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指輪がひとりでに緑色に光る。先ほど魔力を込めて光らせてから大体30分ほど。絨毯は敷いているし、手には商品を買った雑貨屋のビニール袋もある。魔法陣の絨毯の上であぐらをかきながら待っていると、唐突に目の前の光景が薄暗い部屋に変わった。絨毯だった地面は硬いタイルに変わっている。
「ようこそ」
5日ぶりのエアリスとローブの人たちの姿が見える。やっぱりエアリスは妹さまに負けない位美少女だ。どうせならこっちで過ごしてもいいんだよな、と頭をよぎるが、転送用の絨毯もあるからそんなに地球のほうを留守にもできない。
5日間で住む場所を決めるのはなかなかに難しかった。何より保証人もいない未成年が借りれる部屋の数が絶望的に少ない。有っても防犯的に少し遠慮したい場所ばかりだ。隣近所がワンルームに5人の外国人が同居してたり。そんなわけで、寝床はまだホテルの一室だ。
「それで、頼んでいたのは持ってきてくれたかしら?」
「おう。ペンもたっぷり持ってきたし、それ以外にも色々と買ってきたぞ」
前回のように、ローブの人たちを置いて応接間のような部屋に移動する。すでにお茶が用意されていて、前回同様のメイドさんが深々と頭を下げている。なんというか、親近感がわく。顔もそんなに整っているわけでもないし。
「それじゃ早速見せてちょうだい」
ソファーに落ち着いて、雑貨屋のビニール袋から商品を取り出す。今回買ってきたのは、ペンと細長い形状のもののサンプルとして、指揮棒や筆、鉛筆から定規、ペーパーナイフやちょっとした包丁まで色々用意してみた。
エアリスは嬉々として商品の品定めに入る。俺にはわからないが、地球のものと一括りにいっても、その価値はピンからキリまであるらしい。ペンなど何も考えずに大量に持ってきてしまったが、あんまり多く卸してしまうと値段の下落を招くんじゃないかと少し心配して聞いてみると、むしろ需要に全然追いついてないから、いらない心配だと笑われた。なんでも、長く使っているとこっちの世界に溶け込んでしまって、あまり価値のないものになってしまう、ある意味消耗品らしい。だから需要が無くなることはないから気にしないでもっと大量に持ってきてもいい、と最後は冗談っぽく言われた。多分、エアリスはペンの価値を知らないからできるわけないと思っていったんだろうが、持てさえすれば冗談じゃなく大量に買って来れる。ただ、そんなに大量に量販店で買うこともできないので、今度来るときまでに卸しの店を見つけといてもいいかもしれない。
「これなんかは、ペンと同じくらいの概念値だけど、形状が綺麗ね。こっちはペンより全然概念値が高い。でもそんなことより問題はこれよ」
とエアリスが指差したのはちょっとしたお茶目で買ってきたナイフ類だ。杖としても使える武器って最強じゃね?的な冗談になるかと思って買ってきたんだが駄目だったろうか。
「問題なのは価値が高すぎるの。いい?ペンなんかを例に挙げると、元々神の国の物自体が持っているそれぞれの概念と違うことに使っても、高位概念が宿っているだけで魔法が強くなったりするの。だけど、これは切るっていう概念のまま、それ用に使えるから、それこそこの世界の物なんてなんでも切れちゃうかなり強力な武器なのよ。だから下手なところに卸すわけにもいかないわ」
恐る恐る包丁を持ち上げてテーブルの上に置いてあった陶器の花瓶の口の部分に滑らせると、力を入れている風でもないのに綺麗に輪切りされる。
「わかったでしょ?ちょっとこれは危険すぎるから持って帰って。売るにも困る物を持ってくるなんて想像もしてなかったわ」
「まじか。じゃあこれはもっとやばいのかな」
俺は今日のメインディッシュを袖から取り出す。後でびっくりさせようと思って隠してたのだ。魔法使いの杖って言ったら、古今東西アニメの中で腐るほど出てくる。そう思って生まれて初めておもちゃ屋に行って見つけてきたのがこれだ。ちょっと前に映画にもなった魔法使いの物語、その主人公が使っていた杖のレプリカ。初めておもちゃ屋っていうのに行ったんだが、凄いんだな。本物の木でできてるしディテールもテレビで見た物そっくりに作られてる。エアリスは俺が取り出したおもちゃの魔法の杖を見て目を見開いて固まっている。
「ちょ、ちょっと待って。神の国は魔法はないって言ってなかった?なんでそんな杖があるの?」
「ああ、魔法はないんだけど物語では魔法を使う物がいっぱいあってだな、その物語の作中で使ってる杖のレプリカなんだよ。つまりは玩具」
「おもちゃ………神の国とはいえ、おもちゃがこんな………」
俺が手渡した杖持ち若干震えている手で、前回も見せてくれたライターのような火の出る魔法を使う。見ている感じ、前回と変わったように見えないが、エアリスは何故か感動している。
「こんなに息をするみたいに魔法が使えるなんて」
「よくわかんないんだが、それも売れないのか?」
「………う、売れないけど、欲しい」
「あっそ。んじゃやるよ。元々サンプルのつもりもあったけど、もう一本あるんだ」
エアリスに渡すつもりだったもう一本は当然自分用にするつもりだ。別の袖口からもう一本出すと、エアリスの顔が若干引きつった。
「リョータが神の国の住人だっていうのはわかってたんだけど、そんなにアッサリもう一本出てくるのは心臓に悪いわ。とりあえず、ペンと指揮棒?だったかしらここら辺はしっかり買い取らせてもらうから、ちょっと待ってて貰えるかしら」
そう言って、エアリスは傍のメイドさんにペンなんかの買い取ると言っていた商品をもたせて連れ立って部屋を出て行く。ぶっちゃけ前回もらった額の1パーセントも使ってないから、今回は買い取ってもらうわけではなく、単なるお礼とサンプルだけのつもりだったんだが、貰える物は貰っておこう。
すぐにエアリスは先ほどのメイドさんの他にも何人か連れて戻ってくる。新しく入ってきたのは、ファンタジーな鎧を着た背の高い女の人と、召喚された部屋にいたようなローブを着た女の人だ。
「お待たせ。とりあえず、どの程度の金額で取引するかは決めてなかったから、今回はこっちで勝手に持ってきたわ。現金が少しと、後は現物になっちゃうんだけど、どうせこっちの現金が有っても使い切れないでしょうからいいかしら?」
「いや、正直支払いは前回のと同じがいいんだけど」
「もちろんそっちもしっかり用意するわ。あなたが来ない間にもまた召喚できたから在庫がなくなる心配もないし」
そんなに札束って余って捨てられてるもんなんだろうか。昔の農家の人とか、タンス貯金でも怖いからって現金を壺に入れて庭に埋めてたりするってクラスメートから聞いたことがあるけど、そういうのなんかね。
「だったら、ありがたく受け取るよ。どうせならこっちの世界も見て回りたいし」
「言うと思ったわ。そこで現物っていう話になってくるんだけど、いつも私が付き合ってあげられるわけじゃないから、当家の奴隷を譲渡って形でもいいかしら?魔法が使えるのと、警備のために剣が使えるのが1人ずつ。リョータが向こうの世界に帰ってる間は当家が責任を持って面倒を見るから心配しないでいいわ」
「奴隷って、そんな簡単に譲渡とかってできるのか?」
奴隷制がどうとかって言う前に、そっちの方が気になる。家族の奴隷みたいのが奴隷を持つっていうのも変な感じがするけどな。
「簡単よ。奴隷の首輪の魔道具にちゃんと譲渡用の設定もできるようになってるわ」
「奴隷も魔道具を使ってるのか」
「奴隷っていうのが気になるんだったら、普通に魔法の家庭教師と警備がついたって思えばいいわ。どの道、リョータが魔法を覚えたいんだったら教師は必要だし、街に出るのにも警備は絶対に必要だしね」
「だったら奴隷じゃなくても良いんじゃないか?」
「あのね、リョータはあんまり意識してないかもしれないけど、リョータはこっちでは超がつく重要人物だし、当家の秘儀についても漏らされちゃ困るのよ。そこら辺、奴隷なら最初に命じておけば死んでも秘密は守るから」
そういえば最初、それを知られたって殺されそうになってたんだっけか。
「ああ、リョータも外でこの世界の住人じゃない事は漏らさないでね」
「え?でも今まで結構な人数の前でエアリスと話してたけど大丈夫なのか?」
「あら、気づかなかった?あったことある人間というか、この屋敷にいるのは全て奴隷なのよ。そこら辺は抜かりないわ」
「まじかよ」
ギョッとして、メイドさんを見ると彼女は苦笑して自分の首にある黒いチョーカーのようなものを指差す。メイドさんの横に立つ先ほど言っていた奴隷なんだろう2人の首にも同じチョーカーが巻かれている。
「もっと仰々しい首輪もあるんだけどね、美しくないから私の周りはそのシンプルなのにしてるの。仰々しいのが良ければ用意することも可能だけど?」
「いや、別になんでも良いよ。別に俺が奴隷って思わなくても良いんだろ?あんまり人に命令するっていうのも慣れてないし」
「って言う割にはリョータは最初から結構態度が大きかったと思うけどね。でも、それで良いわ。ただ、街に出るときは少し気をつけたほうが良いかもしれないわね。主にリョータが辺な目で見られると思うから」
そういうと、エアリスは譲渡の設定をしてしまいましょう、と戦士風の女の人と魔法使い風の女の人の隣に立つ。目線で俺も立てと言われたのでしょうがなくエアリスの隣に行くと、戦士の人の首輪に手をかざして何やらゴニョゴニョと呟くと、黒いチョーカーの真ん中にある宝石が薄っすらと青色に光る。
「じゃあ、その魔核に魔力を注いで」
言われた通り指先で宝石に魔力を流し込むと、青色に光っていた宝石は光を失って元の透明に戻る。同じことを魔法使いのほうの女の人にもするが、何か変わったということもない。2人は、一歩下がって、ケリーとミランダと名乗りお辞儀をしたあと、俺の座るソファーの後ろに位置を変えた。頭の後ろに立たれると気になるからやめて欲しいんだけど。
「あと1人、身の回りの世話ができる娘を1人用意するつもりだけど、警備や魔法使いと違っていきなり抜けられると困るから、今度来るときまでに用意しておくわ」
「別にいらないけど。自分のことは自分でできるし」
「あのね、街に出たときに警備もいるのに自分で何でもかんでもやってたら変でしょ。かと言って警備する人間に身の回りの世話をさせるんじゃ本末転倒だし」
いらない、とごねてみるが、これは決定事項よ、の一言で断ち切られた。家族のせいで、美形の人間に強く言われると逆らえない気がするんだよな。
「それじゃ、私はこれから用事があるから御暇するけど、今日のところは街に出るのは遠慮して、屋敷の中で自由にしててちょうだい。今日はゆっくりしていけるんでしょう?」
「ああ、今日は夜までに帰れば大丈夫」
一応、ホテルの部屋のドアにはdo not disturbの札を掛けているから大丈夫だと思うが、一応夜には帰ったほうがいいだろう。それじゃ、夕食くらいは一緒にとりましょう、と言ってメイドさんを連れてエアリスは出て行った。うむ。誰かと一緒に食事をするなんて、小学校の時の給食以来かもしれない。ちょっと楽しみだ。中学、高校と弁当だったから、用意してない俺の昼休みはフラフラと校舎を散歩する時間だったからな。
さて、急に放置されてしまったがどうしよう。街に出てはいけなさそうなので、やる事がない。これが地球なら家探しができるんだが、夕食が楽しみなので帰るというのももったいない。俺がウンウンと唸っていると、後ろから戸惑いがちに声がかかる。
「エアリス様からリョータ様が魔法に興味があるとお聞きしているのですが、どうでしょう、お時間があるのでしたら私に教えさせていただけないでしょうか?」
回りくどい。俺も言ったことあるからわかるけど、さっさと用事頼めよ、って事だな。確かにそのためにいるのに放置されてるのも面倒かもしれない。警備のケリーのほうは微動だにせず周りを確認している。警備しているみたいなんだけど、この家の中なのに警備は必要なんだろうか。
「じゃあ、教えてくれ。ケリーのほうは暇ならなんか好きな事してていいぞ。今日は魔法の練習だけしかしなさそうだし」
「いいえ。リョータ様の警備が私の仕事なので、私の事はお気になさらず」
「ケリーはいつもこんな感じなので、本当にお気になさらないで下さい。ところで、魔法ですが、この部屋でお教えしても構いませんが、せっかくいいお天気ですので中庭に移動してみてはいかがでしょうか?」
ケリーとミランダは元々知り合いらしく、お互いに話しかける時は結構砕けた口調になる。ミランダの提案を受け入れるついでにもっと砕けた話し方をしてもらえないか聞いてみたが、とんでもない事だ、と遠回しに説教されてしまった。
邸宅の高級そうな内装から想像していた通り、中庭もちょっとびっくりする位綺麗に整備されていた。中庭って言葉通り、コの字状にある邸宅の先には他の家から見られないよう、背の高い木々が植えられている。なんでも、こんなに広い邸宅でも、ドルフィード家のいくつかある邸宅のうちの一つでしかないっていうんだからびっくりだ。
広い庭の脇にある東屋というか、ちょっとしたティーテーブルのような場所で魔法の練習を始める。さすが、エアリスの魔法使いの奴隷の中でで魔法の教師に抜擢されただけあって、ミランダは優れた教師だった。何時間か教えて貰っただけで幾つかの生活魔法を習得できた。ライターの火のような小火の魔法に、小水、乾燥といった、魔法使いでなくともこの世界の人間ならほとんど使う事ができる魔法とはいえ、魔法を使えるようになったのは嬉しい。
魔法の授業の合間に、こっちの世界についての事を教えてもらう。魔法があるように、こっちの世界ではゲームのように街の外では動植物たちが魔化したモンスターが跋扈し、魔力だまりが変化した擬似生命である迷宮なんかも存在するらしい。こっちの世界で冒険をするなら、そのための組合があるから、そこに登録すれば、迷宮に入ったりもできるようになるという話だった。
魔法を教えてもらったり、こっちの世界の事を聞いてたりしていたら、あっという間に時間が過ぎて日が落ちてしまう。部屋に戻ってミランダたちとお喋りを続けていると、エアリスに付き添っていたメイドさんが食事の用意ができた、と呼びに来る。メイドさんに連れられていった食堂は、映画でも見た事がないような、大きなテーブルに食べきれないほどの料理が並べられていた。エアリスは既に座っていて、メイドさんがその対面の椅子を引いて待っている。
逆らう必要もないのでメイドさんの引く椅子に座ると、既にテーブルの上に食事があるにもかかわらず、10人ほどの新たなメイドさんたちが食器を持って食堂の奥から現れた。食卓に着くのは俺とエアリスだけでメイドさんやケリー、ミランダは壁際に控えるようだ。
「ちょっと、どんだけ食べるんだ?」
「別に全部食べるわけじゃないわよ。客人をもてなす席は食事の量で客人を喜ぶ気持ちを表すのがこの世界の文化なの」
「つっても、残ったらもったいないぞ。っていうか絶対残る」
「貧乏性ねぇ。気にしないでも、残ったら使用人たちで消化するから気にしないでいいわよ。一応食前酒を用意したけど、大丈夫?」
「わかんねぇ。酒なんて飲んだ事ないから」
「そんなに度数はないから、始めだけは付き合ってちょうだい」
エアリスが給仕の1人に目配せすると、映画で見るシャンパンのような飲み物が入ったグラスを渡される。エアリスの挨拶に合わせておっかなびっくり口に含む。ほろ甘いというか、ほろ苦いというか不思議な味がするが、不味くはない。
「大丈夫そうね。コースでも料理は出てくるけど、他に欲しい料理があれば、給仕に言ってくれれば取り分けるわ。早速いただきましょう」
エアリスのその宣言で給仕のメイドさんたちが動き出す。食事を続けながら、エアリスと会話を続ける。基本的にエアリスに着いていたメイドさんやケリー達は会話に入ってこないので、ちょっと気になるが、誰かと会話しながらの食事は楽しくてすぐにエアリスとの会話に集中してしまって気にならなくなった。
「それじゃ、冒険者になるつもりなのね?」
「ああ。ある程度魔法が使えるようになったら、ちょっと迷宮とか魔物退治にも行ってみたい。ダメか?」
「私の都合だけを考えるなら、あんまり危ないことはして欲しくはないんだけどね。でも手伝ってもらってるから、希望を無碍にもできないわよ。あなたのおかげで商品の確保のスピードだって段違いになったわけだしね」
「正直、そんなに難しい事をしてる訳じゃないから、そんなにありがたがられるのも恐縮なんだけどな」
「まあ、私の方ができるのは危なくないように万全を期すだけだわ。もちろん、リョータの方でも命を粗末にするつもりもないでしょう」
料理の味ももちろんうまいが、誰かと一緒に食事をするっていうのは最上のスパイスだな。こんなに満足できた食事は初めてかもしれない。デザートまでしっかり頂き、食後のお茶を飲みながらエアリスとの会話を続けていると、それなりの時間になってしまった。
名残惜しいが、ホテルの部屋で余り留守をするのもよくないだろう。対外的には部屋にいる事になっている訳だし。エアリスと歓談ついでに次回の仕入れについて話しながら、食堂から出て召喚の部屋に向かう。今回持ってきたペンについてはどれも同じような効果だったので、なるべくなら同種なものを仕入れるようにする事にした。それこそ100本幾らで売ってるような廉価の物でも十分らしい。あとは指揮棒や他に杖として代用できる物についても今度もいくつかサンプルを幾つか持ってくるという事で、エアリス達に見送られて地球へ帰還した。