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三獣奏  作者: 一滴
第一章
3/6

喜 驚 哀

「えぐ、ひっ……ずっ、すっ……」


 土壁に囲まれた牢屋のような場所で、泣き腫らした顔でズビズビになった鼻水をすすり上げる音が響く。


「……落ち、着いた……か?」

「すん、……うん……」


 腕と脚で色々絞め上げられている状況から何とか口だけ脱出させ声を出す。

 まずこのガッチリと意地でも放さないと体で語っている手足を退けてもらわないかぎり、まともの会話すらおぼつかない蓮は息も絶え絶えに懇願する。


「そお……か。なら、早く……退いて……くれ」

「……やだ」

「グゲッ?」


 だが拒否の言葉と一緒にしめてる腕と脚にさらに力が入った。

 喉の奥からちょっとヤバイ声が出る。


「ぎゅうううぅぅ~、えへへぇ……」

「グゥゲエエエエアァァァ……」


 幸せそうな顔で頬擦りしながらさらに密着してくる真姫だが、いい加減放してもらわないと彼の骨、特に背骨のあたりがヤバイことになる。

 もう一回さば折りが来るかもしれなかったその時、牢屋の前に二人の男と女が入って来た。


「……なるほど。こりゃ確かにおかしいな」

「やっぱり? 何か私たちと違うと思わない?」


 顔に大きな傷がある男と、大体蓮達と歳が同じだろう少女が蓮達を見て首をかしげながら蓮達を覗き込んだ。

 服はボロボロでかなり材質が悪そうだ。ファンタジーでお馴染みの中世よりもっと古い、それこそ辺境の村人が着るようなぼろ切れだった。

 そしてとても小柄だ。100センチはあるだろうけど150は確実に無いほの小柄。

 誰だろうという目を向けていると、


「本当に何なんだこいつら? 『亜人種』か?」

「多分違う。人間だよ。でも私たちとも違う、と思う。多分……」


 二人して珍獣を見るような目を向けてくる。

 だがなんなのか聞きたいのは蓮達も同じ。

 言葉が通じるのは何故かわからないがありがたい。

 そしてそろそろ真姫に降りてほしい。


「なあ……質問、して……いいか?」

「……何だ?」

「ここ、どこなんだ? 明らかに日本とは、違うと思うんだが……」


 微かな不安と期待を含んだ声音で、おそらく望んだ答えはかえってこないだろう疑問を聞いてみる。


「……ああ、なるほど。『返還者』か」

「あっ、そっか……」


 すると二人は合点が行ったみたいにうなずきあった。

 返還者、と言う聞きなれない言葉とともに、二人の雰囲気が和らいだ。


「は?」

「悪いがそこに入ったまま話をさせてくれ」

「……お、おう」


 男は背中を壁に預けながら話を始めた。

 いくらか柔らかくなった声音と、少しいたわる感じが声に乗っている。


「まず、ここがどこか、だったな?」

「うん」



「ここはE13区画から西へ数十キロ離れた辺境の浮遊大陸群の内1つ。……まあ、まず言っておくべきは地獄だってことだ」

「……はぇ?」



 変な声が出た。

 予想の斜め上だった。

 E13区画、浮遊大陸群、地獄、理解に時間がかかる単語ばかりで突っ込む声が止まってしまう。


「昔は人間が栄華を誇ったとも言われちゃいるが、それも神話の話だ。現実の人間は最弱。人間ほど弱い生き物は他にいねえ」


 情報が整理できないまま男の話は突き進む。


「この地獄じゃあ人間は隠れて生きる以外何もできねえからな。十分最弱だ」

「隠れて、生きる?」

「知性のない『魔物』は別だが『亜人』達は俺達を積極的に狩りに来る。逃げて隠れて、いなくなるのをじっと待つ。もう数千年以上前から変わっていない現実さ」

「亜人……」

「それも忘れたのか。人間に似た形をしているが全く別物のバケモノ共の事だ。獣の耳と尻尾の生えたやつもいれば、耳が長い金髪のやつもいる」

「獣人に、エルフ?」

「何だ、覚えてたか。エルフだけは近づくなって教わったのは覚えているか? 『近づくな。視界に入れるな。すぐ逃げろ』。俺も直接見たわけじゃねえが、近づいただけで魂を吸われるって話だ」

「魂を吸われる!? 何その怖い生き物!」


 エルフのイメージが総崩れし、軽く絶望する。

 ネット小説も多少読んでいたから、少し期待していたのは内緒だ。

 隣に座り直した真姫はほっぺを膨らませてジト目を向けてきたが無視する。


「ねぇねぇ、魔法って無いの?」


 冷や汗をかきながら黙ってしまった蓮の代わりに、真姫が質問する。

 やはり気になるところだ。


「あ? あるぞ」

「本当!?」

「ただ、人間は使えねえけどな」

「ガーン!」


 期待を裏切らなかったのは一瞬で、すぐさま別の方向に裏切られた真姫は牢屋の隅っこに移動して体育座りで座りこんだ。

 上げて落とされたそのダメージはデカイ。


「はぁ。え~と、あっ。棒を見なかった?」

「気絶したまましっかり握って放さなかったぞ? 隣の部屋に置いてある」

「ふぅ、そっか……(よかった~、無くしてたら俺も真姫と一緒に落ち込むところだった。それにしても……)」

「ズーン……」


 話を聞いている内に疑問に思う。

 やけに饒舌だと。

 よそ者にアッサリ情報をくれるこの男。

 なにか裏があるのではないかと疑ってしまう。

 案外似たような経験を地球にいた頃に経験したからこそ思った事だが、全くこの世界について知らない事ばかりである蓮としては、今はなるべく情報を聞き出す事を優先させる他はない。


「亜人との遭遇ってどれくらいあるの?」

「こそこそ生きてりゃ案外会わないもんだ。こんな辺境にいるのは俺たち人間みたいなもんだからな。人間以外はそうそう魔物や多種族に恐れる必要はねえ」

「……少なくとも、人間よりはまともに戦えるから?」

「そうだ。村や国を作ってるから、そこら辺に近づきさえしなけりゃ出会う事は少なくなるわけだ」

「シューン……」


 落ち込んでる真姫は放置。


「食い物や水はどうして……」


 他の質問を続けようとした瞬間、ベキベキという破壊音と一緒に天井が持ち上げられた。


「………はぇ?」


 変な声が再びもれる。

 天井が崩れるとかではなく、文字通り持ち上げられたのだ。

 持ち上げられた天井の隙間から青い空が見える。

 そしてでかい四本腕のカバとドラゴンの合体したようなバケモノが見えた。

 目算で6メートルぐらい。


「ガンドさん、魔物の中位種が発生しました! すみません、全く察知できず!」

「慌てんじゃねえ! どうせいつもの事だ! そこの二人を使う!」

「……ッ、ハイ!」


 部屋にもう一人若い男が入ってきて魔物が現れた事を告げ、今更ながらにこの男の名が、ガンドだという事を知る。


「ガンド……」

「アイツの棒、返してやれ」

「……うん」


 心配そうにガンドを見た少女が、部屋を出ていった。

 展開が見えない蓮としては勝手に話を進められては困る。

 しかしそんな蓮を無視して、ガンドはある方向に指先を向けて蓮達に指示を出した。


「お前ら、ここからあっちに向かって逃げろ! 少し走れば川がある! 川に沿って川上に行けば他の集団がいたはずだ! そこに行って保護してもらえ!」

「ちょっと待て! あんた達はどうするんだよ!?」


「グオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 魔物が咆哮を上げる。

 うるさすぎて思わず目を一瞬つむる。


「……あれ、もういない!?」


 次に目を開けた時には、そこにガンドの姿はなかった。

 こういうところで暮らしてたら気配消すのもうまくなるのか?と、ズレた疑問も浮上するが、今は後回しにする。

 いつも持ち歩いている棒がなければまともに立ち向かうことすら難しい。

 今はガンドの指示通りさっさとあの四本腕の魔物から逃げることが最善だ。


「真姫!」

「ズミューン……」

「まだ落ち込んでんのかよ!」


 しかし魔物が現れてもまだ真姫は落ち込んだままだった。

 うまいこと崩壊していない天井の残骸が牢屋の隅っこに体育座りしていた真姫の周りに影を作り、舞った砂塵がこれまたうまいことに光の線を描いてスポットライトさながらに真姫を照らしていた。

 置いて行こうかな?……とも一瞬考えるが、もちろんそうする訳にはいかない。


「しょうがねえなあもう!」

「ふえっ?」

「うおおおおおお!」


 間一髪で真姫をお姫様抱っこで抱えて、入っていた牢屋から壊れた壁を跨いで外に脱出する。

 直後、さっきまでいた牢屋が魔物に踏み潰された。


「ポヤ~」

「降りろ! 立て! 走れ!」

「ふぎゃっ!」


 抱えられた状態で若干意識が向こうの方にいっていた真姫を乱暴に下ろし、矢継ぎ早に指示を出す。


「ぶーぶー」


 下ろした真姫から抗議の声が聞こえるが、かまってる暇も余裕も蓮には無い。

 魔物に背を向け走り出そうとし時、さっきの少女が蓮の棒を抱えて走ってきた。

 しかし、


「きゃっ!」


 魔物に天井だった瓦礫を投げつけられ、当たらなかったまでもその余波を受けた彼女は、こっち側に転倒した。


「カナ……」

「グオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 一瞬ガンドの声が聞こえたが、すぐ魔物の咆哮に掻き消され手に持っていた残りの岩石が投げつけられる。

 しかし棒を持って来てくれた少女、カナミは尻餅をついたまま魔物をはさんだ向こう側、ガンドの声が聞こえた方向に視線をさ迷わせたまま岩石を避けようとしない。

 このままでは直撃してしまう。


「何やってんだ!」


 棒を回収しながら岩石とカナミの間に滑り込んだ蓮は、棒を起点に飛んで来た岩石を受け流し、二つとも別々の方向に投げ返した。


「……え?」


 一瞬の出来事だった上に彼女達にとってはあまりに非常識な光景だったため、現状を忘れて呆けてしまったカナミだったがそのままじっとしているわけにもいかず蓮が強引に腕を掴んで立ち上がらせる。


「あっち!」


 真姫が先導し、その後ろを蓮がいまだに唖然とするカナミを連れて追随する。

 後ろからはイラついた魔物だけ(・・)が追ってきていた。

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