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ハレと魔王1

ハレ…魔王見習い

じい…ハレの教育係

アンヌ…シスター


ミルカ…旅人1

ラグナ…旅人2


セヴィケル…教皇領の宰相

 第四話 ハレと魔王 

 

「畜生!」

 ここは、血塗城。そのハレの勉強部屋。ハレは、昨日の課題をじいによってやらされていた。今日も見事に逃げだせるはずだった。

――まさか、わなを仕掛けられているとは。

 部屋を出て、さあ、遊びに行こうとしたときだった。ドアの前にじいとその部下たちが立っていた。待ち伏せをされたのだ。慌てて、部屋に戻ろうとしたら、とっさに部下たちにドアを閉められた。襲いかかる部下たちにフェイントを巧みに使って、中庭まで逃げだせたのは良かった。気を抜いて、一歩、足を踏み出した瞬間、落とし穴に見事に落ちた。

「こんな古典的な方法に引っ掛かるとは、ハレ様もまだまだですな!」

 じいが笑う。

「さあ、今日は昨日できなかったとこをきちんと、そして、みっちりと、しますぞ」

 という具合だった。

 思わず、ハレは溜息をつく。勉強部屋は、四方を本がぎっしり詰まった本棚に囲まれていて、気分が悪くなりそうだ。ドアの前には、じいの直属の部下が立っていて、ハレを監視している。

ハレは決意する。絶対にげてやる。と。


「ねえ、ロイ」

 ハレがドアの前の部下に声をかける。

「何でしょうか?ハレ様」

 気難しそうな彼は、渋い顔をしてハレを見ている。

「……トイレ行ってもいい?」

「ハレ様、それ、五回目ですよ……」

 部下は溜息をついている。

「あ、あれ?そう?」

 あはは……と笑ってごまかす。

――ちっ、もうこの手は使えないな。

 ノートに何か書くふりをして、舌打ちをする。

 じいの選択は正しかった。この、部下をハレにつけたのは。まじめで冷静な彼には、ハレの言葉が通じない。この彼を出し抜くには相当の苦労が必要のようだ。

「ハレ様。どうですかな。勉強の方は」

 じいがにこやかにやってきた。部下が、じいに敬礼をしている。

「ちゃ、ちゃんとやっているよ」

 ハレは、ノートを隠しながら愛想笑いをする。真面目にやっていないことがバレたら怒られるだけでは済まない。

「あ、あのさ。休憩しよっ!俺、疲れたし!」

 じいと部下があっけにとられている。

「はぁ……」

「何か飲もう!よし!俺はジュース!ロイ!持ってきて!持ってこないと……」

「は、はい!」

 慌てて部下が廊下に出て行った。

「……は、ハレ様……?」

 じいが怪訝な表情をしている。

「じいは何もいらないのか?」

「ワシは……」

「ん……」

 ハレはノートを手に取ってみる。逆さまだということは気にしない。

「じい!大変だ!」

 さも一大事のように深刻に声を上げる。

「はあ……?」

「ノートがなくなった」

「……」

「これは大変だ!予備のノートは全部使ってしまってない!」

「……はぁ」

「買いに行かなくては!」

「そんなこと、部下に任せればいいでしょう……?」

「だめだ!」

 どんっとテーブルを叩く。そして、突っ伏す。

「俺は、ヌアンの路地裏にある誰も知らない古ぼけた文房具屋のその地下にある幻の文房具屋に置いてある、伝説の品だとも言われているアカバのノートがいいんだ!」

「……は、はぁ……?」

「じいには分からないだろう!このノートの良さが!」

「……ワシは見たことがないのですが……」

 あぁ……!と嘆いてみせる。

「それじゃ、じいは一生かかってもその店にすらたどり着けない!」

「……ハ、ハレ様……」

「どうやら、俺しか行けないようだ!」

 ハレは勢いよく立ちあがる。

「じゃ、じい。ちょっと、ノート買いに行ってくるよ」

「……え、あ……」

 じいがあっけにとられている。その隙を見て、じいの脇を通り過ぎる。

「あと、よろしく」

 じゃあ。と言って走って逃げ去る。

 「は、ハレ様……!」

我に帰ったじいが、はっとして、ノートを見る。ノートはどのページも真っ白だ。

「この……小僧め……!」

 じいがノートをにぎり潰してしまった。


「いや~、参った、参った」

 ハレはヴァージルに乗ってヌアンに向かっていた。腕を組んで今日の出来事を振り返る。

「まさか、部下まで連れているとはね……」

 ふぅ、と一息つく。

「しかし、じいは何とかできるんだよな……今度から、気をつけよう」

 と、何度も頷いて、ヌアンに降り立った。


 ヌアンにて――。

 ハレは街の中をうろついていた。何か面白いことがないかときょろきょろしている。

 ふと、視界の端に荷物を運ぶアンヌの姿が映る。

「あ……」

 ハレは踵を返してアンヌに歩み寄った。

「よ、アンヌ」

「あら、ハレ。おはよう」

 アンヌが笑顔で返事をする。

「……えっと、手伝おうか?」

「あら、本当?じゃあ、これ、お願いね」

 アンヌの手から段ボール箱一つを受け取った。アンヌと並んで大通りを歩く。

「しかし、大変そうだな……アンヌも」

「あら、私はそうでもないわよ」

 ハレが不思議そうな顔をしているとアンヌが笑う。

「私はこれが自分の生きがいだと思っているから」

「……生きがいか……」

 ハレはそう呟いて、空を見上げる。


 今まで、ただのらりくらりやってきて、余り深く考えたことがなかった。魔王になる、と、確かに誓った。しかし、これがアンヌの言うように自分の生きがいだとは思えなかったし、誇りすら感じなかった。実際、人間を滅ぼす魔王だという神託が下ったとき、ハレは、自分がどんな表情をしたかよく覚えている。嫌悪感――自分が魔族であるということへの身震いするような、あの時のことはよく覚えている。

 あの時は、自分は魔族ではなく人間だと思っていた。聖女アンナが魔族とも平等に接していたから、ハレは魔族にも抵抗がないと思っていた。しかし、魔族と一緒に生活を共にしていたわけでもないし、ハレがいた場所は、教皇領内だ。知らないうちに、無意識のうちに魔族を低く、貶めてみていた。だから、魔王だと言われた時は、信じられなかった。そして、全身で、拒絶した。


『でも、ハレはハレなんだろ?俺は、魔族だろうが人間だろうが構わない』

 その時に、言った友人の言葉がいまでも身にしみる。

『だってさ、何が変わるって言うんだ?たった、その基準で。何か?容姿か?力か?』

 友人は笑って言った。

『生きているものは皆同じなんだ。それがどんな者でもあっても。誰かがそれを差別することは馬鹿らしい』

 今は、その言葉がハレの励みになる。今は、少し視界が広がったように感じた。


「……ハレはないの?」

「……ん。ないというか、考え中。まだよく分からないし」

「そう?でも、そうよね」

 アンヌが笑っている。

「うん……」


 荷物を運び終わって、休憩しようとしていた。

「ん……」

 ふと、ミルカのことが頭によぎる。

「ミルカの奴。きっと、暇だよな……アンヌ。ミルカ呼びに行こう」

「ミルカ?……あぁ、あの子ね。元気になったのね」

 アンヌが安堵している。

「じゃ、行こう」


 ミルカとラグナの泊っている宿に向かう。受付で部屋を聞き部屋へと向かった。

 ドアをノックすると、中からラグナが出てきた。

「あれ?君たちは……」

「あ……いや……ミルカが暇かと思って……」

 ハレが困ったように頭をかいている。ラグナは穏やかに笑う。

「ミカちゃんはいるよ。そうだね。暇そうにしているから遊んであげて」

「あ、うん……」

 ラグナのその返事にハレは面を食らった。よく分からないが、意外だったのだ。

 ラグナが、ミルカを呼ぶ。その声に、ミルカがやって来た。ミルカはひどく驚いてハレとアンヌを見た。

「なんであんたたちが……」

「あ……いや……暇かなって思って」

 ハレは頭をかく。

「ミカちゃん。どうせ、暇でしょう?遊んでおいでよ」

「!ラグナ!」

「大丈夫だから、ね」

 ラグナが優しく念を押す。

「……うん」

 ミルカが小さく頷いた。

「よし。じゃあ行こう」

 ハレとアンヌはミルカと共に宿を出た。


 ハレたちは近くの店に入った。軽く、何か食べることにした。


「……えぇ、こちらは順調です」

 ラグナは一人、部屋に残ってベッドに座っている。手に持つ小さい水晶玉には男の姿が映っている。

『そうか……ところで、ミルカはどうした?』

「ミルカは今、外に出ています」

『……ミルカは何もされていないだろうな?』

 その問いに、ラグナは思わず、軽く笑う。

「いいえ。何も……しかし、そのように心配なさるのなら、初めからミルカの長期滞在を許可しなければよかったじゃないですか。この街が、一体何であるか、あなたは知っているではありませんか」

『……お前に関係のないことだ。ラグナ。お前は私の僕であるはずだ』

「……そうですね。えぇ、失礼なことをしました。申し訳ありません」

『ふん……ミルカが帰って来たら連絡をしろ』

「御意」

 ブツッと男との連絡が途切れる。

「……ちっ」

 ラグナが舌打ちをした。


 ハレたちは食べ終わって、席でくつろいでいた。ミルカは何か気まずそうに俯いている。

「どうしたんだ?ミルカ。さっきから」

 ハレの問いに、ミルカがはっとして顔を上げる。

「別に……」

「……別にって」

 呆れて、ミルカを見る。その様子は明らかに変だ。

「ね、ねぇ。何かお話しましょう」

 その場を盛り上げようと、アンヌが話題を振る。

「ハレ。ねぇ、魔王って大変なの」

「……あ」

 アンヌの言葉にハレはミルカをちらりと見た。ミルカには自分が魔王だと、話していない。

 ミルカの反応は特になく、ただハレを見ている。別に、極端に嫌がってはいない。

「ま、まぁ……そ、それより、ミルカはどうなんだ?」

 なんとなく、この話題をミルカの前でするのを躊躇ってしまって、ミルカに話題を振ってしまった。

「え……?」

「神官って大変なんだろ?」

「……俺は別に……」

 そう言って、ミルカが俯いた。

「生きがいとか、誇りとか感じているのか?」

「……」

 その問いにミルカは答えなかった。沈黙が辺りを支配する。

「じゃあ」

 最初に沈黙を破ったのは、ミルカだった。

「あんたは、あるの?」

「……っ!」

 ミルカの問いに、ハレは言葉が詰まった。

「魔王って、人間殺すんだろ?そんなものに生きがい感じているの?」

 ミルカのその言葉に、ついハレはカッとなる。

「俺は……!」

 ハレはテーブルを叩き立ち上がる。

「だって、人間殺すの先頭に立つだろ?」

「違う!俺はそんなこと一度も思ったことない!確かに、教会の横暴に頭に来たことはある。教会が魔族を殺すから!俺は、仲良くしたいのに!」

 ハレはミルカに自分の思いを知って欲しかった。魔王だから、と言われたくない。自分はただ、仲良くできたら、と。それが、叶わない理想であっても。

「俺は、こんな世界がおかしいと思う。だから、少しでも、“知って”もらいたいんだ」

 ミルカは驚いて、ただ、ハレを見ていた。そして、力なく笑う。

「理想だけじゃ、何もできないよ」

「ミルカ……」

 ミルカが立ち上がる。

「……あんたは、きっと俺が思っている以上にいい奴なんだろうな……けど、俺はこれ以上、あんたと馴れ合うとダメなんだと思う」

「……どうして……?」

 ミルカは何も答えずに、ただ寂しそうに笑っていた。

「……もっと早く知り合えていたらよかったのに」

「ミル……」

 ハレは何も言えなかった。うっすらと、ミルカの目に涙が見えた。

「じゃあ、俺は帰るね」

 そうして、踵を返すミルカをハレは止められなかった。本当は、止めて、もっと話をしたかったのに――。ただ、呆然と、ミルカの背中を見ていた。


 ミルカは今まであって来た人とは違うと、ハレは感じた。どうして、あのときミルカはあんな顔をしたのだろう。

「……ねぇ、ハレ」

 アンヌもミルカのことは気になっているようだ。

「ミルカ、やっぱり、お母様のこと……」

 以前、ミルカの母、聖女テレサは人間と魔族に殺されたとアンヌは話した。しかし、ハレは、それだけではない気がしていた。

「……アンヌ。俺……」

「どうしたの?」

 アンヌが首を傾げている。

――どうして、あんなに救いを求めたような顔をしたのだろう。

 その手を掴めなかった、自分を責める。

「……いや。なんでもない」

――きっと、その手を掴むべきだった。

 強く、後悔して自らの手を握り締めた。


 ヌアン、その宿――。

 ミルカは部屋に戻った。

「お帰りミカちゃん」

 ラグナが笑顔で出迎える。

「……うん」

 心なしか、ミルカの表情は暗かった。

「ミカちゃんどうしたの?」

「ミカちゃんって呼ぶな……別に何もない……」

「何もないって、そんな顔して……」

 ラグナは呆れた。

「……俺は」

 ミルカが口を開く。

 ラグナを見つめる。その瞳にはあきらめに似た色が浮かんでいる。

「……天使なんだ。それ以外の者ではないんだ」

「ミカちゃん……」

「あのね、ラグナ。俺はこれ以上、苦しみたくない」

 ミルカはそう言って俯いた。

「もう、嫌なんだ」

「……うん」

 ラグナは何も言えない。

 ミルカが自分のベッドに横になる。

「少し、気分が悪い……」

「あの方がミルカを心配していたよ。どうする?連絡するかしないかどちらでもいいけど……」

「連絡する……」

 ミルカの声は消え入りそうだ。

「うん……じゃあ、少し休んだからがいいね」

「……うん」


 ハレとアンヌは店を出た。

「あ……」

 ふと、ハレはノートのことを思い出す。

「どうしたの?」

「あ、いや……ノート、買わないといけないかな……」

 嫌なこと思い出して、はぁと溜息をつく。

「え、ノート?」

「うん……アカバのノート……」

 アンヌは首を傾げている。

「変なとこにあるんだよね。店」

 行きたくないな、と呟く。

「じゃあ、行かなくてもいいじゃない」

「じいに、ノート買いに行くって言って逃げ出して来たんだ。買ってこないと怒られるし……」

「え、じゃあ……」

「行ってくるよ。アンヌは危ないから、ついてこない方がいいよ」

「え、えぇ……」

「アンヌ、がんばってね。じゃあ、ね」

 そうして、アンヌとハレは別れた。


 しょうがなくノートを買って、ハレは血塗城に戻ってきた。その中庭、じいがいつものように腕を組んで待ち構えていた。

「や、じい」

 普通を装い、じいの脇を通り過ぎようとする。

「ハレ様」

 じいがハレを鋭く見つめている。

「何?」

「ノートを買ってきたのですか?」

「買ってきてるよ」

 ほら、とノートを見せる。そのノートにじいは驚愕している。

「これがアカバのノートだよ」

「あ、あの話は嘘じゃなかったのですか!」

「嫌だなぁ。じい。俺がうそつくはずないじゃん」

 あはは……と笑ってみせる。

「じゃ、そういうことで」

 と、ハレは機嫌よく通り過ぎた。

「そんなバカな……」

 じいが溜息をついた。


 ミルカは、ベッドに座っている。部屋のカーテンは全部閉め切られていた。ドアも鍵をかけている。

「ミカちゃん。いいかい」

「ミカちゃんって呼ぶな」

 ラグナはミルカを無視して、小さい水晶玉を床に置いた。

 水晶玉が輝いて、光を放つ。そして、その光が、人の形をとった。徐々に輪郭がはっきりしていく。

「ミルカ、久しいな。」

 その人は笑う。ミルカは、ただ、俯いている。

「どうだ?卑しい魔族の街は」

「……」

 ミルカは何も答えない。

「ミルカは、ここに来てから、少し体調を崩してしまったのです」

 ラグナが助け船を出してくれた。

「そうか、それは心配だ」

「はい……でも、もう大丈夫です」

 ミルカが、目を伏せる。

「なら良いのだが……しかし、ミルカ、私は心配なのだよ。お前が、また、賤しい者どもに騙されていないか。そして、ミルカが貶められていないか」

「……」

「覚えているだろう?お前の両親を殺したのは誰だ?ミルカ」

 その呼びかけに、ミルカの目に涙が浮かぶ。

「……セヴィケル様……」

 その人の前に出て、ミルカは座り込む。

「どうか、俺を、嫌いにならないで下さい」

 その人、セヴィケルは笑う。

「大丈夫だ。ミルカ。私は、お前を」

 その言葉は、呪詛だ。

「愛している」


洗脳教育とは怖いものです。


少し話のテーマに触れたので、

この話は差別に関する話です。


ミルカの素性が話のカギとなります。



原本のままのを最初からあげればよかったと若干後悔ちゅう。そのうちあげてるかもしれませんね。


そろそろ、別の話あげようかな…


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