見世物小屋にて
ハレ…魔王見習い、アンヌ曰く「がきっぽい」
じい…気苦労絶えないハレの教育係
アンヌ…シスター、かなり手厳しい
ミルカ…勝気な?だが、人間不信。結構美人らしい
ラグナ…色男。保護者
第三話 見世物小屋にて
「はん!間抜けな奴だな!」
窓際に立つ紅髪の少年が嘲笑う。少年の前には、先日、ハレを襲った神官が床に額を付けて土下座している。
「しかも、セヴィケル様に頂いた聖石を奪われるとはね」
「も、申し訳ありません……!」
神官は何度も少年に向かって言った。
少年の隣に立っていた青年が見かねて口を開く。
「ミカちゃん。そんなに悪く言わないの」
青年が軽く少年をたしなめる。
「ミカって呼ぶな!俺はミルカだ!」
少年――ミルカが怒鳴りつけるものの、青年は涼しい顔をしている。
「はいはい……」
青年の助け船に神官はほっとした矢先だった。
「しかし、君さ……」
青年は、背筋の凍る程ぞっとする声で神官と向き合う。
「覚醒もしていない魔王を殺しきれないとは情けないね」
その言葉に神官は竦みあがる。
「……しかし、参ったね……降神祭までに魔王を殺せって命令なのに……」
青年が面倒臭そうに溜息をつく。
「方法はひとつしかないだろ!行くぞ!ラグナ!魔王退治だ!」
「……あれ?この間はいかないって言ってなかった?」
青年――ラグナがミルカの変わりように驚く。
「こんなに面白いのなら、俺がやる!」
ミルカの嬉々とした言葉に、ラグナはうな垂れる。
「あ~……はいはい……」
「じい!いい加減教えろよ!その聖石って、いったいなんだよ!」
玉座の間。ハレはじいを問い詰めていた。じいはあの事件以降、聖石のことは一度も話していない。じいははぁと息をつく。
「ハレ様。お教えしたら、きっとどうにかしようと躍起になるでしょう?」
「でも、知らないよりましだ」
ハレはじいに喰ってかかる。じいはますます、溜息をつく。
「わかりました。ハレ様がそこまでおっしゃるのなら……」
「やった!」
じいが咳ばらいをする。
「聖石は、まぁ、簡単に言うと、増強剤みたいなものです」
「へぇ、あんなのが」
ハ レは感心している。そんなハレとは対照的にじいの顔は暗い。そもそも、と言葉を続ける。
「……聖石は、竜珠からできているのです。竜珠をある技術によって加工し聖石へと変えるのです。この欠片はその過程段階に屑として出てくるものです」
じいが懐に持っていた聖石の欠片を見せる。欠片はきらりと光り輝いている。
「へぇ……すごいな……」
「……竜珠は竜族ならだれでも持っています。しかし、我々にとって竜珠は命と同じくらい大切なものなのです」
「……」
じいの顔は真剣だった。
「これを奪われると我々は衰弱し、終には死に至るのです」
「じゃあ……これは……」
「竜族から奪い取ったものです」
じいの言葉は重く、ハレに響いた。
「無残に人間に殺された同胞のなれの果てなのです」
じいは俯いている。
「ワシら竜族は特殊な存在故に古くから利用されてきました。ある者は竜珠を奪われ死に至り、ある者はその力を奪われ死んでいきました。ワシは同胞の無念を思うと……」
「……じい」
「今、ワシの息子と孫もその危機にさらされているのです。しかし、奴がいる限り助けには行けない……」
じいは悔しそうに、拳を握りしめていた。
「……じい。必ず取り返そう!俺は強くなる!そうしたら、きっと!」
――セシルだって、取り返せる!
ハレの言葉に、じいが頷く。
「その通りですな……では、ハレ様。まずは勉強を鍛えてください。毎度、居眠りとはいただけませんからな」
「げぇ!それは……!」
じいは笑っていた。このときは、まだ敵の強大さをハレは知らなかった――。
ハレは、じいと別れヌアンへと行った。大通りに降り立ち、人々が何か騒いでいる。
「おい!見世物小屋が来てるって!」
人々がそんな声を上げながら、広場へと向かって行く。
「へぇ……見世物小屋か……」
ハレはそれを聞いて、わくわくして広場へと向かった。
広場にはもう既に人が集まっていた。人の壁が邪魔でよく見えない。
「全然見えない……」
必死に見ようと試みるも、無駄なあがきだった。
「あら、ハレ。何してるの?」
アンヌの声が聞こえて、ハレはドキッとする。そして、ゆっくりと振り返る。
「アンヌ……」
アンヌは首を傾げていた。
「ハレも見たいの?」
「え、あ……ちょっとね……でもこの人じゃ……」
はあ、とハレは溜息をつく。
「明日もあるそうだから、明日並んだら」
「そ、そうなのか……よし。明日並ぼう」
そう意気込むハレ。アンヌがくすくす笑っている。
「な、なんだよ。おかしいか!」
「い、いえ……ハレって子どもみたい」
その一言にハレはショックを受ける。
「……子どもって……」
がくりとうな垂れた。
「ミカちゃん大丈夫?人酔い?」
男の心配する声が聞こえてきた。その声にハレとアンヌは振り向く。
「うるさい!……ミカって呼ぶな!」
顔色の悪い少年が木の下で座り込んでいる。金髪の青年が、少年に飲み物を渡す。
「あら……大丈夫かしら……?」
そう呟くと、アンヌは声を掛けに行く。
「あの……大丈夫ですか?」
アンヌが心配そうに声をかけると、金髪の青年は愛想よく答える。
「大丈夫、大丈夫……この子、人間嫌いなだけだから」
「え、あ……」
少年は、今にも倒れそうで、顔が真っ青だった。
「……あ、あの、宿か何かで休んだほうが……」
「ん~……どうする?ミカちゃん」
少年はさっきまでの勢いをなくし、げっそりとしている。
「……少し、休む……」
「はいはい……」
「あ、じゃあ。案内しますね」
宿に案内する。ハレたちは大通りを歩いていた。
紅髪の少年は金髪の青年に背負われている。
「だ、大丈夫なんですか?」
少年のあまり大丈夫ではない様子に、アンヌはかなり心配している。
「うん……前から苦手なんだよね……人の多い所は。人間嫌いだし……だから、嫌だったんだよね。連れてくの」
はあ、と青年が溜息をついている。
「……そ、そうなんですね」
「ところで、見かけない顔だけど、あんたら、旅人?」
ハレが首を傾げて問う。
「ん……まぁ、そんなものかな……」
青年はそういうものの、旅とは無縁の格好をしている。青年は、一言で言うと色男だ。顔も整っており、異性にモテそうだ。紅髪の少年は青年同様身軽な格好している。右の二の腕部分に、印象的な、剣を持つ竜の痣とどこかの文字の刻印があった。顔は、一見、美少女に見える。少年は長い紅髪の髪を高い位置に結えている。さっき、青年が男だと言わなければ、気付かなかった。その少年は、顔を真っ青にして気持ち悪そうに唸っている。
「へぇ、どこから来たんだ?」
「聖都だよ」
「聖都……!よくここに来る気になったな……」
ハレは思わず感心する。教皇領に住む、特に聖都に住む人間は魔族を嫌っている。それでも来る人間はたまにいる。来る人間はたいてい変人が多い。
「……観光か?古い遺跡は多いけど見てもつまんないぞ」
ハレのいいように青年は笑う。
「おもしろいね……君」
「え!」
ハレは思わず赤面する。
「観光したいけど、仕事と」
青年が少年を背負いなおす。
「この子のお守がね」と、苦笑いをしている。
「大変だな……」
そして、宿にたどり着いた。
「ありがとう。二人とも」
青年は愛想よく笑う。
「いいえ。早く元気になるといいですね」
アンヌも笑顔で答える。
「うん……そうそう、二人とも名前何て言うの?」
「え……私はアンヌ・グラスです」
「俺はハレだ」
青年の口元が一瞬つり上がったように見えた。そして、何事もなかったかのように言う。
「俺はラグナ……ラグナ・アロア。こっちがミルカ・セリス。よろしくね、二人とも。俺たちはしばらくこの街にいるから、ミカちゃんと仲よくしてね」
「はい……では、私たちはこれで……」
そうして、青年――ラグナと少年――ミルカと別れたのだ。
ハレたちはどこか適当な店に入って昼食をとる。
食べ終わった後、のんびりとテーブルで一休みしていた。
「……驚いたな……聖都から人が来るなんて……」
ハレはグラスの水を口に含む。
「あら。素敵なことだわ。」
アンヌは恍惚として天井を見ている。
「……そうか」
ハレはそんなアンヌにげっそりとする。今だに、アンヌの考えは理解しがたいことがたまにある。嫌いではないのだが、どうして、そこまで幸せになれるのか。
「そうよ。だって、あの、ミルカって方、多分、枢機卿家の御子息なのよ」
「はぁ……?」
ハレは眉をよせて、顔をしかめる。
「名前は聞いたことあるの。有名な方だから」
「あの死にかけが……?」
「それは失礼よ!……えぇ、だって、かの有名な聖女テレサの御子息なんだから」
「誰それ?」
間髪入れずハレが問う。
「もう!……人間と魔族は平等だって活動した方よ。けれども、それを良しとしない人間と魔族に殺されてしまったの。聖女テレサには御子息がいて、その子は聖女テレサが殉教された後はセヴィケル様に大切にされているって」
あぁ……なんとも悲劇だわ。と呟いている。そんな、アンヌにハレは呆れながら、テーブルに肘をついて、
「……ふうん。でも、そんなに偉い奴なら、こんなとこ、来れないんじゃないの?」
「きっと、あのラグナって人のお手伝いに来たんだわ」
強くアンヌが断定する。そのアンヌにハレは口応えができない。
「……そ、そうか」
宿――その一室。
「ミカちゃん大丈夫?」
ベッドの上、ミルカは気分悪そうに横になっている。
「……大丈夫……」
はぁ、とラグナが溜息をつく。
「あんまり無理されて、本気で倒れられたら困るから、治るまで俺が魔王と遊ぶよ」
その一言にミルカが驚いて、ガバッと起き上がる。
「あいつは俺の獲物だ!……う、うぇ……気持ち悪い……」
手で口元を覆う。
「はいはい、馬鹿言ってないで寝ましょうね」
あくまでも笑顔でラグナはミルカを寝かしつける。
「……お、俺の……」
「よい子はちゃんと寝ましょう」
ラグナに気圧されて、しぶしぶと眼を閉じて、ようやく寝入る。
「……全く、無理して……」
次の日――。
血塗城の廊下をハレが一人で歩いていた。
――最近、教会の連中よく、黒き大地に来てるな……。アンヌはともかく、この間の神官とか、昨日の二人とか……。
ハレは溜息をつく。
――何かあるのかな……。
ふと、ハレは窓の外を見る。この方角は教皇領、聖都のある方角だ。
『今年の降神祭にて神子様は……』
そうアンヌが言っていたことを思い出す。
――セシル……!
「……って!」
誰かにぶつかって、顔を手に当て、見てみるとじいが立っていた。じいも人と話をしていて不意打ちだったらしく、驚いている。
「ハレ様……!」
「じい、何してるんだ?こんなところで」
「いえ……最近、教会の者がハレ様を狙っていますので、何か対策を考えねばと思いまして」
「……別に俺は困ってないぞ。丸腰の時は焦るけど……」
じいが、カッと一瞬のうちに赤くなって、怒鳴りつける。
「ハレ様!それは慢心というものですぞ!甘く見ると痛い目にあいますぞ!」
「でもどうにかなっているし……」
じいがほほをヒクつかせている。
「やべ、逃げろ……!」
まわれ右をして一目散に逃げ出す。
「ハレ様!」
じいの怒鳴声が、廊下にこだました。
「じいは心配症なんだよな……俺は、大丈夫だって」
中庭に出る。
「よし。街に行こう」
口笛を吹いて、ヴァージルを呼び出した。
ヌアンにて。
「そういえば、見世物小屋、来てるんだったな」
ハレは楽しみになって、嬉々と大通りを歩いていた。ふと前方に昨日のミルカが大男たちに囲まれている。
「……あれ、あいつ……」
「放せ!変態ども!」
ミルカの右腕が男の手に掴まれている。
「そんなこと言わないで、お嬢チャン」
ミルカはその言われようにカチンときて、空いている左手で男のほほを殴り倒す。
「俺は男だ!下衆め!」
「お、おい。こいつ!こっちが下手に出りゃ……!」
「貴様……!」
男の一人がミルカに襲いかかる。
「……っと」
見かねたハレがとっさに男の足を引っ掛けた。
「お前は……」
ミルカが驚いてハレを見る。
「あんまり手荒なことするなよ。大人げないな……」
ハレが不敵に笑っている。
「げ……ハレ……」
「喧嘩なら、俺が買うぞ」
「そ、それは勘弁……!」
男たちは一目散に逃げ出した。
「馬鹿だな……」
「……おい」
ミルカの声が聞こえてハレは振り向いた。
「俺は、助けてとも言ってない。だいたい、あれぐらい……!」
ミルカが怒って、腕を組んでいる。ミルカの強気な態度にハレははぁと溜息をつく。
「あんた、病み上がりなんだろ?まだ顔色悪いぞ」
「!」
「無理はしない方がいい」
「……もう、大丈夫だ」
「それならいいけど……あ、急がないと!」
用事を思い出して、駆け出そうとする。ミルカが眉を寄せている。
「どこに行くつもりだ?」
「え……広場だけど。今、見世物小屋が来てるんだ」
早くしないと、と気持ちが焦る。
「……俺も行く」
「え……!」
突然のミルカの申し出にハレは困惑する。
「い、いいけど……」
その返事にミルカはうなづく。
「よし、行くぞ」
そうして、広場へと向かった。
――まさか、ついて来るとはな……。
ハレは隣のミルカをちらりと見る。ミルカはまだ、さっきの怒りが収まっていないようだ。ハレは溜息をついた。
広場にて、小屋の中に入場料を払って入る。中は薄暗く、ぼんやりと人が見える程度だった。
「さあさあ、皆さま!」
男の声が聞こえる。そして、スポットライトを男に向けられる。
「ここに今回持ってきたのは、なんと、ジャングルの奥深くのさらに奥のそのまた奥の秘境から持ち込んだ、幻の人面花!なんともグロイでしょう!」
男の隣の檻には、触手がさっきから嫌な感じで動いている巨大な花がある。度肝を抜かれるようなパッションピンクの花弁が目に留まる。確かに、男の言うようにグロくて気持ち悪い。
「ここで、人面花の食事風景を見ていただきましょう!」
別の男たちが骨付きの肉を持ってくる。
「何とこの花は肉を食らうのです!」
そして、檻の中に肉を投げ込んだ。触手がゆっくり動いて肉に触れる。そして、本体のもとへと引きずっていく。ねちゃねちゃという音を立てながら、人面花は肉を食らっていった。
「う、うわ……気持ち悪い……」
隣のミルカは何も言わない。
「お前、気持ち悪くないのか……?」
「気持ち悪いよ……でも、あれは、もっと凶暴なんだけどな……」
ミルカが首をひねる。
「え……」
その瞬間――。
「う、うわ~!」
悲鳴が聞こえてきて、ハレは人面花を見た。人面花が、檻を破って男を触手で掴んでいる。
「は、離せ……!」
その光景を見た観客たちが、悲鳴をあげて、入口へと逃げていく。見世物小屋の者が剣を持って人面花と対峙しているが、人面花を前に逃げ腰だ。
「!あれはやばいぞ!」
とっさにハレは人面花の前に躍り出た。
「あ……」
そこでハレは自分が丸腰ということに気がつく。つい前に出たのはいいが、素手で相手が出来るのか。
「……しょ、触手をちぎってみる、とか……」
ハレに人面花の触手が襲いかかる。それは鞭のようにしなって、ハレに叩きつけようとする。間一髪のとこで触手を避け、その触手を掴んだ。その瞬間ハレは変な顔をした。
「……気持ち悪……ぬめぬめしてるし……」
思わず脱力。
「……何やってるんだ……?お前」
ミルカが、口元をヒクつかせている。そして、一言。
「お前、馬鹿だろ?」
「馬鹿じゃない……けど……」
ハレの反論にミルカは、呆れたように一息つく。
「こういう植物は本体を狙えよ。特に炎が苦手なんだから」
こうするんだよ。とミルカの手のひらにボールぐらいの大きさの火の玉が現れる。そして、それを思いっきり人面花に投げつけた。炎は瞬く間に燃え広がり、人面花を焼いていく。そして、人面花は完全に燃え尽きてしまった。触手は力を失い、ぱたりと、落ちた。
「す、すげ~!お前、魔法使えるのか!」
ミルカは不機嫌そうに訂正する。
「法術だ」
「……あ、そっか。お前、神官なのか?」
ハレが、驚いて、目を見開いた。
「……俺の家は神官の家だ……魔族と一緒にするな。もっとも」
ミルカがぽつりとつぶやく。
「人間とも一緒にしてほしくない」
「へ……?」
「お前に関係のないことだ」
ミルカは、しかめっ面をしてそっぽ向く。
「お、おい……」
ハレが問い直そうとしたときだった。
「何とも!勇気のある少年たちだ!」
さっきまで捕まっていた男が満面の笑みでハレの肩を優しく叩く。
「へ、あ、どうも……」
「そして、君も」
男はミルカの肩も優しくたたく。
「ありがとう」
そして、握手をした。
ミルカは嫌そうに顔をしかめている。ハレは呆れて苦笑いをした。
「お前さ、感謝されているのに、そんな顔はないだろ?」
「……」
ミルカは何も答えなかった。ただ、握手された手をぼんやりと見ていた。
「おっさんさぁ」
ハレの言葉に男は苦笑いをしている。
「危ない奴、持ってくるのやめたら?さすがに今回のはまずいだろ?」
「君の言う通りだな」
男は、豪快に笑っている。
「でも、また来てくれよ。楽しみにしてるからさ」
「おう!今度は特別に招待してあげるよ!」
「やった!」
見世物小屋を出てみると、もう、夕暮れ時だった。
「あ~、もう日が暮れてる……また、じいに怒られる……」
後ろを歩くミルカは、さっきから手を気にしていて黙り込んでいる。
「お前、名前、何て言った?前に一度聞いたけど、忘れた」
ハレが呼びかけても、ミルカは、ぼんやりとしている。
「おい!」
ミルカの前に立ち止まって、大声で呼びかけた。ミルカがはっとして、ハレの顔を見る。
「な、なんだ……?」
「お前の名前だよ。なんていうんだ?」
ミルカが驚いた様な顔をしている。
「……ミルカ……ミルカ・セリス……」
消え入りそうな声で、最後のほうは、ほとんど聞き取れなかった。
「ふうん。ミルカか。俺、ハレっていうんだ」
ハレは、笑ってみせる。それとは対照的にミルカは、重い表情をしている。
「……まだ、ここにいるんだろ?」
「……う、うん」
「じゃ、また、遊ぼうな」
「……」
笑いかけるハレに、ミルカの表情が和らぐ。そして、遠慮がちに笑顔を見せた。
「……うん」
「ミカちゃんここにいたの?探したよ」
ラグナが大通りから駆けてくる。
「あ、この間の」
ラグナはハレに笑いかける。
「ミカちゃんと遊んでくれたんだね。ありがと」
「そんな、礼を言われるまでも……」
ハレは、頭をかいて、笑った。
「ううん……本当にありがと」
一瞬、ラグナが、泣きそうに見えた。しかし、それは気のせいだったようだ。さっきまでの明るさに戻っている。
「ミカちゃん。帰ろう」
ミルカが頷く。
「じゃね」
そして、ミルカと別れた。
ハレは、ミルカとラグナの背中を見えなくなるまで見ていた。
「……いい奴らだな……今度、城に招待しよう。じいは怒ると思うけど」
ハレは楽しくなって笑顔を見せる。
「また、明日な」
手を振って、ハレはヴァージルを呼んだ。
「……ミカちゃん、楽しかった?」
ミルカが小さくうなずく。その様子にラグナは微笑む。
「よかった。魔王を殺すって粋がっていたから……」
「……でも、命令が……」
「いいんだよ」
ラグナがミルカの頭をなでる。
「あのね、ミルカ。それが全てじゃないし」
「……うん」
ミルカが、小さな声で話し始める。
「あのね、ラグナ。今日、ありがとうって言われた」
「うん。ミルカはどう思ったの?」
「……嬉しかった」
ラグナが優しく笑いかける。
「うん。それはとてもいいことだよ」
ほんとに少しだけ、ミルカが笑顔を見せた。
「……それで、魔王がまた遊ぼうって」
うん。とラグナが頷いた。
しかし、次の瞬間、ミルカのその笑顔は消える。
「セヴィケル様には、絶対に言わないでね」
それが、いたたまれなく思える。
「……うん。分かってる」
ラグナが俯いた。
「ハレ様。これは遅いお帰りで」
中庭、じいがあくまでも笑って、ハレを出迎えた。とてつもない怒りを感じる。
「じ、じい……もしかして、怒ってる?今日、勉強さぼったこと……?」
ハレは恐怖を感じて、一歩引きさがる。
「ハレ様。ワシは、門限を破ったことも、勉強をさぼったことなど怒ってはいませんよ」
目が、訴える。よくも勉強さぼったな。一体何時だと思っているんだ、と。
「は、はは……」
じいも、笑っている。
「ご、ごめんなさい!」
一瞬のすきをついて、ハレはじいの脇を走り抜ける。
「!しまった!」
じいが振り返った時には、ハレは廊下をかけていた。
「ハレ様~!」
じいが地団駄を踏む。
「ええい!次こそは捕まえてやりますぞ!」
じいの空しい叫び声が、夕暮れにこだました。
ハレとミルカの回です。