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いち

 何が起きているんだろうか。先ほどまで両親が30年ローンで10年ほど前に買った一軒家の、物置を改造した3畳くらいの自室でノートパソコンに向かっていたはずだ。今現在も座っている机の上にはノートPCの小さな画面の中で学校でも流行っているフラッシュベースのオンラインゲームが動いている。と思ったら、ネット環境がないらしく猫に土下座をする少女の絵に変わってしまった。


 採光用の西向きの小さい窓のすぐそばに置かれていたはずの机は今はただッ広い石壁の部屋の中心に描かれた大きい魔法陣?のようなものの中心に移動している。壁には何本か木の棒が取り付けられてその先から光が出ているが、ルーメンが絶望的に足らないので全体的に薄暗い。


 魔法陣の周りには中世の魔法使いか、アメリカの児童アニメーションの絵本の中に出てくる悪者魔法婆のようなローブを纏った人間が何人か、俺のことを黙って見つめている。よくネット小説にある異世界召喚ものの状況だ。今じゃなければ小躍りして喜んだかもしれない。ネット小説ならここで俺つえーの特殊能力だとか、チートな身体能力だとか魔法能力だとかが貰えるんだから、人生がつまんないって世の中をひねてる俺のような年代なら基本的には喜ぶだろう。


 しかし、しかしだ。今はダメだ。苦節5時間かけての夏イベントのラストマップのラストダンス中、しかも最終形態のボスを資源が禿そうになるギリギリで撃破した今のタイミングだけは、いただけない。


 これが他のゲームなら別に撃破後の回線切断なら、撃破のフラグはしっかりサーバー側に送られているので安心だが、このゲームだけはダメだ。せめて泊地に戻るまで待てなかったのか。結局S勝利後のドロップも確認できなかったし。ふざけんな。責任者を呼べ。謝罪と賠償を要求する。


「実験は成功ね」


 状況についていけないまま、思考の中だけで文句をつけていた俺の背中側から、鈴を転がすような、声だけで可愛いとわかる女の子の声が聞こえてくる。


「誰なんだ、あんた。実験てどういうことだ」

「ふふふ。異世界からものを呼び出す実験よ。予想外にいらないものが付いてきたみたいだけど」

「い、異世界。そうか、俺が勇者なのか」

「あなた、何言ってるの?それよりどこ向いて話してるの?」


 ずっと俺の視界は恐怖猫に土下座お化けを写している。ちょっと、後ろから聞こえてくる可愛い声が険を帯びていた気がするけど知ったこっちゃない。真実はいつも人を傷つけるんだ。俺は可愛い声から想像している女の子の幻想と話すんで気にしないでください。


「あなた、こっち向きなさいよ」


 完全に声が怒っているが嫌だ!可愛い声から想像した顔とは懸け離れた現実を見て落ち込むくらいなら真実なんていらないんだ。


「まぁいいわ。どのみち殺すんだから。どこから忍び込んだのかしらないけど、冥土の土産にこのドルフィード家の秘奥義を知れたことを地獄で自慢することね」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。殺すってどういうことだよ!そっちが勝手に連れてきたくせに秘奥義ってなんだよ」


 美少女たぶんの物騒すぎる会話の内容に驚いてうっかり声のほうを向いちゃったけど、そこにいた少女は思ったより不細工じゃない。いや、むしろ俺の貧相な想像より綺麗かもしれない。まぁ俺の想像は二次元だったので比べられるもんじゃないんだけどさ。


「連れてきた?何を言っているのかわからないわ。あなたみたいな人間が神の国の住人だとでも言うつもり?笑わせないでちょうだい」

「本当だって!神の国かどうかはわからないけど、いきなり自分の部屋からここに移動したんだ」

「馬鹿を言いなさい。そこにあるのは紛れもなく神の国の装具に違いないわ。もしあなたが言うようにその装具と共に移動したというならば、あなたみたいに頭が悪そうな人間が神の国の住人ということなってしまうじゃない。そんな馬鹿なことはありえないわ」

「大きなお世話だよ!」


 顔は可愛いけど、性格はブスだな!この女!やっぱり美少女で性格美人なんて二次元だけの存在なんだな。その割に、俺の高校のクラスメートとかブスのくせして性格もブスなんだけどどういうこと?


 馬鹿なことを考えながらも、なんとか殺すとかいう行動を止めるために性格ブス美少女に信じてもらおうと頑張っていると、性格ブス美少女、長いな性ブ美女でいいや。性ブ美女を半信半疑くらいにまでさせることに成功する。


「それじゃ、神の国の住人なら、神の国の装具の使い方もわかるわよね」

「このパソコンみたいなのが神の装具ならわかると思うけど」


 ここで訳のわからないファンタジーな杖とか出てこられたら悲惨だから、一応確認しとく。まぁファンタジーの人にとってパソコンとか神の道具に見えなくもないよな。こっちからしたら魔法が神の技みたいだけどな。


 性ブ美女は周りにいたローブの人に何やら命令すると、ローブの人は部屋から出てすぐに手にノック式のボールペンを持って戻って来る。なんでノック式のボールペンかわかったかって?だって俺あれと同じの持ってるもん。ちょっとお高いけど、人間工学かなんかで書いてる手が疲れにくいやつ。ローブの人は魔法陣ギリギリのところでボールペンを恭しく捧げるように差し出している。


「それじゃ、それを使ってみなさい」


 性ブ美女は顎をしゃくってボールペンを示す。面倒くせーな。わざわざ取りに来いってか。どうせならここまで持ってこいよ。しょうがないので、ローブの人のところまで移動してボールペンを受け取る。


「つっても、ボールペンなんだから紙かなんかくれないと書けないよ」

「ペン?これはペンなの?」

「見ればわかるじゃん」

「紙を持ってきなさい!早く!」


 俺がノックの部分をカチカチしてやると目をむいてローブの人に怒鳴る。カルシウム足りてねーな、この女。ビッチはこれだから困るよ。ローブの人たちも大変ですね。


 性ブ美女の声に急かされてローブの人が走って紙を持ってくる。紙といっても、和紙とか、わら半紙の酷いのみたいにザラザラしてる。ボールペンでこういう紙に書くと滲んだりするんだけど、この高級ボールペンはゲルインキだからまぁ結構はっきり書ける。うましかと平仮名で書いて性ブ美女に渡してみる。関係ないけど、なんであの漢字なのかね。


「ほ、ほんとうにペンなのね」


 受け取った紙をまじまじと検分する性ブ美女は仕込んだネタには気付かないらしい。他人を馬鹿にするネタってバレて騒がれるのも面倒だけど気づかれないのはそれはそれで物悲しいもんだね。


「あなたみたいのが神の国の住人なんて信じがたいけど信じるしかないのよね」

「ほんとうに失礼なやつだな」


 ものすっごい悔しそうな顔をしている性ブ美女。ブツブツと呟きながらなんとか心に折り合いをつけようとしてたみたいだけど、急にわめき散らし始めた。


「でもダメ!こんな不細工で教養もなさそうな男が神の国の住人なんてやっぱり信じられないわ。そうよ!あなた、神の国の奴隷なんでしょ!そうに違いないわ」

「不細工とかいうな!不細工でも必死に生きてる男の子だっているんですよ!」


 俺が女をブス扱いするのはいいのかって?それはそれ、これはこれ。至言だよね。


「しかも奴隷ってなんだよ!家族にだって………家族にだって………」


 あれ?おかしいな。よく思い出してみたら、奴隷とほぼ変わらないかもしれない。俺の両親超美形、妹超絶美少女、俺不細工。みにくいアヒルの子状態な俺ってば家の中でも、ハブられて食事だって自室で一人、いないようなもの扱いだし、家庭の雑用だって魔法にかけられる前のシンデレラ状態でこき使われてる。外面だけはいい家族だから、高校だけは行かせてもらえてるけど、最低限の学費だけで、アルバイト代もほとんど搾取されてる………あれ?おかしいな。地球って奴隷制否定されてるんじゃなかったっけ?なんか前がよく見えないよ。


「な、なんでいきなり泣き出してるのよ。男だったらこんなことで泣くんじゃないわよ」

「男にだって一つや二つ、耐えられないことだってある」


 俺の場合、一つや二つじゃない気がするけどキニスンナ。なんか悪いこと言っちゃったなー的な表情の性ブ美女が助けを求めるように周りのローブの人たちを見回すが、全員知ったこっちゃない、と知らんぷり。ざまぁ。


「わ、わかったわよ。あなたが神の国の住人なのは納得するから、泣き止みなさい」

「おう。しょうがねーな」

「嘘泣きだったの?やっぱり卑しい出自の人間は心まで卑しいのね!」


 またそんなこと言っちゃって、俺また泣いちゃうよ?話が進まないから今はしないけど。


「それで、説明してくれよ。ここはいったいどこなんだ?神の国ってなんのことだよ?」

「く、あなたが嘘泣きして話が逸れたんじゃない。とりあえず、1万歩譲ってあなたが神の国の住人だと仮定して説明してあげるわ」


 仮定って、まだ信じてねーのかよ。嘘泣きに騙されて神の国の住人だって認めてたじゃねーか。まったく、自分の発言には責任を持って欲しいよね。政治家なんて側近にぽろっとこぼした一言でも大炎上するのにさ。


 長ったらしい上に、性ブ美女の家自慢が所々に挟まれてて、分かりにくいことこの上ない説明を適当に要約すると、この世界、ファーランドは地球の概念的に下層に位置して存在しているらしい。なので、地球の物を触媒にすることで、この世界で使われている魔法が強化される。さっきのペンもペンとして使ってるわけではなく、言うなれば物語とかで出てくる魔法使いの杖みたいに使ってるんだとか。この性ブ美女の家は代々地球から物を召喚する秘儀を受け継いていたことで、商人としても貴族としてもこの世界での最大の国、ロットニアでも最も由緒正しく最も高貴な有力者になっているらしい。(多大に性ブ美女の主観が入ってるので、どこまで本当かは謎)さっき、俺がペンを使って驚いたのも、概念的に高位にある物体だから、この世界の住民では機能を使うことはできないんだとか。


 よくわからんけど、うちらが神様に対して想像するようなことが、この世界の人たちが俺たちに想像することと同じ感じってことだな。本当は1週間に一度、ペン一本とか指輪一つくらいの物を召喚するのが精一杯なんだけど、一万年に一人の超天才の性ブ美女によって、今までにない大規模な召喚実験で、机ごと俺を呼び出しちゃったらしい。残念ながら、俺は勇者として呼ばれたわけではなかった。


「まさか生物まで呼び出せるなんて思わなかったわ」

「それよりも、俺は帰れるのか?」

「送り返すのは簡単よ。実験だったから、当然資料はすべて残ってるし」


 よかった。あと1時間もしたら洗濯を取り込んで、夕飯の支度にかからないとタダでさえ風前の灯な家庭内の立場がなくなって、遂に家を追い出されるかもしれない。


「それにしても、大赤字だわ。所有者がいるんじゃ、これから召喚で呼び出すのも考えないと」


 その後、説明を受けながら俺は召喚された暗い部屋から応接間のような部屋に移動していた。高級そうなソファーに座りながら、メイドさんが入れてくれたお茶を飲んでいる。性ブ美女の方も俺の対面でお茶を飲みながら頭を抱えていた。今までは所有者がいないか、もしくは所有者が捨てていると判断できる物を呼び出していたらしい。時々ある、あったはずの物が忘れているうちにどっかに消えてしまったりするのは、たまーにこいつの家庭のせいだったとか。


「まぁ、パソコンは無理だけど、ちょっとしたもんなら譲れるぜ。机にある物だから使いかけのペンとかノートとかになっちゃうと思うけど」

「本当に?」

「その代わり、魔法を教えてくれよ。せっかくこっちに来たんだから俺も使ってみたい」


 今使っているノートパソコンは父親様のお下がりで5年間だましだまし使っているとはいえ、まだまだ使い倒さなくてはならない。無くなったから新しいのが欲しいなど、妹ならまだしも俺が言ったところで一笑にもしてもらえず無視されるだろう。


 そんなことより、魔法である。あと一時間でどのくらい覚えられるかわからないが、お土産として何か一つでもいいから使えるようになりたい。


「あなたね、いくらあなたが高位概念存在だとしても、たった一時間で使えるようになるわけがないでしょう」

「物は試しだ。あとで多めにペンとか譲ってやるから早く教えろ」


 俺の熱意に負けたのか、多めに譲るという物欲に負けたのか、性ブ美女にため息と共に何やら命令されたメイドさんは一礼とともに部屋を出て行く。戻ってきたメイドさんは片手に水晶玉を持っていた。


「これは、魔力測定の魔道具よ。それぞれが持ってる属性だったり、魔力量を計ることができるの。例えば、私だったら万能の白で魔力量は多いから水晶玉のキワまで色がつくわ。魔法を使うにもまず魔力と属性を調べなきゃ始まらないの」


 性ブ美女の言う通り、ティーテーブルに置かれた水晶玉に性ブ美女が手をかざすと透明だった水晶玉は白く濁りだし、今では単なる白い玉のようになっている。性ブ美女はやってみなさい、と水晶玉を俺の方にずらしてくれた。性ブ美女を真似て手を水晶玉にかざすが何も変化が起きない。ちょっと待て、魔力がないなんてことはないよな?


「あなた、ちゃんと魔力を送ってる?」


 自動的に吸い取るんじゃねーのかよ。魔力がないのかと思ってちょっとビビっちゃったじゃないか。魔力を送ればいいんだな。よし、と気合を入れてもう一度手をかざす。って、魔力はどうやって送ればいいんだ?


「はぁ?魔力も送れないの?」

「しらねーよ。魔力なんて生まれてこっち意識したこともねー」

「なんであんたみたいなのが神の国の住人なのかしら」


 性格ブスの面目躍如だな。これ見よがしに盛大にため息をついてから(いちいちカンに触るビッチだ)一応説明してくれた。なんでも魔力っていうのは生きとし生きる存在全てが持つ生命力のような物で、体に流れる生命力が溢れ出てくるのが魔力だという。よくわからん。面倒だから、なんか魔力を送るコツを手っ取り早く教えて欲しい。


 そういうと、頭に井桁を作って手のひらから生命力を流すイメージをすればいいと言い捨てられた。最初からそういう風に説明すればいい物を。不親切な解説役だな。


 今度こそ、手からオーラのような物が水晶玉に流れていくのをイメージする。すると、本当に白いもや見たいのが見えた気がした。そんなに想像力豊かなタイプじゃないと思ってたんだけど、俺ってばさすがやればできる子だな。すると、水晶玉はあっさり白い玉に大変身。性ブ美女の時は縁が少し透明だったのに、それすらもなく完璧に白い玉に成り果てている。


「腐っても高位概念存在って所ね。私ですら、縁を埋めるほどの魔力はないのに」

「お約束通りチートだな。さっさと魔法を使えるようにしてくれよ。あと40分くらいで帰らなきゃいけないんだ」

「何度も言うけど、魔力があるだけでそんなに簡単に使えたら巷に魔法使いが溢れてるわよ。一応対価をもらえるなら教えるけど、あんまり期待しないでよ」

「大丈夫。俺ってやればできる子だから」



◇◇◇◇



 ダメでした。それなりに、性ブ美女が熱心に教えてくれた火の生活魔法だったが、性ブ美女の人差し指の指先に今も灯るライターのような火どころか、火花さえ起こらなかった。せめて、性ブ美女が子供でも成功するのに、とかぬかしやがったあの魔法だけでも成功させたいが、もう洗濯をとり込まなくてはならない時間までそんなにない。かなり、未練が残るがしょうがない。性ブ美女に連れられて、先ほど召喚された部屋まで戻る。


「それで、どんなのが欲しいんだ?」

「魔法の杖として売り出すから、細長い物がいいんだけど」

「ペンでいいか?それだったら大して高価でもないし、正直金がそんなにないから、高価なもんだと辛い」

「神の国でも、やっぱり商取引があるのね。だったら、対価を渡せればいいんだけど、こっちのものを神の国に持っていっても、価値があるかわからないのよね」

「まぁ、貴金属なら基本は同じようなもんなんだろうけど、出何処を調べられたらきついからなー」

「じゃあ召喚したもので使いにくいものはとってあるんだけど、そこから対価になりそうなものを持っていってくれればいいわ。そのかわり、その机の上にあるペンを全て貰うわ」

「ちょ、全部かよ。まぁ何があるか見てからだな」


性ブ美女に連れられて、魔法陣の書いてある部屋の出口の近くにある倉庫に入る。中にはちょっとしたゴミ屋敷ばりに乱雑に物が散乱している。捨てられていたのだろう雑誌や誰かの黒歴史が詰まってそうなノートまで様々なゴミが山になっていた。


「ちょっとは片付けろよ」

「だって、しょうがないのよ。こっちにできるのは召喚物の思い入れの判断だけで、形状自体はわからないんだから。どうしても紙みたいなものは使いにくいから、捨てるわけにもいかなくてここにしまってあるの」

「つっても、探すのも一苦労だぜ。あんまり時間ないのに」


ブチブチ文句を言いながら、適当に目の前の山を崩してみる。とはいえ本当にガラクタ、というかゴミしかない。2年前の日付のコミックLOとか誰が欲しがるんだ。がそごそとゴミの山を漁っていくうちに、ちょっとありえないものが目に入ってきた。日本銀行とプリントされた紙にまとめられた紙の束。表面には薄茶色で細かな装飾をされて右側には福沢諭吉先生の肖像画が描かれている。100万円とかって描かれている子供のおもちゃとは違う。


「なんでこんなとこに」


ゴミの山から発掘される札束。一応整理しようとしていた面影か、それはちょっと考えられないくらい大量に保存されている。


「ああ、その美術品の紙?割とよく召喚されるんだけど、さっきも言った通り、使えるのは杖として使える細長い固形のものなのよ。美術品としては綺麗だと思うんだけど、そんなに大量にあるんじゃ美術品としての価値は無いも同然だから同じくここにしまってあるわ」


確かに銀行券として価値を認められてなければ、紙幣も単なる絵の書いてある紙にすぎないって事か。一万円札一枚で今あるペンを新品で買ってもお釣りがくるってわかったらどんな顔するんだろうか。まぁ、こいつらじゃ取引できないからどうしようもないか。


「そんなものより、こっちのほうがいいんじゃない?」


そういって、性ブ美女が取り出したのは、繁華街でよく呼び込みをしているイルカの絵が描かれた写真だ。あれに騙されて買わされる人って居るんだな。確かにそれも多分値段としては福沢先生が20人くらい必要だと思うけど、売っても二束三文だろうし、そのまんま百人が束になってるほうがいいわ。


「いや、こっちを貰ってくわ」

「そんなもので良ければ好きなだけ持って行きなさい」


お言葉に甘えて二三束鷲掴みにしてポケットにしまいこむ。うはうは。出何処を疑われたら危ないからそんな大っぴらに使える訳じゃないけど、これでいつ家を追い出されても生活が軌道にのるまでの生活費は困んねーな。


「………そうだ、そんなものが対価になるなら、あなた、またこっちに運んでもらえないかしら?」

「は?またこっちに来れるのか?」


こっちに来れるのは俺にとっても願ったり叶ったりだ。まだ魔法が成功してないし、たかだかペンをちょっとばかし買い込むだけでうんびゃく万。ちょっと危険な運び屋さんでもこんなバカみたいなレートはないだろう。


「多分いけると思うわ。転送魔法用の座標指定の魔道具があるんだけど、召喚も転送も原理は一緒だからそれを使えば」

「おう。だったら俺は全然構わないぞ。ただ、家事があるから好きな時間に呼び出されたらちょっと困るが」

「じゃあ、座標指定の魔道具と一緒に連絡用の魔道具も用意するわ。あなたの良い時間に連絡してくれれば、こちらの用意が済み次第召喚すれば良いわね」


性ブ美女は、俺が魔法の練習をしている間もずっと魔法陣の周りで待機していたらしいローブの人に行っていたものを用意するよう命令している。あんまり時間がないから早くしてほしい。基本的に母親も妹も俺の部屋に入ってくることはないから家にいない事がバレる訳ではないけど、家事が遅れるとすっごい怒るからなぁ。


「これが座標指定の魔道具と連絡用の魔道具ね」


ローブの人が持ってきたのは、一メートル四方ぐらいの布地に魔法陣が織り込まれ、四方に様々な宝石がちりばめられた絨毯と指輪だった。連絡用の魔道具は指輪で、水晶に色をつけたとき同様に魔力を込めると光るらしい。指輪は二つでワンセットになっており、片方を光らせると、もう一方も光る仕組みになってるとか。召喚されるときは、絨毯の魔法陣の上で座っていれば良いらしい。


「こっちも召喚するのに色々と準備がいるから、呼び出せるとしても2〜3日後になるわ。それまでに仕入れのほうを頼むわね。それと、連絡が来てから召喚するまで、大体そうね、30分くらいは時間を見ておいてちょうだい。そっちが光らせた後、召喚できるようならこっちから折り返し光らせるから、よく見ておいてね」


魔法陣の中に置いたままの机に戻り、貰った魔道具を机の上に置いて、レクチャーを受ける。指輪は不思議な力で指にはめたら自動的にフィットした。一度、こっちが魔力を込めて指輪をひからせた後、性ブ美女の方から返答が返ってくる。


「色々とサンキューな。そういえば、名乗るのを忘れてたけど俺は川崎亮太。これからよろしくな」

「そういえばそうだったわね。私はエアリスよ。エアリス・リリアンテ・ドナ・ドルフィード、これからよろしくね、リョータ」


性ブ美女ことエアリスは魔法陣の外側から、その内面のビッチさを覆い隠して余りあるほど魅力的な笑みを送ってくる。最初からあんな態度だったら惚れてたかもしれない。家族で美形は見慣れてる俺ですら一瞬見惚れてしまった。俺が惚けている間に、エアリスと周りのローブの人たちによって俺は見慣れた狭苦しい自室に移動していた。瞬く間、という言葉通りに目の前の光景が変わったのでまだ脳が混乱している気がするが、惚けている暇はない。早く洗濯物をしまった後、買い出しと夕飯の支度を済ませなければ。



◇◇◇◇



「今日は随分遅かったんですね、亮太さん」


家族の食卓の上に配膳を完了し、自分用の料理をお盆に乗せて自室へ戻ろうとしたとき、後ろからそんな声がかかった。言われるほど遅くなったわけではない。確かに、すこーし異世界事情によって時間が押したが、その分買い出しや料理を時短、ぶっちゃけ手抜きで済ませたから夕食自体はそんなに遅れてないと思う。


声をかけてきたのは俺と遺伝子的に繋がってるのかぶっちゃけ疑問な超絶美少女の我が妹、陽菜だ。川崎家両親の美形遺伝子を正しく受け継ぎ、より発展させた人類の最高傑作といって良い外見をしていると思う。でも、性格は外見に反比例して、川崎家両親の性格の悪さを正しく受け継いでより最悪の方向に発展したビッチだ。


「陽菜、亮太に構っていないで早く食卓につきなさい」

「でもお父様!」

「まぁまぁ陽菜さん、確かに少し手抜きのようですが、たまにはしょうがないでしょう。亮太さんも自分でもわかっているでしょう?」


これが続けば、どうなるかって事ですね。わかってますよおかーさま。前回うっかりアルバイトが長引いたときは、ネット回線を止めるって話でしたよね。死んじゃうからやめて下さい。


「申し訳ございません」

「もういい。早く自室へ戻れ」


おとーさまのお許しが出たので下げていた頭を戻して、妹さまにもう一度頭を下げてから階段を上る。俺が作ったとはいえ、同じものを食わせてもらってるだけありがたいと思っとこう。


不思議だと思われるだろうけど、あんな言葉使いをしているが、うちは中流階級の一般家庭だ。俺が生まれた頃ぐらいまでは結構お金もある、長く続いた旧家の一員だったって話だから、両親さまの頭の中では未だに現実を認められてないんだろう。


俺が物心ついたときには、すでにこんな生活だったので慣れた物。お嬢様育ちの母親や坊ちゃんな父親に家事なんて無理だから、俺が物心着くまでは結構無理してお手伝いさんまで来てた。その人達に俺の家事スキルは育てられた。そのときに親戚中に無心してたのが祟って、今じゃ総スカン食らって関係断絶中。ここら辺は俺の想像とかお手伝いさん達の噂話を基にしてるんだけど、まぁ強ち間違いじゃないと思う。


今じゃ妹さまをお嬢様高に入れて玉の輿乗っけるのだけが人生の希望らしい。その為に俺のアルバイト代まで搾取されているんだけど、まぁ育ててもらった恩もそれなりに感じてるから、妹さまが高校に入るか、俺が高校を卒業するまで、後1〜2年は面倒を見ようと思う。ぶっちゃけ、誰か一人でも顔を活かして芸能界でも入ってしまえば俺の稼ぎなんて目じゃないくらい稼げると思うんだが、両親の感覚だと見世物パンダになるなんてプライドが許さないらしい。父親さまは縁故採用で友人の会社で平社員の給料泥棒してるんだからプライドも何もあったもんじゃないと思うんだけど。ちょっと怖いのは、高校を卒業したら働くつもりなんだけど、そっちの給料まで奪って家政夫を続けろって言われる事だ。


想像したらちょっと怖くなってきた。うちの両親の常識のなさからすると、育ててやったんだから当然とか言われそうで怖い。早く独立資金を貯めないと。


さっき異世界から貰ってきたお金は俺の秘密の貯金箱、屋根裏に隠したクッキーケースに仕舞われている。独立資金として中学校の頃から少しずつ貯めてた額でもそれなりだったが、今回の収入はちょっと比べ物にならない。でも、軌道にのるまで、両親や妹さまの無心を考えたら2〜300万じゃ心細い。最低でも後何回かは異世界に行ってお金を稼がないと。


グダグダ考えながら食事を済ますと、食器を持って下に戻る。家族の団欒を邪魔しないように、ダイニングを通らないようにキッチンへ向かう途中、妹さまの金切り声が聞こえてくる。内容はよくわからないが、俺が家にいる事がどうしても気に食わないらしい。うっすらと疑ってはいたが、戸籍上は2歳年上の兄である俺の事を本気で奴隷かなんかだと思っているらしい。でもまぁ、両親の態度を見て育ったらそんな物なのかもしれない。


どすどすと足音を立ててダイニングに続く廊下に妹さまが現れる。


「今すぐ出て行ってください。亮太さんと一緒に住むのはもう耐えられません!」


えーっと、この場合どうすればいいんだろうか。出て行けと言われれば、正直今日の昼までならまだしも、異世界からの収入源を得た今となっては渡りに船なんだが、俺がいなくなって、この家族が壊れてしまうのも忍びない。ぶっちゃけ、家事無能者の集まりだから1日でまわらなくなるのが見えている。


困ったように妹さまの後ろから追ってきた両親さまを見つめるが、両親さまからもフォローがない。しょうがない。しばらくは家を出て行くしかないかもしれない。幸いお金もあるし、今は夏休み期間だから学校もない。


「ええと、俺が家を出るのはいいんですが、本当にいいんですか?」


ぶっちゃけ困るのは家族だと思う。妹さまの肩越しに両親さまに問いかける。しかし、両親さまが声を出す前に妹さまがブチ切れちゃいました。


何を言っているかわからない金切り声で喚き散らしている。まぁ、出て行けと言われるなら、出て行くしかない。荷物をまとめる、と妹さまに頭を下げて部屋に戻ると、とりあえず、荷物を学校指定のカバンに詰め込む。ぶっちゃけあんまり物がないから、着替えと一応制服、貯金箱に異世界でもらってきた魔道具を纏めて、部屋が空になっても一度で運べる量っていうのが少し物悲しい。家具は仕方ないので捨ててもらうしかない。


「今までお世話になりました。住所が決まりましたら、連絡させていただきます」

「必要ないです。早く出て行ってください」


見送りというより、監視の為についてきた妹さまが玄関先のスロープで仁王立ちしていらっしゃる。少し焦っている両親さまが少し哀れになってきた。


「あーっと、お父様に挨拶させていただいてもよろしいですか?」

「………すぐに済ませて出て行きなさい」


母親さまを連れてそのまま家の中に入っていく妹さま。これだから思春期は怖い。両親さまが甘やかして育てたツケだろうから、自業自得か。


「陽菜もしばらくすれば落ち着くだろう」

「まぁ、兼ねてからのお話通り、陽菜さまが高校に入学するためのお金は振り込みを続けますので、ご心配なさらないでください」

「うむ。あまり長くなるようだと、家事をする人間を雇わねばならなくなるから、振込額を増やしてもらわねばならんかもしれん。落ち着いたら場所を連絡するのを忘れるな」


なんか、心配してるっていうよりも逃げるなよ、って言われてるみたいで少し悲しくなってくる。まぁ、わかってたんだけど、家族は選べないからしょうがない。しばらく分です、と財布の中にある現金を手渡す。当然のように父親さまは受け取ってくれるんだが、せめてお礼くらいは欲しい。へそくりがあるのはお互い了解済みだとはいえね。


少し長く話しすぎたらしく、玄関から妹さまが顔を出して父親さまを呼ぶ。まだ居るのかと睨んでくるが、何かを言われる前に父親さまに頭を下げて家から離れる。思ったよりも早く独立できてしまった。しばらくは、仕送りの額が増えるが、しょうがないだろう。とりあえずは今日の寝床を確保しなければならない。お金はあるし、収入のアテもあるから贅沢して生まれて初めてホテルという物に泊まってみるのもいいかもしれない。


どうしよう、家を出るとこんなに心が軽くなるなんて、もっと早く出てくるべきだったかも。それもこれも、異世界召喚での現金収入のおかげだ。あの収入がなければ途方にくれるところだった。次回呼び出されるときはペンと言わずいろんな物を用意してやってもいいかもしれない。


俺はスキップしながら夜の街に繰り出していった。

初めまして。ご覧いただきありがとうございます。

まったり更新していきたいと思います。

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