早口の理由
アイーダ。椿姫。トスカ。蝶々夫人。これが何か分かる人はいるかな?
そう、オペラ! 私はオペラが大好き! 特にイタリアオペラのストレートな喜怒哀楽は、私の心をガツン! グワシッ! と鷲掴みする魅力を放っている。
いつか本場で観てみたい。大好きなイタリアオペラを、イタリアの歌劇場で、生のイタリア語で、イタリアの空気に包まれて観劇するのが、私の夢!!
というわけで。
『ハイ、これが今週の分だよ』
『いつもありがとう、エリオ!』
ニコニコとiPodを渡してくれるのは、イタリア人留学生のエリオ。
大学の入学式の後、『Sto cercando un uomo italiano!(私はイタリア人を探しています!)』と新歓よろしくサンドイッチうーまんになった私に声をかけてくれて以来、彼は私専属のイタリア語教師だ。
このiPodも授業の一環。DVDやアプリじゃもの足りない。もっと生の! ネイティブの! イタリア語漬けになりたい!! と思った私は、エリオにお願いしたのだ。音楽CD、地元のニュース、イタリア人同士との会話とかなんでもかんでもぜえええんぶ録音して、私に聞かせて! って。
おかげで私のヒアリングはかなりレベルアップした。エリオとの会話ならなんなくこなせる。早口になると、まだついていけないけどね。
でもこれって手間がかかるし、エリオも自分の勉強があるはずだ。1度も嫌な顔されたことないから、つい甘えちゃってるけど……。
『面倒なこと頼んで、ごめんね。大変だと思ったら、遠慮なく言ってね』
『大丈夫だよ。イタリア語を話すのが、僕には良い息抜きになってるんだ。今日のご飯も、とても美味しかったしね』
エリオからお弁当箱を受け取ると、中でお箸がカランと鳴った。
そうなのだ。せめてものお礼にと、週に3回はエリオにお弁当を作ってる。お米を1粒も残さず、綺麗に食べてくれるから、作った私が嬉しくなっちゃう。他にも、課題を手伝ったり、翻訳したり、日本文化の体験教室に一緒に行ったり、私なりにお返ししてる。
『次はどこ行こっか? この間は写経したから、盆栽体験行ってみる?』
『いいね。楽しそう。でも僕は……』
マンションの前に着いて、エリオは私の髪に指をからめた。
じっと見下ろしてくる深い瞳が、柔らかく細められる。
『君と2人なら、どんなものだって楽しめるよ』
ささやくような言葉が嬉しくて、私はパッと笑顔を咲かす。
『じゃぁ盆栽の次は、お抹茶飲みに行こうね!』
1度は本物を飲んでみたいって言ってたの、ちゃんと覚えてるよ!
だけどエリオはがっくり肩を落とし、やるせないように首を振った。ここ最近いつもこうなんだけど、どうかしたのかな?
部屋に戻って窓から見ると、エリオの姿がまだあった。いつも私が部屋に入ったのを確認してから、自分の家に帰るんだ。そんなことまでしなくていいんだよって言ったら、女性を守るのは男の最も大切な務めだよって、頑なに譲らない。歩き出すエリオにぶんぶん手を振って、今度は私が最後まで見送る。
ありがたいなぁ。嬉しいなぁ。
そんなエリオに報いるには、イタリア語をしっかりマスターすること!! 私は気合いを入れて、さっそくiPodを起動した。
…………。
…………、…………。
…………、…………はっ…………!
「早い……!! 早口すぎるよエリオ……!!」
いつもなら、ペラペラッペラッ♪って感じなのに、今日はペララララペララララペラペラペララッ! って感じだ!!
聞き取れない! ひとっことも!! ネイティブってこんなに早口なの!? まさかエリオ今まで手加減してくれてた!? 日本語の早口言葉も真っ青だよ!! 意味わかんない~~!!
いやいや待って私。これがネイティブのスピードというなら、これをマスターせねばならないのよ。これは試練よ。エリオがくれた優しい厳しさ。生イタリア人はこのスピードなんだよと気づかせるためのもの。そしてこれを聞き取れるようになれば、生オペラへの道に一歩、いや百歩!もしかしたら千歩近づけるかもしーれませんよお!?
よし!! この試練、ドーンと受け取らせていただきます!!
……って気合だけでどうにかなるほど私の耳と脳は優秀じゃなく。通学中も休み時間もご飯もお風呂も寝る直前までずっとずっとずっとずううううううっと聞き続けて、3日目。
それは突然訪れた。
集中しすぎて疲れ果て、「やってやる!」って力んでた体や頭が緩んだ隙間をすり抜けて。
『Mi sentivo destino. Dal momento in cui ci siamo incontrati per la prima volta』
熱を帯びた低い声が。
私の耳を通り過ぎて。
『I tuoi occhi sono come Kiraboshi a brillare ben visibile in un punteggio perfetto, e un'attrazione nascosta che non puo essere lontano quando si sta fissando.
I tuoi capelli sono come la seta dei migliori, per sedurmi e sempre tinge di sex appeal affascinante.
La tua pelle e una fresca e liscia come petali, sto sopportare anche quando si vuole diventare pat.
Le tue labbra e una dolce e sembra essere morbido come le ciliegie, vado via galleggiare dolcemente un sorriso suggestivo ho sempre tentarmi.
In altre parole, e dire quello che voglio dire.
Ti amo teneramente』
エリオの言葉が波のように、私の心へ流れ込んできた。
…………。
…………、…………。
…………、…………、…………。
…………意味、分かっちゃった。
…………理解、しちゃった。
う。
「うわ……うわ、うわ、うわぁ……」
ほっぺを包むと、茹でたように熱かった。鏡を見なくてもよく分かる。
私、今、真っ赤だ。
心臓、どくどく、うるさいくらい、鳴ってる。
さ、さすがイタリア人。伊達男。
こんなこと言われて、落ち着いてられる日本人女性なんていません。
ど、ど、ど、どうしよう。
どうしよう。
「……ど、どんな顔して、会えばいいの……?」
じわじわとせり上がるむずがゆさに、体をきゅっと縮ませて、私は途方にくれていた。
この数日後、もう我慢なんてしないよ! と言わんばかりの猛攻を受け始め。
半年くらいは、あまりの恥ずかしさから逃げに逃げてはとっ捕まってを繰り返し。
9ヶ月経った頃には、お互いのお部屋にお邪魔しますをするようになりまして。
1年後。
私とエリオは手を繋いで、イタリア行きの飛行機に乗っていたのでした。
※1イタリア語の翻訳は活動報告(2014/06/01)をご覧下さい。
google翻訳を使いましたが、上の文章を日本語に訳すとおかしくなってしまいます。そこはご勘弁下さいませ。
※2エリオのイタリア語最後の一文を修正しました。あまりにも残念すぎる訳でしたので……。ご指摘頂き、ありがとうございました。同時に最後3文追加いたしました。