第6話~滅竜隊~
とあるものを売りに来た。そう言って難なく街へと入ったリュウヤ達は、昼時で賑わう街中を適当に見て回り、現在は小腹が空いたということで飯屋に居た。
「猫耳のねーちゃん、取り敢えずお薦めを二、三品持ってきてくれよ」
「はーい。畏まりましたにゃん」
店員である獣族の女性に料理を注文する。
別に語尾に「にゃん」が付いてることに驚きはしない。
獣族が皆、語尾に何かしら付けると言うわけではないが、あの店員は付ける性格だ、という事なのだろう。
ここ、王都エルストラントは人間の王が統べる国だ。
ただ、同盟を結んでいるため店員のような獣族の者達もいる。
両種族の仲は良好で、異種族間での結婚をする者もいるし、出稼ぎの者もいるためだ。
そして獣族の国にも同じ理由で人間も住んでいる。
「御待たせしましたにゃん」
それから程なくしてテーブルに料理が運ばれてくる。
「サンキュー」
「んにゃ? サンキュー? どういう意味ですにゃん?」
聞き慣れない言葉に猫耳店員が首をかしげる。
「あん? ああ、まぁ、ありがとよってことだ」
「にゃん。面白い言葉にゃ。お兄さん、これ貰ってもいいかにゃん?」
「別にいいんじゃねーの。俺が作った言葉じゃねーしな」
そう応えると「サンキューですにゃん!」と可愛らしくお辞儀をして仕事へと戻っていく。
リュウヤも気分を良くしたようで笑みを浮かべ、運ばれてきた料理に手を付ける。
だが、そんな気分を台無しにする輩が店員と入れ替わるようにやって来た。
ドンッ、とリュウヤ達のテーブルに木造のジョッキが置かれる。
視線をやると随分酒の入った大柄の男が居た。
「よう、ねーちゃん。さっきチラッと見えたんだがそのローヴの下、なかなか色っぽい格好してるじゃねーか。こんなガキの相手してないであっちで俺らと一緒に飲まねぇか?」
男の視線の先には仲間らしき男達が此方を見ながらニヤニヤしている。
「やれやれ、こんなんばっかか?」とリュウヤは内心思うが口には出さない。
「おいおい無視かよねーちゃん。ああ、もしかしてこのガキに金で買われてんのか? ならその倍は出すからよ。俺達の相手してくれよ」
払う気など微塵も感じない脅迫紛いの物言いだ。
「分かりました」
無言だったサラが応える。
「お? へへ、そんじゃあっちへ行こうぜ」
「いえ、そういう意味では在りません。それより目障りなので消えて頂けませんか?」
その言葉に気分良く席へと戻りかけた男が固まる。
サラは無視をしていたことに対して応えたのであって、間違っても男の言葉に従うという意味で応えたのではない。
「あ? おいおいねーちゃん。話が違うじゃねーか。それは誘いを断るって意味か? この俺様のよ」
しかし、サラは再び無言で返す。
ここで「俺の嫁に手ぇ出してんじゃねーよ」の一言でも言えれば格好良いのだが、生憎サラは嫁でもなければ恋人関係に在るわけでもない。
ましてや、元々のリュウヤの性格からしてそんなことを言うはずもなかった。
寧ろ、サラが行くと言えばリュウヤに止める気などなかったが、サラがそれをするはずもなく。
「ってめぇ、いいからこっち来やがれ!」
男が苛立ちながら、右手をドンッとテーブルに叩きつけ、左手でサラに掴み掛かろうとしたときだった。
「ぐあぁぁっーー!?」
店内に男の醜い悲鳴が響き、客の視線が集まる。
その原因となった箇所を見れば、男の右手の甲に肉を切り分けるために用意されたナイフが突き刺さっていた。
テーブルまで貫通しているのか、男は左手でそれを引き抜く。
「な、何しやがるクソガキ!」
痛みを堪え、男がリュウヤに怒鳴った。
「あん? 悪いな。肉を取ろうとしたらあんたの手が邪魔だったんでね」
リュウヤは何食わぬ顔で言い、肉の乗った皿を引き寄せ口に運ぶ。
「な、何だとぉ!? ふざけんじゃねぇぞクソガキ! 俺様を誰だと思ってやがる。冒険者の中じゃ最も竜殺しに近い、このライドウ様をよぉ!」
「知らねーよそんなやつ。っつうか飯が不味くなるからさっさと消えろよ」
リュウヤの言葉に客の大半が笑いを堪える仕草をする。
実力がどうかは知らないがどうやらこの男、世間体はよろしくないようで。
元々冒険者というのは、団体での行動や規則に縛られるのを嫌う者が、各々フリーで魔物の討伐等をして素材を売り、生活するためにある云わば、国からの配慮である。
無論非常時には国からの要請を受け入れるという規約はあるが、常識の範囲であれば基本的に自由であるのが冒険者と呼ばれる者達だ。
その生き方をリュウヤは嫌っていない。
寧ろそれこそリュウヤの生き方の象徴とも言える。
リュウヤは基本的に常識の範囲で行動するが、興が乗れば今回のような常識外の行動も平気でやってのける自由さがある。
さてここで一つ疑問だ。
街中の飯屋で、酔った勢いで脅迫紛いのナンパをするのは果たして常識の範囲と言えるのだろうか?
答えは否である。
故にリュウヤの行動は、本人からすれば極々自然な行いだった。
「てめぇが常識を弁えないのに、どうして俺が弁える必要がある?」とそう言う事である。
別にナンパをとやかく言う気はない。
サラの様な美人で良い女を前に、声を掛けたくなるのは男として理解できる。
ただやり方が気に入らなかったというだけの事。
「上等だクソガキ! 表に出ろ! 今すぐたたっ殺してやる!」
そう男が言うが、勢いよく開けられた店の扉から聞こえた声に、一同が視線を移した。
「これはいったいなん騒ぎだ!」
声を上げたのは騎士風の若い男だ。
「ああん? 見習い風情の騎士様は引っ込んでろよ。俺が今からこのクソガキを教育してやるんだからよぉ」
ライドウが応えると、青年騎士は状況を推察しながらリュウヤを見て……何故か目を見開いた。
しかし、直ぐにライドウへと視線を戻し言う。
「それは認められません! 決闘なら然る経緯を説明していただいた上で、総隊長殿に認められた後でなければ出来ない決まりです。その為両者と証人は一度同行していただきますがそれでも構いませんか? 冒険者ライドウ殿?」
青年騎士はライドウを知っている。
それはおそらく人間性も含めてだろう。
記された事項を読み上げるような言葉の中に、そう言う感情が含まれていると、リュウヤには見てとれた。
「ちっ!……おいクソガキ、命拾いしたな。だが次会ったら覚悟しとけよ。精々怯えながら生きるんだな。おい、行くぞお前等!」
分が悪い。そう判断したのか、苦虫を噛んだ表情をしたライドウは仲間を連れて店を出ていく。
店内が一度静まり返り、何事もなかったように、普段の賑わいを取り戻す。
リュウヤに至っては我関せず、といった体で料理を平らげている始末だ。
「一つ尋ねたいんだが、もしかして……リュウヤか?」
青年騎士がリュウヤに尋ねた。
「あん? にーちゃん何で俺の名前知ってんだ?」
名を言い当てられ首をかしげるリュウヤ。
サラは悟られぬよう警戒心を強めた。
「やっぱりか!? 俺だよ。ルクスだ」
リュウヤはサラの血で記憶を取り戻して以降、人間に名乗ったことはない。
つまりこの青年騎士、ルクスはそれ以前の知り合い、と言うのが濃厚だが、その頃の記憶は忘れられないものであると同時に思い出したくないものでもある。
故に、一先ず必死に思い出そうとした、という体で応える。
「……わりぃ。覚えてねーわ」
ガックシ、とルクスは肩を落とす。
「いや、まぁ……そうだよな。七年以上も前だし、騎士に憧れてた俺が一方的にリュウヤの後ろを追っ掛けてただけだし。ははは……」
ルクスはどんよりした空気を全身から放出し、独り言のように呟く。
「ああ。確かに居たな、そんなやつ」
僅かに思い出したリュウヤが言うと、ルクスは目に見えて明るくなった。
「お、思い出してくれたか!?」
「ああ。全く興味なかったから忘れてたぜ」
「ひ、ひでぇ。あの村じゃ同年代は俺とリュウヤくらいしか居なかったんだから少しくらい覚えててくれても良いだろぉ」
涙目でリュウヤの両肩を掴むルクス。
「いや、泣くほどのことじゃねーだろ……」
「だってよぉ、俺はてっきりあの日、竜族が攻めてきたとき、リュウヤは死んじまったんだと思って。だから生きてると分かって嬉しくてよぉ」
そう言って鼻水を啜る。
成る程な、とリュウヤは理解した。
しかし同時に聞いておかなければならないことができた。
「分かったから泣き止め、みっともねー。それで? ルクスはあの日、竜族を見たのか?」
漸く落ち着きを取り戻したルクスがそれに応える。
「い、いや。俺は竜しか見てねぇよ。それだけで全身が震えちまって隠れてることしか出来なかったからな。立派な騎士になるっつってたのに情けない話だよ」
ルクスの言葉に、偽りはないと判断したリュウヤは視線でサラに訴える。
その意味を理解したサラが警戒心を緩めた。
「別に勝てない相手に挑むのが立派な騎士ってわけじゃねーだろ? お前は今、騎士になってるじゃねーか。さっきの仲裁は中々のもんだったぜ」
「まだまだ見習いみたいなもんだけどな。でもいつかは竜にも勝てるくらい腕を磨いて立派な隊長になって見せるぜ」
ルクスの熱い想いに、リュウヤは「まぁ、がんばれ」と応える。
竜に勝つ。それ即ち竜殺しの力を手にするも同じである。
そんな想いをリュウヤがどう捉えたのかは分からない。
おそらく対したことなど考えてはいない。
「そ、それよりさっきの騒ぎは結局何だったんだよ?」
うっかり熱い想いを口走った恥ずかしさから話を逸らすようにしてルクスが問いただす。
「あん? なんか知らんがこいつに振られた腹いせに因縁付けられてな」
サラに視線を向け、ちゃっかり自分がナイフを突き刺したことを棚にあげるリュウヤ。
「やっぱりか……。ライドウは腕は確かだが悪い噂が絶えなくてな。そんなことだろうと思ったぜ」
すっかり信じきっているルクスがそのまま続ける。
「でも俺が来なかったらどうするつもりだったんだよ?」
「あん? そんなもん、ご要望通り教育してやるだけだろ」
「教育って……。ライドウの腕は本物だぞ? ランクだってAの筈だし。そりゃリュウヤだって七歳の頃から村の小隊に入れるくらい強かったのは知ってるけど、いくらなんでも無謀じゃないか?」
ルクスは悪気があって言ったわけではない。
本気でリュウヤの身を案じての事である。
しかし、それはリュウヤにとっては余計なお節介でしかない。
「悪いが、俺がどう動こうと俺の勝手だ。お前には関係ない。が、これだけは言っておこうか。あの程度でランクAじゃぁ人間の将来がおもいやられるぜ」
その言葉でルクスは悟る。
端からライドウなど眼中に無いくらいリュウヤが強いと言うことを。
ルクスはまだまだ未熟だというのは自分でも理解している。視ただけで相手の力量を図れるだけの実力も経験もない。
だが一つだけ反論があった。
「大丈夫さ。王国騎士隊の正騎士様達だってライドウなんて目じゃないくらい強いからよ」
ルクスは自信を持って断言をした。
正騎士ーー
ルクスが騎士見習いだとするなら、部隊へ配属される程度のレベルの者達を騎士といい、更に上のレベル、隊の隊長や副隊長、またはそれに準ずる実力を持つ者達を正騎士と呼ぶ。
その中には当然、竜殺しも含まれている。
「それでリュウヤは今何処で何してるんだよ? その様子じゃ騎士にはなってないんだよな? もしかして冒険者か?」
当然だがルクスの問いに応えることはできない。
何せ本来の目的を達成していないからだ。
無論この場で小隊を明かせば、件の相手の方から出てきてくれる可能性もあるが、現時点においてリュウヤに名乗り出る気は皆無であった。
そして運の良いことに、なにやら外の方が騒がしくなり、リュウヤとサラ、そしてルクスの視線はそちらへと移る。
木で出来た窓から外を見ると、国民たちの人だかりの向こうに女性騎士の集団が歩いているのが見えた。
「うお!? ありゃあ最近出来た特殊部隊、滅竜隊の人達じゃないか!」
ルクスは瞳を輝かせて言う。
「滅竜隊? なんだそりゃ」
「は? 知らないのかよリュウヤ? 女性騎士呑みで結成された竜専門の部隊だよ。しかも全員が美女、美少女。男も女も注目する、最も期待されてる部隊だぞ?」
「へぇー」とリュウヤは興味無さげに返答し、そして本来の目的の女を探す。
確かにほんの僅かだが、視線の先から自分と同じ力の気配を感じ取れた。
しかし、人が密集してる上に竜の力を持つ所謂、竜殺しが複数居るために、どの女がリュウヤの力を持っているのかまでは分からない。
それはサラも同じようで、視線をやると小さく首を振った。
そんなやり取りが行われていることなど露知らず、ルクスは続ける。
「中でも隊長になった人が圧倒的らしいぜ。俺等と同い年で、今年開かれた剣闘祭を圧倒的力で優勝し、当人の希望で新人パレード後に総隊長様と手合わせをして実力を示し、新たな部隊とその隊長の座を勝ち取った天才だって話さ」
「ルクス。その女がどいつか分かるか?」
ルクスの話を聞き、その隊長とやらが怪しいとふんだリュウヤが問う。
「ん? ああ、もう前の方まで行ってるが……あれだ。三人並んだ真ん中の綺麗な銀髪の人だ」
リュウヤが前へ視線をやると、ちょうど後ろを確認するように振り向いた女の顔が僅かに見える。
リュウヤは笑みを溢し店内へと視線を戻した。
しかし、ルクスの発した言葉に再び視線を外へとやることになった。
「あ、あれはまさか飛竜か!? でも随分とデカイ気がするけど」
リュウヤとサラはそれを見て無言で目を見開いた。
人だかりは何も女性騎士達だけの為に出来たのではなかった。
寧ろこちらが本命だろう。
視線の先には大きな台車に引かれる、これまた大きな飛竜の姿が、綺麗に首を跳ねられた状態でそこに存在していた。
心臓部にはご丁寧にも氷魔法が掛かっており、竜殺しの力を得る為の心臓の血の鮮度を保とうとしているのが窺える。
だが二人が目を見開いたのはそんな当然の事に対してではない。
リュウヤがサラへと視線を向けた。
「はい。間違いないかと……」
「そうか……」
竜を殺した後、心臓を凍らせるのは当然な流れだ。
その場に血を飲むに値する者が居ないのであれば鮮度を保ち、血の効果が消えないようにするのが普通だからである。。
故に問題はそこではなく、別にあった。
その問題とは、目の前を通過していく飛竜が……。
リュウヤ達をこの王都まで運んできた飛竜であるーーという事だった……。
漸く場が盛り上がって参りました。
一章も佳境を迎えます。
予定では3、4話程度になるかと思いますがどうなるかは判りませんww
次回は人間側かたの視点でスタートします