秘密の図書室
私、ダリアは本が大好きだ。
本さえあればたいていのことは乗り越えられると思う。そんな私だから、学校では全然目立たない。というか、友達以外で私のことを知ってる人ってあまりいない。私のことを、聞いてみても「えっ、そんな人いた?」ってなると思う。
だから、クラスの中心人物と関わることなんてないし、男子とも関わりなんてない。ましてや恋なんてありえない。
……なのに。
それなのに、恋をしたのだ。この私が。
数少ない私の友達にそれをこっそり打ち明けたら大変驚かれた。大丈夫、私が一番驚いている。
しかも、その相手は明るく活発な男の子。顔よし。頭もいい。話も面白い。当然、モテる。
人間、自分とは正反対の人に恋をするものだとはよく言うけれど、それって本当なのだと実感した。
まぁ、そうだとしても私には話しかける、または、自分をアピールするなどということはできない性格なのであり、今日も本を読み漁る生活を送っている。
◇◇◇◇
私が通っている学校は私立のかなりの名門校であり、敷地がとても広い。もちろん校舎もすごくきれいだ。遠くから見れば、どこかの新しい病院のような印象をうける。
そして、この校舎内には私のお気に入りの場所がある。そこへ行くには森の中のような場所に続いている道を歩かなければならない。さっきも述べたように学校の敷地がものすごく広いので、校舎から離れた場所などは人が寄り近ず、手入れもされない。そのため、森と化す。
そんな誰もいないはずの森に道が続いているというのは、ダリアの好奇心を掻き立てるのには十分だった。
そして、道が続いている先にお気に入りの場所をみつけたのだった。
「ふぅ~」
森のなかの道を通りぬけて目的地についたダリアは、大きく深呼吸した。いつも家に引きこもりがちなダリアにとって、この坂道はつらい。でも、ここのきれいな空気を吸えると思えば、そのかいもあるというものだ。
ここは旧校舎――といっても二、三年前などではなく、何十年も昔のもののようだ――の図書室だ。
ずっとほったらかしなようで、ドアや窓はなく、あちこちにひびが入っている。本は持ち運びが面倒だったのか、残したままのらしく、そのまま本棚にあったり、床に散らばっていたりする。
さすがにここの本は色あせていたり水でぐちょぐちょだったりして読めないが、ダリアはよくここに自分の本や、今使われている方の、図書室で借りた本を持って、読みにくる。
静かな中、ときどき鳴く鳥の声、通りぬける風。その、ここにあるすべてがダリアは大好きだった。
つい、うとうとしてしまっていたらしい。なにかの物音で目を覚ます。ここいるとこういうことがよくある。特に冬でも、あたたかい太陽の光があたって、ぽかぽかの今日みたいな日は。
――ん?物音?
「あれ?……ダリア?」
心臓が飛び出るかと思った。なぜ、彼がここにいる?ここには誰も来ないはずで、私のお気に入りの場所で、彼は、彼は――
すごい勢いでバクバクいっている私の心を宥めながら、私はゆっくりと声がした方を振り返る。
「あ、やっぱりダリアだ。どうしたの?こんなところで」
それは私の台詞だ。どうして彼がここにいる。
「おーい。聞いてる?」
「う、うん。……ソウルくんもどうしてこんな所に?」
うるさく鳴る心臓を宥めつつ、どうにかそれだけ聞く。
「僕?僕はお散歩。ダリアは?」
そんな天使のような笑顔で聞いてくるのはやめてほしい。
「私は本を読みに」
「へー。ここにはよく来るの?」
「ま、まぁ」
ほぼ毎日というとなんだか友達がいない人に思えるので、曖昧にごまかしておく。
「……もしかして、ここってダリアのお気に入りの場所だったりする?」
どきりとする。
「あ、当たり?」
そう言って彼はうれしそうな顔をする。
「ここは僕にとってもお気に入りの場所なんだ」
その言葉にまたまたどきりとする。
「だこら周りの人には内緒ね。僕ら二人の秘密」
「う、うん」
この時からこの場所はダリアにとって、お気に入りの場所から、秘密の場所へと変わった。
それにしても、彼はわかっているのだろうか。恋する女の子にとっての好きな人との二人だけの秘密がどんな存在で、どれほど嬉しいものなのか。
「それじゃあ、またね」
ただふらりと声をかけただけなのか、そう言い残して彼は去っていった。
◇◇◇◇
それからというもの、彼とはよく例の図書室で会うようになった。彼といる時はたいてい私が本を読んで、彼が昼寝をする。そして、たまに会話を交わす。会話いってもほんの二言、三言のことが多い。かといって、居づらくなることはなく、彼と一緒にいるときはとても落ち着いた。
「このちゃっかりさんめ」
「……ちゃっかりさんってなによ」
昼休み、教室で私が考え事をしていると、ミディアにニヤニヤした顔でそう言われた。
「んで、どんな手をつかったの?」
「だから、なんの話?」
「なんのって、ソウルのことに決まってるじゃない」
「なにが言いたいの?」
少しムッとする。
ミディアはちらりと、数人の男子に囲まれてわいわいと話してるソウルくんの方に目を向けてから続ける。
「いや~、狙いの男子としらぬ間に近づいている友人に関心すると共に、自分に好きな人ができた時の参考にするのに、いったい何をしたのか教えてもらいたいだけだよ」
「……別に、何も」
「嘘つけ」
即答で否定される。
「何もせずに今までしゃべったことのない男子が寄ってくるわけないでしょうが」
まぁ、そうだろう。彼――ソウルくんとあの図書室で会うようになってから、学園内でもかかわりが増えていた。それは、体育や理科の実験のペアが一緒だったり、ときどき言葉を交わすような、些細なことだけど、私たち学生の恋にとってはとても大きなことだった。
「だから別になにもしてないって」
ミディアのことは信用している。でも、図書室のことは彼との二人だけの秘密なので、言うわけにはいかない。
「ダリア、ちょっといい?」
噂をすれば、だ。ソウルくんが学校用の愛想のいい笑みで近づいてくる。
「はい、これ。こないだ借りたままだったから。ありがとう、面白かった」
「え、あ、うん」
つい、反射的に受け取ってしまう。そして、彼はそのまま元の場所へと戻っていってしまう。
「……それで、滅多に自分の本を貸さないダリアが本を貸していると。これでもまだ、なにもしてないと言い張るつもり?」
「……いや、貸してないよ」
「えっ」
ソウルくんの方を見ていたミディアが振り返る。
事実、私はソウルくんに本を貸していない。本に関しては神経質なため、それを間違えることはない。それは、長い付き合いであるミディアもわかっているはずだ。
「……どういうこと?」
「……さぁ?」
私がこないだ読んでいた本の続編のその本は、新品ならしく、とてもきれいだった。新品の本には、普通、本一冊につき、一つ栞が挟まっている。最近見かける栞は、表にその文庫のマスコットキャラが書かれていて、裏はメモができるように斜線が引いてあるものが多い。私がソウルくんから渡された本に挟まっていた栞もそのタイプのものだった。
――今日の放課後、あの場所で待っています。
男子にしてはきれいな、でも少し癖がある字で栞にはそう書かれていた。
図書室に着くと、彼はもう来ていた。最近は寒くなったので、ここに来る回数も減った。当然、それに比例して彼とここで会う回数も減っている。コート姿で壁に寄りかかっている彼は、なんだか私の知っている人でも、見ず知らずの赤の他人のように見える。
私に気づいたソウルくんが手を振ってくれる。私も少し控えめに振り返しておいた。
「ごめんね、急に呼び出したりして。しかもこんな寒い日に」
「ううん。こちらこそ、遅れてたごめん」
かなり前からここにいたのだろう。手が赤くなっている。前置きは置いといて、本題に入ることにした。
「それで、何の用?」
「えっと、その……これ、今日ダリアの誕生日……だから」
りんごのように顔を真っ赤にさせながら差し出してきた彼の手にあるのはかわいらしい黄色のリボンと放送用紙に包まれた、小さな箱だった。
「これを、私に?」
「う、うん」
「――嬉しい」
自然と笑みがこぼれた。
「そっか……よかった」
「その……開けてもいい?」
「あ、うん。……どうぞ」
こういう、プレゼントをくれた本人の前で開けるのってなんとなく失礼な気がするけれど、それよりも彼からの贈り物の中身を知りたいという気持ちの方が勝った。
「女の子ってどんなものが好きなのかよくわからなくて……どう?」
照れ臭いのか、ソウルくんは顔をあまりこっちに向けないでしゃべっている。
慎重に包み紙をはがしたあと、出てきたのは、台座の上に透明な球体が乗っていて、その中に小さなお城が入っている置物だった。
「わぁ、かわいい。ありがとう。凄くうれしい」
「喜んでくれたなら、よかった。……じゃあ、僕はもう行くね」
「あ、うん。ごめんね、時間とらせちゃって」
「いや、別に」
それだけ言うと、背を向けて歩きだそうとした彼を呼び止める。
「――何?」
「えっと、その、今日は本当にありがとう。……あの、明日もまた会える?」
なぜだか、よくわからないけど、そう言わないと不安だった。それ直感と呼ばれるような感覚。
「……わからない」
ボソリとそう呟くと彼は今度こそ走って行ってしまった。
――なんだか、胸のモヤモヤがすっきりしない。
◇◇◇◇
次の日、登校すると学校は喧騒にのまれていた。いや、学校はというより、私の教室と、その周辺が。人が多くて近づけやしない。
「……なにこれ」
「あ、ダリア!」
「ミディア。どうしたの、この騒ぎ」
私を見つけて駆け寄ってきてくれた友人はなぜか顔色が悪い。
「ダリア…………ソウルが、転校するって」
ああ、だからか。ソウルくんは学校では人気者だ。その彼が急に引っ越しとなれば、「ソウルくんマジ天使!」、「ソウルくん超かっこいい!」と日々言っている女子たちはもちろん、彼の友人、部活などでかかわってきた男子たちも騒ぐだろう。
そんなことを考えている自分が、すごく遠くにいる。
「ダリア!」
今までに見たことのない、強い瞳で見据えてくる友人の声で我に返る。
「ミディア……私、どうしたら」
「ダリア。ソウルにお別れを言ってもらった?」
首を横に振る。
「うん。わかった。――こっち」
そう言って、ミディアは私の手を取ると、教室とは反対の方向へ走っていく。
「え、ちょ、ミディア!」
「いいから、行くよ」
「どこに――」
この状況を考えれば、ミディアが連れて行こうとしている場所なんて、想像はつきそうなものだけど、今の私にはそれがわかる状態ではなかった。
「ソウルの所!」
「――っなんで!」
「お別れ!言われてもなければ、言ってもないんでしょ!」
「だって、知ったの今日だし――」
「だから!言いに行くの!」
「でも……」
「急に会いに行くなんて無理?ここで怖じ気づいてどうすんの!ここで会わなくて後で後悔するのはダリアでしょう!?」
息が詰まった。
「あの女たらしがどうなろうと私は構わない。けど、後悔したダリアを見るのは嫌」
「ミディア……」
「……それでも会わないというのなら、私はダリアを止められない。……でも、それでいいの?」
私はどうしたいのか、よくわからない。でも、多分、ミディアの言うとおり、このままソウルくんに会わなければ、私は後悔するのだろう。
「……ミディア、ソウルくんはどこに?」
それを聞くと、口元を弧の形に変えて、ミディアは答えた。
「それは、ダリアの方がよく知っているはずだよ。というより、私には、おおまかな場所はわかっても、正確な場所がわからない。――行っておいで、ダリア」
いつの間にか、森へと続く、秘密の図書室へと続く道にいた。
「わかった。ミディア、ありがとう」
ミディアはそれには答えず、ただ、はにかんだような笑顔をむけて、送り出してくれた。
「ソウルくん」
彼は相変わらず、図書室の中へは入らず、窓の下に座っていた。私がいつも座っている椅子の裏側に。
「ダリア……」
私の姿を彼の目が捉えると、驚いたように、見開かれる。
「バカ!」
「えっ」
いきなりの罵声にすっとんきょな声を上げる彼にかまわず、私は続ける。
「どうして、昨日、引っ越しの話をしてくれなかったの?きまづくなるから?……私には教えられないことだったの?」
「ダリア、違う」
「じゃあ、なんで言ってくれなかったの!」
「それは――」
言いにくそうにしているソウルを見て、溜め息をつきながらも言う。
「電話番号。あと、住所」
「えっ」
「だから、引っ越し先の電話番号と住所」
けっこう恥ずかしいんだから、二回も言わせないでほしい。地面を見つめながら待っていると、ノートの切れ端を照れながらも、ソウルくんは渡してくれた。
「その、今回の引っ越しは、お父さんの転勤で、三年くらいしたらここに戻ってくる予定なんだ。……あの、だからさ…………もし、よかったらなんだけど……僕が戻ってくるまで、恋人を作らないでおいてくれるかな?」
そこで一度区切ると、ソウルくんは耳元に口を寄せてきて、囁いた。
――君が好きなんだ。
「それじゃあ、手紙、書くから……」
最後にそれだけ言うと、走っていってしまった。
◇◇◇◇
その日、私は朝から急な坂道を歩いていた。登っていくにつれ、だんだん息があがっていく。相変わらず、この森の中の道は手入れされていないらしい。
そして、登りきった先には、
「久しぶり」
――彼がいた。
「……その、僕のお願いって覚えてる?」
「当然」
「あの、えっと…………その、答って……」
「そんなの決まってるじゃん」
「そ、それは、僕のいいようにとらえても、いいの?……それとも、やっぱり、僕じゃダメ……?」
まったく、しょうがないなぁ。わからしてやろうじゃないの。
最後に話したときよりも、高くなっている彼の首に手をのばす。そして、目を閉じて――。
「黄色」、「リボン」、「観賞用の城」、「ラブコメ」で書いた結果です。
登場人物三人、全員に暴走されました。誤字、脱字がありましたら、どうか教えてください。なんていうか、もう読み返す勇気が……。