さん
指輪から漏れるエアリスの返事の光をみながら絨毯の上であぐらをかく。さすがに2回目ともなると、慣れたものだ。落ち着いてその時を待っていると、いつものように目の前の光景が召喚の部屋に変わった。
「いらっしゃい」
「おう。お邪魔するぞ」
エアリスと軽い掛け合いをしながらいつものように連れ立って応接間に向かう。その途中で、前回の訪問で譲られたミランダとケリーの二人も合流する。
いつものように、応接間にて対面のソファーに座るエアリスに今回持ってきた商品の紹介を始めた。ケリーとミランダはいつものように俺の背後で直立している。今回持ってきたのは、前回のリクエストにあったお徳用の大量のペンと細長い形状の幾つかのサンプル、それと各種栄養ドリンクだ。
ペンとサンプルは前回と同様なのでおいておいて、栄養ドリンクに関しては、日本でも疲れた時に飲むためのものなのだからこっちでもゲームなんかであるポーション的な効能が期待できるんじゃないかと思って持ってきた。
「こんなに大量に同じペンを仕入れることができるのね。確かに簡素な造りをしてるみたいだけど、使用に問題はないわ。これだけ同じものがあれば、値段を決めて卸すには楽になるわね。サンプルの方はどれも似たようなものね。リョータの方の仕入れの難しさによるだろうけど、前回のシキボウ?だったかしら、あれの方が見た目が優れている分高く卸せると思うわ」
今回持ってきたサンプルよりも前回の指揮棒のほうがいいみたいだ。確かにペンより高いとはいえ、千円弱しかしないのだから大量に仕入れるのでなければ難しいことはない。
「それじゃ、今度からはそのペンと指揮棒を仕入れてくるわ。指揮棒のほうはそんなに大量には無理だと思うけどな」
「構わないわ。富裕層向けにプレミア価格で売りつけてやるつもりだから、そんなに大量にあっても困るわね」
「了解。それで、今回はちょっと違うもんを持ってきたんだが、見てくれよ」
仕入れに関しての話が終わって、満を持して袋から栄養ドリンクを取り出す。俺が袋から取り出した栄養ドリンクはちょっとお高めの一本千円もする箱に入ったやつだ。箱を開けて、中のドリンク剤の蓋を開けてエアリスに渡しながら説明する。
「こいつは向こうで疲れた時に飲む栄養ドリンクなんだけどな、これも売れるかなと思って何本か持ってきてみたんだけど」
「疲れた時?ポーションみたいなものかしら」
さすがに俺が渡してすぐ飲むというわけにもいかないのだろう、メイドさんに言って別の人間を呼びに行かせる。
「やっぱり、ポーションとかあるのか」
「そうね。怪我や病気の時に体力を回復させるボーションだったり、魔力を回復させるポーションがあるけど、ほとんど気休めね。お医者様から出される薬程度には効くんじゃないかしら?」
「そんなもんなのか?イメージ的にはみるみるうちに怪我が治る、みたいな感じなんだけど」
「そんなの魔法だって無理よ。せいぜい全治3週間の傷が半分くらいで治るか治らないか、みたいなものなんじゃない。あんまり酷い傷には意味もないでしょうし。治療魔法だって、せいぜい小さな切り傷を治すくらいなものだもの」
エアリスの説明から、なんかイメージと違いすぎる異世界の医療状況に、冒険者になってモンスターと戦うのが思った以上に危険なんじゃないかと思った。
ちょうどその時、メイドさんが人を連れて戻って来た。病的なほどやせ細った女性、右腕を包帯で吊った女性、頬が痩けている少女、よくもまぁこんな人間を集めたものだと思う。
「ちょうど、奴隷商人から購入したばかりの奴隷がおりましたので連れてまいりました」
メイドさんがエアリスに頭を下げている。簡単に連れてきたって、明らかに動かしちゃダメそうな病人もいるような気がするんだけど。
「それじゃ、彼女たちに渡して飲ませなさい」
と、エアリスさんが俺の手渡したドリンク剤をメイドさんに手渡す。一人一本としてサンプルで持ってきたドリンク剤で足りるかな。持ってきた他のドリンク剤の蓋を開けてメイドさんを手伝おうとすると、ソファーの後ろに立っていたミランダとケリーがやんわりと俺の手からドリンク剤を奪っていった。
すぐに効果が出たのはやせ細っていた女性だった。今にも死んでしまいそうな弱々しかった呼吸が安定して、目に力が戻って来る。病気という話だったが、今では痩せてはいるが、肌の血色も良くなって病気には見えない。他の女性たちにも少なからず効果が見えた。
纏めると、栄養ドリンクという名前だけあって、病気、栄養失調に対しては効果絶大、怪我にも若干効果が見られる。怪我に関しては、もしかすると即効性がないだけで、継続的に効果が現れてくる可能性もあるので要経過観察ということになった。
「またとんでもないものを持ってきたわね」
「いや、俺が想像してた感じとはかなり違うんだけどな」
メイドさんが連れてきた奴隷の女性たちが部屋を出て行った後、エアリスがソファに身を沈めながら頭を抱えている。まぁわからないでもない。病気の人間が一本でマラソン完走できそうなくらい元気になる薬がいきなり手に入ったら、エアリスみたいな状況になるのもしかたないだろう。
「このドリンク剤?はどれくらいの量仕入れることができるの?」
「んー、値段にもよるけど安いやつなら100本くらいはいけるんじゃないかな。それ以上になると持ってくるのも億劫になるし」
安いやつなら近所の薬局をハシゴすれば週に100本くらいは余裕で仕入れることはできるだろう。とはいえ、あんな強烈な効果があるんじゃ、普通に売り出すならそんな量じゃ足らなくなる気がする。
「とりあえず、まだ売りだすかどうかはわからないけど、仕入れのリストに入れといてもらっていいかしら。自分たちが使うなら万が一の時のために所持しておきたいし」
「了解」
商品の引渡しと、鑑定が終われば代金の支払いだ。エアリスと歓談している間に、メイドさんが代金を持ってきた。その後ろには前回の話にあった身の回りの世話をしてくれるという奴隷だろう、メイドさんと同じ格好をした女性を連れている。
「とりあえず、いつもの紙の束は帰る時に渡すとして、一応こちらのお金と奴隷ね。別にこっちのお金に関してはおまけみたいなものだから、足らなくなれば言ってもらえれば用意するわ。それと、前回言っていた身の回りの世話をする奴隷ね。戦闘技能持ちにメイドの教育を施しているから、半分は護衛みたいなものだと考えていいわ。あなたの本当の価値を考えたら護衛が3人なんて少なすぎるくらいなんだけど、こっちの街を見て回るのにあんまり仰々しいのも考えものでしょう」
「ああ。でも、なんで女性ばっかりなんだ?護衛なら男の方がいいと思うんだけどな」
「確かにそれはそうなんだけどね。あなたが留守中にこの屋敷で預かることを考えるとそうもいかないのよ。一族のルールで、この屋敷に男性を入れるわけにはいかないから」
「あん?んじゃ俺はどうなるんだ?」
「リョータの場合は、別枠よ。男性を入れないっていうルールもあくまで私を守るためだけど、私の貞操なんかよりあなたの方がよっぽど価値があるんだから」
だから、商品を持ってくる対価に体を求められたらどうしようと最初は思ってたわ、と事もなげにケラケラと笑うエアリス。別に体を対価にもらうより全然札束の方が価値があるから別にいいけどね。確かにエアリスは超絶美少女だと思うけど、妹様とか見てると、美形イコール性格ビッチであんまり性欲の方向に行かないんだよね。
エアリスに促されて、メイドの奴隷の譲渡契約を済ませる。彼女はサティというらしい。茶色の髪を肩口まで伸ばして、凹凸の少ない体をメイド服に包んでいる。背はミランダと同じくらい、俺の肩口位だから160あるかないかくらいか。戦闘技能を持っていると言っていたが、見た目はか弱そうな女子だ。
「それじゃ、今日は夕方まで用事がないから私も付き合えるけど、どうする?街に出てみる?」
「おお、初の観光か。ついでに冒険者ギルドっていうのにも行ってみたいな」
「観光と言っても、私と一緒だと自由に歩き回るのは無理だから、一緒に馬車で街の説明をしてあげるわ。冒険者ギルドや自由に歩き回ったりするのはその後で奴隷と一緒にしてちょうだい」
エアリスの地球からものを持ってくる召喚魔法は一子相伝、一族の中でも一代につき最大で3人までしか知らないような重要な秘密らしく、外に出るのも気軽に、というわけにもいかないらしい。大名行列のごとく、何台かの馬車が連なって周りには護衛もしっかりつくような感じになってしまうとか。なんか俺が思っていた観光とはちょっと違うが、まぁ初めての異世界の街なのだから贅沢は言うまい。
外を見物しに行くには俺の格好は目立つということで、前もって用意されていた服に着替える。なんというか、見た目は麻っぽい生地の上下なんだが、肌触りはスベスベでしっとりしている。着替えを手伝おうとするサティやミランダとの一悶着はあったが、そこは勘弁してもらった。
着替えの後、エアリスが案内してくれた馬車はなんというか、ゲームに出てくるような幌で囲まれた荷車のついた馬車というよりかは、映画に出てくる中世の箱馬車だった。2頭引きで箱馬車の屋根に近い部分に御者が座るようになっている。例のごとく女性の御者に促されて箱馬車に入ると、どういうわけか中からは壁などないように外がよく見える。外側から見たときは一面真っ黒な板に覆われていたにもかかわらず、中から見ると大きな窓があるような感じだ。
「驚いた?この馬車そのものが大きい魔道具になっているの。だから見た目以上にしっかりしているし、揺れなんかも普通の馬車と比べると小さいのよ。何より、外から気づかれずに外の様子がよく見えるようになってるのが一番の売りなのよ」
この一台で大きな屋敷一つ丸ごと買える値段がするわ、とエアリスが自慢げに説明してくれる。エアリスの後ろからいつものメイドさんが入ってくると、扉が閉まった。閉まった扉越しに透けて見える外では、俺の奴隷ということになった3人や、エアリスの屋敷の警護の人なんだろう女性たちが集まって準備に追われている。怒号まではいかないが、様々な指示が喧々囂々と行き交っているのが聞こえた。
「毎回お前が外に出かけるときはこの騒ぎなのか?」
「まぁねぇ。でも、そんなに頻繁に出かけるわけでもないから」
馬車の中に設えられたソファに身を委ねながらしばらく待っていると、準備が完了したのか警護の女性の中から一人、馬車のそばに寄ってきて出発いたします、と声をかけてくる。メイドさんがエアリスに確認を取って、彼女がガラスのような壁面を操作すると不思議なことに一部分だけが開いて了承を伝える。あそこから外の人間と意思疎通をするらしい。他の人間は全て外にいるのに、メイドさんだけが付いてきたのが少し不思議だったが、あの為に来ていたのか。
「じゃあ、まずは支庁からね。支庁を見てからそのまま広場に下ってざっと街を一周しましょうか」
◇◇◇◇◇
エアリスの説明によると、この街、エメラルダは数あるこの国の都市のなかでも上位にある発展した都市だという。塀で囲まれた円形の城塞都市で、街のすぐ西側には大きな川が流れている。街中の西側に支庁の大きな建物が存在し、中心には広場が設けられ、そこから東西南北に大きな通りが走っている。支庁の近くには高級住宅街、いわゆる貴族や大商人などが住む小さな塀で囲まれた区域があるが、大雑把に分けて大通りを挟んで、北西部分に住宅街、南西部分には商人街、北東部分が繁華街、南東部分に職人街が存在しているらしい。
エアリスの屋敷は当然高級住宅地の中にあった。そこから馬車で20分ほどかけて支庁が見えてくる。エアリスの屋敷も随分広いと思ったが、高級住宅街という名だけあってどのお屋敷も同じくらい敷地があるように見えた。時折、高級住宅街専門に見回りをしているという街の警備員とすれ違いながら、高級住宅街を囲む小さな塀を越えて、一行は都市の東西を走っている大通りに出た。
大通りは自動車4台は優にすれ違えるほどの広さがあり、両脇には出店のような露店がちらほらと見受けられる。エアリスからの説明によると、東にある門の近く、繁華街の方ではもっといっぱいの出店があるということだった。中には出店では考えられないほどクオリティの高い食べ物なんかも存在しているらしい。基本買い食いなんて、友人におごってもらうことぐらいしか経験がないから、好きなものを自由に選べるなんて初めてかもしれない。これは必ず後で訪れねばなるまい。
大通りの先に見える支庁は見上げるような高さのある建物で、この街の領主が派遣している代官や官吏が働いているらしい。この街に住む貴族の大部分はここの領主の陪臣で官吏として働いているらしく、基本的には冒険者として動く分には知り合うことはないだろうとのことだった。
支庁を背に大通りを東に向かうにつれ、だんだん人の姿が増えてくる。通りには馬車の数も増え、南から合流する交差点では大通りに入って来たり、大通りから出て行く馬車や人で少し危ないことになっている。
「そんなに珍しい?」
俺がキョロキョロと身を乗り出すようにして街の様子を観察していると、エアリスが少しバカにしたように聞いてくる。確かに振り返ってみると田舎から出てきたお上りさん的な行動だったかもしれない。世界観が違いすぎて比べるのも難しいけど、どっちかっていうと、都心郊外にある俺が生まれ育った街の方が全然都会だと思う。
「珍しいな。こんな風景、漫画か映画の中でしか見れないから」
「漫画?映画?なにそれ」
大通りを進む中で説明する。漫画なんてそれこそ、エアリスが召喚した部屋にあったガラクタ部屋に転がっていたのに知らないらしい。そこで初めて知ったんだが、エアリスたちは向こうの文字を理解することができないらしい。俺と会話することは可能だし、俺もなぜかこっちの文字を理解できるのに、不思議だ。
しばらく、地球のことを話していると、大通りの先がT字路状に行き止まりになっている。先ほどの話では広場になっていると言っていたから、てっきり東にある門まで真っ直ぐ通り抜けられるようになっているのかと思っていたが、違ったらしい。
「確かに広場だけなら道をつなげても良かったんでしょうけど、中央に迷宮があるから仕方ないのよ」
「は?迷宮?」
思わず、聞き返してしまう。あら、聞いてなかった?とエアリスはなんでもないように説明してくれる。迷宮は広場の中心にある塀で覆われた土地の中に存在するらしい。街のど真ん中にモンスターが出没する迷宮があるのにもびっくりするが、それを全然気にしていないエアリスの態度にもびっくりする。
「そんなこと言われても、私が生まれるずっと前からそうだったから疑問に思ったこともないわ。それにちゃんと迷宮の出入り口は閉ざされてるし、どこの街の迷宮からもモンスターが出てくるなんて聞いたこともないから大丈夫よ」
あっけらかん、とそう口にするエアリスに迷宮についてもう一度詳しく聞いてみる。確かに以前ミランダに簡単なことは聞いていたが、迷宮に行くのはどうせずっと先のことだと、あまり詳しく聞いていなかった。
迷宮というのはこの世界の生活にとってなくてはならないものだという。街の中に迷宮があるのではなく、迷宮があるからこそ、そこに街ができたというレベル。この世界の常識として、衣食住全ての根幹に迷宮からの収穫物がある。例えば、前回の滞在でご馳走になった食べ物も迷宮のモンスターや迷宮内に自生する植物などを調理したものだし、調理のための火も迷宮のモンスターから得た魔核をエネルギーとして使った魔道具。今、エアリス達が着ている服だって迷宮のモンスターが原材料になっているという。
農業は?という俺の質問に対して、エアリスの返事はまだ迷宮が単なる障害でしかなかった時代に少しは存在したって話を書物で読んだことがある、というものだった。もう神話レベルの大昔の話で、確かなことはわからないらしい。むしろ農業って実際何なの?という質問に対して返答で四苦八苦する羽目になった。
カルチャーショックというか壮大なジェネレーションギャップを感じてなんとも言えなくなる。まぁ日本だって、工場で野菜を生産する時代なわけだから、それがちょっとおかしな方向に進んだと考えれば、それもおかしなことじゃないのかもしれない。よくわからないけど。
とにかく、この世界において迷宮や冒険者というのが、なんかのゲームや漫画に出てくるような特別な場所や職業というわけではなく、単なる第一次産業とその従事者でしかなかったらしい。そう考えたら、今馬車の壁越しに見える、ファンタジーな金属の鎧や武器を装備した逞しい冒険者の姿が、鍬を手に畑に向かう農夫にみえてくる。
「もちろん、冒険者の多くが私たちの生活を支える生産者というのは間違いないけど、それだけでもないのよ。中には迷宮の中から価値のある武具や防具、魔道具なんかを見つけて一代で数多の美姫を集めて一つの国を起こしたなんていう伝説も残ってるくらいだし」
とフォローするように話すエアリスだったが、それも優秀な人材を集めるために、ことさら大きく紹介されるアメリカンドリーム的なものにしか思えない。なんにしろ、この世界において迷宮が経済の中心にあるということは間違いないようだ。
「それじゃ、広場を回ってそのまま東門の方まで行きましょうか」
そのまま馬車は広場をぐるっと回って東の大通りへ。東へ向かう大通りには、西にある大通りとは違って客層というか人種が一気に変わる。今まではエアリスのような豪奢な身なりの良さそうな人間が多かったが、ここには飾りっ気のない麻のような服の簡素ないでたちの人間が増えた。人の数がぐっと増えたことで一行の進むスピードもかなり緩やかになる。
「相変わらずこっちの方は混雑してるわね。東の繁華街の奥には色街なんかもあるから、賑わってはいるんだけどあんまり治安は良くないのよ。あ、そうそう、リョータは色街の方は禁止ね。そういう相手が欲しいなら、いくらでも都合をつけるから」
「いや、なんの話だよ」
「笑い話じゃないのよ。下手に町の娼婦に入れ込まれたりなんかされたら迷惑なんだから。言っておくけど、内緒で行こうとしても無駄だからね。あなたの護衛にもキツく言っておくから」
エアリスは、ジトーっとした目でこちらを睨んでくる。確かにエロい事をしたくないわけじゃないが、今は別に何も言ってないじゃないか。
「お嬢様、リョータ様も理解されている様子なのでその辺で」
「わかんないわよ。リョータだって男なんだから、心の中で何考えてるかわかったもんじゃないわ」
まだ何か言いたげなエアリスだったが、隣のメイドさんに宥められて鉾を収める。何がこいつをここまで駆り立てるのかはわからないが、この忠告を無視したら大変なことになるのは理解した。かといってこんなエアリスに対して正面向かってエロい事がしたいですって報告するのはかなり難易度が高いんじゃないかと思う。まぁエロい事が無理なのは少し残念な気もするが、他にも色々したい事はあるから全然オッケーか。
「お、出店が増えてきたな」
「話を逸らしたわね」
「いや、そうじゃなくて。お!あれは何なんだ?」
いや、思いっきり話をそらそうとしたのは事実なんですけどね。ちょうど良いタイミングで俺の興味を引いた屋台があった。
何ていうか、見世物小屋?大きい台車の上に、檻のように細長い木が組まれていて、中には何というか、二本の足で立っている中型犬くらいの大きさの猫がすし詰め状態で入っている。
その屋台の前には人だかりで凄いことになってるんだが、馬車に乗っている都合上、視点が高くなってるおかげでよく見える。
「ああ、ケント猫の競りね。人ほどじゃないけど、それなりに知能が高いから奴隷の代わりに従者として買う人もいるみたいね」
買う人もいるっていうか、もう大盛況じゃないか。そんなことより、俺の目は檻の中の1匹の三毛をロックオンしている。あれは小学生の頃、公園で拾って帰って速攻戻してくるように言われ、離れ離れになってしまったタマにソックリ。もうこれは生まれ変わりとして出会ってしまった運命なのではないだろうか。
「欲しい」
「駄目よ。あなたが帰ってる間の世話はどうするの。私の屋敷は嫌よ」
「ちゃんと面倒見るから!」
「ダメったらダメ。それにケント猫って物凄い臭いのよ。家中猫くさくなるのは嫌」
「あああ!行きすぎちゃう。馬車止めて!タマ!タマああああ!」
俺の心の叫びも虚しく、無情にもお猫様の屋台は後方へ過ぎ去っていく。結局、馬車を止めることも、猫を飼うこともできぬまま馬車の中から街の内周をぐるっと一回りした。
◇◇◇◇◇
「いい?あんまり変なとこに行かないこと。それと日が落ちる前にちゃんと邸宅に帰ってくるのよ」
「わかってるって」
「後ケント猫は勝手に買ってきたりしたらダメよ」
「む、どうしてもダメか?」
「ダメ」
むう、素気無い。
馬車での街の案内が終わった後、東の繁華街の近くで馬車を止めて俺一人、降ろしてもらうことになった。もちろん、護衛の3人の奴隷は付いてくることになっているが、それでも馬車の中から指をくわえて眺めている時間は終わりだ。
レクチャーというか、うるさいお小言を垂れ流し続けるエアリスを放って、俺の意識はすでに少し先に存在する屋台に奪われている。
「わかったわかった。猫は買って帰らないし、危ないとこにはいかないよ。ママ」
「ま!ママってなんなのよ!あ!こら、待ちなさい!」
いい加減注意が長くてそのうち日が暮れるぞ。馬車の中でまだギャーギャー騒いでるエアリスから逃げて馬車の周りの人混から抜け出す。
今日は迷宮ギルドに登録して、その足で繁華街の屋台なんかを観光する予定だ。よくよく考えてみると、生まれて初めての旅行みたいなものかもしれない。ウキウキである。素晴らしい。本当にエアリスさまさまだな。
え?生まれて初めての旅行って、学校の遠足や修学旅行はどうしたって?そんなん中学生の頃から違法で働かせるような家庭で行かせてもらえるわけないじゃん。両親さまが学校に掛け合って、対外的には当日に急病で休んだっていうことになってはいるよ。全く、そのバイタリティを他のところで発揮して欲しいもんである。
「リョータ様、まずは迷宮ギルドへ。屋台めぐりはその後にお願いいたしますね」
向こうに見えるうまそうな香辛料の匂いがする屋台へ一直線に向かおうとしたその瞬間に、行く手を3人の護衛に阻まれた。なんだこれ、護衛じゃなくて邪魔者なんだけど。ちょっと戸惑った一瞬で、3人はナイスなコンビネーションで俺を拘束する。
「いや、でも一軒くらいなら」
「後でいくらでも回れますから」
「ほら、ちょうど売り切れになったりするかもだし」
「なりません」
身動きできない状態で、なんとか目をつけた一軒だけでも、と声を上げるがサティとミランダは容赦がない。メイド服のサティとローブ姿のミランダに両脇を抱えられて、イメージとしてはコスプレ居酒屋かなんかで食い逃げをして連行される容疑者だ。後ろで控えているそれっぽい護衛のはずのケリーは、容疑者が逃げ出さないように見張ってる用心棒役にしか見えない。
もがけばもがくほど、彼女たちの拘束はきつくなる。戦闘技能があると聞いていたサティはわかるが、魔法使いと言っていたミランダの方も思った以上に力強い。おかしい。ゲームなんかだと魔法職は貧弱なはずなのに、この感じだと下手するとバイトだなんだと人よりは鍛えているはずの俺より力がある可能性すらある。
そのまま必死の抵抗も虚しく、様々な屋台をスルーした上で迷宮ギルドまで一直線に連行された。っていうか、周りの人からの視線の引力がすごいことになっていたから、途中から抵抗をやめたのに、全然放してくれなかった。ひどい。
そして到着した迷宮ギルドは、迷宮というのがこの世界において重要な役割を持っているということもあって、かなり大きい建物だった。ここでは迷宮関係の事務はもちろんの事、迷宮探索の補助の関係も、全てここでまかなっているらしい。このギルドの裏には大きいグランドなんかもあって、訓練場所として貸し出していたりなんかもするんだとか。
俺には許されてないけれど、パーティを見つけるときなんかもここで紹介される。3階にあるバーが紹介所の役割をしていて、月に何回か、仲間を見つけるためのお見合いパーティみたいなものも開かれるという話だった。っていうか、この世界において、商人や職人以外の人間は基本的に迷宮探索者になるので、パーティ内恋愛=結婚みたいな感じで、そのまんま言葉の通りのお見合いパーティとして機能してたりもするって拘束されながら教えて貰った。
役所なんてどこの世界でも似てくるもんなんだろう。ギルドの建物内に入ると想像していたようなファンタジー感は無く、何というかちょっと木目の多い市役所な感じだった。入り口のドアを抜けて直ぐ広い待合場所があって、その奥に何個もの受付窓口がある。脇には部署別の案内が書いてある看板があり、上階に続く階段もあった。
何というか、期待をしていたものを思いっきり裏切られた感じだ。
「新規受付は3番窓口ですね」
「それでは、受付表に名前を書きに行って参ります」
サティとミランダがテキパキと物事を進めてくれるおかげで、何の不安もないんだが、コレジャナイ感が凄い。様々な創作物にあるような、ギルド受付でとんでもない素質を披露して、粗野な同業者に絡まれるみたいなドキドキでワクワクなトラブルなんかは無縁っぽい。
ファンタジーな武器だ何だと、見た目がごつい他の同業者も、お行儀よく待合場所に設置されているベンチに腰掛けて順番待ちをしている。
「どうかしましたか?」
サティが受付表に名前を書きに行った事で、やっとこさ拘束を解いてくれたミランダが不思議そうに声をかけてきたが、どう説明しても理解してもらえないだろう。
意味不明に落ち込んでいる俺を放置して、ミランダはそんなことよりも、先に説明しておかなきゃいけないことがあります、と俺を目立たない端の方に引っ張っていった。
「基本的にギルドの登録作業は私とサティが代行させてもらうんで、リョータ様は座っていただいているだけでいいんですが、その時になって驚かないように一応説明しておきますね。リョータ様の本当の素性を公にするわけにはいかないので、これから迷宮ギルド証を使うときはリョータ様はコラッタ商会の御曹司という事になっていただきます。イメージとしては、成人してから何年も放蕩していた御曹司が一念発起して迷宮探索者に登録した感じですね。私たち護衛がつくのも、心配したご両親が買い与えたという事で一応の説得力があると思います」
「なんか、情けない身の上だなぁ」
「えっと、こう言っては何ですが、リョータ様はその、こちらの庶民というには少し軟弱、じゃ無くて貧弱、でも無くて、ええと、その」
ミランダは一応言葉を選ぼうとしてるんだけど、全然それが成功してない。確かに周りのごつい人たちに比べれば軟弱と言われても仕方ない。さっきなんて女性であるミランダとサティの拘束すら抜け出せなかったし。くそう。
「まぁ、了解。何だっけ、コラッタ商会だっけ?」
「はい。コラッタ商会はエアリス様のご実家が持っているペーパー商会の一つで、実際に商会所にも登録されているので問題になる事はないだろうというお話でした」
初めてこの世界にきた時に聞いたエアリスの話半分でも、彼女の家がとんでもない金持ちだという事は分かっていたけど、そんな事も可能なのか。エアリスの実家凄い。
「でもそれってエアリスのものじゃ無くて、実家のなんだろ?そんなの勝手に使ってもいいのか?」
「エアリス様はすでにご実家からある程度の権利移譲はされていますし、その商会もそのうちの一つなので大丈夫ですよ」
名義上は未だに実家のものらしいが、この町にあるあの邸宅や幾つかの商会もすでに実質はエアリスのものなんだとか。俺より少し若い感じなのに、天才だっていう自慢もあながち本人の言だけじゃないらしい。
「ただいま戻りました。前に3人ほどお待ちのようですけどそれほど時間はかからないでしょう」
「お疲れ様です」
ここで受付表の記入に行っていたサティが帰ってくる。彼女たちに促されて待合ベンチに移動するが、いつもの通りケリーたちは周りに立っているので落ち着かない。結構混んでるので、中にはパーティーのうちの何人かが立ったまま集まっているところもあって、そこまで目立ってないのが救いっちゃ救いか。
「ギルドの一階では、新規受付の他にも依頼斡旋など、業務が多くてどうしても混んでしまうんですよね。これが2階や3階になると特定の日以外は結構空いてるんですが」
「依頼斡旋?」
「はい。ギルドの本業は迷宮探索の補助なんですが、その他にも様々な方面から依頼、例えば街を移動する際の塀の外にいる害獣やモンスターに対抗するための護衛や迷宮の希少な素材の取得なんかをギルド員に斡旋する業務もあるんです」
市役所とハローワークまで一緒になってるのだから、この混雑も当然なのか。なんだかんだと話していればあっという間に、時間は過ぎる。受付から声が上がったと思えば、サティに促されて受付まで進む。
受付はなんというか、真面目そうな公務員っぽいおじさんだった。やっぱりコレジャナイ感がすごい。
「お待たせいたしました。新規のご登録ということでよろしかったでしょうか」
「はい。リョータ様を含めて私たち4人全員分になります」
「かしこまりました。ご登録の種類はどうなされますか?」
「リョータ様は甲1種探索証、私たちは甲2種探索証でお願い致します」
サティが代表して受け答えしている中に、よくわからない単語があったが、疑問を呈する前にミランダにやんわりと腕を掴まれ止められる。
「かしこまりました。書類を用意してまいりますので、少々お待ちください」
そう言っておじさんが、席を離れたところでミランダが素早く説明してくれる。
なんでも迷宮に入る目的によって探索証の種類が変わってくるらしい。農業、というかモンスターとの戦闘をメインにしない探索者の場合は丙、一般的な探索者は乙、甲種はそのどちらでもなく、主に貴族などがお遊びとして登録する場合の登録区分らしい。登録種類によって迷宮内部の入場制限などもあるのだが、甲種においてはそれはないという。その分登録料も高くなるわけだが、奴隷を探索者登録するためには甲種である必要があるのだとか。乙種の探索者が丙種の制限区域に入ることにメリットなんてないので、実利のある特別扱いというわけではないが、それっぽい特権を作ることで登録料を稼いでいるらしい。もちろん、何かとトラブルの元になることも多いから、迷惑料を前払いしているという面もあるらしいが、なんというか、世知辛い。
おじさんが持ってきた書類にサティとミランダが手分けして記入して、あっという間に俺の手には金色に輝く名刺よりもひとまわり大きいギルド証が握られていた。
「なんか、呆気ないな。もっとこう、すっごい魔法的な感じの手続きが必要だと思ってたんだけど。ギルド証もなんか趣味が悪い上に、普通の金属板だし」
「ギルド員一人一人に魔法の処理が必要な魔道具なんて渡してたら、国が破産しちゃいますよ」
それもそうか。それよりも大事なのはこれで俺も立派な迷宮探索者だということだ。
「今日は迷宮には入りませんよ」
「先っぽだけでもダメか?」
「なんの話ですか」
むう。でも、もっと大事なのはこれで用事は終わり。屋台めぐりの食い倒れツアーを邪魔するものはいなくなったということだ。
◇◇◇◇◇
スパイシーなタレが香ばしいブルーフロッグの串焼き、ピットという名前のオレンジに似た果物の果汁100パーセントジュース、これぞファンタジーっていう感じのフューリアスオックスの小物入れ。素晴らしい。屋台めぐりっていうのはこんなにも楽しいことだったんだ。そしてなによりお金があるって、最高すぎる。
「リョータ様、ご夕食前にそんなに食べて大丈夫ですか?」
サティが四店舗目の串焼きの料金を払っている横で、すぐさまかぶりついた俺にミランダが呆れながら声をかけてくる。帰り道の方にずらっと並ぶ屋台の中にも食事処だけで、結構な数がある。一店舗につき一品としてもこのまま食べ続けたら確かに夕食は食べれなくなるか。
「今日は、エアリスと一緒なんだっけ?」
「えっと、どうでしたっけ?」
「私は聞いていないな」
ミランダとケリーはわからないらしい。となるとあまり食べ過ぎるのもせっかく用意してもらうとなると悪い気がする。そこへ支払いが終わったサティが合流して、疑問に答えてくれた。
「エアリス様は本日はご用事があるので、お食事が必要ならば連絡するようにというお話でした。なので、リョータ様がこのまま屋台で済ますおつもりならばそれで構わないかと思います」
「おお、んじゃ好きなだけ食べれるな」
「どう考えてもお屋敷のお料理の方が美味しいかと思いますけど」
「いやいや、屋台で食べるのはまた違って美味い」
その後も手当たり次第に見かけた屋台で食べまくる。護衛の3人は屋敷に帰れば賄いが出るということで、ほとんど一人で食べ歩いたが、甘味だけは興味がありそうだったので無理を言って3人にも食べてもらった。やっぱり、一人で食べるより誰かと食べる方が美味いよな。
「そろそろお屋敷へ向かいましょう」
もう何店舗目かも覚えていない煮込み料理を満腹の胃の中に押し込んだところで、ミランダが呆れながら声をかけてきた。確かにもう料理は入らないが、まだまだ興味を惹かれる屋台は残っている。それにまだ陽は傾いているとはいえ、夕暮れまでは時間がありそうなんだけど、もう帰るんだろうか。
「お言葉ですけど、食べ過ぎですし、これ以上は買いすぎです。リョータ様はもちろん、ケリーだってもう持てません。また今度くればいいじゃないですか」
「これ以上は私も容認できかねますね。護衛が荷物持ちしてるなんてエアリス様がお知りになったら怒られますよ」
ミランダとサティの言う通り、俺の手はもちろん、見かねて荷物持ちを言い出してくれたケリーの手にも、興味を惹かれた屋台で際限なく買い続けた物で溢れている。買い物袋なんて気の利いたものはないので、持ちにくいことこのうえない。
確かにこれはちょっと買い過ぎだったかもしれない。いや、言い訳になるけど、最初貧乏性でじっくり買うものを吟味してたら、お金は気にしないでいいって3人から念を押されたから、少しだけはっちゃけちゃっただけなんだ。
「歩くのは大変なので、辻馬車を捕まえましょう」
「辻馬車でしたら、少し戻ったところに待合場所がありました。この時間ですので、少々混み合うかとは思いますが、すぐに乗れるでしょう。なんとか日暮れ前にはお屋敷へ到着できますね」
辻馬車っていうのは、タクシーみたいなもんだ。さっきバス停みたいな場所を見つけた時に教えて貰った。案外広い街だから、馬車じゃないと端から端まで何時間もかかる。ただ、辻馬車は好きな場所まで届けてくれる分割高で、庶民の足はもっぱらバスみたいに街中のいろんな場所に設けられている待合場所を回っている乗り合い馬車の方なんだとか。
待合場所に戻る間にも、キョロキョロと屋台を眺めるのはやめられない。さっきまでも結構な人だと思っていたが、今ではより人の数が多くなってきている。特にファンタジーな装備をしている人間が増えて、食べ物屋の屋台の周りでは、粗雑に組まれたテーブルで飲み会みたいなものを始めているグループもある。
「そろそろ、迷宮帰りの探索者も増えてきましたね」
「変なのに絡まれる前に帰りたいところですね」
ミランダとサティが歩みのスピードを心持ち速める。遅れないように、足を踏み出したところで、傍からドン、と衝撃を受けた。キョロキョロと周りを見ていたせいか、人にぶつかってしまったらしい。条件反射ですみません、と声をかけようとするが、当たったはずの方向には誰もいなかった。
はて、と思ったところで、後ろの方から何かが倒される音と、子供のうめき声が聞こえてくる。
「放せよ!」
見てみると、地面の上にうつ伏せの少年がケリーに背中を踏まれながらもがいている。
「どうしました?」
「スリだ。リョータ様の荷物を掏り取った」
よくよく見てみれば、少年の右手には確かに俺も持っていた木彫り細工がある。荷物を確かめてみれば、無くなっていた。なんというスゴ技。擦られたはずの俺は全然気づかなかった。っていうか、どうやってケリーは彼を取り押さえたんだろうか。ケリーの両手も俺と同様たくさんの荷物で埋まっている。
「違う!これは俺んだ!」
「どうします?警邏が来るのを待つとなると時間が取られますけど」
「それも面倒ですね」
騒いでいる少年を放置して3人が相談している。なんというか、スリに遭うなんて日本では結構な大事件だと思うんだが、この世界ではそうでもないんだろうか。スリにしろ、強盗にしろ、現行犯で民間人が捕まえるなんて、日本だったら警察から表彰ものだろう。
「放せってば!グエッ」
「うるさい。ものを返すか、警察に行って片端になるか、選べ」
3人の中で結論が出たのか、騒いでいる少年を抑えている足に体重をかけて、ケリーが底冷えするような声で語りかけている。っていうか、片端って差別用語………。
「スリは常習犯の場合、片腕を切り落とされますからね」
どんなハンムラビ法典だよ。目には目をってか。
「まぁほぼ確実に常習犯でしょうから、警邏に捕まるくらいなら物を返して逃げるでしょう。リョータ様もこれに懲りたら、こんな量をいっぺんに買うのはお控えください」
「リョータ様も悪いんですよ」
なぜかスリにあった被害者のはずなのに、怒られた。意味がわからない。でも確かに買いすぎました、ゴメンなさい。
「待たせた。物は取り返したよ」
「お疲れ様です。これで少しは懲りてくれればいいんですけど」
「無理でしょう。生きるために、止むを得ずという面もありますから」
ケリーに解放された瞬間、あっという間に通りの先の方へ逃げ去っていく少年を見ながら3人がなんとも言えない表情で話し合っている。
「だったら、見逃してあげてもよかったんじゃ………」
「そういうわけにもいきません。カモだと思われたらこの先の危険もありますし」
「どのみち、見逃していたところで換金しても二束三文。あまり意味はありません」
その二束三文を掏り取るくらい困窮してたんじゃ。
「孤児に関しては、教会の炊き出しや政府の養護施設もあるからな。それにいざ生きる死ぬの状態になれば、奴隷として身売りするということもできる」
「究極の選択ですけどね」
しみじみとつぶやくミランダ。彼女たちも奴隷なのだから、いろいろ思うところはあるようだ。
「さ、そんなことより早く帰りましょう」
ミランダが空気を入れ替えるように、手を叩いてことさら明るい声を上げる。時間が取られたので、日暮れ前に屋敷に着くには結構ギリギリかもしれない。さっき見た辻馬車の待合場所はすぐそこだ。