現実は残酷で、それでも明日は明るい
「気にすんな。逆かもしれんだろ?」
不意に声をかけられる。逆と表現されたその状況を想像する。
「でも…」
「そんなもんだよ、戦場は。双方の主張や利益、正義がぶつかり合うんだ。犠牲は出る。」
「それでも、あの人たちに罪はないよ、命令に従っただけだよ。」
「…罪は無いよ、ねぇ…まぁ彼らは自分で自分が忠を尽くすものを決めたんだ。そのために銃をとって引き金を引いた。俺も同じだ。彼らと同じように俺も自分の正義に従っただけだ。たまたま俺の方が強くて生き残った。それ以上でもそれ以下でもない。戦場は理不尽なくらい公平だよ。弱くても強くても、銃を持ったらみんな等しく“自己責任”。そもそも罪とか善悪なんていうのは余程例外的事例でもないとあり得ないんだ。」
「そんな考えて銃を撃つ人なんていないよ。誰だって死ぬのは怖い。」
「じゃあそんな奴らは兵士として未完成な無能だ。ただ自分が死ぬのが怖くて、自分が人殺しになるのが怖くて、誰かを守れるの?いや、怖がるなとは言わないけど、それを理由に誰かを守ることを放棄することは許されないでしょ。」
「ハルは、そのために戦うの?」
「ちょっと違うけど大体そう。軍人の俺はそうだったけど今は違う。今なら、もうちょっと我が儘が効くから。」
「我が儘?」
「自分の好きな人を好きなだけ守っていられる。」
私のために人を殺すということだろうか…
「多分アイラが思ってるほど複雑じゃないよ。そりゃ殺さないで済むなら殺さないほうがいいよ。好きな子の目の前で人を殺めるなんて最低でしょ。」
「じゃあなんで?」
「誰かのために撃つんじゃない。自分が撃ちたいから撃つ…ちょっと違うなぁ。うまく言えないな…でも大体はこうだよ。」
「うん…」
「あんまり気にしないで。こういうのは俺らの仕事だから。」
私には、彼が手を穢してまで守るべき重さがあるのだろうか…
「重さじゃないよ。」
「よくわかったね。」
「好きだからかな?」
「亡命に成功したからって急にダラけない。」
「いいじゃん。あの二人はもう帰ったよ。俺たちも行こう。」
数百メートル歩き、二人で国境線を超えた。
「変わらないねぇ…」
「そんなもんだよ。この後どうするの?」
「日本の大使館に駆け込んで秘密裏にもう一回亡命する。記録には残らないから俺たちは俺たちじゃなくなる。けどまぁ日本にはバァちゃんいるし。しばらくは頼ろうと思う。」
「え?おばあさん日本にいるの?」
「だって日本人だもん。言ってなかったっけ?俺ハーフだよ。」
「ここに来て初めてのカミングアウト⁉︎」
「みんな知ってると思ってたんだけど。俺目と髪黒いし。日本名もあるよ?」
「嘘…ホントに?なんていうの?」
「白凪・春一。もうここ五年はこの名前で呼ばれてないな…」
この国側の検問所に着いた。
状況を告げると空港まで送ってもらえた。日本が極秘裏に私たちを護送するチームを派遣していたらしい。航空自衛隊の隊員とハルが話している。
「白凪、久しぶりだな!」
「久しぶり。鎌田さん。最後の合同演習以来ですね。」
「そうだな。あの時の敵の最高得点者を護衛することになるとはな。」
「そういうあんたもキルデスならトップでしょう。」
「自衛隊は攻撃が仕事じゃないからな。」
それにしたってお前らは強すぎるだろう。こっちは精鋭中の精鋭を集めたチームだったんだ。米軍一個小隊には圧勝したのに自衛隊には勝てなかった。
「で、亡命ついでで悪いんだが、俺の事入隊させてくれない?」
「は?」
「俺働き口がなくてさ。できることって言ったら銃の扱いくらいだし。」
「アホか。無理に決まっている。だが予備自なら誤魔化しが効くな。だがそうすると別なとこで働かなきゃならんし。」
「じゃあどこか簡単な仕事見つけるから即応で雇って。」
「…上官に聞いてみる。」
「サンキュー」
これで最低限働き口は手に入れた。まぁほかはなんとかなるでしょ。
日本に着いた。
「…ええ、はい。この度は貴国にご迷惑を…いえいえ、もう感謝してもしきれないくらい…」
この国についてから、ハルはずっと誰かと電話してる。
「いいんですか⁉︎ありがとうございます!」
しかしさすがハーフ、日本語がとても流暢だ。
「仕事見っけ!自衛隊が幹部採用してくれた!」
「マジか白凪!よかったな!」
「いや最悪だよ!鎌田さんの部下だ!」
「ウワァ同情するぜ!俺はもう5年耐えた。お前も大丈夫だ!」
「スンマセン一年経ってなくてもう限界なんですが。」
「あぁそうだ。こいつ入隊して最初に配属されたのがうちの隊でな。お前のバディにつけといた。」
「へぇ…うん、よく耐えたな…伍長って呼んでな。その方が慣れてるからやりやすい。」
「了解です。」
…よくわからない言葉もあったが大変そうなのはだいたい察しがついた。とりあえず戻ってきたハルを捕まえる。
「私日本語殆ど分からないんだけど。」
「ダイジョブダイジョブ。なんとかなるなる。」
1年後、もうそろそろこの国にも慣れた頃、
「俺たち、どうする?」
「どうするって何を?」
「いやさ、住むトコも収入もあるし、そろそろ結婚しない?」
「プロポーズならもっとかっこよく言ってよ。」
二人とも寝巻きでプロポーズとか聞いたことがない。
「じゃあ明日どっか食事行こうか。」
「また急に…」
「また?」
「なんでもない。」
去年、基地から逃げ出す時もこんな感じだった。急に言われて振り回されて。でもまぁ彼についてきたから今幸せなんだと思う。
「ハル…」
振り向いた彼を捕まえる。数秒の沈黙、
「愛してる。そしてありがとう。」
「ねぇ、似合う?」
キモノなんて初めて着た。おばあさんにほとんどやってもらったけど、だいたい覚えた。彼の方は、もともと日本人よりの顔つきだから、ハカマがよく似合ってる。
「嘘…!春にぃがかっこいい!」
隣で驚きの声をあげたのは、着付けを手伝ってくれた彼の従姉妹。長くて綺麗な黒髪で高校生だというが私よりだいぶ大人びている印象だ。
「お前なぁ…ったく去れ、今すぐに。」
「はーい。」
「綺麗…だよ。」
彼女が去った後、彼は照れ臭そうに言う。
「ハルも、かっこいい。」
「ありがと。」
キスをされる。
「お化粧くずれちゃうでしょ。」
「いいじゃん。」
「今から写真撮るんでしょ?」
「大丈夫だよ。それに当日はできないし。」
帰りに、彼のおばあさんの家に寄る。彼の親戚が集まっていた。もちろんあの子もいる。集まったついででみんなで食事をするようだ。何かのタイミングで一斉にみんなのケータイがなる。写メだ。送り主は彼のもう一人の従姉妹で確か中学生…ここで周りが一斉に笑い出す。ようやく画像を開いたのと彼が従姉妹にホールケーキを投げつけたのが同時だった。
「ふぶ!」
彼女の顔に命中する。
「送ったの私じゃないもん!」
画面の中で私たちがキスをしている。いつの間に撮ったのか。
「じゃあ今ケツの下に隠したのはなんだ!」
生クリームまみれの彼女が出したのはケータイ。
そのケータイを見て中学生の子がポケットを探る。
「それウチの…!」
随分と大人びて…なんだっけ?
「また始まったよ…」
「また?いつもこんな感じなんですか?」
「顔合わせる度にどっちかがちょっかい出して。」
なんだろう…検問所の時を遥かに凌ぐ彼の動き…
「あっちで軍隊入ってしばらくしてからうちに連絡がきたんだけど、春一くんなんて言ってたと思う?」
「…なんか大体予想がつきますが…」
「あの子と比べたらみんな鈍くてやってられないってさ。」
うわぁ…
「と、止めなくていいんですか?」
「止められると思う?」
「すいません、無理です。」
「娘ももうちょっとおしとやかだったら彼氏もできると思うんだけどなぁ。」
「え⁉︎娘?」
「アレ?聞いてない?」
…もう何が何だか…
「うるさい!」
おばあちゃんが一喝する。2人の動きがピタリと止まる。それぞれ割れたグラスと割れた皿の破片でお互いに相手の首に突き付け合っていた。しかし最初のケーキと2人の武器になっている食器以外全く位置がズレてすらいない。プロフェッショナルを見た気分だ。
二人はそのまま元いた席に戻る。
「おとーさん!私彼氏います!」
「ああやって強がってるんだけどねぇ…」
「いいよいいよ、画面越しでもこの時間じゃ迷惑だろう。」
「もういいよ!」
彼女はどこかへ行ってしまった。
いやー怖い怖い。この家族の女性はどうしてこうも恐ろしいかなぁ…
「子供相手に何やってんのよ。」
「いやいや、俺と対等に渡り合う高校生が子供に見えるわけないでしょ。」
「おばあさんも怒っちゃったし。」
「あれはまだ怒ってないよ、たぶん楽しんでた。本気で怒ったらここら辺火の海だよ。」
「そんな怖いの?」
「この国のご老人ってさ、だいたい昔の対戦を経験してるんだけど、よく竹槍でアメリカの爆撃機をやっつけたっていうありえない話をするのがいるんだよ。」
「どういうこと?」
「それをマジでやってのけたのがバァちゃんってわけ。」
「…ハルの家族ってどうなてんの?」
「わかんない…ただだいたい人外で構成されてるのは確かだよ。」
ハルも十分人外だということは黙っておく。どうせ自覚してるだろう。
なんやかんやで食事が終わる。しばらくしてから彼のケータイがなる。
「ごめん出てくれない?」
「わかった。」
いいのか…
「もしもし…」
「あ、伍長さん?あぁアイラさん。今伍長さんの実家のあたりにいるんですが迷ちゃって…」
ハルに代わる。
「もしもーし?どーしたのピースメーカー。」
「作戦外は名前で呼んでください。」
「ごめん覚えてない…」
「…だろうと思いましたよ。そんで、今あなたの実家の近くにいるんですけどこの辺初めてなんで…」
「目的地は?」
「セブンに来いって言われてるんですが…」
「うちの正面だな。今どこ?」
「トラックがいっぱいある駐車場の脇の細い道です。」
「あ、いた!あれお前じゃね?」
「どれですか。一回ジャンプしろよ。あぁお前だ。8時の方向、今手ぇ振ってる。」
「確認しました。」
「コンビニはここ挟んで反対側。」
「ありがとうございます。」