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最果てに天深く  作者: 高原 景
53/117

53

 多加羅たからより北西の地、時は深夜であった。

 夜闇よりさらに深い暗がりに沈む裏道を、男が一人歩いていた。よろずである。

 高い家壁に左右を挟まれた道は、おそらく日中は陽の光も射しこまぬであろう。夜であれば尚更に、冷気に凍る地面は硬く、時折聞こえるのは小さな生き物が這う気配ばかりである。普段から人が踏み込む場所ではなかろう、と万は思う。そうであるからこそ、彼を呼び出した人物はこの場所を選んだのだ。

 伝えられたとおりに道を進み、やがて目指す場所に辿り着く。半ば崩れかけた廃屋、その壁に小さな扉が一つ、闇に紛れるようにしてあった。万はその前で僅かに足を止める。だが躊躇いは一瞬だった。そっと扉を押すと、中へと身を滑り込ませた。

 扉の向こうには、仄かな火影に浮かび上がる階段があった。直接地下へと続くそれを、万はゆっくりとおりる。足音を殺すこともできたが、敢えて響くに任せた。待ち人の性格を思えば良い顔をしないだろうと考え彼は苦笑する。十年ぶりに会う相手である。嘗てと同じとは限らない。

 階段の先にあるのは天井の低い部屋だった。貯蔵庫として使われていたらしく、雑然と棚が並んでいる。そこにぽつりと明かりが灯っていた。滲むように光の輪を広げている。白々とした光源、硝子筒を手に佇む人影は、彼があらわれても微動だにしなかったが、僅かに目を細めたようだった。万もまた、まじまじと相手を見つめる。半ば暗がりに沈む姿は、記憶にあるものとさほど変わらない。気品すら感じさせる端正な面差が、見事なまでに感情を削いで彼に向けられていた。

「久しいな」

「……あんたは変わらないな……兄貴」

 ぽつりと、万は言う。相手は僅かに目を見開く。万自身も、己の言葉に驚いていた。とうの昔に兄と思うことをやめていた――やめようとしていた、はずだった。止める間もなく零れ落ちた言葉が、ぎこちない余韻を残す。戸惑い、万は顔を背けた。内心の動揺を悟られたくはなかった。

 かけられた声は淡々としていた。

「この場に来たということは、覚悟を決めているのだな。再び我らとともに生きると」

「何度も引き返そうと思ったよ」

「私は何度も逃げる機会をやった。だが、お前は逃げはしなかった」

 相手が言うとおり、彼には途中で引き返すことはできた。命令に従い幾つもの街を経由した。その度に次に赴く場所を伝えられ、漸く沙羅久しゃらく領内にあるこの街へと辿り着いたのだ。まるで、彼の決心を試すかのような遣り方である。

「ここへ来たのは、あんたらのためじゃない」

「知っている。椎良しいら様のお名前を出せば、お前は必ず来るとわかっていた。だが、どうであろうと我らには同じことだ」

 逃げはしなかった、と。万は思わず相手をねめつけた。目の前の兄、清夜すがやならば知っている。万が抗えぬ言葉を――彼に拒絶させぬために清夜は最も有効な手段を講じたのだ。

 万の視線に動じることもなく、だが清夜は僅かに躊躇う様子を見せた。

飛雪ひせつ

 飛雪、と――それは万が十年前に捨て去った名だった。万の体が強張る。その名を呼ばれたせいではなく、そこに籠る響き故だった。

 その声音――幼い頃には、ただ己の名を呼ぶその声が聞きたいがために、汚れ一つない雪原を駆けた。兄が己の小さな足跡辿って追って来るだろうことを、知っていた。息苦しささえ覚えて、万は拳を握り締める。一年の大半を雪に閉ざされる故郷は、彼の記憶に白く、深く、ただ遠い。

「その名を、呼ぶな」

 ふと、沈黙が落ちた。頼りなく揺れる硝子筒の炎に、立ち尽くす二人の影が滲む。

「では、何と呼べばよい」

「今は万だ」

「ならば万、お前にある仕事を頼みたい」

 感情を削いだ事務的な口調に、万は改めて相手を見やった。そしてはじめて、十年という歳月の重みに気付いた。変わらぬと思った相手の、白皙の面に刻まれた険しさである。なお青白く見えるのは、醸し出す翳りによるものかもしれなかった。万を見据える瞳は硬質に鋭い。

「どのような仕事だ」

「椎良様の護衛だ。あのお方は今命を狙われている」

 万は訝しく眉を顰める。

 ――椎良様のお命に関わる大事あり――その言葉故にこの地まで辿り着いた彼である。だが、告げられた内容は彼にとって意外なものだった。

「椎良様の命を奪おうとしていた者の言葉とは思えぬな。いつから方針を変えた? いや、変えたのは信念か?」

 皮肉に問う。

「十年前とは状況が変わった。あの頃椎良様の存在は我らにとって障害だったが、今は生きていていただく方が良い」

「…………」

「どうした? お前にとっては喜ばしいことではないのか?」

「誰があのお方の命を狙っているかは知らんが、俺がやる必要はなかろう。あちこちうろついているうちに腕も鈍った。もっと優秀な奴がいるだろう」

「我らではだめなのだ。顔を知られている」

「……どういうことだ?」

 ひそりと問う。

「椎良様のお命を奪おうとしているのは、我らの同胞だ。十年前、椎良様の暗殺が失敗してからは、我らの中でも意見が分かれたのだ。姫の暗殺を再度決行すべきという者と、もうその必要はないという者とで対立があった」

 ちらりと万を見やる。

「お前が出て行った後の話だ。もっとも、さほど時も経ず議論は立ち消えになった。椎良様が跡目を継ぐ可能性が低くなったせいでね。だが、最近そうも言えなくなってきた」

「一体何があった」

「全てを話す前に、お前の決意のほどを聞きたい。我らとともに歩むか?」

 万は唇をかみしめた。

「ここまで来たんだ。今更どんな言葉が欲しい」

 苦々しい響きに、相手は僅かに苦笑する。

「そうだな。お前は、変わらぬな」

 柔らかな声音に、万は目を細めた。だが、その余韻も続く言葉に消える。

「北限の民ももはや一枚岩ではないということだ。椎良様の暗殺を唱える連中は強硬にそれを実行しようとしている。私は何としてもそれを阻みたい。だが信頼出来る手勢は全て相手に顔を知られている。今のお前ならば、彼らを欺くことが出来るだろう。何としても椎良様のお命をお守りしろ」

「その、椎良様の命を狙う奴らってえのは、誰だ」

「中心となっているのは、博山公はくざんこうだ」

「あいつか……」

 さもありなん、という万の言葉だった。

「昔から過激な爺だったが、まだ生きてんのか」

「ああ。最近は持論も益々先鋭化している。対して我らの陣営は博山公の威光を恐れて、ろくに反論もできぬ。暗殺を阻もうものなら報復は目に見えているから、誰も手が出せぬ有様だ」

「参考までに、その陣営ってのは誰がいる」

由洛公ゆらくこうあたりが中心だな」

「そこそこ力があるんじゃないか? あの親父なら博山公にも対抗できるだろ」

「いや、父親ではなく息子の方だ。先代は三年前に亡くなられた。我らの力が削がれたのもそれが大きい」

「……あの大馬鹿息子が中心だってのか」

「ああ。いかに放蕩息子といえどもあの資金力は貴重だからな。無碍にはできぬ」

 万は溜息をつくと、思わず天井を仰いだ。

「そりゃあ……さぞかしやりにくいだろうな」

 清夜は薄く笑ったようだった。

「奴を中心に動いているせいで、厄介事が山積みだ。そして我らの陣営は博山公に対してはあまりに薄弱になっている」

「で、俺に博山公が放つ暗殺者を阻めってか? そんなことが知れたら結局は厄介なことになるだろうが」

「ああ。だからお前は北限の民としてではなく、梓魏の領民として椎良様の護衛にあたることになる。我らの協力者の伝手で身辺警護の任に就くことが叶う筈だ」

「そんなにうまくいくかね」

「いくだろうな。今のお前を見て、あの飛雪とわかる者はいないだろう。見事なまでに北限の民の特徴が消えている」

 万は顔を顰めると腕を組んだ。自覚していることとはいえ、面と向かって言われると複雑な心境に陥る。

 北限の民は雪の一族とも言われる。抜けるように白い肌と、帝国民に比して色素の薄い瞳と髪のせいである。確かに今の万の姿を見て、北限の民とわかる者はいないだろう。長年陽に晒された肌は嘗ての白さを失い、薄茶の髪も黒味を帯びた赤銅色になった。榛の瞳ばかりは変わらぬとはいえ、面差そのものも梓魏を去った十八の頃から様変わりしている。おそらく嘗ての彼を知る人物と対面してもそうとはわからぬだろう。

 だが、例外もある。例えば目の前の血を分けた兄がそうである。そしてもう一人――万は苦く溜息をついた。

「一つ、重大なことを忘れていないか?」

「なんだ」

「椎良様だ。あの方の目まで誤魔化せるとは思えん。十年前のことを思えば、命をお守りする前に俺が殺される」

「案ずる必要はない。そうと名乗らぬ限り、椎良様はお前があの飛雪だとは分からぬ筈だ」

「……何故だ?」

 ひやりと背筋を這う予感に、万は知らず問うていた。

「椎良様は目がお見えにはならない」

 鋭い呼気が響く。凝然と立ち尽くす万に、清夜は静かに告げた。

「十年前の暗殺の際、椎良様のお命は助かった。だが、意識の戻られた椎良様の瞳は、完全に視力を失っていた。そのせいで椎良様が梓魏惣領家を継ぐ話も見直された。なればこそ暗殺の一件も立ち消えになったのだ」

 命を奪えずとも、目的を達したかに見えたのだと――冷徹に響く。

 万は言葉もない。失明という、はじめて知った事実に、心臓がどくりと波打った。

「今惣領家は軍の補強を行っている。お前はこれから梓魏領内に入り、それに志願してもらう。あとの手筈は我らで整える。お前はそれを待てばよい。くれぐれも北限の民であることを……私の弟であることを悟られるなよ。今は我らの同胞も信用はならぬ」

 無言の万に、清夜は歩み寄ると、囁くように言った。

「椎良様をお守り出来るのはお前だけだ。引き受けてくれるか?」

 万は目を眇める。内心の衝撃が、いまだ鼓動を揺らしていたが、それを抑え込む。十年間、後悔は嫌という程してきた。そしてその都度、悔いることで何ら己が救われるわけではないことを痛感してきたのだ。

「ああ。そのかわり、今梓魏で何が起こっているのか余さず教えてくれ。北限の民が何をしようとしているのか……あんたが何を考えているのか、全てだ」

 万は低く言った。清夜は僅かに笑むと、頷いた。



「親父、ここに積んである籠でいいのか?」

 須樹すぎの声に、工房から父親が顔を覗かせた。工房に籠っていた父親の黒い作業衣は、金笹きんざさの繊維がこびりついて斑に見える。

「それだ。それから横にある外套三着も忘れずにな」

「ああ。わかった」

 須樹は答えると、積み重ねられた籠と外套を抱えた。しっかりとした作りの籠は五つ程もある。持てばかなりの重さだった。今年刈り取られた金笹の、涼やかな香りがふわりと広がる。

「悪いな。私が持って行けばいいんだが、幾つかの注文が溜まっているんだ」

「いいよ。今日は若衆も休みだし、冶都やとの家人が馬車に乗せてくれるから」

「頼んだぞ」

「時間があったら伯父さんの家にも寄ってみるよ。多分、夕刻くらいには帰れると思う。母さんにも伝えておいて」

「ああ、気をつけてな」

 父子の会話は幾分声を潜めたものだった。朝まだきである。窓から見える街路には、まだ暁の紅は射さない。大方の人はいまだ眠りの中にある頃合いである。

 須樹は嵩張る荷物を抱え、外へと踏み出した。一日の快晴を窺わせる空は高く、大気は張り詰めて冷たい。須樹が向かった先は、外壁の門へと通じる大通りだった。遠目に、既に彼を待っているらしい人影を見つけ、須樹は足を速める。人影が大きく手を振る。冶都である。

「すまん、遅れたか?」

「いや、まだ約束の刻限にもなっていないさ。こっちこそこんなに朝早くすまん」

 言いながら冶都は寒そうに身を竦めた。冶都の後ろには出発の準備を整えた馬車が暗闇に紛れるようにしてあった。

「いや、助かったよ。馬車に乗せてもらえるだけでもありがたいのに、お前までわざわざ来なくてもよかったのに」

「そうはいくか。請け負ったことには責任を持つ、それが家訓だからな。お前が無事多加羅を出発するのを見届けにゃいかんのさ」

 須樹は思わず苦笑した。如何にも冶都らしい律儀な物言いである。昨日、父親の商品を取引先に持って行くのだと言った須樹に、それならば丁度緩衝地帯に行く馬車があるから乗って行けばいいと申し出たのは冶都である。目指す緩衝地帯の街までは歩けばかなりの時間がかかる。重い商品を抱えての道行きは楽ではない。須樹にとってはありがたい話だった。

「坊ちゃん、あとは任してくんな。このお人はちゃんと送り届けるよ」

 御者台に座る男が朗らかに言う。

 須樹は商家の荷物を満載した馬車の片隅に父親の作品を載せると、男の横に腰をおろした。

「ああ、そうだ。言い忘れるところだった」

「何だ?」

「最近、緩衝地帯も物騒らしい。あまりやばいところには近付くなよ」

 須樹は思わず冶都の顔を見つめた。答えたのは須樹の隣に座る男だった。

「安心してくだせえ。頼まれたって近付きゃしませんよ」

 その言葉を合図のように、馬車が動き出す。冶都に手を振り、須樹は前を向いた。曙光の兆しが遠い空に滲む。流れ行く街並みは影絵に似て、静かに蹲っている。

 多加羅の門をくぐり抜け、街が背後に遠ざかって漸く、須樹は男に問うた。

「緩衝地帯が物騒と冶都が言っていましたが、何か起こっているんですか?」

「ん? ああ、さっきの話ですね。いやさ、今日向かう街ってのは商人にとっちゃ競争の場所だ。少なからず争いがあるってことです。縄張りを守ってりゃ喧嘩になることもないんですがね、たまには向こう見ずな馬鹿もいるってことですよ」

「もしかして、若衆の噂のことを御存知ですか?」

 男は僅かに沈黙し、気まずげに苦笑した。

「なんだ、知ってらしたんですか。勿論、俺らは若衆が噂のようなことをしてるとは信じちゃいませんがね」

「冶都は知らないんですね?」

「坊ちゃんが噂を聞いたら、それこそ猪みたいに緩衝地帯にすっ飛んで行って狼藉者を捜すくらいのことをしかねませんからね」

「だから物騒だなんて嘘を?」

 男は虚を突かれたように瞬きし大笑した。

「いや、参ったね。若衆の副頭ってのはすごいもんだ。仰る通りで。坊ちゃんが緩衝地帯に行って変な噂を耳にしないように、家中皆で口裏合わせをしてるんでさ。奥方までもが緩衝地帯に行くなと釘をさしてるわけで。今下手に緩衝地帯で若衆だと名乗れば、どんな目に合うかわかりませんぜ」

「冶都は大事にされているんですね」

「俺らは坊ちゃんが赤ん坊の頃から知ってるんでさ。どうしても痛い目には合ってもらいたくないんで、つい、ね。今じゃあ立派な若衆だが、どうしても小さい頃のやんちゃ姿にだぶっちまうんでさ」

「そうですか」

 須樹は思わず笑む。冶都の大らかで真直ぐな気質が、皆に好かれているのだろう。だが、冶都もまた緩衝地帯で起こっている出来事とは無縁ではいられない。そう思い、須樹は小さく溜息をついた。

 緩衝地帯で一体何が起こっているのか――。若衆頭も交えての話し合いは明日と決まっていた。


 馬車が目指す緩衝地帯の街に着いたのは十の刻を半ば過ぎた頃合いだった。

「俺は商品を引き渡したら、だいたい十五の刻には街を出ますんで、その頃にこの場所に来なさったら帰りも多加羅までお送りしますよ」

 男は朗らかに言うと、広場の雑踏に須樹を残して去って行った。

 その街は父親の使いで何度か訪れたことがある。須樹が荷物を抱えて目指したのは小さな飲食店が犇めく界隈である。さほど広くもない道には人波が絶えず、活気に満ちている。記憶を辿りながら道を進めば、行く手に目指す店が見えてきた。小さいながらも清潔な酒場である。素朴な料理と店主拘りの酒を出すその店は、街の中でも評判である。

 昼にも関わらず、すでに店には客が入っていた。卓の幾つかが埋まっている。店主はすぐに須樹に気付いたようだった。人の良さそうな赤ら顔に満面の笑みを浮かべる。

「こりゃあ、前見た時よりも数段逞しくなったね」

「お久しぶりです」

「何と何と、わざわざ持って来てくれたのかい? ありがたいね」

 店主は籠と外套を受け取ると相好を崩した。

「やはりこの手触りだよ。これは君の親父さんじゃないと出せないねえ」

「ありがとうございます」

 須樹は笑んだ。父親が決して手を抜くことのない職人であることを知っている須樹にとっては、何よりも嬉しい言葉だった。

「はいよ、料金だ。ついでに一杯飲んで行きな」

「いえ……」

「いいからいいから。君ももう子供じゃあないんだ。酒の一杯くらいならいいだろう。私の奢りだよ」

 なおも断ろうとした須樹だったが、ふと言葉を呑み込んだ。背後で一際喧しく喋る男の声が耳に飛び込んできたのだ。

「とにかくよお、ひどいのなんのって」

 酒に酔っているのか、呂律が回っていない。甲高い声は店中に響いていた。

「まだ小さな子供をだぜ? 殴りつけたってんだからさあ。挙句の果てに止めに入った村人を短剣で切りつけやがって……」

「そりゃあ、またひどいもんだな」

 答えたのは離れた席の男である。思わず須樹は振り向いた。

「だろう? こんなことが許されていいのかってんだよ!」

 声高に叫んだ男は、入口に近い卓に座っていた。薄暗い店の中で、頬のこけた鋭い顔立ちが齧歯類を思わせた。憤懣やるかたないといった風情で酒瓶を抱え込んでいる。

「多加羅の若衆め!」

 呼応して毒づく声音は店の奥からである。男は歯をむき出すとさらに声を張り上げた。

「好き放題しても許されると思ってやがるのさ。村人は幸い命は助かったが、一時は危なかったって話だ。他にもあるんだよ。その隣りの村で三日前に起こったことなんだがね……」

 気付けば店中の者が男の話に耳を傾けていた。酒のせいもあるのか、集う面々の表情は険しい。

「すまんね。悪い時に来てしまったみたいだね。今日はどうも悪い客が入ってしまったようだ」

 須樹の強張った顔に気付いたのか、ひそりと店主が囁いた。店主は須樹が若衆であることは知らない。店に漂う険悪な雰囲気のことを言っているのだろう。

「いえ……」

 須樹は答えると店主に向き直った。

「やはり一杯頂けますか? 父からこの店の酒は絶品だと聞いているんです」

「そうこなくちゃ! 酒の味は保証するよ」

 須樹はさりげなく手近な椅子に腰をおろすと、なおも続く男の粘りつくような声音に耳を澄ませた。

(どうやら、当たりのようだな)

 内心に呟く。

 ――狙いは、おそらく多加羅惣領家です――

 灰の言葉が脳裏に浮かんでいた。

 ここらへんから、物語は様々な人物の視点で描かれていくことになります。灰達、多加羅若衆を中心としていますが、万の視点も入ってきます。物語の流れも入り組んできます。謎解きのつもりで作った話ではないですが、真相を容易くは見通せないような展開にしようと意図はしていました。

 少しでも楽しんでいただければ幸いです。

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