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破壊と涙

ハレ…魔王見習い

アンヌ…シスター

じい…教育係


ミルカ…天使

ラグナ…天使


セヴィケル…教皇領の宰相

第十話  破滅と涙

 

 ――こんな街なんか消えてしまえ。こんな、魔族も人間も共存している街なんか。こんな街の存在なんて認めない。だって、母さんを殺したじゃないか。それなのに、それでも共存を望んでいるなんて。絶対に許せない。こんな、街なんて、消えてしまえ――。


 あれから、二、三日後――。

「――人間が魔族を忌み嫌い、魔族を北へと追いやって行ったのです」

 魔族史をじいが熱く講義する。ここは、血塗城の一室。久しぶりの授業だが、ハレは椅子に座りながら、うとうととしていた。

「その時は、新しい魔王となる御子が誕生しなかったからです!苦しい魔族の暗黒時代の到来でした!」

 じいが熱弁している。しかし、ハレは半ば眠りについていた。

「しかし!」

 じいが机を叩き、ハレははっと目を覚ました。

「その二十年後にようやく誕生したのです!歴代の魔王史上最高と呼ばれる程の魔王が!」

「……じい。それ、三十三回目だぞ」

 ハレはうんざりしながら、じいに文句を言った。しかし、じいは、

「なんですと!ハレ様!よい話は何度聞いても良いものですぞ!よろしいですか!偉大な魔王……」

「あ~。もういい!魔王アトラが勇敢に人間と戦い、勝利して、人間を追い払ったんだろ!」

「その通りです!」

 じいは、熱く語り出す。

「武勲もさることながら、内政も実にすばらしかったのです!」

 じいの熱弁は止まらず続く。

「……もういいって……」

 ハレは溜息をついて、耳を塞いだ。


 ヌアンの宿屋――。ラグナは水晶玉を手に持っていた。その水晶玉には、人が映し出されている。

『ミルカは?』

「今、寝ています」

『そうか……』

「どうしたのですか?」

『いや……お前も気付いていると思うが、ミルカのことだが……』

ラグナは、厳しい表情をしていた。

『あまり、よろしくない状態だ……ミルカには注意を払っていてくれ』

「……御意」


「……そういえば、ハレ様」

 じいがふと話題を変えた。

「ん?」

「最近、街の方で通り魔が出現したそうですぞ」

「通り魔ぁ?」

 ハレは声を上げ、じいを見た。

「なんだって!」

 ラグナはハレを狙うと言っていたのに。話が違うとハレは、内心毒づく。

「ハレ様、下手に首を突っ込まないように……」

 じいがハレを制する。

 じいにはラグナのことは話していない。あの時のことは、ハレとアンヌだけの秘密になっている。

「はいはい……分かってるって」

 ハレは、立ち上がり、部屋を出て行く。

「ハレ様!まだ……!」

 じいの声は無視した。


「……通り魔事件ね。知っているわ」

 アンヌの濡れ衣は晴れて、今では、元の生活に戻っている。アンヌは、広場で子どもたちと遊んでいた。

「……それって、ラグナかなって思って」

「さあ……でも、ラグナさん、ハレを狙うって言っていたのに」

 アンヌは、俯いている。ハレは顎に手を当てる。

「うん……だから、なんかおかしいように感じてさぁ……俺、その犯人追いかけてみようかなって思ったんだ」

「……やめた方がいいかもしれないわ」

 アンヌは不安そうな顔をしている。

「だって、死者は出てないけど、刃物でばっさりやられているのよ……ハレが危ないわ」

「大丈夫だって」

 ハレはアンヌの不安を吹き飛ばすかのように笑ってみせる。そして、腰の剣を見せながら、

「じいにもらった剣もあるし、俺、ここの街でいちばん強いから」

「……そう思い込んでいるだけよ」

 アンヌが、呆れて頭を押さえている。

「大丈夫だって!」

 アンヌが溜息をついた。


「ミカちゃん。大丈夫?」

 宿の一室。ラグナがミルカの寝ているベッドのまくら元に座る。ミルカはラグナに背を向けて寝ていた。

「……気持ちが悪い。この街が悪いんだ……この街自体がなくなってしまえばいいのに……」

「はいはい……」

 ラグナは軽く受け流して、

「でも、どうしたんだろうね……?」

 ラグナはミルカの頭をなでる。

「ミカちゃんはゆっくり寝ててね」

 そうして、ラグナは部屋を出た。


 ラグナが部屋を去った後、ミルカは起き上がった。

――声。呼ぶ声が聞こえる。

 ミルカはあたりを見回すが、誰もいない。

 ベッドから降りて、ゆっくりと声の主を探し歩く。

『ミルカ。おいで……』

――あぁ、母さんの声。

 その声に導かれるままに、ミルカは部屋を出た。

 宿を出てから、広がる魔族と人間の世界。人々の、陽気な声が、耳触りに聞こえて、思わず、耳をふさぎたくなった。

――こんな、街なんて……。

 ミルカは、声に導かれるままに、歩きだした。


「でもさぁ、俺大丈夫だと思うんだよね」

 大通りをアンヌと歩く。

「そういう思い込みが怖いのよ……危ないわ……だいたい、愉快犯らしいから、簡単に思っていたら、殺されるわ」

「……な、何とかなるだろう」

 そう言って、笑い飛ばしてみた。


 裏路地をラグナは歩く。

「ふぅん……ここがね……」

 感慨深気に呟く。

「ミカちゃんが、興味を示すのも無理はないね」

 辺りを見回す。

 ふと、前方から魔族の中年の男の二人組がやってきているのに気がついた。すれ違った瞬間、男は自分の右手を抑える。

「うわっ!いてぇな!兄ちゃん!」

 男が勝手に文句を付ける。

「どうしてくれるんだ!骨、折れたかもしれないじゃないか!」

 そして、金払ってもらうぞと脅しつける。

「ふぅん」

 ラグナは薄ら笑う。

「本当は痛くないのにね。じゃ、本当に痛い目にあわせようか?」

 ラグナが口元に手をあてた瞬間、かまいたちが男たちを切り裂いていく。

「ね、痛いでしょ?」


「うわ~!」

 悲鳴が聞こえる。ハレとアンヌは顔を見合わせた。裏路地の方だ。二人は、声の方へと走った。

 そこに行ってみると、血まみれの男二人と無表情に見下しているラグナがいた。

「貴様!」

 ハレがラグナの襟首を掴んで喰ってかかる。

「これは何だ!」

 男たちは鋭利な刃物で傷つけられている。

「貴様が通り魔か!」

「通り魔?」

 ラグナが不思議そうな声を上げる。

「こいつらが痛いのを所望したからだよ。それに、君に言っただろう?俺は君を狙うって。他の人は襲わないよ」

 きっぱりと否定した。ハレは面を喰らう。

「じゃ、誰だよ……?」

「誰って……」

 ラグナははっとして、

「まさか……」

 顔が青ざめていく。

「ミカちゃん!」

 ラグナが駈け出す。

「あ、待て!」

 ハレがその後を追った。


 取り残されたアンヌ。

「……え~と……」

 男たちの呻き声に、はっと我に帰る。

「取り合えず、人を呼ばなきゃ!」

 アンヌは人通りへと走って行った。


 ラグナが宿に向かうのをハレは必死に追いかけた。そして、宿にて――。

 先についていたラグナは部屋で呆然と立っていた。

「おい!ラグナ!」

 追いついたハレがラグナに喰ってかかる。

「どういうことだ!」

「……ミカちゃんがいない……」

 ラグナはミルカの寝ていたベッドを見ていた。

「はぁ?」

「まずい……」

「なにが、まずいだ?」

「……これは、俺の責任だ」

 ハレは怪訝な顔をする。ラグナの表情は深刻だった。

「ミルカの暴走に気付けなかったなんて……」


――うるさい。気持ちが悪い。こんな街なんかなくなってしまえばいいのに。

 青い顔をしたミルカが大通りを歩く。

――人間も魔族も消えてしまえ。こんな人間と魔族が共存する街なんか。壊れろ。壊れてしまえ。

 ミルカは立ち止まり、楽しそうに笑う人々を見る。そして、母の後を追う子ども。その子どもの表情は無邪気だ。

『お母さん、お父さん』

 声。自分の子供のころの声が聞こえくる。その声に震える。

 死んだ両親を追う自分の子どもの頃の姿が目に浮かぶ。

 そして、その両親が振り返る。その姿に子どもミルカが声にならない悲鳴をあげる。

 無数の矢が突き刺さり、血を流す母。肩口から斜めに深々と斬られた父。

 殺したのは、人間と魔族、そして、それは――。

“さぁ、ミルカ”

 恐怖に戦くミルカに人がぶつかってきて、現実に引き戻される。

「何、ぼーっと立っているんだ!邪魔だ!」

 男がミルカを怒鳴りつける。

“お前は両親を殺した者を殺すといい”

 頭の中を呪詛のように男の言葉がよぎる。

“可愛い、ミルカ。お前はいつも私に忠実で。お前は、天使だ。人間とも魔族とも違う。私の愛に適うものだ”

 ミルカは寒そうに縮こまり、その場に座り込む。

“さぁ、ミルカ”

 ミルカは、その言葉にゆらりと立ち上がる。そして、虚ろな瞳で男を見た。

 その手に刀身が深紅の剣が出現する。

“私に背く、お前の両親を殺した者を殺すといい”

 そして、その剣で男を斬ったのだった。


 ラグナが慌てて大通りに行くのを、ハレは追いかけた。

 露店の集まる通りに出て、ラグナが不意に立ち止まった。ハレは追いつきラグナの隣に立つ。ハレは、その異様な匂いに顔をしかめた。

「なんだ、これは!」

 そこは地獄のようだった。人々が鋭い刃物で斬られ、血まみれに倒れていた。人々の呻き声が痛々しい。

その中心に大剣を持つミルカが立っていた。

「ミカちゃん……!」

 ミルカの様子がおかしい。彼が顔を上げ、その虚ろな瞳を向ける。

「……人間も、魔族もみんな、殺す」

「!」

 ミルカがハレに向かって駆ける。

「ミルカ……!」

 ラグナがとっさにミルカの手を掴み、制す。

「しっかりするんだ!」

「ラグナ……」

 ミルカが、ポツリポツリと呟く。

「俺はこの街が嫌いだ。人間と魔族が共存するなんて。だから……」

 ミルカの背中に六枚の白い翼が現れる。

「この街を、消す」

 そして、ミルカは空へと飛んだ。


 ミルカが上空から、何かの魔法を使おうとしているのが、ハレには分かった。

「いけない!」

 ラグナがそう叫ぶとミルカ同様に背中に六枚の翼が現れ、ミルカのいる上空へと飛んだ。今はラグナが頼りだった。

――こういう時に魔法の使えないなんて。

 そんな、自分が恨めしく思う。

「ラグナ!」

 ラグナは、ものすごい速さで飛んでいく。しかし、その願いは空しく、ミルカは魔法を放った。ハレは、叫ぶ。

「畜生!」


――守る力が欲しいんだ。友だちを、みんなを守る力が。もうこれ以上後悔はしたくない。俺は、魔王として、全てを守る。だから、俺は魔王になる――


 声が聞こえる。

“これは、全てのためにある。君のためではない”

――そう、俺はもう迷わない。俺が、全てを守ると決めたのだから。

 不意に体の奥から熱いものを感じる。それが、なんだか分らなかった。しかし、熱く力強いもの。自分が、みんなを守るための力なのだとすぐに分かった。

「みんなを守るんだ!」

 ハレの魔力は青い光となって、ミルカの魔法を打ち返す。それが、はね返ってミルカに直撃した。それを受け、ミルカが傷を負い、倒れた。ラグナが倒れるミルカを抱きとめた。ミルカを横抱きにして、ラグナがゆっくりと降りてきた。

「ラグナ……!ミルカは!」

 ハレが駆け寄る。

「……大丈夫。気を失っているだけだよ」

 ラグナは目を伏せて、ミルカを見ていた。

「……君にも、この街の人々には悪いことしたね」

「どういうことだ?」

 ハレは怪訝な顔をしている。

「ミカちゃんを悪く思わないでね。これは、俺の責任だから」

「……お、おい!」

「今回は、俺たちは引く。いつか、君とゆっくり話がしたい」

 そう言って、ラグナはミルカと共に消えて去った。


 聖都ヴェルダンの王宮――。

 ラグナはミルカを抱き、ミルカの部屋へと向かっていた。ふと、前方からセヴィケルがやってきた。ラグナは頭を下げる。

「ミルカはずいぶんとひどい目にあったようだな」

 彼が軽く笑う。

「はい……あの街は、ミルカには辛すぎるようで……」

 ラグナは言葉を濁す。

「だろうな。あそこは、ミルカを不安にさせる要因が多い」

 その言葉にラグナがぴくりと眉を動かす。

「ラグナ。ミルカの様子は私が見る。ミルカを私に」

 少し躊躇う。そして、

「はい……」

 ラグナはセヴィケルにミルカを渡した。

「ラグナ、神子の様子を見ておけ。私は少々、ミルカの様子を見るから」

「……はい」

 そう言って、一礼する。セヴィケルは踵を返すと、ミルカの部屋へと向かった。

「ちっ……」

 ラグナは舌打ちする。何もできず、ただ、セヴィケルの背中を見ていた。



序盤終了です。


書きだめがなくなったので、まったりの掲載になっていきます。

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