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鬼の瞳  作者: 市
20/25

終わりを告げる泣き声


ズン、と刀は地面に突き刺さる。そして刀身に流れる、赤い血。


「……――ごっ、……」


苦しげに呻き声を出す阿夜。地面に頬をつけて這いつくばり、首を貫通する金属のせいで、声は血と共に傷口から吹き出ていく。口内には、布切れと肉の塊。


……よろめく閻覇。夥しく吹き出る血で、右足は赤一色に染まっていた。脹ら脛の一部は、一口食べられた魚のよう。

汗は止まらない。意識も朦朧とする。今まで味わった事の無い、死が、確実に肉体を支配していく感覚。


脇腹を見つめる。そこには刺さったままの阿夜の腕がある。

なんて華奢で綺麗な……けれど恐ろしくも猛々しい。拳を埋め込まれるという初めての体験に、相手していた存在を再び理解して、微笑が零れた。


「――ぃ、あ゛ぉ…」


壊れた鈴の音。発音と呼べるのかも怪しい声は、血反吐を吐いて何か言っている。――誰かを、呼んでいる。


「……ふんっ。所詮は、ただの少女――」


暗くなる視界。消えゆく意識。力が抜ける身体。……もう何も考えられない。


「か……」


そこで、閻覇は倒れた。

虚ろな瞳は空を見上げたまま、静かに閉じていく。今は亡き父親の声が、聞こえたような――――。










「………………い゛……ぃあぉ…あ゛……」



阿夜は手を伸ばし、地面を引っ掻いた。前に進みたい意思を示す行動は、動かない首のせいで憐れに映る。遠くで眠っている人物に近付けないもどかしさすら、今の彼女にはまともに判別できない。


まるで、潰れた蟻だ。

死傷を負っても、死そのものが訪れるまで、細い足を動かし続ける蟻と同じだ。いま何を思うのかもわからない、惨めで哀れな姿。


そしてその実、……なんて健気な姿。


左手を失い首に刀を突き立てられて尚、傍にいたいと願う。その思いが何なのかもわからないくせに、それがしたくて我慢できない。これから自分は動かなくなってしまう故に、最後にと、本能が浮き彫りとなる。


しかし、それはもう叶えられない。


起き上がる気力も無ければ、まともに思考さえ出来ないのだから。


「ぃ゛……ぁ………」


村の火が収まるのと同時だった。彼女の最後の呟きはとても小さかった。静かに、静かに、地面を引っ掻くのを止めた。

そして鬼は、もう動かなくなった。


意識はまだ残していた。けれど、体力も気力も尽き果て、指先さえ動かせない。首からの流血が続き、それに合わせるように体温が下がってゆく。

抗う事が出来ない、どう仕様もない、死にゆく感覚。


「…………」


それに身を任せるままに、阿夜は閉じた瞼の裏に、一人の青年を映していた。


初めての色、

初めての形、

初めての感情、

彼女にとっての初めての世界はとても綺麗で、とても優しくて、とても悲しかった。

消えかかる意識は数々の記憶の中から、それだけを印象付けている。母親の記憶さえも、今は一欠片もない。初めて瞳に映した、という理由もある。しかしそうでなくとも、彼女はその男を思い浮かべた筈だ。その意味は、やはりわからないのだろうが。


「――――」


嗚呼……言葉通り、優しい顔だった……


彼女は心で呟いた。首から血を流し、口から血を流し、瞼から涙を流し、阿夜は彼の最期を見続けていた。もう一度だけ、とも思ったが、体は動かない。

憎い……けれど仕方がない。これが自分の運命。だから、仕方がない。


もういい、もう、何だか眠くなってきた。どうせ死ぬ。ならばこのまま、無様に眠ってしまおう。その方が楽でいい。


阿夜は深く、思考を閉じる。


闇の中に横たわる感覚。そうして全てを、彼女は閉ざした――――










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