屋上
屋上にて
昼休み
喧騒に身をゆだね
まどろみに身を沈める
屋上のフェンスに寄りかかって、マッキーペンで白い壁に詩を書く。
誰かが集まってお菓子でも食べていたのか、ほんのりと甘いにおいと空き袋が屋上を彷徨っている。
欠伸をすると、冷たく乾いた風が頬を擦る。
落ち葉が踏み割られる音が聞こえ、私に秋の到来を伝えた。
冬将軍の露払いは今年も仕事を怠らない。
己の主がいつやって来てもいいように、冷たいから風を吹き荒らしその身を削りながら道なき道を行く。
それは獣道の邪魔な草木と一緒に大地から潤いを奪っていく。
詩の様に本当にまどろみに身を沈めてしまおうか、と儚い夢を描く。
こんな所でそんな事をしたら、アスファルトの地面に私の体が激突し、永遠のまどろみに身を沈めなければならなくなってしまう。
屋上のフェンスは低かった。
屋上にて
放課後
死の臭いが漂い
石の大地は泣く
最近ここで飛び降り自殺、いや、未遂があったそうだ。
冬の空は泣いている。
冬は命を奪う季節だ。
冬は自然と命を奪ってしまう。
でも、冬はそれが自分の使命だと言い聞かせ、必死に泣かないように頑張っている。
本当は、泣きたくて泣きたくて仕方がないのに。
それなのになぜ、自ら命を捨てようとするのだろう?
そんな事を哀れに思い、冬はついに泣き出してしまう。
死の臭いはまだ漂い続けている。
屋上にて
朝休み
冬 悲しみを纏い
死の臭い増す
そう感じ、いざ白い壁に書こうとした時。
我が隠れ家に珍しく訪問者が現れた。
そいつは私を見て驚いていた。
赤い上履きは私よりも一学年後輩である事を表している。
……失敬な奴だ。
それを言うと、コイツは律儀に謝ってきた。
思ったよりも礼儀正しい者のようだ、まぁ、こんな時間こんな所に生徒が居ることは異常だ。
驚いて当然。
先ほどの詫びをすると、これまた律儀に答えてくる。
今のご時世、こんな良く出来た子がどれだけ居るだろう。
私はコイツに関心を持った。
私がこんな時間にこんな所に居るのは異常だが、それはコイツも同じはずである。
それを聞いてみると、そいつは気拙そうに目をそらした。
言いたくないのならそれもいいだろう。
すると、コイツはどうして私がここに居るのか聞いてきた。
なぜ、自分は答えないくせに人には聞くのだろう。
だが、話してやることにした。
私が朝早くこんなところに居るのは、朝は誰もいない方が空からの声が聞こえやすいからだ。
私は詩を書くためにある。
詩の良し悪しなど関係なく、ただ、詩を書くためにある。
詩を書くためには自然の声が必要だ。
自然の声はいつも空から聞こえる。
コイツはポカンと阿呆みたいな顔で聞いていたが、良く意味がわからなかったらしい。
ちと、分かりにくく話してしまっただろうか?
まあ、おしゃべりもほどほどにして詩を書かなくては。
再びペンを走らせようとした時コイツは聞いてきた。
この壁の詩を書いているのはあなたか?、と。
当り前だろう、こんなところに来る生徒なんてほとんどいない。
誰も来ないからこそ私はここに詩を書いていたのだ。
そっけなく答えてやると、コイツは聞きもしない事を喋り始めた。
話によると、コイツは家族が死んで親戚はおらず、施設で生活しているのだという。
コイツは、家族が死んだ悲しみに耐え必死に生きてきたらしい。
だが、最近こう思うようになった。
誰も自分を必要としていないのではないか?
そう思ってしまうと、もう、マイナスにしか思考が進まなくなり、自殺を試みたが失敗。
カウンセラーも受けたが、心の傷(?)は消えなかったらしい。
友にも心配をかけて、泣きついてくる友もいた。
自殺なんて止めよう、そう思ったらしい。
だが、信頼していた友が裏ではコイツの事を嘲り笑っていた。
そこで、もう一度自殺を試みようと思ったらしい。
コイツは、自分の死に場所を学校と決めたそうだ。
理由は、コイツが学校では、そんな心の傷の事を少しでも忘れられたから。
普通に授業をうけ、友と接し、部活に精をだし、青春を謳歌する。
自殺しようなんて思う事さえない。
どこにでもいる平凡な学生になれた。
馬鹿馬鹿しいもここまで極まると泣けてくるな。
第一、コイツは『どこにでもいる平凡な学生』ではないか。
つまんない事で悩んで、つまんない事で笑って、つまんない事で死のうとする。
親がいない?親なんていつか死ぬ、自分だっていつか死ぬ、コイツはちょっとそれが速かっただけ。
コイツは恵まれてる方だ。
コイツを面倒見てくれる奴がいた、コイツと親しくして友になってくれた奴がいた、自殺して心配してくれた奴がいた……。
例え、誰かがコイツの事を裏切っていたとしても、全員そうだったという事ではあるまい。
人間という生き物は愚かで非情だが、それと同じくらい聡明で優しい。
そんな一時の苦悩で命を棒に振るのは、それこそ愚かだ。
現代の日本に居る子供にしては良く出来たコイツに私は、思った事を簡素に述べてやった。
コイツは泣いていた。
泣くとは思ってもみなかったので、一応私は驚愕を表すため目を見開いた。
一言、コイツは私に礼を言って走って帰って行った。
私は、ふと、空を見上げる。
先ほどまでの死を嘆く声ではない。
その声は――
私はまたペンを握り、白い壁に字を連ねる。
屋上にて
朝休み
空は歓喜極まり
冬は微笑む
やはり、悲しみの詩より、喜びの詩の方が書いていて良い気分になる。
そして、私の卒業式。
私の前には笑顔のアイツがいた。
足は無かったけど……。
まあ、自殺したわけではなく、事故って死んだらしい。
乗っていたバスがスリップして、コイツは窓から放り出された。
その幽霊はニコニコ笑顔で私にこう言ってきた。
「好きです、付き合ってください」
私に、幽霊と付き合う趣味は無い。