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第2話~竜の目覚め~

大空を優雅に飛翔する飛竜の背に、男女の影が一つ。

女の方は艶やかな金髪と、上から羽織っただけの枯れ葉色のローヴが、風に煽られ、白い肌が見え隠れしている。

ローヴを除けば、上は胸を隠すだけの布一枚と、とても扇情的で、下も、所謂パレオ仕様の水着に近いものだった。

無論このような刺激的な衣装なのには理由があるのだが、それは追々説明しよう。

そして、誰もが見惚れるだろう美女の膝を枕に、心地良さそうに寝息をたてている男がいる。

リュウヤだ。

だらしなく伸びた前髪が目を覆い隠し、一見して冴えない男に見えるが、これでも世界最強の一人に位置する存在である。


「リュウヤ様。そろそろ目的地上空です」


その声にリュウヤは一つ伸びをして目覚める。


「いかがでしたか? その……寝心地の方は」


「ああ。最高だったぜ。ついでに眺めもな」


リュウヤの眼前には二つの山がある。

男にとって、これ程気分の良い目覚め方はないだろう。

仮にその山に触れてみたところで、咎められたりしないことをリュウヤは知っている。

今のように 、多少照れ臭そうにそっぽを向くだけだ。

無論、リュウヤは触れたりしなかったが。


「なにやら少し(うな)されているようでしたが?」


「ああ。胸糞悪い夢を見てただけだ」


「申し訳ありません」


「別にサラのせいじゃねーから。そもそもこの膝は俺が要求したんだ。お前に非はねーよ」


リュウヤは手を伸ばし、サラの美しい髪に触れながらそう言った。

落ち込んだサラの表情が瞬く間に明るくなった。


「一体どのような夢だったのですか?」


その問い掛けに、リュウヤは即答しなかった。

言えば、サラはまた自分を責めると思ったからである。

折角、良い女に相応しい表情になったのを堪能していたのに、直ぐに戻ってしまってはフォローした意味がない。

しかし、それはそれでまた良しか? と少々の悪戯心で言うことにした。

リュウヤが見ていた夢。七年前、初めてサラと出会ったときの記憶を。




ーーーーーーーーーーーーーーー





リュウヤが記憶を失い、村で、育て親である男に拾われてから三年の月日が流れた頃だった。

王国の騎士と成るため、そして魔族を殺すためにやっていた訓練を終えたリュウヤは男に呼び出され、とある一室に来ていた。

リュウヤの手には愛用の短剣が握られている。

そして眼前には、(むご)くも両の手を短剣で壁に張り付けにされ、地べたに座る女がいた。

身体は痛々しいほどに傷付けられている。

幸い、妊娠していると思われる腹部は無事なようだった。


「リュウヤ、あまり俺を幻滅させるな。殺せ」


男の言葉にしかし、リュウヤは動かない。


「何故殺さない! お前はいつもそうだ! お前には才能がある! 事実、その歳で魔物を圧倒してきた! だが、お前は決して自分で止めを刺さなかった。何故だ!?」


男の怒声に、それでもリュウヤは女を殺そうとはしない。


「最後だ、リュウヤ。その女は魔族だ! あまつさえ、俺の領地でこの男と添い遂げ、その腹に子を宿し、我々を謀って、のうのうと生きようとしていた穢らわしき淫魔だ!……殺せ!」


床に転がる男の死体を足蹴にしながら、最後忠告を下す。

魔族の女と生きようとし、処刑されただろう男の死体だ。

リュウヤの握る短剣が小刻みに震える。

それは恐怖によってではなく、必死に自分の中の何かを圧し殺しているかのようだった。


「坊や、もう良いわ。殺しなさい」


リュウヤを見つめていた女が言った。

その言葉には優しさが混じっているように思えた。

これから自分が殺されるかもしれないというのに、諦めや絶望ではなく、殺さない、殺したくないと抗うリュウヤに対しての優しさが。

少なくともリュウヤにはそう聞こえた。


「黙れ淫魔の女! 誰が口を開いて良いと言った!」


男が怒り任せに女に近い付き、危害を加えようとしたときだった。

突然激しく部屋の扉が開け放たれ、騎士の一人が入ってくる。


「た、隊長! 大変です!」


「何事だ? 今俺は可愛い息子の教育中だ。手短にしろ」


「りゅ、竜族が攻めてきました!」


「な! 何だと!?」


騎士の慌てながら出た言葉に絶句する。


「馬鹿な! 何故奴等がこんな辺境の村に攻めてくるのだ! 何かの間違えではないのか!? そもそも我らの間には不戦協定が結ばれている筈ではないか!」


男は確認するように怒声を撒き散らす。

完全に冷静さを失っていた。


「間違いありません! (ドラゴン)の背に乗って竜族の女が三人、村で暴れています!」


「くそ……くそ! くそ!! もう少しだと言うのに! リュウヤ! 直ぐに戦闘の準備をしろ! たかが三人だ。なんとしてでも撃退しろ! いや殺せ!」


無謀だ。たかが三人……。しかし、相手は竜族である。

しかも騎士は女と言った。つまり(メス)であると……。

人間においては基本的に男の方が力は上だ。

無論、ここぞと言うときの女の力は馬鹿に出来ない。

しかし野性動物に関しては、雌の強さはとは基本的に雄それを容易く上回る。

そして竜族も魔族もそれに当てはまる種族である。

竜殺しの力も無しに、竜族の女を三人も相手にするのは無謀としか言いようがなかった。


男が傍らに置いてあった自分の剣をとる……その時だった。

鈍い悲鳴のような声が響き視線を向けると、騎士が背中から、金髪の女、サラの手によって心臓を貫かれていた。


「ま、待て! 止まれ! 何を考えている!? 俺を殺せば人間と竜族で戦争が起こるぞ!」


兵士の身体から腕を抜き近付いてくるサラに、慌てて言葉を発する。

これはハッタリだ。

王国騎士小隊の隊長を任されているとはいえ、所詮このような辺境の小さな村を任されているだけの男に、それだけの価値などありはしない。

ましてや、リュウヤを使って出世しようなどと目論んでいた男などに。


「リュウヤ! 俺をまもーーガハッ!? く……そ……」


言い切るよりも速く、サラの右手が男の心臓を貫いた。

無惨に転がる男の亡骸を見て、リュウヤは初めて恐怖を抱いた。

最後忠告を男に宣告されたときでさえ抱かなかった恐怖を。

一切無駄のない動きで、男の心臓を貫いたのを見て「勝てない」……そう確信した。

リュウヤは死を覚悟するーー抵抗は無意味だ。

手に持っていた短剣を手放し、近付いてくるサラを見据える。

そして絶句したーー。


「お迎えに上がりました。我らが王よ」


サラはリュウヤを前に跪き、頭を垂れている。

意味が解らない。

唖然としていると、サラの方が先に口を開いた。


「やはり記憶は失われているのですね。手をお出し頂けますか?」


そう言うと、リュウヤが手放した短剣を取り、自らの手首を僅かに切った。

流れ出た血を、差し出さずには要られなかったリュウヤの掌へと落とす。


「お飲みください。そうすれば全てを思い出す筈です」


サラの言葉は酷く魅力的だった。

リュウヤは自身の記憶が無いのを理解しているうえに、これが罠である可能性が限りなく薄いことも察している。

現時点で自分を罠に嵌める意味がないからだ。

故に、(しば)しの沈黙を経て、リュウヤはその血を飲んだ……。いや、舐めた。


「がッ!?」


数瞬後、全身に衝撃が走り抜けた。

苦痛で悶えるリュウヤに、忘れ去られていた竜也としての記憶が(よみがえ)ってくる。

漸く苦痛の声が収まったのも束の間、今度は室内に笑い声が響き渡った。


「はは、ははは! くははははッ!! くそったれ!」


幼い見た目からは想像できない程の高笑い。

自然と口癖である言葉が漏れた。

その姿をサラは静かに見守っている。


「感謝するぜ、女。それで? 俺はどうすればいい? 今の俺は気分が良い。一先ずお前の言葉に従ってやるよ」


落ち着きを取り戻したリュウヤが問い掛ける。


「一族の者達を集めております。そちらまで御同行して頂けますか?」


「ああ、構わねーよ」


応えると、これまで蚊帳の外にいた淫魔の女に近付く。


「坊や?」


女はリュウヤの変わりように疑問符を浮かべている。


「ああー悪いな。見た目通りの年齢じゃねーんだ。と言っても、あんたからすれば結局は坊やか……はは」


そう言って苦笑し、女の手に突き刺さった短剣を引き抜く。


「ーーッ!」


女が悲痛の声をあげる。


「痛むか?」


「え、ええ。大丈夫よ」


リュウヤの問い掛けに、軽く両手の感覚を確かめるようにして応える。


「そうか。腹の子は問題なさそうだな」


そう言うとリュウヤは、女の手から抜いた短剣で自分の指先を切る。


「舐めとけ」


「え……?」


差し出された、血の零れ落ちそうな指を見て固まった。


「その程度の傷なら治る筈だ。良いから舐めとけ」


そう言われ、女は戸惑いながらも、リュウヤの指をくわえるようにして舐めた。

すると女の痛々しい傷が、瞬く間に治癒されていく。


「坊やは……いったい……」


完全に痛みの消え去った身体を確認するようにして、疑問を投げ掛ける。


「さぁな。俺は俺だ。まぁ一応、竜王なんてもんにも成ったらしいぞ」


ははっ! と、笑いながら信じられないようなことをあっさり公言したリュウヤに、女は絶句した。

仮にも魔族である女は、竜王という存在がどれ程なのかを話に聞いて知っている。

少なくとも現魔王と同等の存在。

そんな存在が目の前にいて、あまつさえ傷を癒してくれたことに、疑問が浮かんでいる。

しかし女の疑問が解消されることはなかった。


「そんじゃまぁ、行くとするか。ああ、そうだ、淫魔のねーちゃん。あんたが安全にここを出られるくらいにはしといてやるからよ。腹の子が娘で、あんたみてーな良い女に育ったら、俺のところに連れてきな。そんときは面倒観てやるよ」


その言葉を残し、サラと共に部屋を出ていった。


あと1話ほど過去編になると思います。

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