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鬼の瞳  作者: 市
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行水にて

「うわっ凄いこれ……、洗ってみるととんでもなく綺麗な髪ね」


「左様で御座いますか。見た事が無いので、ワタクシにはよくわからないのですが」


少女の長い黒髪を洗う奈津は感嘆する。付着し乾燥した泥と何かの塊、それらを丹念にお湯と汚れ落としに効果がある葉っぱを使い洗い流してみれば、その下からは少女の本当の黒髪が姿を現した。

夜中であり黒色にも拘わらず、その髪は月明かりだけで怪しく光り輝いている。手触りは絹に似た滑らかさで、触ると心地良い。

一体どうすればこれ程までの髪質でいられるのだろうと、今の今まで汚らしかった事と相まって、奈津は少々の嫉妬と興味を抱いて少女の髪を揉み洗っていく。


「ふふふ、くすぐっとう御座います、奈津様」


「うう、アタシも女としてこの髪は羨ましいわねぇ……。こんなに長いのに毛先までぴんとしてるもの」


「奈津は昔からクセがひどいもんな」


「ふぐっ……う、うっさいのよバカ久野。それより、こっち見たら殴るだけじゃ済まさないからね!」


奈津は岩の向こうに怒鳴りつける。ひらひら、と手だけの返事が返ってきた。


三者は今、村の近くで湧いている小さな秘湯にいた。


むかし、村長が散歩をしていた時にたまたま見つけた源泉を、村人総出で利用できるようにしたものだ。畑仕事の疲れを癒やす為の楽しみとしてよく使われている、村の人間だけの憩いの場である。

丁度よかったので、奈津はそこで少女を綺麗にしようと考えた。水では冷たいだろうという彼女なりの配慮だ。あくまで手伝うだけの奈津は着物を着ていてもおかしくは無いが、体を洗わなければならない少女は当然に裸となる。故に、久野は例の葉っぱをかき集めた後、岩を背に待ちぼうけを食らう事となっていた。


今では、奈津も少女と慣れ親しんでいた。説得に時間はかかったものの、少女が怨霊の類では無いとわかればいつもの調子を取り戻し。同じ世代の女子でもあるからなのか、打ち解けるのに時間はかからなかった。

彼女も、久野と同様に困ったものは見過ごせない人柄である。故に嫌がる様子も見せずに、けれど若干の疑問は残しつつも、少女の為に行動を起こしていた。そしてもう一つ、行動に駆り立てる要因がある。



少女は――目が見えなかった。



と。いっても、これは奈津に対しての嘘である。

少女は目は見えるが、開けてはいけない理由がある為に瞼を閉じていると言う。理由までは聞いていない久野だったが、ややこしくなるといけないので盲目と偽っている。少女にはそれも含めて色々と言い聞かせてはいるが、内心はぼろが出ないか心配であった。


「目が見えないのに旅だなんて、あんたも酔狂な事するわね。何か大事な用でもあるの?」


「はい。探している方がいるのです。ワタクシが眠っている間にどこかへと行ってしまわれたようでして、今もなお探し続けているのです」


「ふぅん。じゃあ、明日になったらまた旅をするの?」


「その予定でしたが、その前に」


一時の間を空けて少女は微笑む顔を横に向けた。透き通る様な白い肌の横顔に、奈津は思わず見とれて手を止める。


「久野様と奈津様に恩返しをしたいと考えております。これほどまでに親切にして頂いて何もしないのでは、とても申し訳が立ちません」


「――……くぅぅっ、可愛い上になんていい子なのよあんたは!」


いじらしい少女の言動に心打たれた奈津。たまらず彼女を後ろから抱き締める。


「きゃう!?な、奈津様…?」


「お、細い体つきのくせして出るとこは出てるのね。……こればっかりは本気で妬ましいわねぇ……うりゃうりゃ」


「っ、な、奈津様…そのような事をしては……あっ……」


「………………」


岩を隔てた向こうから届く妖艶な囁き。彼女らは自分の存在を忘れてしまったのだろうか、久野は顔を赤くしてただじっと待ち続けるしかなかった。



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