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HUMANOID  作者: 青草 光
第Ⅰ章 旅立ち編
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第1話 降ってきた少女

その日、ジェットはいつもより早く目が覚めた。


いつもはお昼前に起きて朝食か昼食かわからない食事を取り、適当に身支度を済ませて仕事を始めるのだが、その日だけはなぜか二時間程早く目が覚めてしまった。


「ん……あれ……、まだ10時か……。変な時間に目ぇ覚めちまったな……。まあ、たまには早起きするか」


オレンジ色のボサボサの髪を左手でぐしゃぐしゃかきむしりながら起きると、のそのそと机に向かい、机に置かれている金属でできた『右腕』を左手でつかみ、自分の右肩の部分に装着した。


義手は重厚な金属でできており、さながら鎧の小手の様な見た目をしている。


「この義手もそろそろメンテナンスしないとな……」


そう言いながら、義手の右手でテーブルの上のパンをつかんでほおばる。

続けて、生身の左手でミルクをカップに入れて飲み干すと、洗面台へ行き歯を磨き始めた。

オレンジ色の寝癖が揺れる。


歯を磨きながらテレビをつけるとニュースがやっている。特に見たい番組があるわけでもないが、何となくリモコンでチャンネルを切り替えていく。


「LMC社が新製品を発売……」「ニューオークスでまた魔女による暴動……」「週末の天気は……」


一通りチャンネルを切り替えると歯磨きを終え、壁にかけているボロボロの「つなぎ」を着る。

自分の頬を手で強く叩き、気合を入れる。


「しゃあ!!今日も働くか!」



ジェットは家の入り口に、『修理屋 ご依頼受付中!』と書かれた木製の看板を立てた。


「たまってる仕事片づけねえとな……」


ジェットは先日依頼を受けていた洗濯機の修理作業に取り掛かる。

慣れた手つきでネジを外し分解してゆく。


作業をする傍ら、テレビではニュース番組が流れていた。


「世界一の大企業LMCが世界初の人工知能を持った人造人間『アンドロイド』を開発したということが先程発表されました。公開は来月になる予定です。この後LMCオーナーの記者会見が……」


作業していたジェットの腕が止まる。


「アンドロイド!? マジかよ、LMCすげえな!さすが世界一の企業!」


ドライバーとペンチを持ったまま興奮気味に叫ぶ。


「すいませーん。電子レンジ修理して欲しいんですけどー」


新しいお客さんが入り口から声をかけたので、ジェットは慌てて飛び出していく。


「はいはーい。すぐ行きまーす!」


入り口には何度か依頼を受けたことがある若い女性のお客さんが電子レンジを抱えて立っていた。ジェットが電子レンジを受け取る。


「いつも悪いわねジェット君、ところで叫び声が聞こえたけど何かあったの?」


女性がくすくす笑いながら尋ねたので、ジェットは聞かれてたのかと思い、照れくさくなりながら答えた。


「いやぁ、LMCがまた新しいものを作ったっていうニュースを見て熱くなっちゃって……」


「相変わらず機械のことになると夢中になるのね。でも、だからこそ安心して依頼できるわ。まだ、15歳なのに一人で働いて生活して、しっかりしてるわね」


「ありがとうございます。不具合のある部分はどこですか?……修理に数日時間を頂きますが……、お代金の見積もりは……」


お客さんとのやり取りを終え、部屋に戻り作業を再開する。




12時を回り、仕事も一段落したので、ジェットは昼食を取ることにした。

いつもならこの時間に起きて、仕事を始めている。

テレビでは朝から引き続きアンドロイドのニュースが続いており、ジェットは椅子の上であぐらをかき、ご飯を口にかきこみながら食い入るように見ていた。


「電化製品を始めとする機械部門で今や世界トップのシェアを誇る巨大企業『Limitless Mechanical Company』通称LMC社が今回開発したというアンドロイドは、『人工知能』が搭載されている、つまり学習機能が備わっているということです。またそれだけでなく、夢の新技術『エターナルバッテリー』と呼ばれる無限に持続するバッテリーが使われており、まるで一人の人間のように活動することができるんです。」


ジェットはまた熱くなっていた。


「LMCの技術はすげえな。オレもいつかこの会社に入って……」


手に握ったスプーンを思い切り頭の上に掲げた、その瞬間だった。


「ドオオォォォン!!!」


何かが爆発したかのようなとてつもない大きな音と振動が響きわたり、ジェットは椅子から転げ落ちた。


「なっ……!なんだ……地震か!!?」


慌てて家を飛び出しあたりを見回すと、家の裏にある森から煙が上がっていた。

近隣の家に住んでいる人もジェットと同じように家から飛び出していた。


「何か事故でもあったのか……?」


ただならぬ雰囲気を感じ、ジェットは森へと駆けてゆく。




モクモクと上がっている煙を目印に森の中を進んでいくと、煙の下には幅2メートル程の正方形のコンテナがあった。コンテナは地面にめり込み、小さなクレーターを作って、土煙を上げている。


「何だ……これ……。空から降ってきたのか……?」


おそるおそる近づくジェット。


コンテナはかなり頑丈そうだが、落下の衝撃だろうか、フタがかなり歪んでおり中が少し見えるくらいの隙間ができている。


ジェットはゴクリと息を呑み込んだ後、フタを手でつかみ引っ張った。


「うぉらっ!」


ガコッとフタが外れると、中から冷気が漏れ出てきた。


「うおっ……!」


思わず後ずさりしつつ目を凝らすと、中に人の影が見えた。

やがて、冷気が少しずつ無くなり、人の影がだんだんはっきり浮かび上がってくる。


「……!!」


ジェットは驚いた。中に入っていたのは女の子だった。


その少女の見た目は自分と同じくらいの年齢だろうか、少しやせている体型で、背中くらいまであるきれいな黒髪を緑色のリボンでツインテールにしている。上は白いノースリーブのシャツ、下はスパッツをはいており、腰には緑色の布が巻かれ、スニーカーを履いている。

コンテナの中は、外からの衝撃を和らげるクッションが詰められていて、少女の体は動かないよう金具で固定されており、目をつむったままピクリとも動かない。


「………………」


ジェットはしばらく言葉を失い、呆然と立ち尽くしていた。

コンテナの中に人が入っている、何故?どこから来たのか?なんでこうなった?

たくさんの疑問が頭の中に浮かんできたが、落ち着いて声をかけてみる。


「お、おーい。大丈夫かー? 怪我は無ぇかー?」


少女は全く反応しない。


ジェットはとりあえず、少女の体を固定している金具を外すことにした。

幸いにも作業着のままだったので、腰に付けたポーチには仕事で使う工具が一式入っていた。


首・腕・胴体・足を固定している金具を順番に外し終わると、コンテナから出すために少女の体を抱きかかえた。

やましい気持ちなどはないのだが、女性を抱きかかえるということに緊張するジェット。思った以上に軽く、香水のような香りがした。


近くの草むらの上にゆっくりと少女を寝かせた、まさにその時だった。


「おはよう」


少女が目を覚ました。


「うわあっっ!!?」


あまりにいきなりの出来事にジェットは驚き、尻もちをついた。


「なん……え……?目が覚めたのか!?」


少女は何事も無かったかのように突然パチリと目を開き、ジェットに挨拶をした。

少女はむくりと上半身を起こし、座った状態でジェットの方を見た。


「あなたは誰?」


呆然とするジェットに首をかしげながら尋ねる。


少女はとてもきれいな目をしていた。呆然としつつもそのきれいさに少し見とれていたジェットは慌てて答える。


「お、オレはジェット。ジェット・スカイファインだ。お前の名前は?」


ジェットが尋ねると、少女は少し黙った後に答えた。


「……わからない」


記憶喪失なのだろうかとジェットは少し戸惑う。


「頭を打ったりしたのか?どこか怪我してねえか?」


ジェットが心配して尋ねると、少女が答えた。


「左手が痛い……」


少女は痛そうな表情をしながら右手で左手首を抑えた。よく見ると手首が骨折しているであろう曲がり方をしている。


「大変だ!ちょっと見せてみろ!」


ジェットが駆け寄り、そっと手を添える。


「うっ……!」


少女が痛そうな声を出す。


「ご、ごめん!こりゃ完全に折れてるな……ん……?」


ジェットは何かに気付いた。


よく見ると手首の折れた部分の皮膚が破れ、そこから灰色の、まるで金属のようなものがむき出しになっている。まるで、自分の右腕の一部を見ているかのようだった。よく見ると血も一滴も出ていない。


「これは……義手……? 義手なのか?」


「ギシュ?ギシュって何・・?」


「オレの右腕みたいなやつだ。」


「・・・わかんない。」



ジェットの問いに、少女は痛そうな顔をしながら答えた。


『痛みがあるってことは、義手ではないのか?それともオレの知らない、神経が完全に通っているような義手があるのか?』


ジェットの頭の中にはいくつもの疑問が浮かび上がったが、あまり深く考えている余裕は無い。

義手なら、病院で診てもらうよりも自分の方が得意分野かもしれない、そう考えた。


「とりあえず一度オレの家で修理できるか見てみよう。森から出るから背中乗れ」


そういうとジェットは少女をおんぶした。

足元には先程ジェットがこじ開けたコンテナのフタが落ちている。

何気なく見るとそこには「LMC」と書かれていた。


『えっ……!?LMC……?ってことはこのコンテナはLMCの物なのか?じゃあこの子は一体……?』


ジェットは疑問を感じたまま、森の出口へ向かった。




家に着くと、ジェットは作業台の前の椅子に少女を座らせ、本格的な工具を引っ張り出した。


少女の腕を作業台の上に伸ばし、傷口を見る。


「やっぱりこれは義手だ。破れた皮膚もよく見ると人間の皮膚というよりは、薄いシリコンのようなものでできてる」


どうやら、これは神経が通っていて痛みなどの感覚を感じることのできる最新の義手なのだろう、ジェットはそう解釈した。

しかし、義手はかなり複雑な構造になっており、とても高度な技術を持った人が作ったことがジェットにはわかった。


『オレに修理できるだろうか?けど、この田舎町や近くの町にこのレベルの技術を持っている人はいない。遠くの町にはいるかもしれないが、時間もお金も無い。オレがやるしかない』


ジェットは葛藤の末決断した。


「今から頑張って修理するから、痛かったりするかもしれないけど、ちょっと我慢してくれ」


「うん。わかった」


ジェットの言葉に少女は真顔で答えた。




夜になり、町は明かりが消えとても静かになったが、ジェットの家だけは明かりがついていた。

夕方から始めた修理作業は夜中になっても終わっていなかった。


ジェットは想像以上に高度な技術で作られていた「手首」に苦戦する。


「こんな滑らかに動く機械見たことねぇぞ……」


少女は時折痛がることもあったがそれ以外は何も話さず、ただずっとジェットを見ていた。

ジェットは苦戦しつつも、目の前にある今まで見たことがないような技術に夢中になり、夕食も忘れて作業を進めていた。




窓の外がだんだん明るくなり、部屋に朝日が差し込む。


「最後に皮膚を縫って……と。 できた!!完成だ!治ったぞ!!!」


徹夜明けで目を真っ赤に充血させたジェットが叫び、夜明けと同時に少女の手は治った。


「動かしてみろ!痛くねぇか?」


少女がゆっくりと手首を動かしてみたが、痛みは全く感じられず動きにも問題無さそうだ。


少女がにっこりと笑った。


「……ありがとう。……ジェット」


「へへっ……どういたしまして!」


初めて名前を呼ばれたジェットは照れくさそうに返す。


「それにしても疲れたー……。もう朝か……」


ジェットは腰に手を当て、ぐっと背筋を伸ばす。


すると、家のポストに新聞が入る音が聞こえ、ジェットはのそのそとポストまで新聞を取りに行った。

新聞には表一面に「LMCアンドロイド開発!!」と書かれた記事が載っていた。


「昨日のニュースで言ってたやつか。ニュースより細かい説明が載ってるな……。えーと、なになに……?」


ジェットが新聞を声に出して読む。


「LMCが今回開発した『アンドロイド』は、極力人間に近づけることに力を入れている。例えば、学習機能以外にも、『痛みを感じる機能』や『人間とほぼ変わりない滑らかな動きができる構造』が備わっていることが、LMCオーナーの記者会見で発表された。また、今回のアンドロイドの性別は女性であることも併せて発表された」



「…………………………」



ジェットは何か違和感を感じた。

この内容を読んでも全く目新しさを感じない。というより、この内容をついさっきまで自分の目で確認していたような気がする。


顔を上げ、ゆっくり前を見ると少女がキョトンとした顔でこちらを見ている。



「こいつの腕だ…………!!!」



ジェットは叫んでいた。


「機械なのに痛みを感じていたし、人間のように滑らかな動きの構造をしていた……!」


ジェットは無意識のうちに立ち上がっており、心の中に「ある一つの予感」を感じ始めていた。


「オレが作業に夢中でほったらかしにしてたけど、冷静に考えるとこいつは作業が始まってから終わるまで、痛がる様子はあってもそれ以外一言もしゃべらなかった……。それどころか、『お腹すいたー』と

か、『トイレ行きたーい』とか、『眠いー』とかも言わなかった……」


ジェットの中の予感が少しづつ確信へと変わっていく。


少女は相変わらずキョトンとした顔で、ジェットを見ている。


ジェットの脳裏に、コンテナのフタに書かれていた「LMC」の文字が浮かび上がる。


「あのコンテナはLMCのもので、輸送中か何かの時に落としちまったものだとしたら、昨日の爆音も納得がいく……。そして中身のこいつが……!!」


点と点が一つに繋がり、ジェットの中の予感が確信へと変わった。


「お前がLMCの開発したアンドロイドか……!!!」


ものすごい形相で驚くジェットを見て、少女はまだキョトンとしていた。



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