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よん

今日の荷物は重い。張り切ってドリンク剤を買い込んだせいで、かなり大変になってしまった。指揮棒も近くの楽器屋で買い込んだし、ペンもOA用品の安売りの店を見つけてそれなりの量を用意できた。指揮棒に関しては、買った時、店員にすごい変な目で見られたけど、まぁしょうがない。ネット環境を用意できたらオンラインで買えばいいのだからそれまでの辛抱だ。


やっとこさ住む場所を決められたので両親様にも報告しなきゃな。何時ぞやみたいにアルバイト先にお金の無心に来られるのはさすがに迷惑だし。目の前に広がる部屋は、保証人なしの未成年が借りれるマンションの割にはそれなりに綺麗な部屋だ。っていうか家具がないせいか、綺麗すぎるし広すぎる。家賃は思い出すと胃が痛くなりそうな値段だけど、ホテルにいるよりかは幾分安い。


結局地元の不動産屋では見つからなかったから、都心の方に出ることになってしまった。高校は遠いしアルバイト先も遠い。働き場所も考えないと。でも、このマンション、明らかに出入りしてる人が自由業っぽい人が多いんだけど、大丈夫だろうか。引越しの挨拶に行った時も上下左右全員居留守だったよね。


つらつらと関係のないことを考えていると、いつものように目の前の景色が変わる。何人ものローブ姿の女性たちの前でエアリスが満面の笑みで出迎えてくれた。


「久しぶり」

「いらっしゃい。なんか色々重そうね」


抱え込んでいた荷物を必死の思いで持ち上げる。前回、前々回と毎回来るたびに渡される数束の100人の諭吉さんを考えて張り切ったけど、やっぱり持って来すぎたかもしれない。見かねたケリーが音もなく寄ってきて代わりに荷物を持ち上げてくれた。何だか悲しくなるのは、俺がすっごく苦労して持ち上げたはずの荷物をケリーが軽々と持ち上げている事実だ。前回、ミランダに貧相と言われたことを思い出す。もうちょっと体を鍛えた方がいいかな。


「ありがとう」

「いえ、この程度、お礼を言われるほどでもない」

「ほらそこ、さっさと応接間に移動するわよ」


我関せずで、先を行っていたエアリスが急かす。いつもの通り、召喚部屋を出た先の応接間までの道はエアリスといつものメイドさん、そして俺とミランダたち3人だけだ。いつも思うんだが、屋敷の中で見かける人間が圧倒的に少ないのに召喚部屋だけ人口密度が異常じゃないか。エアリスが作業をする時以外の時間は彼女たちはどうしてるんだろうか。


「そうそう、今日はどうするのか知らないけど夕方からは空けといてね」

「夕方?」

「実はね、実家の母にあなたの事がばれちゃって、どうしても会わせろって煩いのよ。悪いんだけど、会ってもらえる?」


いきなりだな。いや、別に会うのは問題はないけれど。


「母も私と同じでずっと神の国から装具を召喚してたから、神の国について色々質問があるらしいのよ」


もともと、エアリスの家系は女系でエアリスの父も入り婿だという。それというのも、地球から物を召喚する魔法自体がとても特殊かつ素質を必要とするらしいのだが、その素質はエアリスの一族の女にのみ受け継がれるんだとか。


最近はエアリスが家業の召喚を取り仕切っているが、何年か前までは彼女の母親がこの屋敷でその職にあり、エアリス自体は彼女の実家の本領で祖母に育てられたのだという。


「だから、母と言っても殆ど一緒に暮らしたこともないのよ」


あっけらかんと、話すエアリスだったが、慣れていない母親と会うのは彼女にとって結構緊張するもんなんだとか。俺の家族も相当なもんだと思ってたが、世の中には色んな家族の形があるもんだな。


応接間に着けば、メイドさんの入れてくれた紅茶を頂きながら、持ってきた商品の検分だ。といっても今回は試供品はないので、量の確認だけだ。


「やっぱり、このシキボウは良いわね。これなら少々高めでも捌けそう。何よりペンよね。今までだと同じ概念値のものを揃えるのが難しかったから値段もバラつかせてたけど、これなら一定の値段で下ろせるから助かるわ」


エアリスはホクホク顔で持ってきた商品を確認している。俺にはその概念値とやらが意味不明なんだが、まずペンを魔法の杖のようにして使うところが想像できない。そこらへんのことを聞いてみると、案外嫌な顔もせずに丁寧に説明してくれる。


「たしか神の国の装具を魔法の杖として使う分には消耗品だって話はしたことがあったわよね。別に杖を使わなくても魔法自体は使えなくはないんだけど、神の国の装具を魔杖として使うとその装具が持っている概念を通じて、より魔力が増幅されたり楽に使えうるようになるのね。ただ、魔力を通した分、概念がこっちの世界に順応してしまうから概念値が低い装具の場合長く使うことができないの」


そこらへんの詳しいところは魔法を詳しく教えてもらってからの方がわかりやすいらしいので、今はここら辺で納得しておく。


つつがなく商品の確認も終わって、メイドさんがお茶のお代わりを配ってくれた。エアリスは商品を呼びつけたメイドさん2号と3号に運ばせると、俺の今日の予定を聞いてくる。


「当然、迷宮に行ってみたいな」

「お言葉ですが、もう少し魔法の習得をなさってからの方が良いと思います」


言ってみて、速攻で後ろからサティのつれない言葉が降ってくる。不満いっぱいに後ろを振り向くが、ミランダとケリーの方もサティと同意見らしい。


「まぁ、当然なんじゃない。いくら護衛がいるっていっても、完全な素人を連れて安全確保するのは難しいでしょ。迷宮はせめて防御魔法の一つでも覚えてからにしときなさい」


そんな簡単に言っても、1日は短いんだ。今までだって結構練習したと思うのにまだ、発火なんかの簡単な魔法しか習得していない。こんなんじゃいつになったら迷宮に入れるのかわからないぞ。


「そんな顔をされても無理なものは無理です」

「あははははは。なんて顔をしてるのよ」


俺の情けない顔を見て、エアリスがソファの上で笑い転げた。メイドさんは若干呆れたような表情をして、エアリスの淑女にあるまじきバカ笑いを眺めている。


「あー笑った笑った。その面白い顔に免じて、今度来る時までに何か魔法の防具を用意しといてあげるわ。最悪、魔法が間に合わなくても次来た時には行けるわよ」

「あまり高い防具は違う危険の元になるのでなるべくなら遠慮したいんですけど」

「そのくらいは、護衛の業務の範疇でしょう。でも、そうね。心配しないでも、なるべく隠蔽のきいてるやつを用意するわよ」

「だったら、今日でも良いじゃないか」

「あのねぇ、魔法のかかった防具なんてそんなぽん、と用意できるもんじゃないわよ。馴染みの商家に依頼をかけて、見つかっても1週間くらいかかるんじゃないのかしら。今日のところは真面目に魔法のお勉強でもしてなさい」


ということで、今日も屋敷の中で魔法のお勉強ということになった。こっちに来るのも4度目だが、まだ一回しかこの屋敷を出てないぞ。


「別に夕方までに帰って来れば外出しても良いわよ?」

「そんな時間があるんならさっさと魔法を覚える。早くしないと学校やらなんやらで早々来れなくなるし」

「学校ねぇ。神の国にもそういう教育機関があるのね」


この世界で学校といえば、ギルドの経営する迷宮探索者養成機関のことを指す。前回行ったギルドの建物の近くにそれはまた大きい建物があるらしい。そういえば、地球に帰ったら学校はしょうがないとしても、アルバイトは一身上の都合ってことで平日のやつ以外はやめてしまっても良いかな。こっちに来る回数を増やしたほうが儲かるし。


「それじゃ、私は仕事があるから夕方まで好きにしてなさい」


基本的に地球からの道具召喚がエアリスの本業ではあるのだが、その他にも貴族らしい細々した仕事もあるらしい。一応そういうのはエアリスの父親がメインでやってはいても、跡取りということで若いうちから少しずつ手伝いに駆り出されているんだとか。お金持ちっていうのも結構大変だ。


******


 前々回、魔法を教わった中庭の東屋に移動してミランダ先生の魔法教室は始まった。東屋は相変わらず趣味がいいし、きつい日差しも遮られているしので日本みたいにうだるような暑さというのもない。気分良くミランダ先生の魔法教室に集中できるというものだ。


 この世界の魔法は、この前俺が覚えた生活魔法を除いて一つ一つの魔法と契約して覚えていくものらしい。よくわからないんだが、ミランダの説明によると、一つ一つの魔法ごとにそれぞれ精霊が存在していて、魔法使いっていうのは極端に言ってしまうと、その精霊にお願いして魔法を使ってもらってるだけなんだとか。当然、契約するだけじゃ魔法は使えなくて、魔力は必要だし、ある程度魔法使い側が使いたい魔法のことをわかっていることも必要。


「火のないところに火を起こしたり、止まることのないはずの風が体を覆ったり、魔法にも様々ありますけど、どんな魔法でも、魔法の精霊にこの世界の概念を一時的に書き換えてもらう術なんです。そのためには、どういう風に世界を改変するのか、どういう現象を起こすのかっていうことを、精霊に魔力を渡す前にちゃんとイメージして、魔力に乗せなければなりません」


 教師役のミランダが、ここはとっても大事です、とばかりに声を大にして説明する。でも、次の瞬間、たまに精霊さんの好みの魔力だったり、性格が気に入られたりすると精霊さんが気を利かせてそこらへんをぶっ飛ばして使えたりっていうこともあるんですけどね、と気がぬけるようなことを仰った。


「その反対に精霊さんに嫌われたりすると、契約すら断られることもあるんですよ。私も合わないのか、空間系の魔法の精霊さんとは契約すらできてませんし」

「つまり、魔法にも得意不得意があるっていうことでいいのか?」

「まぁ最初はその程度の理解でいいと思います。大事なのは魔法を使っているのではなく、魔法の精霊さんに使ってもらってるっていうことを忘れない事です。そうすれば余程のことがない限り、契約してた魔法の精霊さんに契約破棄されることはないと思いますから」


 大昔、一流の魔法使いだった探索者が精霊さんを激怒させて一切の魔法を使えなくなってしまうなんていうこともあったらしい。なので、魔法使いを目指す人間には魔法と契約する前にここらへんのことは口が酸っぱくなるほど言われるので、ミランダが特別口うるさいというわけではない、とサティがこそっとフォローしてくれた。


 別にミランダが口うるさいなと思って渋い顔をしていたわけではなく、あまりにファンタジーすぎて頭がついていかなかっただけなんだが、せっかく覚えた魔法が使えなくなるのは嫌なので俺もそこらへんは気をつけよう。精霊さん、お願いします、の精神だな。


「でもそうなると、地球の文房具でなんで楽に魔法が使えるようになるんだ?」


さっきの説明では文房具を使って楽になると言っていたが、そこら辺がちょっと繋がらない。


「精霊さんに概念を書き換えてもらう時に、エネルギー源として魔力を渡すんですけど、神の国の装具に魔力を通すことで、魔力の概念が高位に上がるんです。そうすると、精霊さんも楽に世界を改変できますし、その効果も大きくなるんですね」


だから、高度な魔法を使う魔法使いにとってエアリスの家が売っている魔杖は必要不可欠な物なんだとか。


「それじゃ、さっそくですけど魔法と契約してみましょうか。うまく使えないうちから何個も契約するのは良くないんで、エアリス様が用意してくださった契約符からどれか一つ選んでください」


 そう言って、ミランダがポケットから出したのは3枚のお札だった。真っ白な紙に幾何学模様のへんてこな絵やミミズののたくったような文字が所狭しと描かれたお札が3枚。魔法の契約というのは、契約用の魔方陣の上でお札、もとい契約符に自分の魔力を通すことで、魔法の精霊を呼び出して契約してもらうらしい。


 自信満々にミランダが説明してくれたところによると、このお札は魔法の精霊に日々感謝して祀り崇めている教会から取り寄せた由緒正しいお札なんだという。契約符はそれ用の道具があれば個人でも契約している魔法の精霊に作ってもらうことは可能だが、この契約符は、その教会の聖職者が、なんかよくわからない厳かな儀式で各精霊自身にお願いして作ってもらったもので、結構な値段がする代わりに、魔法の契約に成功しやすいと言われてるらしい。イメージとしては、知人の紹介で下駄を履かせてもらった就職面接のような感じか。


 エアリスがとりあえず、ということで用意してくれたのは、水盾、風守、土鎧の3種類。効果としては読んで字のごとくらしい。自然にあるもので効果が想像しやすいので、初心者にとっても優しい防御魔法だと説明された。


「とりあえず、どれもご自身の防御を上げる魔法なので、一つでも使用に問題がなくなれば迷宮に行っても大丈夫でしょう」


 サティの言葉で俄然やる気は上がる。 3つとも使えるというミランダに実演してもらって、結局俺が選んだのは水盾の魔法だった。


 水盾は、宙に30センチ四方ほどの水の膜が浮いて、一度だけ自動的に敵の攻撃から守ってくれるらしい。一番見た目的に想像がしやすかった。風守は一定時間、体の周りを風が巻いて遠距離攻撃には一番効果が高いらしいが、いかんせん目に見えないのでわかりにくかったし、土鎧も一定時間、土でできた鎧をまとうことができて、服や鎧なんかの防御を上げてくれるらしいが、顔やら手やらむき出しの部分には効果がないというのがネックだった。


 ミランダが魔法教室が始まる前にケリーが運んできた道具箱から、以前召喚用だと渡されたものと同じような絨毯を取り出して、床に広げる。


「魔法陣の真ん中に座って契約符に魔力を込めて下さい。すぐに魔法の精霊がやってきて契約してくれるはずです」


 ミランダの指示通り、絨毯の上に移動してミランダから渡された契約符をつかんで魔力を送る。魔力を送るの自体は、毎回こっちに来る連絡をしている魔道具で慣れたものだ。


 指先からじんわりと魔力が流れ込むイメージで契約符の模様が光り出す。描かれたすべての模様が光りに変わった瞬間、ポンッという軽い音とともに、手に持っていたお札がなくなっていた。


「おうおう、なんか珍しい魔力だなーと思ったら、とんだ珍獣じゃねーかよ。おもしれー。いいぜ、ちょっと魔力は好みじゃねーが、大盤振る舞いで契約してやんよ。おれは水盾の魔法、今後ともよろしくだぜい」


急に現れた宙に浮かぶ手のひらサイズのガキンチョ。そのチンチクリンが身振り手振り、忙しそうに動き回る。好き勝手、一方的に喋り終わって、現れた時のようにちょっとコメディチックな音ともに消えて無くなるまで、俺はぽかん、と一部始終を固まったまま眺めていた。


さっきまで、ミランダの説明にあった魔法の精霊さんって、比喩表現だと思ってたんだけど、精霊ってマジに存在するんだ、とか、つうか精霊ガラ悪い、とか感想が頭の中をぐるぐる。


「おめでとうございます。ずいぶん気に入られていたみたいですから、これなら習得も早そうですし、水系の防御魔法は結構高位まで覚えられそうですね」


今起きた事にまったく動じていないミランダが嬉しそうに話しかけてくるが、俺の方はちょっとまだ今起きたファンタジーの洗礼のせいで頭が働かない。この世界に来るようになって、今のが一番驚いた出来事かもしれない。


「えっと、今のが………?」

「はい、リョータ様の水盾の魔法の精霊さんですね。同系統の魔法はその精霊さんの同位体が来てくれるので、第一印象ってとっても大事なんですよ」


ちょっと何を言っているのかわからない。でも、魔法使いであるミランダ以外のサティとケリーの方もまったく動じていないので、この世界においてはさっきの奇想天外摩訶不思議な出来事も普通なんだろう。


「とりあえず、魔法を使う第一関門突破ですね。ここでコケてしまうと、魔力はあっても魔法が使えないなんてことも稀にあるんですよ。後は練習あるのみです。あ、リョータ様の持ってる杖は使っちゃダメですよ」


前回、試供品として持ってきたおもちゃの魔法の杖は今も俺のベルトに刺さってる。


「魔法を使う上で大事なのは、精霊さんに魔力を渡す前にしっかりと魔法の効果をイメージすることですからね。水盾の場合なら、しっかりと、水盾がどんな魔法なのかっていうのを脳裏にイメージして、魔力にそのイメージに流し込みます。そして体の外に魔力を放出して言葉でも心の中でもいいので、先ほどの精霊さんにお願いって頼んでみましょう」


 途中までは俺も使えるようになった生活魔法とあまり変わりはない。発火の魔法だったらライターの炎をイメージして、魔力にイメージを流し込む、っていう部分さえクリアしたら案外簡単に使えた。それと同じように、水の膜が宙に浮かんでいるのを思い浮かべながら、魔力を指先から放出。「お願いしまーす」と口に出したところで、ふわふわと目の前にさっきミランダに見せてもらって、俺がイメージしたのと寸分違わぬ水の膜が浮いていた。


「おお、成功」

「ここまでは成功ですね。それじゃ、次の関門ですよ」


 と、ミランダが俺に向かって何かを放り投げる。それは大きく弧を描いて俺の頭に降ってきた。柔らかい布を丸めたボールは俺の頭に当たって地面に落ちる。って、水盾動かないんだけど。先ほどミランダに見本を見せてもらった時は、ヌルッと水盾が自動的に動いてた筈だ。


「はい、初心者にありがちなミスですね。見た目はちゃんとできてても、魔法になってないんです。ちゃんと動作までしっかりイメージして魔法の精霊さんに頼んでください」


 ミランダは簡単に言ってくるが、動作をイメージするっていうのがなかなかに難しい。試行錯誤を繰り返して、なんとかミランダの投げてくる布のボールに水盾を当てることに成功する。なんだ、魔法なんて簡単じゃないか。


「よっしゃ。これで完璧だろ」

「いえいえ、まだ完璧にはほど遠いですよ。今のは柔らかい上に衝撃もないボールでしたから、次はもっと強いものを防げるように頑張ってください。ちゃんとした水盾は剣士の攻撃だって防げるんです」


 ミランダがそういったところで、周りで待機していたケリーとサティの二人が、先ほど絨毯を取り出した道具箱からゴルフボールくらいの木の球を取り出した。


「ケリーとサティの投げたボールを水の盾で受け止めてくださいね。最初はこの大きさですけど、どんどん大きくしていって最終的にはケリーの剣で試しますから」


 ニコニコと、容赦のないことをおっしゃるオリビアさん。ケリーの剣って、彼女の腰にぶら下がってる明らかに金属製で重そうなアレのことだろうか。あれを水の膜でガードするって無茶が過ぎるようなきがする。


「あ、そうそう。ついでなんで、水盾の魔法の連続使用も練習しましょう。ケリーとサティには少しずつボールを投げるテンポを早めてもらいますから、頑張ってそれより早く水盾の魔法を唱えてくださいね」


 ………ついでって、それはそれ用に別々で練習した方がいいんじゃないかと思うんだけど。


 少し呆れた風にミランダを見ているケリーとサティに助けを期待してみるが、それよりも早くミランダが準備はいいですか?始めます、と宣告されてしまった。返事してないんだけどなぁ。


 普段はおっとりして優しそうなミランダ先生は魔法のことになるとスパルタだったらしい。


******


「また随分と面白い頭になったわね」


 夕方、エアリスが屋敷に訪れる母親を迎えるために俺を呼びに来た時の第一声がこれだった。彼女の目の前には、タンコブをいくつも拵えた俺がいる。顔は気をつけてくれたが、服の下には何個も青タンができているだろう。ケリーとサティは訓練では容赦がない。俺、覚えた。


「いてて。もうちょっと優しく」


 鬼教官から普段の優しい感じに戻ったミランダが、俺の頭に手を添えて治療魔法をかけてくれているんだが、微妙に手がタンコブを刺激して痛い。ケリーとサティの方も若干やりすぎた、という感じでこちらを心配そうに見ている。


 そんなんだったら最初っからもう少し手心を加えて欲しかったけど。


「それで、魔法はうまく覚えられたの?」

「あと少しですね」

「依頼をかけた防具は無駄にはならなそうね」


 くすくすとおかしそうに笑う。


 あと少しって、砲丸投げで使うような鉄球をプロ野球選手真っ青なスピードで投げられても、なんとか体に触れる前に止められるようになったんだから、もう十分じゃないかと思うんだけど。あんなん当たりどころによったら死んじゃうからね。


「そろそろ、お母様がいらっしゃるからもう少ししゃきっとしなさい」


 無体な事を言うエアリスから矛先をずらすためにも話を変えよう。まだ痛いんだ。


「お迎えはいいんだけど、俺はどうすればいいんだ?」

「あなたが良ければ夕食をご一緒する予定だから、一緒にお迎えしてしばらく応接間で歓談、その後夕食といった感じかしら」

「もち、ご馳走になります」


 家に帰っても、家具が一切ない部屋だから、外食するくらいしかない。家具や電化製品を揃えるのも金がかかるなぁ。


 地球の何もない部屋を思い浮かべて、かかるお金を計算しながら少しエアリス達と雑談していると、部屋のドアがノックされた。


「奥様がお着きになりました」


 エアリスの母親の到着を知らせに来たメイドさん2号に連れられて屋敷の玄関まで向かう。ケリーを筆頭に俺の護衛の3人は同席するわけにもいかないということで、そのまま使用人の控えの方に行くらしい。魔法の練習に付き合ってもらったお礼を言って、別れる。


 エアリスとともに廊下を歩いている間に、なんか緊張してくる。歓談ってなんだ?何をすればいいんだろう。


「あはは。誰も焼いて食べようとしてるわけじゃないんだからもう少しリラックスしなさいよ」

「そんなこと言われたってな。礼儀なんて知らないし」

「お母様もあなたが神の国の住人だっていうのはわかってるから、そんなことで怒ったりはしないわよ。そんなこと言ったら、あなたより私の方が気が重いんだから」


 はぁ、とエアリスは重い溜息をつく。なんかいろいろ複雑な事情があるらしい。


 玄関に着くと、すでに屋敷の中に入って待っていたのか、玄関先に備えられていたソファから女性が立ち上がる。


 エアリスも美人だと思ったが、母親の方は輪にかけて美人だった。よくよく見れば、そことなく似通った部分がある。そんなことより、エアリスの母親というにはずいぶん若い。ぶっちゃけ姉妹と言っても通じると思う。


 エアリスが中学生だとしたら、母親の方は大学生程度だろうか。ギリギリOLでも通じそうだが、それでも30は超えていないと思う。


 美人特有の切れ長で少しキツそうな目元は、今はやんわりと緩んで、そちらへ向かう俺とエアリスを眺めている。


「いらっしゃいませ、お母様」

「どうも」


 待たせているのだから、小走りで行った方がいいんじゃないかと思うんだが、エアリスは非常にゆったりとした歩調で母親の前まで進むと、上品に挨拶をする。それにつられて俺も一応頭をさげるが、なんだ、どうもって。でも、しょうがないだろう、エアリスがいきなり上品な猫を被りだしてびっくりしたんだ。


「お久しぶりね、エアリス。それで、そちらがリョータさんでよろしかったかしら?」

「あ、はい。川崎亮太です。えっと、お嬢さんにはいつもお世話になってます」

「そんなに緊張されなくても大丈夫ですよ。私たちの方がリョータさんにはお世話になっているんですから」

「挨拶がすんでしまわれたようですが、一応紹介させていただきますね。こちら、神の国から訪問されているリョータさん。リョータさん、こちらが私の母のオリビアです。お母様、お話は応接間の方へ移動されてからではどうでしょうか」


 よく考えてみれば、玄関先で立ち話っていうのもなんだな。


それもそうね、と婉然に微笑むオリビアさん。見た目はお姉様って感じなんだが、大人の色気というか、言動のそこかしらから漂う余裕はやっぱり一児の母なんだと思う。正直、すっごく魅力的だ。


うーん、新発見。俺ってばこういう大人の女性に弱かったのかも。実の母親がアレだから少々マザコンのけがあるのかもしれない。


ドキドキと、緊張する俺を見て、オリビアさんを案内する横でエアリスが若干不機嫌そうにこちらを睨んでくる。実の子供の前で、その母親にドキドキと見惚れるなんて、子供からしたら嫌なもんなのかも。しっかし、なんともふつくしい。なんていうか、一挙手一投足が上品で、うちの母親様のような現実に即していないバッタもんとは大違いだ。


「お父様は息災でしょうか?」

「普段通り、と言ったところかしら。貴方の方にも報告は上がっているはずね」

「はい。お母様はいつまで我慢されるおつもりですか?」

「別に我慢しているわけではないわ。あの人に期待されている仕事は果たしているのだから、何も問題はないのよ」

「ですがっ」

「エアリス、今は大事なお客様の前ですから、その話はまた今度よ。そんな話より、貴方の方の話が聞きたいわ。貴方の報告だと事務的で詳しい事がわからないんだもの。もう閨はご一緒させていただいたの?」

「ね!なにをおっしゃってるんですかっ」


なんか、前の方で親子の会話が繰り広げられている。なんていうか、女の子と母親の会話ってこういうのなのか。言葉遣いを気にしなければ、普通に高校の教室で女子同士で行っているガールズトーク的な感じだ。


「リョータ様は少し離れて内容をお聞きにならないほうが」


と、気がきくメイドさんにやんわりと注意を受けて、彼女たちから若干離れていたので会話の内容は微かにしかわからないが、なんというか、エアリスが最初言っていたよりも仲がよさげだ。それこそ、蝶よ花よと育てられて、わがまま放題に育ったウチの妹様と母親様よりも。


家族の絆って、どれだけ一緒にいる時間があったとか、思っているのを表しているかっていう問題じゃなくて、気持ちの方向性なんだろう。エアリスとオリビアさんを見ていると本当にそう思う。お互いの気持ちがちゃんとお互いの方を向いているからこそ、ちゃんと家族として成り立っている。ウチの妹様や母親様はお互いを溺愛してはいるんだけど、最終的な気持ちの方向が自分に向かってるから、なんていうか、嘘くさいんだ。


なんか、自分の家族の不出来を見せつけられたようで、若干居心地が悪い。


でも、居心地が悪かったのはそんなに長い時間じゃなかった。すぐに応接間について、それからは、終始和やかな雰囲気で、メイドさんの淹れたお茶で喉を潤わせつつオリビアさんが昔召喚した珍しい品の説明なんかを挟んで、日本の事や、学校のことなんかの話をした。


「リョータさんは神の国の学生なのね」

「そうですね。後2週間くらいで長期休みが終わって、学校が始まったら1週間、7日のうち5日間を昼間は学校に通って、夜までアルバイト、簡単な仕事をしてます」

「それじゃあこっちにこれるのは、残りの二日なのかしら?」

「どうですかね。仕事の都合にもよりますけど、なるべくはこっちに来たいって考えてます」

「私としては、7日に1回位はこっちに商品を届けて欲しいところだけれど」


どうかな。少し難しいかもしれない。土日に入ってるアルバイトは、長く続けてる分、いろいろしがらみなんかもあってすぐに辞めるというわけにもいかない。


「なるべく、他の日にずらしてもらったりして、こっちにこれるように調節はするけど、難しいかも。いざとなったら、商品だけ召喚の魔方陣に置いとくからそれを取り寄せてもらうとか」

「それなら………」

「それはどうなのかしら。今でも充分商品の数は確保できたのだから、少しくらい遅れても大丈夫よ。それより、リョータさんを呼ばずに商品だけを取り扱うようになるのは良くないと思うわ」


にこやかに微笑みながらお母様によってやんわりと却下される。いい案だと思ったんだけどな。


エアリスの方は若干納得がいっていないようだが、文句は言わない。エアリスがオリビアさんをあまり得意じゃないと言っていたのを思い出す。


「神の国の話はこれくらいにして、リョータさん自身のことについて、もっときいてもいいかしら?生い立ちとか、好きな物とか」

「俺のことですか?別に大した話があるわけじゃないし、聞いても面白くもないと思いますけど」

「それで良いのよ。リョータさんのことをもっとよく知りたいだけだから」


それならまぁいいか。


「って言っても、普通ですよ。家族は両親がいて2歳下の妹が一人。近くの私立高校に通ってて、16歳の高校1年生。好きなものは、よくわからないけど、嫌いなものはないです」


 高校だとかっていう説明は、さっきしていたのですんなり話が通る。


「妹さんがいらっしゃるのね。どんな子なの?」

「家族の贔屓目を抜いたとしても、ちょっと信じられないくらい美人ですよ。もともと両親からして、俺とは血が繋がってるのか疑問なくらい美形ですから、外見に限って言えば妹は両方のいいとこ取りですね」


 その代わり、性格の方は、わがまま放題に育てられたことを差し引いても最悪な方に振り切ってるけど。妹については外見ぐらいしか褒めるところがないし、そもそも妹個人のことを詳しく話せるほど知らないっていう問題もある。


「似てないといえば、小さい頃は俺は自分のことを本気で貰われっこだって信じてたんですよ。そのくらい、欠片も両親や妹に似てるところがなかったんで」


 もちろん、その理由は外見上の理由だけじゃなくて、両親の俺に対する態度だとか、あまりに違いすぎる妹に対する甘やかし方だとかもあるけれど。


「本当に養子だったのかしら?」

「どうですかね。正面切って聞いたことはないですけど、うちの両親ってちょっと変わってる上に自分大好きが行き過ぎてるんで、他人の息子を養子に迎えられるほどできた人間じゃない気もします」


 金銭的にも、そんな余裕はないと思う。いくら今では家政婦代わりに使えるとしても、あの両親が小さい頃はお金がかかるだけの他人の子どもを扶養できるとは思えない。


「ご両親に少し複雑な気持ちがあるみたいだけれど………」

「別に嫌ってるわけじゃないですよ。好きでもないですけど。でもまぁ、家族は選べないわけですし、そんなもんかなと思ってれば別に。ただ、時々単なる使用人だと考えてるんじゃないかと思うようなことをされるのは勘弁して欲しいですね」


 笑うポイントのつもりで、話した後に笑ってみたんだけど、ダダスベりして一人で笑ってるのがすっごい気まずい。


「そういえば、家事の時間を気にしてたわよね?最初の時………」

「いや、それは家事ができるのが俺しかいないだけで、本気で使用人だと思ってるわけじゃないと思うぞ。多分」


 自信を持って否定することは、さすがにできない。っていうか、真剣に思い返してみると、否定どころか積極的に肯定したくなってくるのが困る。


「お母様は何をしていらっしゃるの?」


 先ほど、日本の一般的な家庭は母親が専業主婦で家の家事なんかをしてるって話をしたんだから、まぁ当然の疑問だろう。うちの母親様か。いや、本当に何をしてるんだろう。よくよく考えてみると、謎すぎる。別に仕事をしてるわけでもないのに、家にいるところを見るのは少ない。家にいたところで、文句しか言わない人だからいなくて全然いいんだけど。


「母は家にいないのでよく知りません。家にいたところで何かをしてくれるわけじゃないんで別にいいんですけど。よく考えてみると、母のことって本当によく知らないんですよね。顔をあわせると文句しか言われないんで、なるべく顔を合わさないようにしてるっていうのもあるかもしれないですけど」


 おかげで、俺の家での行動範囲は自分の部屋とトイレくらいなものだ。台所と浴室は必要な時以外は寄り付けないし。


「そういうわけで、母はもちろん、うちの家族は俺以外全然家事ができないんです。俺が小さい頃は無理して家政婦さんとかも呼んでて。俺もその人に教わって覚えたんですけどね」


 そういえば、俺が家を出てそろそろ2週間近くになるんだが大丈夫だろうか。前回父親様に連絡を入れた時は妹様の入学資金のための積立講座への振り込み額を増やす指示しかされなかったから、まだ大丈夫なのかもしれないが、いきなり戻れって言われて、その時に一気に片付けるのはかなり億劫だ。


「家政婦?」

「お金を払って、短期で家事をするために通ってくれるお手伝いさんって感じでしょうか?結構な値段がするんで、俺が小学校に上がってしばらくしたら呼ばなくなりましたけど。もともとうちは裕福なわけでもないんで、小さい頃に雇ってたのも結構無理してたみたいなんですよね」


 本当に、親戚中に借金してそんなことをするんだったら、少しくらいは自分で覚えようと思わないのか。思わないんだろうなぁ。どういう思考回路をしているのか、他人が自分のために何かするのは当然と考えていそうだし。


「俺についての話なんてこのくらいなんですけど、大して面白くもないし、盛り下がる話で申し訳ないです」

「話してくれて、ありがとう。あなたの事がとてもよくわかったわ。エアリスも聞いておいて良かったでしょう?」

「………そうですね」


なぜかエアリスは憮然としてるし、オリビアさんは優しい微笑みを浮かべている。でも、俺に取っても話せてよかったかもしれない。学校のクラスメートや知り合いに話すにはちょっと重すぎるというか、恥ずかしい話だけど、この世界なら基準が違いすぎるからそこまででもない。


「いえ、俺も話せてよかったです。色々話しながら考えてみて、今まで思ってた以上に俺、母のことが嫌いなんだなぁって気づきましたし」


 別に俺自身はこんな家族に囲まれていたとしても、飢えている訳でもないのだから全然恵まれてると思ってた。不幸自慢なんて始めたら、もっとキッツイ過去を持つ人間はそれこそごまんといるだろう。人間、上を見たらきりがないし、同様に下を見てもきりがないもんだ。


「大変だったのね。そうだ、こっちにいる間は私が代わりに貴方のお母様になって甘えさせてあげましょうか」

「お母様!何を言ってるんですか!」

「あら、やっぱりダメね。貴方のお母様になるとエアリスが嫉妬しちゃうみたいだから。でも違う意味でのお母様にはなれるわよ」

「お母様!?」


なんか、オリビアさんはすっごく楽しそうだ。


「ほら、私のことをお母様って呼んでみなさい」

「いや、でも」


隣のエアリスはすでに、解読不明の謎言語を発して半狂乱になっている。これは、オリビアさんのエアリスいじりの出汁にされてるんだろうか。


「エアリスは気にしないでいいの。ちょっと恥ずかしがってるだけだから。おかあさまって呼んでごらんなさい」

「はぁ、おかあさま、で良いんですか?」

「そう。これからはそう呼んでくださいね」


結局、半分俺を蚊帳の外に置いてのオリビアさんのエアリスいじりは応接間にいた時間だけでなく、その後の食事の時間、俺が帰るために召喚部屋にお見送りに来てくれた時まで続いた。エアリスはなぜか初めて会った時以上に怒っていて、挨拶もそこそこに日本の自室へ送り返されてしまった。


ご覧いただきありがとうございます。

遅筆で申し訳ないです。

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