第5話~竜の力その2~
王都、エルストラント。
その街から南に程なくして広がる森の中を、街から遠ざかるようにして、一般的な街娘に見える姿をした女が一人、何かから逃げ回るようにして走っていた。
時折振り返ると、冒険者風の柄の悪そうな男が三人、追いかけてきているのが見える。
既に森の陰によって、街が見えなくなる所まで来ていた。
不意に、木の根に足をとられた女が転ぶ。
そこへ男達が追い付き……。
「よう、ねーちゃん、そろそろ追いかけっこも終わりにして大人しく俺達と遊んでくれよ。なぁに安心しな。痛いことはしないからよ」
リーダー格らしき男が女を見下ろしながら言う。
その表情と血走った眼から、男達は目の前の女を犯そうとしていることが見てとれた。
「嫌ッ! 来ないで!」
再び女が走り出す。
「ちっ! おい、もういい捕まえろ」
舌打ちをし、仲間の男二人に命じた。
二人が走り出そうとし、しかし慌てたようにして止まる。
突然、目の前に若い男女が空から降ってきたからだ。
振り返って状況を確認した女も、すぐさま木の陰に隠れた。
その時の女の表情には安堵ではなく、どこか不愉快さが滲み出ていたように見えた。
「あ? なんだてめぇら? どっから出てきやがった?」
リーダー格の男がリュウヤとサラを前に苛立ちの形相で問いかける。
「あん? どこからって、見てりゃわかるだろ? それともあんたには目が付いてないのか?」
「てめぇ……。じゃあなにか? てめぇらは空でも飛んできたとでも言うつもりか? 生憎人間でそんなことできるのは一部のエリート様だけなんだよ! 一体どんな魔法を使いやがった!」
男は見た目でリュウヤ達を人間だと思い込み、そんな検討違いのことを言った。
元より冷静な判断などできる状態でなかったと言うのもあるが、些か危機管理能力が低い。
もしリュウヤ達が魔族なら、男達の命は今頃無かっただろう。
「やれやれ、その程度のことも考えられない奴等がよく生き残ってこられたもんだな。まぁ運が悪かったと思って諦めな」
リュウヤは視線を逃げ隠れた女の方へと向けながら忠告する。
「へっ! 一体俺達が何を諦めなきゃ行けねえんだ? どんな手で俺達の前に来たかは知らねぇが、てめぇを痛め付けた上で探せばいいだけのことだ。ああ、安心しろよ。隣のねーちゃんは俺達がちゃんと可愛がってやるからよ」
男達はサラを品定めするような視線で見た後、下劣な笑みを浮かべ、剣を抜いた。
「やれやれ。忠告はしたぜ?」
呆れぎみにリュウヤは言う。
「調子に乗るなよ、クソガキが。殺れ!」
リーダー格の男の合図で二人がリュウヤに向かって斬りかかった。
だがしかし、その剣はリュウヤに届くことなく、突然、ビクンと痙攣のような動きをした二人は、そのまま地に倒れて意識を失った。
「なっ!? なんだ!? 何をしやがったてめぇ!?」
目の前で起きた事を理解できない為に、一人残った男が怒鳴り、肩に担ぐように持っていた剣の切っ先をリュウヤへと向ける。
「あん? 俺は別になにもしてねーよ。やったのはあんたらが可愛がるつもりだったこの女だ」
そう言われ、男はリュウヤの横、サラへと視線を移す。
男の不愉快な視線を前に、サラが言った。
「貴殿方のような下等な人間がリュウヤ様に指一本触れられると、本気で思ったのですか?」
サラがゆっくりと男に近付いていく。
「く、来るな!」
サラが纏う異質な気配に当てられ、自分の過ちに気付いたのか、怯えながら後ずさる。
「覇気」それがサラの纏う異質な気配の正体である。
他の種族が纏う「魔力」とは違う。
魔力とは本来、魔法を使う為の力だ。
そして竜族や竜に魔法を使う者など存在しない。
故に魔力等必要がない。
サラの力の源である雷も、雷竜の力故に、生まれながらにして呼吸するのと同じ様に扱える、云わば一点特化の体質でしかない。
そして覇気とは、竜と竜族呑みが扱える、所謂「竜の威嚇」である。
その為、対象以外がそれを感じ取れることなど、其なりの手練れでなければまず無い。
「ま、待ってくれ! 俺が悪かった! だから殺さないでくれ!」
すっかり怯えきった表情で男が懇願する。
サラはそんな男の背後へと瞬時に回り込み、手刀で意識を刈り取った。
「終わったか? そんじゃ街まで歩くとしようかね」
そう言ってリュウヤは正面へと歩き出す。
気絶する男達を放置して。
「ま、待ってください!」
十数メートルほど歩いたところで後方から声がかかった。
見れば先程まで男達に追われていた女がいる。
「あの、助けていただきありがとうございます! なにかお礼をしたいのですが!」
女は何故か勢いよくリュウヤに自分の胸を押し当てるようにして寄り添い、お礼の言葉を言う。
「なんだ女。まだいたのか? 良いのか? あんたも逃げなくてよ」
「は? え……? どういう意味……」
リュウヤの言葉に困惑した様子で女が呟いた。
「あん? 聞こえなかったのか? 俺は忠告したはずだぜ?」
それでも意味の解っていない女に対して、リュウヤは呆れた様子で溜め息を一つ。
「俺は同じことを二度言うのが嫌いなんでね。言い方を変えようか。いつまでも効きもしない糞ビッチな魅了撒き散らしてないで逃げなくても良いのか? そう言ったんだ。淫魔のねーちゃんよ」
リュウヤが言い終わるのと同時に「バチバチッ」とリュウヤの背後から雷が迸る。
見れば、サラの額には美しさと獰猛さを兼ね備えた立派な竜の角が生え、それを基点に雷が集中していた。
「いい加減その薄汚い身体をリュウヤ様から離した方が身のためですよ? まぁ、遅かれ早かれ、結果は変わりませんが」
サラの冷たい声が雷鳴と共に響く。
「ま、まさか……竜族!? ちっ!」
口調が変わり、漸く事態を認識した淫魔の女は背中から淫魔特有の黒い翼を生やし、一目散に逃げ出した。
しかし、時既に遅し。サラの額から、飛び去る淫魔目掛けて雷が放たれ、女は断末魔すらあげる暇なく消滅した。
「あーあ、勿体ねーな。身体だけは申し分無かったんだが」
「生かしておいた方がよろしかったですか?」
「いや、構わねーよ。一度見逃したところであの様子じゃ、死に際の精気を喰ってるだろうからな。どうせ同じことだ」
淫魔という生き物は異性の精気を定期的に摂取することで生きている。
その味は基本的に力の強い者ほど美味である。
ただし、命の消え行く瞬間だけは、例え力のない者であっても極上の味を発揮すると言われている。
あの淫魔の女はそれを味わったことがあると、リュウヤは確信していた。
でなければ、こんな人目の付かない場所に男を三人も同時に誘き寄せる必要がない。
そう、つまり最初から狙われていたのは女の方ではなく、男達だったということだ。
そして女の過ちは、気絶する男達を無視し、より強い方であるリュウヤを標的にしたことである。
確かに淫魔の魅了は異性にとっては脅威だ。
ただし、一定以上の力を持っている者ならば、使われていることを察知出来れば抵抗も無効化も容易い。
竜王であるリュウヤには端から論外である。
それに気付かず、早々にリュウヤへと標的を変えた事から相当、死に際の精気の味に取り付かれているという仮説がたったのである。
「やれやれ、大人しく街の娼館にでも雇われてれば良かったものを。まぁ、そんな生き方は俺も御免だがな」
そう言ってリュウヤは歩き出す……。
王都エルストラントを目指して……。
短くなって申し訳ない