第3話~竜の意思~
「申し訳ありません」
案の定リュウヤの予想通り、サラは謝罪の言葉と共に表情を暗くした。
逆にリュウヤは気分を良くする。
リュウヤは夢の内容を「お前と初めて会ったときのことだ」と言った。
そして事前に「胸糞悪い夢」とも言っている。
当然、サラとの出会いが不快だったわけではない。当時には感謝の言葉すら述べたくらいである。
ただ敢えてそう言えば、自分を崇拝しているサラなら、きっと落ち込むだろうという悪戯心である。
そしてそれは無事、目論見通りとなったことで、十分満足したという表情をしている。
なかなかのSっぷりである。
「まぁ、そう落ち込むなよ。別にお前を恨んでなんてねーから。むしろ感謝してるぜ?」
「ですが……もっと速くリュウヤ様の居場所を発見していれば、あのような人間の下で三年も過ごさせずに済んだのは事実です」
「まぁ、確かに今の俺にとっては、あの三年間は無意味と呼ぶべき時間だ。だがあの時の俺には無意味じゃなかった。それに記憶が無かったとはいえ、あの男の言いなりになっていたのは他でもない、俺自身だ。それに関して他人に責任を擦り付けたりしねーよ」
初めて出会った時から行動を共にして、七年が過ぎていると流石に互いの性格は何となく解ってくるものだ。
故にサラは「しかし」と続ける筈だった言葉を飲みこんだ。
これ以上食い下がったところで、「くどい」と言われるのが関の山であるという思考に至ったからである。
「そんなことより、お前の方こそ良いのか? 仮にも父親だった存在を殺して、その心臓を喰った男だぞ? 恨み事の一つや二つ言ってもいいだろーに」
「まさか。リュウヤ様を恨むなど有り得ません。それに私では父を殺すことは出来ませんでしたから。不本意でありながらも、我らの王に着いて下さったリュウヤ様には感謝しております」
殺せない、と言うのは別に実の父親だからという「情」でのことではない。
単純にそれだけの力がなかったというだけだ。
リュウヤを除き竜族の中で、現状最も力のあるサラですら敵わなかった。
たかが人間の学生だったリュウヤが勝てたのはやはり可笑しな話ではある。
だが今さらそれをいったところで現実は変わらない。
「やれやれ。今更だが、お前を含めて竜族の比較的若い連中の忠誠心は異常だな。古参の連中みたいに少しは敵意を向けてもいいだろーに」
「あれらは先代の全盛期を共に生きた連中です。まだお若いリュウヤ様を見て落胆するような耄碌した者達です。不要なら切り捨てても構いません」
サラの言葉は中々に酷かった。
無論、当初こそリュウヤの力が先代に劣っていたのは事実である。
ただ、それは単に身体が人間から竜族のそれに造り変えられる過程で、幼児化した身体に力が馴染んでいなかっただけのこと。
今となっては先代と同等、もしくはそれ以上であるのは、現魔王であるサタンのお墨付きだ。
故にサラは、それすら見抜けなくなり、見た目で先代に劣ると判断した連中を不要としたのである。
因みにリュウヤは、身体が幼児化したことを一部の者にしか言っていない。
元々竜族だった先代が力を手にしたときは 、その様な現象はなかった。
したがって、竜族の者達はリュウヤが幼児化したことを知らなかった。
幼児化の理由が身体の変革、人間から竜族への転生だというのは、リュウヤの想像に過ぎないが、有り得ない話ではないと判断している。
少し昔話をしよう。
リュウヤがサラと共に件の部屋を出た所からだ。
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外へ出たリュウヤは、村の様子を見て「意外と無事だな」と思った。
確かに所々破損は見られるが、目も当てられぬ惨状というわけではない。
そして直ぐに「それもそうか」と納得した。
いくらなんでも竜族と竜が本気で暴れていれば、流石に気付く筈だからである。
「それで、サラって言ったか? 俺は何処まで行けばいい?」
共に部屋を出た竜族の女、サラに問い掛ける。
既に互いに名乗りあっていた。
「共にリュウヤ様を迎えに来たものが少し先で待っています。先ずはそちらへ」
その応えに「ああ」と、ある言葉を思い出した。
「そう言えば死んだ騎士が三人とか言ってたな」
「二人ともリュウヤ様を心待ちにしていた者達ですよ」
「やれやれ、そういうのはあまり好みじゃないんだけどな。まぁ、従うと言っちまったし……良いぜ」
リュウヤの言うそういうのとは、会ったこともない奴に対して「敬意を示す態度」という意味だ。
それから数十メートルほど歩いていると、前方に一つ大きな影が見えた。その上には小さな影が二つ。
竜と竜族二人の影だろうと思われる。
既に辺りには暗がりが満ちていたが、人間を越えた視力を持つ今では、暗闇というのは苦にしない。
すると向こうもこちらを黙認したのか、小さな影が二つこちらへ駆け寄ってくる。
「サラ姉ぇー。もう待ちくたびれたよー」
そう元気な声をあげるのは、橙色の髪を肩口で切り揃え、両サイドで結んだ可愛らしい少女である。
見た目だけを言えば、現在のリュウヤと然程変わらない。
竜族であることを考慮すれば、それ以上を生きている可能性も否定出来ないが。
そしてもう一人、少女の隣に立つのもまた少女であった。
というより、物静かそうなのと髪が蒼いことを除けば、隣の少女と瓜二つである。
「双子か?」
「はい。二人とも、この方が我らの王となる方、リュウヤ様です。挨拶しなさい」
サラが言うと、二人は姿勢を正してリュウヤに向き直る。
「あたしはメラ! リュウヤ様のお役に経てるように頑張ります! よろしくお願いします!」
「ミラ……以下同文……」
少女二人の挨拶は、お世辞にも王に対してするものとは言いがたい。
しかし第一印象から考えれば、妥当だろうとリュウヤは思う。
「申し訳ありません。無礼なのはどうか御許しください」
サラは「あれほど言い聞かせたのに」という表情で溜め息を吐き、謝罪の言葉を述べる。
「気にしねーよ。寧ろこっちの方が好感が持てる。なんならサラもそうしたらどうだ?」
「いえ、私はこれが素ですので」
「まぁ、そうだろうな。お前からは無理に畏まってる感じはしないからよ。お前がいいなら構わねー」
「ありがとうございます。メラは火竜、ミラは氷竜、そして私は雷竜の力を備えていますので、ご用の際は存分にお使いください」
サラの言葉に、リュウヤは僅かに不快を覚えた。
だからはっきりと告げる。
「わざわざ自分の特性を言ったってことは、お前らが俺の側で仕えるってことでいいんだな?」
「はい。基本的に行動を共にするのは私だけですが、メラとミラも常に動けるようにしておきます」
「なら一つ、お前たちに言っておくぜ。確かに俺は竜王の力を持ってる。お前たちが俺に敬意を示すのも一先ず認めよう。だが俺は竜王なんてもんに興味もなければ、その座に着く気もない。覚えておけ。俺はお前たちを自分の都合で使う気はねー。俺の言葉に従う従わないは自分の意思で決めろ。仮に、王の言葉には逆らえない。そんな考えなら、今すぐ俺の前から消えろ」
リュウヤの瞳には有無を言わさぬ力がこもっていた。
その言葉に少女二人は「どういう意味」というような疑問符を浮かべている。
逆にサラは意味を理解し、困惑している。
「し、しかしリュウヤ様ーー」
サラの反論は許されなかった。
「サラ、一度は見逃してやる。いいか? 俺は同じ事を二度言うのが嫌いだ。今ので理解出来ねーならここから消えろ」
「……申し訳ありません」
サラは酷く落ち込んだ様子で謝罪する。
その様子を見て、リュウヤは互いの中に食い違いがあると読んだ。
「勘違いするなよ。別に従うなといった訳じゃねー。他人に慕われる事に悪い気はしねーからな。お前らが竜王に対してどういう感情を持ってるかは知っている。理解もしよう。だが、俺は俺だ。俺の好きなように生きる。それに対して嫌々従うくらいなら必要ないし、目障りだから消えてくれと言っただけだ」
「それでは私は……リュウヤ様のお側にいても良いのですか?」
「ああ、お前がそうしたいなら好きにすればいい」
「あ、ありがとうございます」
そう言うとサラの表情は明るくなった。
そして瞳から一筋の雫が零れる。
「は? なんで泣く!?」
これには流石の自己中なリュウヤでも困惑した。
「あー! リュウヤ様がサラ姉泣かしたー」
「まてまて、ガキんちょ。俺は別にそこまできついことは言ってねーだろ。当たり前の事を言っただけだ」
メラの言葉に、見た目は子供だが大人気ない対応をする。
「いえ、申し訳ありません。リュウヤ様に非は有りません。これは私の問題ですから」
サラは涙を拭い、そのまま続ける。
「リュウヤ様はご存じないかもしれませんが、私は先代の娘です。竜王の力を手にするのは私……。それが一族の相違でした。私は父に、いえ、父だった黒竜に挑み、そして敗北しました。その時悟ったのです。私は竜王の器ではないと。そして誓いました。いつか竜王の力を手にする存在が現れたとき、どのような方であろうと誠心誠意お仕えしよう、と……。ですがリュウヤ様が王になられないかもしれない、そう思ってしまい混乱してしまったようです。真意を読み取れなかった私をどうかお許しください」
自分が浅はかだった。
そう言い、謝罪したサラにリュウヤは嘆息する。
「やれやれ、わかった。お前の忠誠心は認めてやるよ。ただし一つだけ気に入らない部分があった。誰であろうと、って言うのは感心しねー。お前は俺だから従う。そうしとけ」
「はい!」
サラは柔らかい笑みを浮かべ返事をする。
最初は機械的で、表情の暗い女かと思っていたが考えを改めた。
(こいつはいい。俺好みの良い女に教育するのも悪くねーかもな)
「リュウヤ様ー。結局どういう事なんですかー?」
邪な事を考えながら笑みを浮かべていたリュウヤに、言の意味を理解していなかったうちの一人、メラが問い掛ける。
「あん? なんだ、お子様にはちょいと難しかったか? 要するにお前らの好きに生きろって事だ」
「なるほど! わっかりましたー。あっ! でもリュウヤ様ー。あたしたちはもうお子様じゃないですよ!」
メラの言葉に、隣のミラもコクコク、と頷いている。
「あーそいつは悪かったな。人間と違って、見た目からはわからねーんだったな。で、お前らいくつなんだ?」
「十歳!」
メラは元気よく答えた。
ミラも手のひらを前に突き出し、何故かドヤ顔に見える表情で十を示している。
「……やっぱガキじゃねーか」
少女二人の自信満々の表情は、リュウヤの一言で散った。
「ええーなんでですかー。あと五年もすればあたしたちもサラ姉みたいになりますよー」
「はは。そいつは面白いがちょいと無謀だな。サラの色気は五年やそこらじゃ無理だ。あと十年は必要だな」
「いえ、そうとは限りません」
ここでサラが割って入った。
「リュウヤ様も既にご存じかと思いますが、我々竜族は産まれてから十五年で、肉体はある程度まで成長し、その後暫くは肉体の変化はほとんど起きません。事実私も十五の時より、然程変わり映えしておりませんので」
確かにリュウヤはその辺の知識も記憶として頭に入っている。
だからこそメラとミラも会話からして、多少は見た目以上だろうと予想していた。
しかし実際は見た目通りであったために失念していた。
「ちょっと待て。十五の時より? お前……今いくつだ?」
「はい。六十五年を生きております」
その応えに、リュウヤの口からは咄嗟に、ある言葉が漏れた。
「ババアじゃねーか!」
「なっ! い、いえですが、人間で言えば成人を少し越えた程度ですよ!?」
「アハハ。サラ姉ババアだってー」
慌てて弁解するサラに、メラが追い討ちをかけた。そしてリュウヤも続く。
「俺は元々人間だからな。その感性で言えば、六十五歳なってのは十分ババアだ」
からかう様な止めの言葉に「そ、そんな」と、サラは眼に見えてシュンとなってしまった。
「ところでリュウヤ様はいくつなんですかー? あたしたちと同じくらいだからー、十歳?」
「あん? 俺は十七だ」
「十七? 十七ですか!? ですが人間の十七にしては少々幼い気がするのですが」
いつの間に立ち直ったのか、飛び付くようにサラが問い掛ける。
「俺は力を手に入れたときに身体が幼児化したんだよ。ってか何でお前が知らねーんだ? そういうもんじゃないのか?」
「いえ。父の時はリュウヤ様とお会いした時の様な記憶の消失のみだったと聞かされています」
「へー、そうかよ。先代っつうのは元々竜族だったはずだな?」
サラは頷くことで肯定する。
「なら予想はつく。今俺の中にある力が人間ごときの器に収まるわけがないからな。竜族のそれに造り替える際に身体が幼児化したって何らおかしくわねー」
なるほど、とサラは納得した。
「まぁ、そんなことはどうでも良い。時が経てば元の身体まで成長するだろ。それより当初の目的を果たしにいこうか。あれに乗っていくんだろう?」
あれ、とはもちろん竜である。
実はリュウヤは内心で楽しみにしていた。
自分の力で空を飛びたいという気持ちはリュウヤには解らないが、空を飛行すること事態は嫌いではなかった。
「はい。では参りましょう。二人とも飛竜をつれてきなさい」
そしてリュウヤ達一行はようやく村を飛び立った。
五千文字を越えたので一度区切りました。