第一章 狭間
須樹は窓に近寄ると、白く曇った硝子の表面を軽くなでた。結露が拭い去られたそこから鍛練所の広場を見下ろす。若者達の姿がない広場は、閑散として物寂しく、まるで置き忘れられたかのように枯葉が一枚ひそりとあった。硝子越しに感じる外気の冷たさに、窓から手を離す。掌を握れば、その感触も曖昧な温もりに溶けた。
冷え込みの厳しい日である。朝には初霜が家々の屋根を真珠色に染めていた。陽光が差せばたちどころに消えるそれだったが、身を切る風の冷たさよりも雄弁に、具象化した冬の端緒である。人々はそれに漸く冬の訪れを認めるのだ。
須樹がいるのは鍛練所の中の一室である。更衣室や休憩室として使われるそこは、主立った役職の者に与えられる部屋とは違い、狭いうえにお世辞にも居心地が良いとは言えぬ。だが、このように寒い日には、多少殺風景であろうとも小さな部屋の方が暖をとりやすかった。中央に据え付けられた火鉢には、炭が赤々と燃えている。温かいと言うほどではないが、底冷えするような寒さは幾分ましになっていた。
「そろそろ刻限だな」
須樹は壁際に腕を組んで座っているもう一人に声をかけた。部屋には須樹とその青年の二人きりである。名を設啓というその青年はゆるりと頷くだけで、言葉は返さなかった。寡黙な青年である。がっしりとした体躯に滅多に動かぬ表情が青年を大人びて見せているが、実際には須樹よりも一つ年若い。
その時部屋の扉が静かに開かれ、また一人の青年が入ってきた。仁識である。仕立ての良い黒味を帯びた臙脂の外套を羽織り、長い裾から覗く靴も上等の黒革である。普段目にしている稽古着ではない、正式な貴族の装いを自然に着こなしていた。須樹と設啓の身なりはと言えば、稽古着と大差ない質素な衣である。
仁識は部屋の中を見ると、僅かに首を傾げ、言った。
「珍しいな。遅れるとは」
「ああ」
まだ姿を見せぬ一人のことを言っている。そう言う仁識自身は、いついかなる時も必ず刻限通りに姿をあらわす。はかったようなそれに、一部の若衆――特に冶都などは冗談半分に、仁識の体の中には時を刻む発条が入っているのだなどと言っているが、当の本人にとってはそれがごく自然なことらしい。
胡坐をかいて床に座り込んだ仁識に倣い、須樹もまた腰をおろす。石床の冷たさが、厚手の衣を通して感じられた。
「須樹、お前の父親は緩衝地帯の商人とも商いをしているんだろう?」
唐突に声をかけられて、須樹は仁識を見やった。
「ああ、二、三の商店と取引はしているが……それがどうかしたのか?」
「最近緩衝地帯で若衆について妙な噂があるのを知らないか?」
「噂? いや、特には何も聞いてはいないが、何かあるのか?」
「いや、知らなければいいんだが……」
須樹は訝しく眉を顰めた。対する仁識は何かを考え込む様子である。黙って二人の遣り取りを聞いていた設啓がぼそりと口を開いた。
「俺は聞いたことがある」
何を、とは言わず、そのまま設啓は黙り込む。仁識が出した話題なのだから、仁識が語ればよかろうということらしい。
「どういう噂なんだ?」
「いや、後で話す。若様が来てから……」
言いかけた仁識の言葉に被さって、人の足音が近付いて来た。思わず須樹と仁識は顔を見合わせた。彼らが待っている人物にしては、相応しからぬ騒々しさである。果たして勢いよく扉を開けて姿をあらわしたのは冶都であった。
「なんだなんだ、しけた面して」
何とはなしに無言で見詰める三人に向かって、冶都はいたって朗らかに声をかけた。
「何故、お前がここにいる」
抑えた声音で言った仁識に、冶都はにんまりとした。
「丁度入口の辺りで灰と会ったから一緒に来たんだ。それにしても冷えるな」
冶都は答えにならぬ答えを返すと、寒い寒い、と呟きながら中央にある火鉢に近付き手をかざした。余程の寒がりなのか、傍目にもわかるほど厚着をしている。そのせいで、上背だけでなく横幅もある姿が益々大きく見えた。そして入り口には、冶都とは対照的に薄手の外套を纏った灰が立っていた。紺青の外套が殆ど黒に見える。僅かに息が上がっていた。おそらく鍛練所まで駆けて来たのだろう。
「遅れてすみません」
「慈恵院ですか?」
「はい」
仁識の問いに肯い、灰は須樹と仁識の中間に腰をおろす。
灰が慈恵院の活動に薬師として参加していることはこの部屋にいる者は皆知っている。灰が多加羅に来た年の秋頃――彼是三年前からのことである。そうでありながら、灰自身が口にせぬせいか、若衆内部ではそのことはさほど知られていなかった。
「で、何故お前がここにいるのだ」
仁識は低く、再度冶都に問うた。それに、冶都が視線を泳がせる。
「今日は鍛練所は開放せぬと言っただろうが。副頭以外は入ることを許さぬという決まりを、まさか忘れたわけではないだろうな」
「忘れたわけじゃあないんだがな……その、何と言うか……」
しどろもどろに言いながら、冶都は須樹に眼差しで救いを求める。須樹は肩を竦めると、苦笑した。口の立つ仁識相手に冶都が敵うわけがなく、気の毒に思わないわけではないが、ここは仁識の言うことの方が正しい。
「何か用があるんですよね?」
横合いから灰が言う。冶都はそれに大きく頷くと心なしか緊張した面持ちで仁識を見やった。
「そうなんだ。お前に何としても聞かねばならんことがある」
意を決したような真剣な口調に、仁識が眉を顰めた。
「何だ」
「お前、結婚するというのは本当か!?」
部屋に沈黙が落ちる。須樹と灰は思わず顔を見合わせていた。設啓は普段と変わらぬ無表情のまま、しかしちらりと仁識を見やる。問われた仁識は呆気に取られたように冶都を見つめ、そして言った。
「今更何を言っている。それがわざわざ鍛練所に来てまで聞きたかったことか?」
何を当たり前のことを、と言わんばかりの言葉だった。
「何ってお前……全然知らなかったぞ! じゃあ、結婚するってのは本当なんだな!? くそう、なんで何も言わないんだよ。相手は誰だ! どんな娘なんだ?」
「待て、落ち着け。お前何か誤解しているようだが、私はまだ当分結婚はせぬ。もしかして婚約の披露目のことを言っているのか?」
「そうだよ。昨日の夜親父から聞いてぶったまげたの何の!」
そして矢も楯もたまらず、鍛練所まで来たということらしい。
「何を大袈裟な。単なる婚約の発表だぞ。それも惣領のお許しを得てから、まだ先の話だ」
「なんでそんなに落ち着いているんだ。この中でも一番がきっぽく見えるお前が一番にそんな……」
剣呑な仁識の表情に冶都は口を噤んだが、今更である。
「あ、いや、がきっぽいってのは別に変な意味じゃなくてだな、お前この中でも一番小柄だろ。で、だな、何と言うか顔も童顔じゃないか。悪意があったわけじゃ……」
「冶都、黙った方がいいぞ」
ぼそりと横合いからかかった須樹の言葉である。目を白黒させて冷や汗を流しているらしい冶都に、仁識は溜息をつく。半ば呆れ、半ば皮肉な笑みを浮かべて言った。
「馬鹿が、お前の言葉にいちいち怒っていたら消耗するだけだ。婚約の話、別に昨日今日の話じゃない。生まれた頃から親同士が取り決めていたことだ。公にされなかっただけでな。そろそろ頃合いも良いということで披露目をすることになったが、別段特別なことでもないだろう」
「おま……お前なあ……何が特別じゃないだよ。特別だろうが。結婚だぞ。一生の伴侶だぞ! 相手の娘にとっても、人生最大の出来事だろうが」
「仁識、相手はどんな人なんだ?」
思わず須樹も口を出す。仁識にそのような相手がいたとは全くの初耳だった。同じ年の青年としては是非聞きたいところである。それに対する仁識の言葉は素っ気ないものだった。
「どのような娘かは知らぬ。年は一つ下だとか聞いたが、一度も会ったことはないからな」
「そうなのか? でもどんな相手だかは知りたいだろう?」
「別段、知りたいと思ったことはないが、それがそんなにおかしいことか?」
揶揄するわけでもない声音に、冶都がやれやれと頭を振った。
「仁識、俺は今はじめてわかったぞ」
「何がだ」
「お前、さては初恋の一つもしていないだろう。今まで一体何をしてきたんだ。結婚の意味をわかっているか? 単に一緒に住むだけじゃないんだぞ。今からでも遅くはない。結婚する前に少しは女性と付き合ってみたらどうだ? 婚約者がいては不実かもしれんが、この際男の修行と考えればいいだろう。勝手がわからなかったら教えてやる。何でも聞いていいぞ」
げほ、と須樹がむせた。腕を組んで無表情に遣り取りを聞いていた設啓が、僅かに目を見開く。灰もまた、何とはなしに仁識から目を逸らし、あらぬ方向に視線を投げた。次の瞬間、滅多に声を荒げることのない仁識の怒声が部屋に響いていた。
「喧しい! 余計なお世話だ!」
仁識が冶都を容赦なく部屋から追い出したのは、それから暫く後のことである。まだ何事かを聞きたそうな冶都がしぶしぶと部屋を後にし、四人が部屋に残された。ここで更に仁識の機嫌を損ねるようなことを口に出す程、残った面々は迂闊ではない。ぎこちない沈黙の後、気を取り直すように須樹が言った。
「ええと……とりあえず、決めるべきことを決めよう。新入りの範分けだったな」
「ああ」
「全部で八人か」
新たに若衆に入った少年がどの範に属するかは、若衆頭と副頭が決定する。一度範が決まればその後変更されることは滅多にないため、少年達にとっても誰がどこに属するかは大きな関心事だった。故に範の決定が行われる日は若者達も俄かに浮足立つ。そのためもあるのか、いつからか、月に三度ある祈念日――神殿が神へ祈りを捧げ、人々に祈祷を行うこの日は安息日となっている――にあわせて範の決定を行うこととなっていた。常であれば範ごとに交替で休みを取り、鍛練所に若者の姿が絶えることはないが、この日ばかりは若衆全てが休みを取ることとなる。
今小さな部屋に集う四人は、現在の副頭である。十九になる須樹と仁識を筆頭に、十八の設啓、そして半年程前に新たに副頭として迎えられたのが十七の灰だった。普通であれば錬徒となった者のうちから副頭が選ばれ、そして若衆頭が代替わりする際には副頭の中から次代が選ばれる。須樹や仁識、そして設啓もそのようにして副頭となった。例外は灰である。彼のみは錬徒になることなく――須樹が副頭になった後、錬徒となったのは冶都である――副頭に抜擢されていた。例外的なその措置を行ったのが、現若衆頭である。
現在の若衆頭――それは、惣領家嫡男の透軌であった。
前若衆頭である加倉が南軍に入隊するために若衆を抜けたのは二年前のことである。それに伴って加倉の取り巻きの多くも若衆を抜けた。四人の副頭もそのうちに含まれ、頭と副頭、そして数人の錬徒が一気にいなくなったのである。その際に起きた混乱は、須樹達には苦い記憶として残っていた。加倉が一部の貴族のみを優遇し、規範自体が緩くなっていた若衆では、純粋に人望と力によって新たな役職者を決めるだけの秩序がなかった。
連日若者同士の会議が開かれたが、それも紛糾し、果ては貴族と平民、あるいは豊かな者と貧しい者同士の睨み合いにまでなりかけたのだ。そんな彼らに、惣領家の透軌が若衆頭の任を預かる、との報が一方的に知らされたのだ。前例のないことに、若衆のみならず街衆もまた驚いたが、異を唱えられる者がいようはずもなかった。
その後はぎくしゃくしていた若衆内部も若干落着きを取り戻し、そして冷静な幾人かが公正な方法による副頭の選出を皆に呼びかければ、もはやそれに反論する者はいなかった。結果、選ばれたのが須樹と仁識である。その時選ばれた他の二人は、一人が一年前に若衆を抜け、その後として設啓が、そして半年前にもう一人が抜けて灰が新たに副頭となっている。
――今の若衆には頭が不在だ――
仁識が皮肉気にそう言うたびに、須樹は複雑な思いに駆られる。現在の若衆頭である透軌は鍛練所に顔を出すことはない。辛うじて祭礼の前だけは鍛練所を訪れるが、おそらく副頭の彼らの名前も覚えているかどうか、あやしいものである。頭とは名ばかりであり、実質は副頭に全てが任されていた。透軌が若衆に対して働きかけたのは、灰を副頭に指名したその時だけである。
「今は冶都の範に空きがある。一人はそこに入れたらいいだろう」
「ああ。やたらと気の強い悪がきがいたから、あいつはどうかな。冶都ならばうまく指導できるかもしれん」
「先谷ですね。冶都さんなら大丈夫だと思います」
「……冶都にはどれだけ逆らったところで意味がないからな。全て笑い飛ばして終わりだ。鈍さでは若衆随一だ。あそこまでいけば、才能の一つだな」
仁識がどこか憮然として言った。やはり先程冶都に言われたことを多少なりと根に持っているらしい。仁識の容貌は黙っていれば優しく柔らかであり、十五、六にしか見えぬほどである。冶都が言うほど小柄というわけではないが、並みよりも上背のある須樹や灰と並べば、やはりいくらか年下に見られやすい。だが、それはあくまでも口を閉じていれば、の話だ。
一度口を開ければ、その弁の立つことと辛辣さから、若衆の中で彼に敵う者はいない。それに加え、仁識は知略に優れている、というのが須樹の考えである。彼が博露院を嫌いやめた経緯については、須樹も仁識自身の口から聞いている。だが、仁識が本気で多加羅における権力争いに加われば、必ず頭角を現すであろうことは想像に難くなかった。
一度須樹は何気なく聞いたことがある。何故、それほどまでに中枢官吏への道を拒むのか、と。
その時の仁識の答えはごく単純だった。
――つまらないからさ。
そう言って口を閉ざした仁識に、須樹もそれ以上問うことはしなかった。
「範の振り分けはこれで全部だな」
須樹は言うと、確認するように周囲の面々を見渡した。すでに話し合いを始めてから一刻ばかりが過ぎようとしている。
「では、頭に知らせておきます」
「ああ、頼む」
灰の言葉に須樹は頷くと、話し合いの結果を記した紙を手渡した。灰はそれを丁寧に折ると懐に入れる。形ばかりの頭とはいえ、話し合いの内容は透軌へと知らされる。報告の任を請け負うのは半年前から常に灰だった。それまではいずれかの副頭が惣領家の屋敷の者に託していたが、奈何せん楽しい役目ではない。須樹自身は灰に役目を振るのが乗り気ではなかったが、それが他ならぬ頭自身からの指示だったため、抗いようもなかった。
半年前に灰が透軌から副頭の指名を受けた時、若衆内部に動揺が生じなかったわけではない。一つには灰が錬徒にもなっておらず、まさしく異例の抜擢であること、もう一つには須樹の範に属していた灰が副頭となることで、同じ範からの副頭が二名となり公正を期するという漸く築かれた秩序が崩れるのではないかという考えからである。須樹も、そして口には出さずともおそらくは仁識も、若者達が灰に対してどのような反応を示すか懸念していた。
だが、それらの懸念を払拭して、副頭としての灰はすんなりと若者達に受け入れられていった。惣領家の者であることを差し引いても、灰という存在が二年半の間に皆に受け入れられていった、それは証でもある。剣術の腕だけを見ても、もとより才があったのか、すでに若衆の中でも五指に入る使い手であり、穏やかで分け隔てない性格がいつしか信頼されるようになってもいたのだろう。
無論、声高ではなくとも反論を唱える者はいた。三年前に灰が若衆を抜け、再び戻ったその時から、何かにつけ灰を目の仇にする者は今もなお少なからずいる。しかしそれ以上に、灰自身の人となりを知り、受け入れる者の方が多かったのである。
「そういえば、最初に言っていた噂話というのは何だ?」
思い出して問うた須樹に、仁識はちらりと視線を投げた。
「噂?」
「ああ、何やら緩衝地帯で若衆についての妙な噂があるらしいんだが」
須樹は灰に答え、促すように仁識を見やった。
「少し厄介なものだ」
「厄介、ということは、悪い噂か?」
「ま、有体に言えばその通りだな。緩衝地帯の街で住民が何者かに襲われる騒ぎがあったらしいんだが、それがどうやら多加羅若衆を名乗っていたらしい」
「何だって」
思わず設啓を見れば、彼もまた小さく頷き言った。
「俺が聞いたのも同じ話だ」
「若様は聞いたことはありますか?」
「いえ、俺は何も……」
灰は答える。仁識は言葉を続けた。
「私がその噂を聞いたのは昨日のことです。緩衝地帯の農村部で、若者の集団が狼藉を働き、その際に多加羅若衆であると名乗ったという内容です。その狼藉というのが、村の若者に因縁をつけて暴力を振るったり、村祭り用に作った祭壇を壊したり、ということらしいのですが、他にも被害はあるようです」
「おいおい、それはかなり悪質だな」
「何度もそのようなことが起こっている、ということですか?」
仁識は頷く。
「何度も起きたからこそ、多加羅の街にまで噂が届くようになったのでしょう。はじめは多加羅若衆などということも口から出まかせだろうと言う人が多かったようですが、同様の事が度重なるうちに信じる者まで出てきているようです」
「俺が聞いた噂では、冬に向けて蓄えた食物倉庫に火をつけたというものもあったぞ」
設啓が言う。内容を聞くだに、それは悪質を通り越してれっきとした犯罪行為である。まるで盗賊のような所業だった。
「噂が全て真実ではないと私は思っています。おそらく誇張されて作られている部分もあるのでしょう。だが……」
「火の無いところにそもそも煙はたたない、というわけですね」
「そういうことです」
ならばその火種となったのはどのような出来事なのか、それは定かではない。だが実際に被害が出ているのは確かなのである。
「確かめる必要があるな」
須樹が言えば、仁識は頷いた。
「実際にどのような事が起こっているのか、誰が若衆の名を騙っているのか……」
「まずは少数で被害のあった地域に行って探った方がいいでしょうね」
「問題は誰が行くかだが……」
「俺と須樹がいいだろう」
設啓が言う。反論は出なかった。
「間違っても若衆であることは知られるなよ。下手に知られれば、沙羅久から何を言われるかわからん」
仁識の言葉に須樹と設啓は頷いた。
緩衝地帯で多加羅と沙羅久の衝突が絶えないとはいえ、そこは両者にとって不可侵なのである。如何なる事情であろうとも、緩衝地帯に若衆が介入することは許されない行為だった。だが、このまま噂を放置しておけば、多加羅にとっても痛手になりかねない。
仁識は見た目から貴族であることが明らかであり、灰もやはり人目を引く。また、惣領家の者が緩衝地帯で動いていることが万が一にも明らかとなれば、更に厄介なことになるだろう。沙羅久からどのような難癖をつけられるかわかったものではない。多加羅の弱味となるような行動は厳に慎まねばならなかった。
「明日にでも緩衝地帯に行って来よう。このことはまだ皆には知らせない方がいいな」
「ああ。気をつけろよ」
「わかっている」
須樹と設啓が頷き、それで話し合いの場は解散となった。
第二部第一章「狭間」開始です。説明が多くてじれったいのですが、この先もじれったい感じで続きます。第二部は、第一部よりも読み応えのあるものを、と思いながら書いた記憶があります。内容的には第一部よりもかなりややこしいかな、と。もうひとつ、第二部は書いていくうちに、「書き手も読み手も騙す」ということを一つ、目的に設定していました。うまく書けたか今の段階では何ともわかりませんが、少しでも楽しんでいただければ幸せです。
ではでは、今後ともよろしくお願いいたします!