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蛇は落ち着きなく小さな部屋を行き来していた。案内されたのは、どう見ても雇われ人にあてがわれるような粗末な部屋だった。無論、蛇は雇われ人には違いないが、見るからに三下が相手では面白くない。
家にいたのは依頼主の部下三人だけだった。地下室に捕えた若者を見張る任務を負っている彼らは、単なる下っ端である。報酬を受け取りたいという蛇の言葉にも相手は頷かず、明日か明後日になれば上の者が来る、と言うのみである。報酬を受け取り、すぐにでもこの場を去りたい蛇にとっては、見込みが外れた形となっていた。だが、蛇は言われたとおりにこの場所で待つしかなかった。
契約相手の正体を蛇は知らぬ。別段珍しいことではない。耶來に依頼を持ち込むような相手が、素性を秘するのは当然とも思えた。しかも依頼内容は二惣領家の力関係を根底から揺るがすようなものである。むしろ相手の素性など知らぬ方が身のためというものだろう。そして、蛇が長年の経験から感じたのは、依頼主がこの手の荒事には不慣れであるらしいということだ。
だが、それもどうやら違ったらしい、と蛇は考える。当初依頼主に抱いていた印象が変わっていた。その原因が始末屋である。あの男は侮れぬ。これまでならば相手を出し抜くことは蛇にとってさほど難しいことではなかった。だが、始末屋には初めて対面した時から、それが通用しなかった。そしてどこで間違ったのか、気付けば転がるように状況が悪くなっている。
苛々と歩きまわり、蛇は窓外を眺めやる。暗闇に沈む草原は凪いだ海を思わせた。始末屋は既に笠盛を出ただろうか。始末屋が雇い主に笠盛での出来事を報告すれば、報酬どころの話ではない。こちらの命が危ぶまれる。
(ちょっと待てよ……)
蛇は歩みを止める。
(状況が悪くなったのはむしろ始末屋が来てからじゃねえか?)
一体いつから全てが悪循環に陥ったのか――紺を逃した時か? 否、と思う。あの時点ではことはさほど悪くはなっていなかった。例え幾つかの問題があろうとも依頼はうまく運んだ筈だ、と蛇は思考を凝らす。各地で狼藉を起こし、多加羅若衆の仕業と人々に思わせる、それは自身でも感心する程にうまくいった。評議会で緩衝地帯の権利を行く行くは沙羅久に渡すという意見をまとめさせる――最終的なその目的のために蔡李を捕えたのが一月前である。西の元締めはたった一人の孫のため緩衝地帯の誇りである自治でさえ捨て去るだろう。そして、媼がどう足掻こうと評議会の意見は覆らぬ。蛇の功績を、依頼主とて無碍には出来まい。
――始末屋の存在さえなければ。蛇は口元を歪めた。考えようによっては、これは好機かもしれぬ。始末屋が来てからむしろ状況が悪くなったのであれば、全てを始末屋の不首尾だと依頼主に思わせればいいのだ。それでも報酬が受け取れないならば蔡李を奪って逃げるのも手だと蛇は考える。
(最悪、あのがきさえいれば……)
契約相手が己の敵となるならば、それ相応の対抗手段を取るべきだろう。依頼主にとって蔡李は己の目的を果たす切り札である。青年の身柄をこちらが押さえれば、金を要求することも出来よう。金が手に入るならば、それが報酬という形であろうとなかろうと、蛇にとって大した違いはなかった。
そこまで考え、蛇は寝台に腰をおろした。不穏な気配を隠そうともしない手下達からも離れ、漸く僅かながらも寛いだ心持になっていた。不本意な状況は、己の望むものに変えてしまえばいい。何よりも、と蛇は愉悦に顔を歪めた。この依頼の一件が終われば、あの灰という若者を楯に鬼逆を追い落とすことも出来よう。
結局全ては己の望むとおりに運んでいるのだと、蛇は独り笑んだ。
翌日、蛇は早朝に目を覚ました。
家は静けさに包まれ、窓から見える光景は鈍色の空の下、茫漠と広い。明るい中見渡せば、草地に岩が目立つ。もとより草が繁茂するには適さぬ石地であったのだろう。打ち捨てられて数年を経た家もまた、人の営みから外れ自然の循環に組み込まれたように朽ちる様である。
蛇がこの場所を訪れたのは、以前依頼主の使いの者と契約内容を確認するために対面した、その時だけである。依頼主が何者かは勿論、使いの者がどのような階層に属するのかすら悟らせぬ用心深さだった。
昨日と同様、依頼主の部下達は変わらぬ渋面で蛇に対したが、蛇は目聡く一人の姿が見えぬことに気付いた。夜のうちに何処かへ向かったらしい。おそらく上の者へ蛇の訪れを伝えるためであろう、と彼は考える。
果たして、昼過ぎには蛇の考えが正しかったことが証明された。
北西の方角からあらわれた人影を、蛇は二階の部屋から捉えた。馬に跨る男達は全てで十人程か、人数が多い。統制のとれた整然とした動きは、どこか軍隊を思わせる。長身の一人が真先に馬からおりると玄関へと向かった。階下に扉が開かれる音を聞きながら蛇は笑む。どうやら始末屋よりも先に決定権を持つ人物と接触が出来るらしい。
暫く待つとぞんざいに扉が叩かれ、例の四十がらみの男が顔を出した。
「ついて来い」
「上のお方の到着か。早かったじゃねえか」
蛇の物言いに、相手はあからさまに不機嫌な様を見せたが、何も言い返そうとはしなかった。早く厄介者を責任ある立場の者に押し付けたいという、その意図が透けて見える。
向かった先は三階の奥にある一室だった。荒れた家の中で、唯一部屋としての体裁を整えているそこは、質素な書斎といった趣である。蛇は集う面々に素早く視線を走らせた。部屋にいたのは五人である。二人は契約時に対した相手だった。見知らぬ三人のうち二人が扉の前に陣取る。残る一人が最も上の立場の者なのか、正面から蛇を迎えた。その姿に蛇は目を細める。
男はまだ三十半ばという若さに見えた。端正な容貌は一見優しげである。何よりも目を引いたのは男が持つ色彩だった。肌の色が抜けるように白く、瞳と髪は柔らかな薄茶である。様々な人が集う国境地帯の來螺でもさほど多くは見られぬ、それは帝国内で北限の民と呼ばれる人々の特徴だった。
「お前が蛇か」
問われて蛇はふてぶてしく笑んだ。
「ああ、そうだ。俺の用件はもう伝わっているだろう。報酬を受け取りたい」
「評議会が終わった後という取り決めだった筈だ」
「何度も言わせるんじゃねえよ。それはあんたらの事情だろう。どの道評議会まで待つ必要もねえ。依頼は果たした」
「その割には不手際が多いようだな。笠盛では何やら騒動を起こしたというではないか」
やはり伝わっていたか、と蛇は苦々しく思う。無論、表情には出さず笑んでみせた。
「こちらの動きは掴まれちゃいねえ。西の元締めの孫がいりゃ、媼がどう動こうと評議会の意見が覆ることはねえからな。騒動などと言ってもよくある喧嘩の類と似たようなものだ。誰も不審に思っちゃいねえよ」
「己の不手際の言い訳にしては下手な言い分だな」
冷たい声音に蛇は笑みを消す。やはり単なる優男ではないらしい。険を帯びる眼差しが鋭い。男の背後を固める二人が視線を交わすのを、蛇はひやりとして見つめた。扉の前に立つ二人が不意に気になる。まるで逃げ道を塞いでいるようではないか。
「俺は言われた通りに依頼を果たしたんだ。それに騒動が起こったのは始末屋のせいで、俺のせいじゃねえ。あいつが来てから変なことになっちまったんだからな」
冷たいまでに整った塑像のような男の無表情が、はじめて動いた。僅かに眉を顰め、蛇を凝視する。
「一体何を言っている」
「だから、始末屋だよ。参ったぜ、したり顔に指図しやがって、一人高みの見物だ。送りこむならもっと使える奴を送ってくれよ」
「騒動の原因は始末屋だと言うのか?」
「ああ、そうだ。あいつさえ来なけりゃもっとうまくいっていたんだ」
なおも言い募ろうとした蛇は、背後で響いた音に身を強張らせた。剣を鞘から引き抜くそれである。咄嗟に振り返ろうとした蛇だったが、身構える隙もなく腕を背後に捻りあげられる。強い力で押さえつけられて蛇は床に膝をついた。愕然として顔を上げると、扉を固めていた二人のうちの一人が、無表情に蛇を見下ろしていた。もう一人が抜き身の剣を蛇の首筋にあてがった。
蛇は目の前に立つ男を睨み上げる。
「おい! こいつはどういうことだ!」
叫ぶ蛇を、男は睥睨する。
「それはこちらが問いたい。始末屋のせいなどと、どういうことだ」
「言った通りの意味だよ。俺は言われたとおりに依頼を果たした。全てうまくいっていたんだ。それを始末屋がいらぬ口出しをしたせいで厄介なことになっちまった。騒動が起こったのは始末屋のせいだ! もとはと言えばお前らが送り込んで来た奴だろう!」
男がゆっくりと蛇に近づく。無駄のない動きに威圧はない。だが蛇は不意に脅威を感じた。気圧されたように己を見つめる蛇に、男は静かに言った。
「何を言っている。こちらはお前のもとに始末屋など送り込んではいない」
蛇はぽかりと口を開けた。意味を捉えかねる。
――始末屋など送り込んではいない? ゆっくりと反芻して漸く言葉が意識にしみ込んだ。
「何言ってやがる!! 始末屋だよ。お前らが送り込んでずっと俺を見張らせていたんだろうが!」
蛇は叫びながら周囲の男達を見回した。
「だから……だから俺は言われた通りにしたんだ! 媼から若衆を奪えと言うから屋敷にも忍び込んだ。媼を潰すために多加羅との間に軋轢を起こさせると言うから、言われた通りに文を送った。知らねえとは言わせねえぞ!」
蛇を押さえつけていた一人が、正面の男にひそりと問うた。
「これは……一体どういうことでしょう」
男は眼差しだけでそれに答えると、再び蛇と向き合った。
「その始末屋とやらは、どのような者だ? 何時頃、どのようにしてお前に近付いたのだ」
「どんなって……男だ。声の調子から言えば、年齢はおそらく三十は超えていると思う。七日程前に俺達がねぐらにしていた場所にいきなり来やがって、依頼主が俺達の仕事に不満を抱いているから、始末をつけにきた、と……報酬を受け取りたければ言う通りに動けと命じられたんだ」
「何故その男をこちらが送り込んだ人間だと考えたのだ」
「そりゃあ……あいつが依頼の最終目的が評議会だということを知っていたからだ。それに、俺達の動きを掴んでやがった……」
語尾は力なく消える。問われて初めて、違和感を覚えていた。蛇は始末屋の顔すら知らない。始末屋は蛇と対する時常に用心深く顔を隠していた。蛇が知っているのは彼が依頼主から蛇の行動を監視するめに雇われた、ということだけだ。
――だが、その証はあったか?
蛇の思考に答えるように、男が言った。
「つまり、お前の動きを監視していた何者かが、依頼の目的までもを見通しお前に近付いた、ということか。そしてお前は確かな証もなくその始末屋を名乗る男を信じた」
蛇は大きく喘ぐ。何かを言い返そうと思い、何も言葉は出なかった。始末屋は、依頼主から送られた者ではなかったと言うのか――。では、あの男は何者だ。
少し前まで確かと思えた始末屋の存在が、今ではまるでまやかしのように思える。依頼主に雇われたという根拠を出せ、と蛇とてそう問うた。始末屋は何と答えていたか、蛇は必死に記憶を探る。信じるかどうかはお前の勝手だと、そう言っていた筈だ。
――敵か味方か、それを決めるのは私ではない。お前達だ――
「そんな……まさか……」
呆然と蛇は呟いた。あの言葉の意味はこういうことか。単なる比喩だと思っていた言葉の真の意味に漸く蛇は気付いた。味方、と言うには程遠いが、蛇はあの男を依頼主が送り込んだ始末屋だと信じ、その言葉に従った。得体の知れぬ相手を、己の傍に引き入れたのは紛れもなく蛇自身だったのだ。
「いかがいたしますか?」
蛇の首に剣をあてがった一人が男に問う。蛇はいまだ信じられぬ思いのまま男を見上げた。涼しげな面持ちで、男は冷徹に蛇を見下していた。
「捕えておけ。詳しく話を聞く必要がある。処分はその後だ」
処分――淡々と紡がれた言葉に蛇の顔が歪んだ。無論、彼とて人が人に対してその言葉を使う時、どのような意味を込めるか知っている。この場合、込められた意味は一つしか考えられなかった。
「待てよ! 始末屋が本物じゃないなんてわかるわけがねえ! そうだろう? てめえだって俺の立場なら信じた筈だ!」
「連れて行け」
短く答える声が背後に響き、蛇は二人の男に体を引き上げられる。手慣れた動きに、蛇は抵抗を封じられる。それでも闇雲に逃れようと暴れる蛇を、男達はまるで物のように押さえつけた。
「おい、報酬はどうなる! 報酬を渡してくれよ。俺の仲間だって黙っちゃいねえぞ!」
「お前の手下は既に拘束した。知っていることは全て話せ」
「な……ちょっと待てよ! おい! 離せ!!」
がっちりと拘束されて蛇は引きずられるようにして部屋の外へと連れ出される。必死に首を巡らせて蛇はなおも言い募った。
「依頼は果たしたんだ! 俺は言われた通りに役目を果たした! おい! 聞けよ! 俺がいなきゃうまくいかなかったんだ!! 聞いてくれ!! あいつが……始末屋が偽物だとは知らなかったんだ!!」
蛇の眼前で、無情に扉は閉ざされた。
部屋の中に残された三人の男はなおも叫び続ける蛇の声が聞こえなくなるまで微動だにしなかった。漸く静けさが落ちると、一人が溜息をつく。中心に立つ男を振り返った顔には抑えきれぬ動揺が浮かんでいた。清夜様、と男を呼ぶ声は低い。
「これは一体どういうことでしょう。始末屋などと、あの男の言葉は本当なのでしょうか」
その問いに男――清夜もすぐには答えることが出来なかった。もう一人もまた懸念と疑惑を浮かべていた。清夜のもとで長年仕えてきた信頼の篤い部下二人である。その戸惑いが手に取るようにわかる。清夜とて、予想だにしていなかった蛇の言葉である。
「わからぬ。あの男から全てを聞き出すしかあるまい」
「もしも真実ならば由々しき事態です。我らの計画を何者かが掴み、蛇に近付いていたということではありませんか。しかも、蛇を意のままに操り、いらぬ騒動を起こして計画を破綻させようとしていたのかもしれません」
清夜はその言葉に頷いた。無論、彼らとて蛇の動きには目を光らせていた。その蛇の行動が不審である、ということは既に知っていた。計画にはない動きを蛇が取っている。それも媼の本拠地である笠盛で騒動を起こしたらしい、という報告を受けたのはごく最近のことである。まさに始末屋とやらが蛇に接触したというあたりのことだ、と清夜は思う。
清夜は由洛公に命じられて緩衝地帯での計画の仕上げを取り仕切っていた。極秘の任務に手こずり、実際に緩衝地帯に入るまで思いの外時間がかかった。昨夜、突然に部下が彼の元を訪れ、蛇が報酬を求めて姿をあらわしたという。かねてからの報告もあり蛇に不審を抱いていた彼にしても、予想だにしていなかった展開である。
清夜様、と傍らの一人が遠慮がちに声をかけてきた。それに顔を振り向けると気まずげに言った。
「何も清夜様が蛇に対する必要などなかったのではありませんか? 我らだけで対した方が良かったのではないでしょうか」
男が口には出さぬ意図を清夜は察する。遠まわしな言葉に込められたのは、北限の民の特徴を持つ清夜の外見を蛇に晒したことへの気兼ねだった。二人の部下はともに帝国民と言っても違和感のない外見である。そのため、今回の任務に選ばれた。北限の民の中で特に髪と瞳の色が濃い者は、彼らのように外部で行動するために選ばれ鍛えられることが多い。
「問題はなかろう。あやつにも己が誰に殺されるか知る権利もあろう」
清夜の答えに、二人は尚更に気まずげな表情を浮かべた。
「由洛公の御命令は……依頼を果たしたことを確認して蛇とその手下を残らず殺せという御命令はどういたしますか?」
「こうなってはすぐに命を奪うわけにもいかぬ。何としても始末屋とやらの正体を掴まねばなるまい」
「……それにしても、嫌な任務ですね。例え依頼を成功させたとしても、問答無用で命を奪えなどと」
「我らの計画を、何人にも知られてはならぬ、ということだ」
静かに清夜は言った。だが、二人は承服しかねるようだった。その心情を清夜とてわからぬわけではない。緩衝地帯の計画を知る者は全て殺せという、由洛公から清夜に下された命令を二人の部下も知っている。計画を知る、それも耶來の男とはいえ、まるで騙し打ちのように命を奪うことは気分の良いものではない。つまるところ、清夜は最も汚い仕事を押しつけられたのだ。それが意図的であることは明らかだったが、不満を言ったところで仕方あるまい、と彼は思う。
「由洛公のなさりようはあまりに酷い」
清夜と由洛公の不仲を知っている部下の、思わずといった呟きだった。
「滅多なことを言うな。計画には必要なことだ」
「は……申し訳ございません」
「とにかく、どのような手段を使ってでも蛇に洗いざらい吐かせろ。殺すのはその後だ。それから蛇が捕えて来たという青年がいたな。何者だ?」
「どうやら耶來に関わりのある者のようですが蛇も確たることは言っていないようです」
「あの青年は、いかがいたしましょう」
問いかけに清夜は暫し黙り込んだ。その青年が何者であろうとも、この場所に連れて来られた時点で生かしておくことは出来ぬ。それは蔡李という青年とて同じことだった。もとより選択肢などない。だが、それを言うことは出来なかった。
「何者かを知るのが先だ。場合によっては生かしてはおけまい。その時は私が片を付ける。お前達は蛇の尋問に当たってくれ」
応えて部屋を出て行く部下を見送り、清夜は小さく息をついた。厄介なことになった、と思う。だが、どのような問題が起ころうとも後に引くことは最早出来なかった。例え何人の命を奪おうとも――そこまで考え、清夜は眼差しを伏せた。弟が今の己を見たならば、決して是認することはあるまい。そう思い小さく苦笑する。
(あいつは、あれでいい)
飛雪は変わったのだ。名を変え、全てを捨てて、そうして彼は漸く自由になれたのかもしれぬ。少なくとも、自ら選択して再び故郷の地を踏む、その強さを得る程に。一所に捕われ、そこでしか生きることが出来ぬ己とは違うのだ。
全ては目指すもののため――それは少年の時分から変わらず、世界を塗りこめる吹雪の前に己の無力さを痛感したあの時から、清夜が目指すものは常にその色彩の向こうにある。それは容赦のない白だった。眼前に立ちはだかるそれを何時か変えてみせると、必ず切り裂いてみせると誓ったその思いに今も変わりはない。そのために痛みを伴うならば、せめて身に刻むようにして己が負うのだと、清夜は思った。