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三獣奏  作者: 一滴
第一章
5/6

哀 説 喜

ぶっちゃけ国語のテストが平均以下の男である俺にどこまでできるかなんてたかが知れてそうなのになにやってんだ、俺?

これが俗に言う下手の横好きと言うやつか!

「転移者?」


 魔物が起き上がろうとしている隙に逃げおおせた彼らは、カナミに連れられて隠れ家の1つである木の下の洞穴に潜り込んでいた。中はかなり広く、数十人は軽く収まるほど大きい。

 某隣のトト……神アニメのような周りを木のツルで囲まれた空洞のような場所で、カナミは蓮達が異世界人であることを説明されていた。


「つまりあなた達は返還者じゃなく、全く別の世界から来た別世界の人ってこと?」

「そーだよ~!」

「何で俺達を返還者だと考えたんだ?」

「……あなた達は、私達と明らかに目と顔が違うから」

「目の色と顔?」

「返還者じゃない人はひどい経験を覚えてるから、もっとやつれてて絶望した暗い目をしてるはずなの。私もガンドも返還者を見たことなかったから気づくのに時間がかかったけど。だいたい、あんな状況になったらとっくに諦めてるはずだし」

「あんな状況?」

「あの魔物に追いかけられる前だよ。あなた達はガンドに逃げろって言われた後、すぐガンドを見失ったよね?」

「うん」

「ガンドも、私もあなた達を囮にするつもりだったんだよ?」

「……」

「返還者は記憶が減って判断能力が低下しているハズだから、あなた達に間違った情報を与えて焦らせて、逃げろと言われたらすぐ逃げ出すように仕向けさせたの。川につかなかったでしょ? 川の方向も嘘。あなた達が逃げている内に、その反対側に私も逃げる予定だったけど、へましちゃって、ガンド達とはぐれて囮役に一人追加ってところかな」

「確かに、それが一番効率がいいな」


 間髪入れずに、肯定する。

 そしてカナミも自分を卑下したような態度を出さず、これが当然だと言うように話を続ける。


「ええ、最小の犠牲でそれ以上を生かす。何千年とこんな生活を続けたお陰で学んだ、もっとも効率的な生き方」

「おまけに俺達は記憶を手放した返還者と同じように、なにも知らないから簡単に騙せる。おまけに、さっき会ったばかりだから心もさして傷付かない」

「そしてそのまま死んでもらうつもりだった。ヘマした私も追加されちゃったけど」

「さらに生き残っちゃったけどな。しかも無傷で」


 蓮達に怒りがわく事はない。今まで理不尽なケンカを売られた事もボロクソに負けたことも、否人道的な事が行われているところもたくさん見てきた蓮達にとっては、さしてどうという事では無い。

 むしろ文明が発展していた地球の方こそ余計に質の悪いモノだってあった。

 それに比べればしょうがないかと納得できてしまう。

 映画や本ではなく、現実で経験したからこそ蓮にはむしろ感心すらわいた。

 そもそも、隣に理不尽の権化|(真姫)がいる時点で大抵の事では絶望も怒りも大してわかない。


「ねえ、これからどうするの?」

「通常一度別れた集団と再び再会することはない事の方が多い。だから、私たちは他の集団に保護を頼みに行くか、ここで新しい集団を作るかの2択しかない」

「他の集団に保護って、どこにいるか知ってるのか?」

「いいえ、知らないわ。だからもっとも現実的でもっとも効率的な行動が、ここで新たな集団を作って数を増やす事」

「数を増やすって?」

「私とそこの、マキさん……?」

「マキでいいよ~」

「私とマキの二人と子供をつくっ……」

「待て待て待て!」


 非情な決断にも眉一つ動かさなかったレンは、話が次の話題に切り替わった途端に顔を熟れたリンゴのように真っ赤にしてみっともなく取り乱した。


「つまりアレか!? ここでお前ら二人を、その……」

「はらm……」

「よし、ガンド達を探そう! 今すぐ! ちょっと行ってくる!」

「は?」


 そして極めてやってはいけない決断をした。

 おまけにけっこう固い決意で。


「まだ一日はたっていないんだ。まだそんなに遠くへは行っていないはず! 朝までには戻る!」

「それモロフラグ~」

「うっさい!」


 マキの突っ込みに突っ込み返しながら棒を握りしめ、立ち上がる。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! まだまだ魔物がたくさんいるのよ!? そんな棒じゃどうにもできない魔物だってたくさんいるんだから、おとなしくここで私たち二人をだき……」

「シャラップ! うっさい! 黙れ! それ以上その話題を出すな! 大丈夫この棒は特別だから!」

「でも……」

「真姫、ここから出るなよ?」

「了解~。カナミ見てるね~」

「ちょっ……」

「いってきまあああああぁぁぁぁ……」


 そんな話題に聞く耳持たんとレンは洞穴を飛び出して行ってしまった。


「行っちゃった……」


 洞穴に取り残されたカナミはまたしても唖然とした顔で疑問に思っていた。

 異世界の人ってあんなに状況判断能力が低いものなのだろうかと。

 見知らぬ土地で、見たこともないバケモノが跋扈するこの地で、何であんな無謀な事できるのかと。


「あ~あ、行っちゃったね~」

「……バカなの? 彼」


 隣に移動してきたマキもため息混じりにぼやく。

 ようやく落ち着いたカナミは、マキの顔を初めて観察した。

 ここら辺じゃ見ない真っ黒な髪を後ろでまとめ、ポニーテールにしている。

 あどけなく可愛らしいという表現が一番シックリ来る小さな童顔とパッチリした大きい目。

 その目はレンが出ていった穴をじっと眺めていた。


「ああいう話苦手なんだよね~、蓮君は」

「あなた、彼の事心配じゃないの? 冗談じゃすまないバケモノだらけの、文字通りの地獄なんだよ、ここ」

「大丈夫なんじゃない? 蓮君銃弾はじけるし」

「ジュウ、ダン?」

「あ、ここには無いんだっけ。それよりさ、この世界って面白いもの無いの? 甘いものとか!」

「え、いや、無いこともない、けど……」

「どんなの?」

「……最近、北に【楽園】があるって話を噂で聞いたわ」

「楽園?」


 他の集団と合流したとき、ガンドが向こうの集団のリーダーと情報交換していた事をこっそり聞いてしまった内容がうっかり口から流れ出していた。

 別にたいした情報でもないが、どういうわけかマキの軽い雰囲気に流されて、自然とカナミは饒舌になっていく。


「眉唾物らしいんだけど、人間の村らしくて。そこでは人間と亜人、そして魔物が争う事無く共存しているって聞いた」

「亜人も魔物も?」

「まあ、到底信じられないから十中八九眉唾物だけど。人間が隠れる必要もなく暮らしていけるっていうんだから、確かに楽園ね」

「ふーん」


 実感がわかないのか、それとも単純に興味が無いのか。


「……彼、帰って来ると思う?」


 それよりむしろカナミはこっちが気になった。

 ついさっき見せられた魔物の、しかも中位種をたった二人で転ばしたその主犯。そもそも魔物に立ち向かって無事で、しかも逃げおおせる事までできた非常識の塊。四本の拳全てをあの棒一本でいなし続けるほどの力を持ちながら、ただの繁殖行為にはやけに敏感で拒絶的。

 気になる。

 普通なら無謀も通り越してもはや狂ったバカのやるような、知り合いを探しに行くという行動をためらい無く実行したあの男が帰って来るかどうかなど、普通は考えるまでもない。それでも、あの非常識な出来事を見てしまった今ではもしかしてと思ってしまう自分がいた。


「帰って来るよ、絶対」


 しかもマキには断言された。

 もしかしてだとか、きっとだとか、そんな希望的なあやふやな感じじゃなく、断言した。


「何で……」

「そりゃ信じてるもん。ヘタレでも強いし優しいし、蓮君が死ぬ時は私と一緒だもん」

「一緒?」

「一緒っ!」

「……」


 普通そんな塵芥のような小さな願いなどより、生き残り子孫を残す事の方をもっと優先させなければならない。

 普段ならそうやってさとすハズのカナミは、その時だけは口が開かなかった。

 マキが、この世界で見たこと無いほど『幸せそうな顔』で笑っていたから。


「……何でそこまで彼に固執するの? 確かに強いし行動力は無駄にあるし、指示能力もあったけど」

「…………えへへぇ」


 そう聞いた瞬間、幸せそうだった顔が今度はフニャッとしたなんともだらしない顔になった。


「昔ね、くれたの。温かいもの。なんにも無くてなんにも感じなかった時、スッゴい温かいものをくれたの。……えへへへ。今でも時々くれるんだ~、温かいもの」

「温かいもの?」

「うんっ」


 マキは膝をたてて顔を埋めながらモジモジと揺れ動く。

 にやけた顔が真っ赤だ。

 温かいもの。

 小さい頃、親が魔物に食われて一人だけ生き残り、縮こまっていたところをガンドに助けられたことがあったカナミにも、少しわかる気がした。

 あのときはやけにガンドがカッコよく写っていた気がする。

 思い出しただけで、ちょっと熱くなるほどに。

 温かいものってこれの事だろうかと、ほんのり赤くなりながらカナミは思い出した。


「ふぅ~ん……」

「な、なに?」

「……かわいい」


 そしてマキにスッゴいニヤニヤされながらボソッとつぶやかれた。

 顔の温度が今度は熱いくらいに一気に上がるのがハッキリわかる。

 それと同時に転げ回りたい、じっとしてるのが難しい衝動が胸を駆け回り、なんだかむず痒くなる。


「かわいい顔」

「……ッ!」


 また言われた。

 体がさらにムズムズする。


「また会えたらいいね」


 そして一気に鎮火した。


「それはない。会える訳ない」


 わかっていることだ。

 会えるハズがない。

 ガンドに会いたいのは本当だが、そんな希望は抱かない。

 あの男、レンだけなら帰ってこれるかもしれない。そんな気はした。

 だが、ガンド達とは話が別だ。ガンド達はあんな非常識な力なんてそもそも持ってはいないのだから。

 それにレンがガンド達を見つけられる事も不可能に近い。まだ別れて一日たっていないとは言っても、ガンド達とカナミ達はそれぞれ正反対の方向に逃げていたのだ。距離はそれなりに離れている。

 それにガンド達が本気で隠れれば魔物の中位種だって見つけるのは困難だ。

 土地勘のないレンには道だってわかるハズがない。

 それにこの地獄では、何でもありが当たり前。想像しうる全ての事象すら足元にも及ばない、亜人と魔物と魔力の超常現象が予想を斜め上に飛び越えて最悪の理不尽で構成される最悪な世界。

 ガンド達が逃げた先に魔物がいたって不思議じゃない。

 もうすでに死んでるかもしれない。

 そもそもの話、レンが戻って来れるかどうかも怪しいのだ。


「あり得ないよ。ガンド達ともう一度会えるなんて。レンはガンド達を連れてくることはできない」

「……」


 地球にもあった常に最悪を想定して事にあたれという言葉。

 それをカナミ達は常識以上に刷り込まれていた。

 思考が自然とそうなるように。

 まさにそれは、環境に調教されたとも言えるのかもしれない。


「あ!? カナミ!?」

「……え?」


 ゆえに、ガンド達がレンとすれ違いに洞穴に入って来る可能性があることを考えていなかった。

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