台も通れる大きな一本道でつながっているものの、かなりの距離があった。
「魔女め!おとなしくしろ!!」
「きゃあああ!!」
辺りは治安部隊、魔法を放ちながら逃げ惑う魔女、一般人が入り乱れ、大パニックだった。
魔女は魔法を放って抵抗し、治安部隊は麻酔銃を使用し魔女を捕らえていく。
「くそ!どうすりゃいいんだ・・・!」
その光景を眺めているジェットはどうすることもできず、もどかしさを感じていた。
「落ち着け!一人一人助けてもキリがねぇ。捕まった魔女はどこかに連れて行かれるはずだから、魔女を捕まえた治安部隊の後を追いかけるんだ!」
カイトがジェットを落ち着かせるように言った。
「あ、見て!魔女が連れて行かれるよ!」
フロラが叫びながら指を指した。
フロラの指す方を見ると、建物の陰に黒い大きなトラックが止まっており、魔女を抱えた治安部隊の隊員がそこに続々と集まっていくのが見えた。
治安部隊に抱えられた魔女は麻酔でぐったりしているものもいれば、力ずくで取り押さえられ激しくもがいているものもいた。
「あのトラックでどこかに連れて行く気だ!」
捕まった魔女が次々とトラックの荷台に放り込まれるのを見ながら、キッドが言った。
トラックの荷台は屋根と壁が付いており、中が見えないようになっている。外からこの街に入ってきて爆発した先程のトラックと同じ形をしている。
その様子を見たジェットが急にカイトに話しかけた。
「カイト。魔女はいつもどこからともなく現れるって言ってたよな?」
突然話しかけられ、驚いたカイトが答えた。
「ああ・・。いつも何かしら爆発に紛れて魔女が姿を現すんだ。それがどうしたんだ?」
ジェットは前方にあるトラックを見ながら言った。
「たぶん、魔女はいつもトラックの中から出てきてるんだよ。さっきも、トラックが爆発してそれと同時に魔女が姿を現して逃げてきた。おそらく、爆発したトラックは街の外で捕まえた魔女をこの街まで運んできていたけど、輸送中に魔女の抵抗か何かで爆発させられたんだ。街の人はその爆発や、逃げながら魔法を放つ魔女の姿を見て、いつしか魔女の暴動だと思い込むようになったんじゃないかな?」
カイトは下を向き、真剣な表情で考えながら話した。
「言われてみれば・・・。爆発より先に魔女の姿を見たことはねぇな・・・。まてよ・・・、物を壊すことはあっても、直接人を襲うところは見たことがねぇ・・・。じゃあ本当に・・・、魔女が必死でLMCから逃げる様子が、オレたちには暴動のように見えていただけだったってのか・・・?」
カイトは今までの勘違いを実感すると同時に、罪悪感を感じ始めていた。
「オレたちの勘違いのせいで・・・、魔女を見捨てていたってことなのか・・・?」
下を向きながらぶつぶつと呟くカイト。
すると、キッドが落ち込むカイトに声をかけた。
「カイト、お前のせいじゃないだろ。魔女を捕まえてる治安部隊は・・・、LMCは・・・、あくまで魔女の暴動だと装っている。市民を守るふりをして、真実を隠してたんだよ。だからみんな気付けなかったんだ。」
それを聞いたカイトの顔が少しずつ、落胆の表情から怒りの表情に変わった。
「そうか・・・。くそぉLMCの野郎・・・!オレたちを騙してやがったのかよ!」
カイトが拳を強く握りしめると、ジェットが口を開いた。
「逃げ出した魔女を捕まえる治安部隊がLMCなら、トラックで外からこの街に魔女を運んできたのもLMCのはず。だとしたら、魔女を乗せたあのトラックが向かう先は・・・。」
「あの工場か!」
キッドとカイトが同時に叫び、全員が目前にそびえ立つ街で一番巨大なLMCの工場を見た。
「魔女はいつもあの工場に運び込まれてたってことか!」
カイトが叫んだ。
すると、ある程度魔女を乗せ終えたトラックが大通りを通って、今まさにジェットたちが見ているLMCの工場へ向かって走り出した。
「あっ、連れて行かれちゃう!どうしようジェット!?」
フロラが叫んだ。
「くっそぉ・・・。追いかけるしかねぇか・・・。」
ジェットは仕方なくトラックの後を追い、前方にそびえ立つLMCの工場に向かって走り出そうとした、その時。
「ズドォォン!!」
大きな音が鳴り響いた、次の瞬間、工場へ向かって走っていたトラックがゆっくりと横転した。
「うわっ・・!なんだ!?」
驚いてその光景を眺めるジェットたち。
すると、転倒したトラックの中から捕まえられていた魔女たちが一斉に飛び出し、一目散に逃げ出した。
「魔女が逃げてくる!」
フロラが驚きながら叫んだ。
「一体何が起こったんだ!?魔女が抵抗したのか?」
状況を理解しようとするジェット。
「私がやったのよ。」
「え?」
突然、ジェットの目の前に一人の人間が降ってきた。
「な・・!?誰だ!?」
慌てて距離を開けるジェットたち。
スタッと地面に着地し、その人はゆっくりとジェットたちの方を見た。
ジェットたちが落ち着いて見ると、その人は全身黒い服を着た女性で、上半身にえんじ色のローブを纏っている。
背中まで届く銀髪のロングヘアーを括ってまとめており、無表情で鋭い目つきをしていた。
その姿を見ると、ジェットの口から自然に言葉が出た。
「魔女・・・?」
その女性はゆっくりと返事をした。
「ええ・・、魔女よ・・・。」
どこか不気味なオーラを放つ魔女を前にし、ジェットたちは全員危険を察知した。
逃げ惑っていたさっきまでの魔女とは何かが違う、ジェットたちはそう感じていた。
目の前の魔女がゆっくりと口を開いた。
「あなたたちはLMCじゃないわね・・・。こんな所まで何しに来たの?」
ジェットは様子を伺いつつも、力強く答えた。
「・・・魔女を助けて、・・・LMCが魔女を連れ去る理由を暴くためだ!」
ジェットの言葉を聞いた魔女は一瞬ピクリと反応したが、何事も無かったかのように話した。
「魔女を助ける・・・?どういうつもりか知らないけど、余計なお世話。あなたたちの助けなんか必要無い。」
「え!?」
予想外の返事にジェットたちは戸惑った。
戸惑うジェットたちを気にもせず、魔女は淡々と話す。
「私たち魔女は昔から人間が大嫌いなの。人間に連れ去られて人間に助けられるなんて、そんな人間に翻弄されるようなことはごめんだわ。この先にいる魔女たちは私が助けるから、わかったらさっさと帰って。」
動揺するジェットはゆっくりと尋ねた。
「あんた一人で助けられるのか・・・?」
魔女は少しだけ下を向いた。
「私一人で全員を助けられる保証は無いわ・・・。だけど、これは魔女の問題よ。あなたたち人間に協力されても嬉しくないし、むしろ迷惑なの。魔女を連れ去る理由を暴くとか言ってたけど、それも含めてあなたたちには関係の無いことよ。」
魔女の話を聞いたジェットはしばらく呆然としていた。
さっきまで逃げ惑い、涙を流す魔女の姿を見てきたジェットにとって、突然現れた目の前の魔女の主張は受け入れ難いものだった。
目の前の魔女の主張と助けを求めてきた魔女の姿の間で心を揺さぶられたが、ジェットは力強く話した。
「オレは・・・魔女が泣いているのを見たんだ!助けてって言われたんだ!それを・・・ほっとけるわけねぇだろ!全員助けられる保証は無いだと・・・!?オレたちが協力すれば、一人でも多く助けられるんじゃねぇのか!?」
ジェットの強い言葉を受けた魔女は深いため息をついた。
「そう・・・。まあ、いくら魔女でも、死に直面すれば人間にも助けを求めるのかも知れないわね。でも、それでも人間に魔女と関わってほしくないの。あなたたちがどうしても魔女を助けようとするなら・・・、善人ぶろうとするなら・・・、この先へ進もうとするなら・・・、容赦はしない。力ずくでねじ伏せるわ。悪いけど、他の魔女がすでに捕まってるからあまり時間が無いの。一瞬で終わらせるわ。」
魔女はそう言うと、ローブから両手を出し戦闘態勢を取った。
「くっそ・・・。仕方ねぇ・・・。」
ジェットも袖をまくり戦闘態勢に入ろうとしたが、フロラ、キッド、カイトは迷っていた。
「おい、ジェット!本当にやるのかよ!?魔女を助けに来たのに魔女と戦うなんて・・・!」キッドが慌てて尋ねたがジェットは聞き入れる様子は無く、前を向いたままゆっくりと話した。
「オレは正直、魔女の事はなんにも知らねぇよ。魔女が人間を嫌ってるってこともたった今知った。だけど・・・、そんなくだらない理由で、LMCの犠牲になりそうな奴を見過ごせねぇよ!魔女だろうが人間だろうが関係ない!邪魔する奴はぶっ飛ばす!LMCの犠牲になりそうな奴は守る!それだけだ!オレはなんとしても前へ・・・LMCの工場へ進む!」
ジェットの言葉を聞いた魔女は少し下を向き、しばらく黙ったままだった。
フロラ、キッド、カイトはジェットの発言で戦う決意を固めた。
「・・・はぁ、仕方ねぇな。いっちょやったるかぁ!」
カイトが大声をあげ、ジェット以外の三人も戦闘態勢を取った。
下を向いていた魔女が顔を上げ、戦闘態勢を取る4人を鋭い目つきで見た。
「『くだらない理由』ですって・・・?あなたたち、本当に何も知らないのね。魔女と人間の歴史さえも・・・。いいわ、二度と魔女と関わりたくないと思えるように、4人まとめて返り討ちにしてあげる。」




