第7話~竜王~
「滅竜隊隊長、ユーリア・ユルキス。只今帰還しました。バルトス総隊長殿」
城内にある一室にて、全九つと特殊部隊一つからなる王国騎士隊、その頂点に君臨する男を前に、右手の拳を握るようにして心臓の前に置き、敬意を示す形で銀髪の女性騎士は報告する。
「そう畏まらずともいいぞ、ユーリア。この場は私とお前だけだ。育て親に対して砕けた態度を取ったところで誰も咎めたりはせん」
赤茶けた髪とこめかみまで伸びた同色の髭。
強面で屈強な身体付きをした騎士隊総隊長、バルトス・ドルティアスが返事を返す。
「ですが……」
ユーリアは戸惑った表情で言い淀んだ。
「ふむ、正直に言うと私が落ち着かんのだ。親友だった男の一人娘に畏まられてはな」
「わかりました。でも私は伯父様……いえ、お義父様には感謝しています。先日は我が儘も聞いてもらいましたし……」
義理の父親に無理な頼みをしたことを申し訳なさそうにユーリアは語尾を弱めた。
「その件は今となってはなんの問題もない事だ。お前の実力は私が身をもって体感した。各隊長達も納得している。それでも、ある竜殺しの男を探すためだけに、新たな部隊を結成したいなどと進言されたときは頭を痛めたものだがな」
「はっはっは」とバルトスが陽気に笑う。
「それでその男というのは確か……お前を助けた者だったか?」
ユーリアが頷く。
「でもおそらく……としか言えない。彼と会って直ぐに私は気を失っちゃったし。ただ、彼に何かを飲まされたのと、直ぐ側に竜の亡骸があったことは覚えてる」
ユーリアは昔の記憶を思い出すように語る。
十年前、両親と共に偶然、ある鉱山の近くをユーリアは通っていた。
そしてどういうわけか、突然鉱山に住まう魔物達が数多現れ、鉢合わせてしまったユーリア達一家は、愛娘であるユーリア一人をなんとか逃がした。
しかしユーリアは必死だったため鉱山に迷い混んでしまう。
何度も転び身体は傷だらけ、体力も尽きかけていたとき、彼に、自分と同じくらいの少年に出会ったということだった。
「ふむ。確かにその飲まされたというのが竜の血であるなら、お前が竜殺しの力を持っていたことにも説明がつく。だが疑問も残る。無論、お前のその力が果たして如何な竜の物なのか、と言うのもあるが、少年は何故竜殺しの力をお前に譲ったのか。そして当時のお前が何故竜殺しの力に耐えられたのか。最後に、それだけの力を持つ少年を我々が何故知らないのか、だ」
「わからない」とユーリアは首を振った。
「でも、だからこそ私は滅竜隊を進言したの。竜を追っていればもしかしたら見付かるかも知れない。そしてもし見付けられたら……私はあの時のお礼を言いたいの」
ユーリアの言葉から感じる強い意思に、バルトスはかつての親友の姿を見た。
「ふむ……。そういう義理堅いところは父親そっくりだな。ユーリア」
その言葉にユーリアは嬉しさの半面、バツの悪そうな表情をする。
「はっはっは、気にするな。私は親友が死んでお前を引き取る時には既に総隊長の地位に居たからな。直接面倒を観てやれる機会は多くなかった。それにそうして親友と似た姿を見ると私も若い頃を思い出せる故、お前はそのままで良い」
無論ユーリアとて変えるつもりは毛頭ない。
父親譲りの性格と母親譲りの銀髪はユーリアにとって唯一の形見と言っても過言ではないからである。
「さて、名残惜しいがそろそろ義父娘の時間は終わりにしよう。滅竜隊隊長ユーリア・ユルキス、此度の報告をせよ」
バルトスの顔付きは親のそれから総隊長のそれへと切り替わった。
先程砕けた態度で良いと言ったのはなんだったのか、とユーリアは思う。
このような威厳を見せ付けられてはユーリアもそれ相応に接するしかない。
元よりユーリアはこちらの方が慣れているため、さした問題ではなかったが。
「はっ。 南の森をくまなく調べたところ、休んでいる飛竜を発見。慎重に行動していたためこちらに気付いた様子はなく、奇襲によって被害なく討ち取れました。それと気絶した冒険者三名を保護。残念ながら竜族の姿は確認出来ませんでした」
「そうか、ご苦労……。しかし、確かに感じた気配は飛竜程度のものではなかった筈だが……」
「はい。それは私も確信しております。それで、万が一を考え、街の門番に聞いたところ、素性の知れない二人を金目のものを握らされ通した、とのことです。確認したところ、火竜の素材でした」
その報告を聞き、バルトスは内心でユーリアスの手腕を称賛すると同時に門番の軽率な判断を嘆く。
ただ、致し方無いとも思う。
所詮見習いでしかない彼等が、竜の素材などという高額なものを握らされては……と。
「ふむ……既に通したのであれば仕方がない。その者達が竜族の者と決まったわけではないが、警戒はしておく必要がある。ユーリア隊長、お前の部隊は事が済むまで街の警戒とその者達の捜索に宛てよ。近頃は魔物の動きも活発になっているため、これ以上王都を手薄にするわけにはいかん。あまりお前の我が儘を聞いてばかりおれんが理解せよ」
「承知しています」
ユーリアが頷く。
現在は活発化している魔物のおかげで、王都にいる部隊は滅竜隊と総隊長の一番隊を含めて四部隊。
周辺の街三つと獣族の国へそれぞれ一部隊。
残りを分割して村等に宛てているのが現状だった。
大戦が終結してから三百年。約定があるとはいえ、所詮当時の英雄と魔王、竜王による口約束に過ぎない。
竜王が既に居ないという情報は随分と前にはっきりしている。
魔族の情報がはっきりしないが、人間を心の底から嫌悪している連中故に、いつ痺れを切らして攻めて来てもおかしくはない。と言うのが人間側の意見であった。
「ふむ。それで飛竜の件だが、此度の功労者はお前の隊だ。その中に希望者は居るか?」
「それならば一人適任がおります。力量も問題無いかと」
「ではお前は飛竜の遺体とその者を連れ、闘技場にて待機せよ。私が着き次第始めるとしよう」
指示を受けたユーリアが部屋を出ていく。
「さて、例の者達が竜族であったならその力、どれ程の物か見極めねばならんな。目的が不明だが、それはその時にでも問い質すとしよう」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
飛竜の亡骸を見送った後、リュウヤは椅子に座りながら恐い顔でなにやら考え込でいた。
失態……。そう、リュウヤにとって此度の件は大失態だったのだ。
元人間であるリュウヤは人間を甘く見ているつもりはない。
しかし、絶対的な力を有するが故に慢心した。
そう言わざるを得ないのが現実だった。
リュウヤのミスは二つ。
一つは飛竜に対して竜殺しの気配を察知したなら逃げろ。そう命じなかったこと。
ここ王都は人間の本拠地とも呼べる場所だ。
当然竜殺しの力を持つ存在が複数居ることなど把握している。
更に言えば、サラが淫魔を雷竜の力で葬ったことで、ある程度気配を察知されていることも予見していた。
それでも捨て置いたのは、飛竜程度の力でも逃げに徹すれば問題無いと判断したからである。
仮に反撃したのなら、距離があるとはいえ容易く察知できる為、様子を見に行くこともできた。
例え返り討ちにあったところで敵わない相手に挑んだ飛竜の自業自得である故に、リュウヤとてここまで怒りを見せることもなかっただろう。
そして二つ目。リュウヤにとって最大の誤算は、飛竜どころか竜殺しの気配すら察知できないほど人間が優れていたこと。
もし飛竜がのんびり寛いでいる所を、複数の竜殺しの奇襲によって逃げる間もなく討ち取られたのなら、飛竜に非はない。
そしてそれは亡骸がほぼ無傷で、首だけを綺麗に落とされていたことからも、まず間違いないと践んでいる。
此度の結果が自身の慢心によるものなら、竜王として多少なりとも報いてやらなければならない。
別に成りたくて成った訳ではないが、自分へ忠誠を誓い、十年もの間その背に乗ってきたものに対して何も想わないほど、リュウヤは冷徹ではないし、勝手に人のものを殺されて笑って見逃してやれるほどお人好しでもない。
他人がどこで何をしようがそれは個人の自由だ。
リュウヤとてそうして生きている。
だが、人のもの、他人の命を奪うにはそれ相応の覚悟を持っておかなければいけない。それを理解させる必要がある。
故にリュウヤは決断する。
竜王の存在を人間に認識させることを。
意図して隠してきた訳では無いためどちらでも良かったが、こうなってしまっては仕方がない。
リュウヤの性格上、一度の過ちは見逃すため殺す気はないが、二度目が通用しないのも事実。
それに最近、竜殺しの力を求め竜狩りをしている人間達への牽制にもなる為、都合も良かった。
「サラ。予定変更だ。飛竜の心臓は俺が貰う」
その言葉にサラは一瞬目を見開く。
「では存在を明かしになるのですか?」
「ああ。あのサイズだ。どこか広い場所に運び込むだろう。お前はチビどもと、一緒に居るだろう二体を連れて上空で待機していろ。折角だ、派手に行くぜ」
隣にルクスが居るのもお構い無しに、不敵な笑みを浮かべリュウヤは指示する。
王の命に、「承知しました」と、サラは即座に行動を始めた。
「お、おいリュウヤ? いったいどうしたんだよ。急に恐い顔になったと思ったら意味わかんねぇこと言い出すし……。心臓を貰うってさっきの飛竜のことか?」
サラが店を出ていった後、困惑した様子でルクスが問い掛ける。
それに対して「ああ」とリュウヤは肯定した。
「いやいや、くれるわけ無いだろ。竜殺しの力は普通は討ち取った奴から優先されるし、騎士隊に所属してないリュウヤが行ったところで無理だって」
「別に、くれと頼みに行く訳じゃねーよ。奪う……いや、返して貰うだけだ。勝手にな」
ますます意味がわからない。そんな表情でルクスが固まる。
ルクスはリュウヤが竜王であることは当然知らない。
故に勘違いしている。
リュウヤは別に竜殺しの力が欲しい訳では無い。
「心臓」そのものを欲しているのだ。
これは竜族に限らず、竜の血を飲み竜殺しとなった者にも共通することだが、本来、竜とは孤高の存在故に、徒党を組むことはまず無い。
それが在るのは絶対的な力を有する竜王が居てこそだ。
その為、既に竜の力を備えている者は別個体の血を飲む事が出来ない、と言うと語弊が有るが、要は互いの力が反発し、肉体が破壊されかねない猛毒であるために飲む者がいないと言うことだ。
だが、竜王だけは違う。
火竜が「火」を司る様に、竜王は「破壊」という絶対的な力を司っているため必要性が無く、あまり公にはなっていないが、リュウヤや魔王サタンは、竜王の力の真骨頂はそれであるというのが共通の認識だった。
その力を今回、リュウヤは人間の前で堂々と披露しようというのである。
「悪いが一から説明してる時間は無いんでな。それに今のお前が知ったところでなにもできやしない」
リュウヤは先の言葉を切るように視線をルクスに向ける。
その有無を言わせぬ雰囲気から、ルクスは想わず息を飲んだ。
しかし、友人だと思っているルクスからすれば、ただならぬ雰囲気を放つリュウヤを素直に見送ることはできない。
ただ、リュウヤを止められるだけの実力もないためどうすればいいのか分からないでいる。
「だが」と、そこでリュウヤが先の言葉を口にした。
「どうしても知りたいってんなら後を付けるなりすればいいさ。それはお前の自由だ。ただし、一緒に付いてくるのはお勧めしないぜ? 人間側で居たいならな」
言いながら静かに席を立ち、最後の言葉で驚愕に染まるルクスの横を抜けて店を跡にする。
慌てて店を出たルクスの前に、既にリュウヤの姿はなかった……。
次回更新がもしかしたら一週間頂くかもしれません。
しかし……物語を書く上で一番悩むのが人の名前とか優柔不断にも程がある……ww