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ハレとミルカ

ハレ…魔王見習い


ミルカ…神官

ラグナ…セヴィケルの部下?


ジルムント…神官騎士

セヴィケル…教皇領の宰相

第六話 ハレとミルカ


 聖都ヴェルダン――。

 神の庭。その白亜の神殿の謁見の間にセヴィケルがセシルに拝謁しようとやってきた。

「セシル様にご挨拶をしようと」

 イスに座るセシルは、鼻で笑う。

「よく言う」

 セヴィケルも薄く笑っている。

「それで、報告あるんだろ?」

「はい。セシル様もご存じかと思いますが、アト王国の件で……」

「クーデターが起きたのだろう?それで、新王が立ったと。確か、行方知れずとなっていた元国王の娘だろ?」

「えぇ、問題は、そこではなくて、そのバックについているものです」

「バックだと……?」

 セシルは怪訝な顔をした。

「かなり実力のある魔族らしいのです」

「……魔族ね……」

 その言い様にセシルは薄ら笑いを浮かべる。

「えぇ、今まではあまり表で活躍していた者ではないので」

「じゃあ、大した実力もない成り上がり者だろう」

「いいえ。裏ではかなり有名だった者です」

 セシルは眉を寄せる。

「身元も素性も全く明かされていませんが、アト王国で内紛を起こしていた魔族共を扇動していたとか。一時期は、奴もなりを潜めていましたが、先日のクーデターで姿が確認されたようです」

「……それで?」

「おそらく、彼らは、魔王や西の蛮族どもと手を結ぼうとするでしょう。そうなれば、厄介です。今のうちに始末しようかと。セシル様の一声あれば、アト王国の人民は、魔族と手を結んだ女王に反旗を翻すでしょう。どうか、貴方のお言葉をいただこうと思いまして」

 セシルは顔をしかめた。

「……どうせ、俺にそんな権限はありはしないのに……」

 そう小さく呟く。そして、

「その件は、保留だ。ようやく、内乱が終結しようとしているのに、我々が煽ることではない」

「そうですか」

 セヴィケルはそう言って笑う。セシルは不快そうに眉をひそめた。

「報告はそれだけか?まだあるのだろう」

セヴィケルは薄ら笑う。

「えぇ、魔王討伐の件ですが」

 その一言で、セシルの顔つきが変わる。セシルは、敵を見る目でセヴィケルを見ている。それを楽しむかのようにセヴィケルは報告する。

「降神祭までに害なすものを始末すると。それで、魔王討伐をラグナとミルカに命じております」

「ラグナとミルカに……?」

「えぇ」

 セシルは鼻で笑う。

「よく、お前がミルカをあそこに送ったな。あれは、お前が一番可愛がっていたはずだ」

「えぇ。しかし、あの子が一番適任ですからね」

「……適任?」

 セシルが怪訝な顔をしている。

「何を言うか……あの子は」

「あの子のことは私が一番知っています。考えることも、全て」

「あの子は、お前のために生きているのではない」

「……そうですね」

 くすくすとセヴィケルは嫌な笑い方をする。セシルは不快そうに顔をしかめている。

「セシル様もミルカに会いたいでしょう。今、ジルムントにミルカを連れて帰るように命令しております。帰ってきたならば、セシル様のところに参るように言っておきます」

「……そうしてくれ」

 お互いに睨みあう。

「……もし、魔王が一枚上手だったらどうする?貴様の目論みに気付いているかもしれないし、あのことに気付いているかもしれない」

セシルは薄ら笑っている。

「それは邪推というものですよ。セシル様。何事も、いらぬ考えを持たない方が身のためです。貴方の伯父上のように失脚に追い込まれたくはないでしょう?」

「……」

 セシルは何も答えなかった。その様子にセヴィケルは、ニヤリとしている。

「それでは、私は仕事に戻りますので、失礼いたします」

 一礼すると、セヴィケルは謁見の間を出て行った。

 セシルは深く溜息をつく。

「ハレの奴がうまく気付いてくれれば……」

 額に手を当て、

「まぁ、無理だろうけど……」

 再び深い溜息をついた。


 黒き大地――。ヌアンの宿屋。

 ラグナとミルカの泊っている部屋に、客が来ていた。ダークブルーの髪の男、腰に剣を携えていた。

「まさか、ジルが来るとは思ってなかったな」

 ラグナは突然の訪問者に笑顔を見せている。

「セヴィケル様が、用事があるからミルカを連れて来いとのことだ」

「それはまた……」

 ラグナは苦笑いをしている。

「それで、ミルカはどうした?」

 当のミルカは今街に出ていてこの場にはいない。

「ミカちゃんならお出かけしているよ。この街は気になるみたいだから」

「……そうか」

「しかし、ミカちゃんをこんなところに送り込んだ真意が分からない。ね、ジルもそう思はない?」

 ラグナ意味深長な笑みを浮かべている。ジルが、不快に眉を寄せている。

「ラグナ。主人の考えには、あまり口出しするものではないと言い聞かせたはずだ。失礼だ」

 その返事に、ラグナは笑う。

「嫌だな。ジル。俺は、別にそう言うつもりはないよ」

「ラグナ」

 ジルが厳しくラグナを叱咤する。当のラグナは悪びれもなく笑っている。

「ただ、気になっただけだよ。本当にジルは真面目だね」

 呑気に言うラグナにジルはげんなりとする。

「……あまり、ウナに心配かけるようなことはしないでくれ」

「姉さんには心配をかけないよ」

 ジルは黙りこんで、ラグナを見る。そして、深く溜息をついた。

「……急ぎの用事だから、ミルカを探しに行く。ラグナの方は首尾よくやれとのことだ」

「はいはい……へましない程度にがんばりますよ」

 呆れたように溜息をついて、ジルは部屋を出た。


 ミルカは一人、ヌアンの大通りを歩いていた。今日は快晴で、空には雲ひとつない。眩しすぎる空を見上げて、ミルカは、目を細めた。

――あの日と同じ空。

 吸い込まれそうな、眩暈がするような、青い空。あの日もこんな空で、連れ去って行った。

 母の死――あの美しい死に顔は今でも忘れられない。

――あぁ、何て蒼いのだろう。

 そう思って、ミルカはふっと倒れた。


――澄み渡る空に、矢が走る。

 眼の前には、母。


  あぁ。


  微笑む母の顔は美しかった。

  優しく、抱きしめてくれた。


  しかし、その手の何と冷たいことだろうか。

  母の温もりは、さっきまで、その手にあったのに。


  いったいどうしたことだろうか。

  どうして、こうなったのだろうか。

  誰のせいなのだろうか。


  あぁ、そうだ。

  これは、そうだ。


  泣いても、誰も許してはくれない。


  自分の存在が、母を殺したのだから。



「ん……」

 ミルカがゆっくりと瞼を開いた。小汚い天井が見える。ここは知らない場所だった。

「あ、気がついたか」

 聞き覚えのある声が聞こえて、ミルカは上半身を起こした。


 ハレが、街に出かけて、すぐ、大通りの真ん中で、ふっと倒れるミルカを見かけた。慌てて、駆け寄り、ミルカを休める場所へと連れて行ったのだ。

 ここは、野菜を売っている店長の家だ。

「大丈夫か?倒れるから……」

「……お前……」

「ん?ここは、俺の知り合いの家だよ。宿屋までは遠かったから、ここに連れて来たんだ」

「……」

 ミルカは黙ったまま、起き上がる。そんなミルカにハレは驚いた。

「お、おい……!」

「帰る」

 一歩踏み出した瞬間、ミルカは眩暈がして倒れこむ。慌ててハレはミルカを抱きとめた。

「無理するなよ!」

 そう叱りつけて、ハレはミルカをベッドに寝かせた。

「顔色悪いんだから……もう少し休んでからにしろよ」

 ハレのその言葉に、ミルカは首を振る。

「帰らないと……」

「なんでだ?」

 ハレは自分の腰に手を当て、ふぅと一息つく。

「……お前は、魔族だから」

「はぁ?」

 ハレは、ミルカの意外な答えに目を丸くしている。

「今まで普通に接してきて、それはないだろ!」

「だって、俺は……」

 何か言いかけて、ミルカは頭に手を当て、意識を失うかのように、ベッドに倒れ込んだ。そして、再び、眠りにつく。

「……寝やがった」

 ハレは呆れて、溜息をついた。


――母と父。二人は、ほんとに優しくて。それなのに、殺されてしまった。

  殺したのは、誰だ。


  周りの人々が、責め立てる。


  あの二人は死ぬべきではなかった。お前が死ぬべきだったのだ、と。


  そう、自分が、いなければよかったのかもしれない。



 はっと、ミルカは目を覚ました。

「……話の途中で寝やがって……」

 ハレは、ベッドの近くにいすを置いてミルカの様子を見ていた。時折、ミルカは苦しそうにうなされていた。そのことが、ハレには気がかりで仕方がない。

「……気分は?少しはいいのか」

「……」

 ミルカは、何も答えなかった。

 あの時は、普通に答えてくれたのに、今は、何も答えてくれない。

 ハレは、顔をしかめた。

「なんで、答えないんだ?」

「……言っただろう。お前が魔族だからって」

「だからって……あの時は……!」

 ハレははっと気がついた。ミルカの必死に拒絶しようとしている、その顔に。

 ハレは何も言えなくなる。

 その顔は、あまりに泣きそうだったから。

 あまりに、はかなくて、壊れそうだった。その、必死に取り繕っているものを壊されないように、守ろうとしている。

「……ごめん。言い過ぎた」

 ハレは俯く。

「……送って行くよ。宿まで。また、倒れてはいけないから」

 それならいいだろう、とミルカに問う。ミルカは、小さく頷いた。


 ミルカが寝ている時、ずっと、「ごめんなさい」としきりに言っていた。ハレは、そのことが聞けなくて、ミルカの後を着いて行っていた。

 聞いてはいけないように感じた。あの様子は、ただ事ではない。

歌。小さい歌声が聞こえる。

「……風の音、雲の歌。

   耳を澄ませば、聞こえてくる」

 ハレははっとして、ミルカを見た。

「ミルカ、その歌……」

 ミルカが不機嫌そうにハレを見る。

「確かその歌って……」

「俺が歌って悪いか?」

「いや。そうじゃないけど……」

 ハレの記憶が正しければ、その歌は、この土地の者が歌っていたものだ。

「別にいいだろ」

 ふいっとそっぽ向いて、ミルカは歩き出そうとする。

「ミルカ、その歌は……」

 ハレがミルカを止めようとしたときだった。


「こんな所にいたのか」

 そんな、男の声が聞こえてきた。ハレはその声の主を見た。

 ダークブルーの髪の青年。腰には剣を携えており、剣士然としている。

「ジル!」

 ミルカが驚きの声を上げる。

「どうしてここに?」

「急用だ。ミルカ。今すぐ、聖都に戻るぞ」

「え……俺は、まだ、何もしていない!」

「命令だ」

 その一言で、ミルカは不服気な顔をしているものの、黙り込む。

 ジルと呼ばれた青年が、ハレをじっと見ている。

「な、なんだよ」

 その観察するような視線をハレは不快に思う。ジルは、無表情に呟いた。

「……こんな子供とは、な……」

「……な、なんだと!」

 その一言にハレはカチンとなって、思わず、ジルに喰ってかかろうとした。

「ミルカ、行くぞ」

 ジルは、そんなハレを無視して、踵を返す。

「う、うん」

 そのあとをミルカが追う。

「ミルカ……!」

 ハレの声に、ミルカが振り返った。

「お前、どこに……?」

「……」

 ミルカは無言のまま、踵を返して、再びジルを追った。


 ハレはその時のミルカの表情が忘れられない。

――なんて、悲しそうな表情だったのだろう。

 「さよなら」を言わんばかりの表情は、ハレには忘れられない。


「ジル。俺を怒っている?」

 ミルカがジルに問う。ミルカは恐怖に顔を引きつらせている。ジルは首を振った。

「いいや。別に。ただ、少々驚いたというか……」

 ジルは、隣を歩くミルカの頭をなでる。

「まさか、魔王と仲良くなっているとは思ってなかったな」

「うん……」

「しかし、奴は、敵だ。そのことを忘れるな」

「うん。分かっている」

 ミルカが小さく頷く。

「セヴィケル様が早く連れて帰れとのことだ。今すぐに帰るぞ」

「うん……でも、ラグナは……?」

「ラグナには言っている。あいつはここに残って仕事の続き、だ」

「うん……」

 そう言われ、ミルカは名残惜しそうに立ち止まり、振り返る。

「どうした?」

「……なんでもない」

 きっと、気のせいだ。と自分に言い聞かせて、歩きだした。


 ハレは、ずっとミルカが見えなくなるまで見ていた。

 あの時と同様の後悔だけが残っている。

――どうして、あんな顔を……。


 ミルカにハレは、また、何もしてあげられなかった。


ミルカ発狂フラグ


周囲の環境によって、子どもは左右されるものです。



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