後日談3
「それにしても驚きだな。まさか、後二年もすれば成熟してしまう程まで成長していたなんてよ。そのまま放っておいた方がまた一段と面白かったんだが」
「馬鹿者。人が死のうと全く構わんが、それによる我等への迫害は極力抑えなければならん。――否、地上の生物を守るのが、同じ鬼である我等のせめてもの義務だ」
真祖の誕生。それはつまり、生きとし生ける者たちの滅亡を意味する。
どの生き物も凌駕する力。
どの生き物も超越した能力。
常識的に、力無き者は力在りし者には勝てない。しかし数を増やせば、拮抗もしくは勝利も夢ではない。だがそんな均衡を保つ闘争の天秤を、真祖とは容易く覆せる。
「へっ。悪りぃが、こちとらどっちにも属せない身でな。片方が残ろうが両方が無くなろうが、俺には微塵も関係ねぇ。何故なら……結局は俺様が一番強ぇからよ!はっはっ!」
「……全く。貴様が真祖でなくて何よりだ」
天地彦は眉間を指で挟んで目を瞑り、心よりそう呟いた。
「だからそれやめろってんだクソオヤジ。……にしても、真祖ってのはつくづく化物なんだな。“首だけになっても暫く動いてた”ってか?」
「ああ。報告にはそんな形跡があったと書いてあった。何やら、近くに倒れていた村民の傍に行こうとしていた様ともあったが、恐らくただの悪足掻きだろう」
「……出来んのか?首だけで移動って」
「さあな。重さは頭一つしかないのだから、顎と舌を上手く動かせば、少しばかりなら或いは」
「うえっ……今夜は酒が不味そうだ」
話を切り出したのは貴様だろう、と天地彦は憫笑した。
「はーあ。にしても、真祖は死んじまったか。取り逃がしたってんなら、追っかけて戦ってみたかったのに。近い内に遠出するから、ついでにな」
「ほぅ。次はどこで女を抱き尽くすつもりだ?」
「違げぇよ。恋花の墓参りでもしようかなぁと……おいオヤジ。何しかめっ面してんだよ」
「――驚愕に値するぞ、その言葉。何だ、孕ませ捨てた事を今更後悔するようになったか?」
「はっ。勘違いすんな。あの女の事なんざただの遊びとしか思ってねぇよ。……しかしまぁ、唯一肌を重ねた鬼の女、ってのも事実だが……。まあ、つまりあれだ、気紛れだよ。今はあまりにも暇なんでな」
そっぽを向く男に対して、天地彦は微笑した。
気紛れと言うものの、闘争を生きがいにする男は確かに、真祖探しを“ついで”と言ったのだから。
「別に何も思わんよ。貴様の好きにするがよい」
「けっ。腹立つ顔しやがって。そんじゃまあ、お言葉に甘えて俺はそろそろ――」
男が立ち上がると、唐突に部屋の入り口が開かれた。見ればそこには困った表情をした、天地彦に従う臣下の姿があった。
その鬼の切羽詰まった事態の報告に、
「――ふむ」
鬼の王は無表情に。
「――へぇ」
鬼の異端児は笑みに。
屋敷から出た天地彦は、里の丘から景色を俯瞰した。いつもなら木々や草原などの緑が広がる景色は、鈍い黒色で覆い尽くされている。侵略を見事に描いた様に、黒色――甲冑を身に着けた侍達が里へと迫っていた。
「――四千、程か」
「この国の旗以外もあるぜ。連合してやがんな」
「ならば数はもっとある筈。つまり、」
「相手がオヤジだからと、猛者だけを集結させたってか」
天地彦の存在を知らない人間は少ない。
若かりし頃の彼はそれほどまでに殺戮を繰り返してきた。闘争を続けたいが為に、里から出てはいけない掟の鬼長の座を拒み続けてもきた。
今でこそ、その存在感と武力に皆からは崇められてはいるが、彼が鬼の迫害を一番に進めた事など知る由もない。
「オヤジの所まで鬼狩りに来るたぁ、人間さまも中々やるじゃねぇか」
「よく言う……。元はといえば、一年前に貴様の倅が起こした騒動が切欠ではないか」
「――だっはっはっは!それは仕方ねぇさ。何故なら俺のガキだからなあ。生きていたなら一目くらい見てやってもよかったぜ。ここまで人間に喧嘩売るたぁ将来有望だったんだがなー」
「馬鹿者」
前を見据えながら話す鬼二つを、臣下は困った顔で見つめた。人間とはいえそこらの雑兵とは違う。天地彦の里に来たのがその証。……なのにどうして、こんなにも悠長なのか。
されど――その不安は、あっさりと、消失する。
「腕は鈍ってねぇか。ええ、オヤジ?」
「ほざけ。驕りなど愚の骨頂。ただこの身は――闘うが為の我が装束」
天地彦は正面を睨む。その瞬間、大気は哭いた。
彼の周りに漂う空気は戦慄。我先にとその鬼から逃げ出し、風となって辺りに吹き荒れる。地面は動けない故、自害する様に亀裂を生じさせる。後ろに立っていた臣下は尻餅をつき、怯えて声も出せずに震えるしかなかった。
――その隣でにやつく男は、愉快に。とても愉快に。
「いいねぇ。いいぜオヤジ。相変わらずあんたは面白れぇよ。よっしゃ!こんな舞台は久方ぶりだ。俺もやるっ」
「よいのか?人の世でも生きれなくなるぞ」
「ご心配なく。偶々縁日で気に入ったやつが……ほれっ」
どこから取り出したのか、男は狐の面を顔に付けていた。似合うだろ、と天地彦に見せつける。
「虎の威ならぬ、虎の衣を借る狐。なんつって」
「……ふっ。そうだな。貴様らしい洒落だ」
両者は笑う。数多の敵を前にして、まるで誰もいなかったあの部屋と同じように。
「――では、行くぞ、朔魔」
「命令すんない。俺は愉しみてぇだけだよ」
最後まで緩い雰囲気のまま、白の鬼と黒の鬼は、丘から飛び立った――――
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……事態が集結したのは、高々と昇った太陽が、地平線に半分沈んだ頃。
死者四千七百余。
その中に、鬼は含まれていない。




