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~プロローグ~

突如目の前で起きた異常事態に、少年、リュウヤはただ立ち尽くしているしかなかった。

王国騎士小隊の隊長を務め、とある村の領主も兼任し、育ての親でもあった男の命が、一人の竜族の女によって奪われる。

一切無駄のない動きで男の心臓を貫いた右手を引き抜き、返り血を振り払う。

そして艶のある金髪を(なび)かせ、女はリュウヤの前まで歩み寄った。

「死」という現実がリュウヤの頭に(よぎ)る。

女の後ろに横たわる男に「お前には才能がある」と言われ、男の下で三年間生きてきた。

いずれ名のある騎士になり、そのリュウヤを育てたという理由で出世を狙っていた男に利用されているだけとも知らず……。

だからこそ、それなりの戦闘感を身に付けてきたリュウヤは直感するーーこの女には勝てないと……。

逃げることすら叶わないーーそう思っていた……。

だが、女の次の行動に、リュウヤは唖然と目を見開く。

何が起きたのか解らなかった……。

女は、リュウヤの前で膝まずき(こうべ)を垂れ--そして、こう言葉を発したのである。


「お迎えに上がりました。我らが王よ」と……。



ーーーーーーーーーーーーーー



今より三百年ほど前、我こそが最強、我らこそ最強の種族ーーそう言って戦争を始めた魔王(バカ)がいた。

それに異論を唱えるように参戦した--竜王(アホウ)

もいた。

そして、とばっちりを受けるようにして己の命を代償に、二者に立ち向かった--英雄(マヌケ)がいた。


そのうちの一人である魔王が、現在リュウヤの眼前で思考するように、お手製のチェス盤を眺めている。


「む、これなら……」


そう呟きながら魔王が駒を動かす。


「残念。惜しかったな。チェックメイトだ」


「な!? ま、待ってくれリュウヤ君!」


「いいや、駄目だ。待たない。これで俺の十連勝だな」


そう言うと、魔王は 盤上を悔しそうに見つめる。

そんな魔王を余所に、魔王の側近である女から飲み物を受け取り、一口。

するとそこへ、黒いフリフリのワンピースを身に纏った、赤毛の可愛らしい女の子がリュウヤの膝の上にちょこん、と座るようにして現れた。


「パパまたリュウヤに負けたの?」


「ち、違うんだよリリア。パパはまだ負けた訳じゃーー」


「おいおい、どう見てもあんたの負けだろ、魔王様。可愛い娘に嘘付くなよな」


「リリア弱いパパ嫌い。リュウヤ強いから好き!」


「おお、そうかそうか。だがなリリア。そいつはもちっと良い女になってから言ってくれ」


最愛の娘に「パパ嫌い」宣言をされ完全に停止している魔王を尻目に、優しくリリアの頭を撫でる。


「リリア様、そろそろお稽古のお時間です」


先ほど飲み物を受け取った、メイド服を見事に着こなした側近の女がリリアへと声をかける。


「え~、まだリュウヤと一緒に居たいのにー」


「おいおい、リリア。そんなんじゃ良い女になれねーぞ? 折角良いお手本が稽古してくれるんだ。しっかり学んでこいよ」


「リュウヤはレレイが良い女なの?」


「ん? まぁ、最低でもレレイラくらいになってもらわねーと俺の目にはとまらねーな」


「サラは?」


リリアは、一度リュウヤの後ろへ顔を覗かせ、再びリュウヤへと向き直った。

リュウヤの後ろには、美しい金髪の女が畏まるようにして立っている。


「ハッ!……俺がくだらねー女を連れまわすわけねーだろ」


「わかった! リリア頑張ってお稽古してレレイやサラより良い女になる!」


「よしよしその意気だ。頑張ってこい」


そう言ってもう一度頭を撫でると、リリアは嬉しそうな表情でレレイラに連れられて部屋を出ていった。

誤解の無いよう説明しておくと、お稽古といっても別に礼儀作法だとか、ピアノのレッスンだとかそういうのではなく、単純に魔法を使った戦闘訓練である。

間違ってもこれでいい女になれるなどというわけではない。


「んで、いつまで固まってんだ? サタンさんよ」


自慢の緑色の長髪すら、白い灰に見えてしまうほどの放心状態で「パパ嫌い」を、呪詛よろしく連呼していた魔王様ことサタンが、唐突に我に帰ったように生気を取り戻す。


「酷いではないかリュウヤ君。これで私が娘に本当に嫌われてしまったらどうするんだい」


「知らねーよそんなこと。大体、この程度のことで嫌われるならとっくに嫌われてるから安心しろ」


「いやいや、あれでリリアも私に似て強情だからね。安心出来ないよ」


「最強だとかくだらない理由で、世界を真っ二つにするくらいだからな」


「はは……耳が痛いね」


リュウヤの図星にサタンは肩を落とす。

世界を真っ二つ、というのは実のところ正確ではない。

ただ、この世界唯一の大陸が(さき)の大戦で二つに割れたのは紛れもない事実である。

その原因となったのがリュウヤの目の前の魔王と、先代竜王、そして当時の英雄だった。

三者の戦闘は三日三晩……ではなく、わずか数時間で強制的に決着した。

勝敗を決する前に、世界が悲鳴をあげたのだ。

しかし、これはリュウヤにとっては当然の結果ともいえる。

なにせ、一人でも世界を壊滅させられるだけの力を持っている。

そんな存在が三人も同時に、本気の力でぶつかればどうなるか。

それは竜王となり、同様の力を手にしたリュウヤなら考えずとも分かることだ。

だからこそリュウヤはくだらない理由だと言ったのである。


「ところでリュウヤ君。リリアにあんなことを言ってもよかったのかい?」


「あん? 別にいいんじゃねーか? まだ六歳とはいえ、物分かりは良い。今のうちに仕込んどくべきだ。中身の腐った女になっても俺が困るからな」


「おや? それは将来リリアをもらってくれると言うことかな?」


「さてね……そりゃそん時の気分次第だ。俺が危惧してんのはリリアが昔のあんたみたいになった時だな。んで……実際のところ、今の力はどの程度まで来てる?」


「うむ……単純な力は私の四割といったところかな。成体への移行を終えれば間違いなく私を越えるよ。無論単純な力だけを言えば、だけどね」


「それはいつ頃になりそうなんだ?」


リュウヤの問いに、サタンは静かに首を振る。


「解らない。明日かもしれないし、数年後とういうこともあるかもしれない。君も知っていると思うが、魔族は本来、生まれてから五年で成体移行期間に入る。だが六年を過ぎても娘にその傾向はみられない」


「……原因は?」


その問いにサタンは一瞬だけ思考するように顎に手を当てた。


「……おそらく母親、つまり私の妻だろうね。魔将軍以上の力を持つ者が、人間との間に子を宿したのは初めてだからね」


「なるほどな……。魔族は人間に孕ませればより強い力を持った魔族が生まれる……が、元々強い力を持つ者だと子を産む前に人間の方が死ぬ」


「その通りだ。妻は……良く頑張ってくれたよ……」


本来、魔族にとって人間とは忌み嫌う存在だ。

そして、その逆もまた(しか)り。

しかし、魔族の王であるサタンの表情からは、本当に妻を愛していた、という感情が(にじ)み出ていた。


「後悔してるか? リリアを産ませたこと」


「まさか。妻はリリアの顔を視た後、満足そうに逝った。ならば私が後悔などするのは御門違いだよ」


「クク……随分良い女に巡り会ったじゃねーか」


「私の唯一の自慢だよ。羨ましいかい?」


「ああ、羨ましいね。こういう巡り合わせがあるから生きてる意味がある。つくづくあん時死ななくて良かったと思うぜ」


互いに想うことがあるのか。数瞬の間沈黙が流れた。

その後、話題は直ぐに切り替わる。


「そんじゃそろそろ本題と行こうか。わざわざ呼び出したんだ。話があるんだろう?」


「そうだね。リュウヤ君、君はつまらない話と面白い話、どちらから聞きたい派かな?」


「つまらない話は聞きたくねーな」


「フフ、そう言うと思ったけどね。しかし一応は耳にしといてもらいたい情報でもあるんだよ」


ちっ、とリュウヤは軽く舌打ちをする。


「……それで?」


「ああ、つい三日程前から我が魔王軍は二つに別れてしまってね。どうやら私は魔王失格とのことだよ」


「ハッ! そいつは本当にくだらねー話だな。何か? 新しい魔王でも決めて戦争でもおっ始めようってか?」


「どうやら先方はそのつもりのようだよ」


「やれやれ、おめでたい奴等だな、おい。まぁ別にいいんじゃねーの? やりたい奴にはやらせておけばよ」


「ふむ。無論こちらもそのつもりさ。人間に対する魔族の嫌悪はなかなか消えるものではないし、それを咎める資格も私にはない。一応、側近の一人を置いてきてあるから情報は入ってくるしね」


「へ~」と、リュウヤは心の底から興味無さそうに声を漏らす。

そして「もういいだろ?」という視線を魔王に向け、話題は本命へと移行する。


「本命の前に君の話を詳しく聞きたいのだが、リュウヤ君は確か異世界から来たんだったかい?」


「あん? そうだな。別に証明するつもりも手段も無いけどな」


そう。リュウヤは元々この世界の者ではなかった。所謂異世界人である。


「その頃の詳しい記憶はあるかい? そうだね、君がこちらの世界に来てから竜王の力を手にするまでで構わないよ」


「昔話かよ。ほとんど胸糞悪い記憶しかねえんだがな。何か意味があるのか?」


「意味というか、確認だね」


「そうかよ」


そう言うと、リュウヤは昔の記憶を掘り起こし、語り始めた……。




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