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最果てに天深く  作者: 高原 景
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 眩しさによろずは瞼を押し開けた。反射的に腕を顔の前に翳す。光の元を追えば扉の上部の隙間から差し込んでいるらしい。陽光である。では、少なくとも夜ではない。そして嵐も通り過ぎたということだろう。

 半ば呆然として万は辺りを見回した。四方を囲む白壁は水染みがところどころにあり、全体に灰色がかって見える。暗がりに集う闇の奥行がなくなれば、小屋の狭さと粗末さばかりが目についた。傍らにはそうが体を丸めて眠っている。万自身は壁に凭れた姿勢のままである。手足が強張り、体の節々が痛んでいた。

 そして小屋の中に青年と男の姿はなかった。一体何時の間に出て行ったのか、棚を動かす物音にすら気付かなかった。二人は万が眠っている間に密やかにこの場を去ったのだ。

「何てこった」

 ぼそりと呟くと、万は身を起こす。眠るつもりはなかった。そのうえ、眠ったという自覚すらなかった。状況を見て、己が眠ったのだろうと思っただけである。それは彼にとっては信じ難いことだった。

「まさか……夢か?」

 あの青年と男の存在である。

 旅から旅に生きる生活をはじめてすでに十年は経つ。だが、人の気配を捉える感覚だけは衰えていない自信があった。知らぬうちに眠りこけ、挙句の果てに人が小屋を出て行く気配にすら気付かぬなど、夢を見たのだと考える方がまだしも納得がいく。

 だがあの男の気配――万はこの小屋に辿り着いた時も男の存在に暫く気付かなかったのだ。死角にいたわけでもなく、剣の一振りで命を奪える程の位置にいながらにして、である。

「関わらぬが身のため、だな」

 小さく頭を振り、顎を撫でながら呟く。そして傍らで寝息をたてる青年の肩を揺すった。

「おい、起きろ。急いで届けないといけない証文があるんだろう?」

 何やらむにゃむにゃと呟いてから相はがばりと身を起こした。寝惚け眼をしきりに瞬かせ、慌ただしくくしゃくしゃになった衣を整える。

「しまった! 今何時でしょうか。昼までには届けないとだめなんですよ。参ったなあ。遅れたら村長にどやされる」

「まだ朝八つの刻というところだろう。今からなら十一の刻には街に辿り着ける」

「ああ……良かった」

 安堵の溜息をついた青年が扉を開く。眩しい光の白さの向こうに高い碧空が見えた。まだ幼い朝の色である。きりりと澄んだ空気が流れ込み、小屋に籠る湿った臭いを吹き散らした。

「嵐もすっかり行っちまいましたね」

「ああ。干し肉程度ならあるが、食うか?」

「ありがとうございます。昨日のうちに着けると思って何も持ってないんですよ」

 万の傍らに座った青年が、きょろきょろと小屋の中を見回した。

「あれ、あの人達はもう出発したんですね。全然気付かなかったです」

「……やはり夢ではなかったようだな」

「え?」

 振り返った相に、万は言った。

「変わった風体の二人だったからな、てっきり夢でも見たのかと思っていたんだ」

「ああ、わかります。特に若い方。俺、あんな姿の人を初めて見ましたよ。異国の人なのかなあ。こんな田舎で何をしているんでしょうね」

「さてな。こんな場合に、一つ良い格言があるぞ」

 背嚢から取り出した干し肉を裂いて相に渡しながら、万はにやりと笑んだ。

「知るは災厄、知らぬが後の息災なり、とね」



 万と相が街道筋の街に辿り着いたのは、万の言葉通り、十一の刻になった頃合いだった。農作物の交換や商談の場である街は、田舎にしては規模が大きい。作物の刈り入れも終わった時節であり、人通りが多かった。羽振りの良い街らしく、豪華さはなくとも端正な家々が並んでいる。白壁に赤みを帯びた瓦の色彩が、街の活気を引き立てていた。

 成り行きで街までの行程を相とともにした万だったが、彼の目的地はこれよりさらに丸一日は歩かねばならぬ。滅多に来ぬ街の様子に物珍しげな視線を投げる相に、万は別れの言葉を告げた。

 しきりに頭を下げる青年に手を振り雑踏へと紛れ込んだ万は、周囲を見やる。昨夜の奇妙な二人連れがどこかにいるのではないかと思ったせいだったが、あのように姿を消した相手がのほほんと街を闊歩しているわけがあろうはずもない。万は、二人が意図して悟られずに姿を消したのだと、半ば確信していた。

 がしがしと頭をかいて万は背嚢を抱え直した。

(いかんなあ。知らぬが後の息災だぞ)

 旅の携帯食の補充のため食料品店に寄り、残りの行程を進まねばならぬ。その前に一杯位は酒を飲んでもいいだろう。酒の力を借りるのはいささか情けなくもあるが、悶々とした心持が僅かでも紛れるのではないか、と万は思う。さらに街道を進むのがどうにも億劫だった。

 真先に目についた小さな食料品店に入れば、なかなかの品揃えである。数種類の干し肉と乾燥させた果物、そして一袋の香草を手に取り勘定場へと向かう。二十になるやならずの頃は毎日のように香草を口に含んでいたが、最近は買うことも滅多になかった。どういうわけか、久々に刺激的な風味と香りを楽しみたい気分になっていた。

「お客さん、旅人だね」

 万が差し出した紙幣を受け取った壮年の店主が言う。客も少なく、どうやら退屈していたらしい。旅装の男相手にひとしきり会話を楽しむ腹なのだろう。

「まあな」

「どこの人だい?」

「どこに見える?」

「少なくともここらの農民には見えんわな。もしかして都の生まれかい?」

 万は思わず苦笑していた。故郷を飛び出した頃の彼ならば、このような言葉はかけられなかっただろう。彼の外見の変化が、そのまま十年という歳月を物語っていた。

「色々な場所をうろついているから、どこということもないが……生まれは東の方だ」

「へえ、東ってえのは、どんな所領があるんだい?」

沙羅久しゃらく多加羅たから、それに梓魏しぎだな」

「ああ、聞いたことはあるなあ。大きな街があるんだろう?」

「まあ、な。しかしこの街もなかなかのものだ」

「いやさ、田舎さね。まあ、最近では些か物騒なことも起こりよるが、でもまだまだ長閑なもんだ」

「物騒てのは何だ? 盗賊でも出るのか?」

 街道筋では時に盗賊が出没する。だが、多くは山道であることが多く、このような平地で襲われることは滅多にない。思わず問うたのは、昨夜見た青年の、大きく切り裂かれた外套を思い出したせいだった。

「噂だがね、人攫いが出たの出ないのってえ話があってね」

「そりゃあ確かに物騒だな」

「まあ、あんたみたいに見るからに強そうな御仁は大丈夫だろうが、世の中おかしな奴もいるもんだ。気をつけるこったね」

「ああ」

 万は干し肉と果物を背嚢に、香草の袋を懐に入れると、まだ話し足りなさそうな店主に手を上げて店の外へと向かった。

「もしかしてお前さん、故郷に帰るのかね?」

 万は思わず足を止めていた。店主は朗らかに言葉を続ける。

「たまには帰ってみるのもいいもんだ」

「そうだろうな」

 ほろ苦く言うと、万は店を後にした。

 再び雑踏へと踏み出すと万は見当をつけて歩き出す。このような街であれば、酒場のある場所はだいたい決まっている。街の入口からさほど離れず、しかし表からは見えぬ細い路地辺りであろう。先程は出発前の景気づけに、と考えていたが、今はとにもかくにも飲まずにはいられない気分だった。

 故郷の名を口に出したのは一体何年振りだろうか。万屋を名乗り、斡旋屋の伝手でそれこそ帝国のあらゆる場所へと赴き、くだらないことから危険なことまで様々なことを請け負ってきた。だが、決して故郷の地だけは踏もうとはしなかったのである。

 その彼の元へ使者が来たのは僅かに五日前のことである。どのようにして彼の居場所を探り当てたのか、とうに捨て去ったと思っていた、いわば過去からの使いであった。

 そして過去からもたらされた言葉に逆らうこともできず、命じられるままに彼は進んでいるのだ。それが一度は捨てた故郷へと帰るということでもあるのだと、万は今更ながらに気付いたのだった。

 物思いに沈みながら歩いていた万は、ふと足を止めた。考えるより先に視線が流れる。その先に、覚束ない足取りの相がいた。しきりに辺りを見回しては行きつ戻りつしている。迷ったのか、目指す建物が見つからないのだろう。万は眉根を寄せた。彼の意識を引いたのは相ではないはずである。それはもっと危うい何かだ。

 やがて目指す道筋が漸くわかったのか、相が細い路地へと入る。その後に続いて一人の男がさりげなく路地へと踏み込んで行くのが見えた。

 万は咄嗟に駆け出していた。押しのけられた人々の怒りと驚きの声にも振り返らず、二人が姿を消した路地へと飛び込む。路地は薄暗く人気が無い。その先、辺りを見回しながら歩く相の横を、後から続いた男が今まさに追い抜こうとしていた。

 男が、突然動いた。無防備な相の顔、その下半分を左手で掴み、壁に押し付ける。鈍い音が響いた。悲鳴を封じて振りかざす右手には短剣が握られていた。それが鮮やかな軌跡を残して閃く。

 間に合わない――それでも走り寄ろうとした万は、しかし自分でも驚く程の素早さで傍らに積まれた木箱の影に飛び込んでいた。考える間もない。なぜ、と思う前に、体が動いたのだ。そして身を隠す寸前、万は視界の隅に、確かにその姿を捉えていた。

 

 青年の胸元に今まさに短剣を振りおろさんとしていた男は、ぎょっと目を見開いて振り返った。微塵も気配を感じさせず、しかし獣さながらの素早さで迫りくる姿があった。

 抗う間もあらばこそ、右腕を捩じり上げられ、うつ伏せに地面に押し倒されていた。短剣が奪われる。

 暴漢の手から解放された青年は、頭を壁に打ち付けられた衝撃に意識を失ったのか地面に倒れ込んでいる。

 右腕を背に容赦なく捩じり上げられ、がっちりと上から押さえ込まれた男は、しかし苦痛の叫び一つあげなかった。ただ鋭い呼気が響く。

 言葉を先に発したのは、地面になす術もなく押さえつけられた方であった。

「はなせ」

「ならぬ。一体何をしている」

「命令だ。この男は生かしてはおけぬ。お前も知っているだろう」

「そのようなことはさせぬ。この男に手出しはせぬと誓え。ならばはなしてやろう」

 抑えた響きの遣り取りは、不気味な程に淡々と、熱もなく交わされる。だが、次に男が発した言葉には怒りの片鱗があった。

「主の命に逆らうのか。場に居合わせた者は殺せとのお言葉を忘れたか」

「この男は何も知らぬ。もう一人も同様だ。何も見てはおらぬのだ。無用の殺生をせよとの命令ではなかったはずだ」

 不意にくぐもった笑い声が響いた。抑え込まれ、おそらくは相当な激痛に違いない。それにも関わらず呻き声一つ洩らさず、嘲るように言葉を放った。

「甘いことだな。いつからそのような腑抜けになった、げん。それとも腑抜けたのはあのような者に仕えているせいか。まさか本気で仕えているのか? 卑しい下劣な存在だぞ」

「黙れ。それ以上あの方を愚弄することは許さぬ」

 返された声音、弦のそれはごく静かなものだったが、そこに籠る響きに男は息を呑む。彼は相手の恐ろしさを知っていた。弦が怒りのままに力をふるうことはないとわかっていても、背筋が冷える。

「あの方……あの方、あの方。お前は口を開けばそればかりだ。いかにお前が直属としてあの者に仕えていようとも我らの主はただ一人だ。よもや真の主を忘れたわけではあるまいな」

 弦は男の挑発を受け流し、ひそりと囁いた。

「即刻この場より立ち去れ。逆らうなよ。仲間の命を奪うは、私でもさすがに気分が悪い」

「脅す気か。どうかしているぞ。現場を見られずともあの者の姿を見られたのだろう。いかなる禍根も残してはならぬのだ。お前こそ主の言葉に逆らえば死あるのみであることを忘れたか。お前だけではない。私まで罰せられるのだぞ」

「案ずるな。お前を止めたのはあの方の御命令があったからだ。私もお前も、ただそのお言葉に従えばよいのだ。お前こそあの方が我らの主に連なるお人だということを忘れるなよ。お前もありのままを御報告申し上げて判断を仰げばいいのさ。その先を決めるのは我らではない」

 弦の言葉に、男は瞠目した。

「馬鹿な……私の役目は知らぬ筈だろう」

「とうに気付いておられた。故に私をこの街に残されたのだ。お前の動きから目を離さず、決して誰も殺してはならぬとの厳命だ」

 沈黙が落ちる。男は己をなおも拘束する相手を辛うじて横目で睨みつけた。対する弦は、あくまでも無表情に男を見下ろしているだけだ。無言の攻防の結果は明らかだった。


 万は身じろぎもせず、物陰に蹲っていた。彼からは二人の男の姿は見えぬ。ただ張り詰めた遣り取りばかりが聞こえていた。やがて微かな衣擦れが響き、男――弦と呼ばれていたか――が暴漢を解放したことがわかった。

「行け」

 弦の声が響く。僅かに逡巡するような間の後、密やかな足音が遠ざかって行った。なおも体を強張らせたまま万は息を殺す。

「出て来い」

 かけられた声に、万は思わず漏れそうになった溜息を呑み込んだ。相を殺そうとしたもう一人には気付かれていない自信がある。だが、この相手は別だ。いつから気付かれていたのか――おそらくはじめからだろう。物陰に隠れる姿を見られていたのかもしれない。

「殺しはせぬ」

 それが本心であったとしても、万にはいっかな気休めにもならぬ言葉だった。

「くそう……知らぬが後の息災だってえのに……」

 思わず呟く。漏れ聞こえた言葉はあまりに漠然としていたが、穏やかならぬ内容なのは明らかである。

 渋々立ちあがり路地に踏み出せば、思った通りの姿がそこにはあった。今では名前まで知ってしまった相手である。嵐の中、暗い小屋で見た時には年齢すら掴めなかったが、こうして改めて対すれば万よりも僅かに二、三年上――まだ三十前後といったところだ。そして明るい場所で見てもどこか容貌が掴みづらい。無表情故と思ったが、弦自身が意図して己をそう見せているのだと万は悟る。

 歩み出した万に、弦は目を細めた。

「お前はただ者ではないな」

 弦の言葉に万は肩を竦めた。これは光栄なことかも知れぬ、と万は頭の片隅で思う。何せ尋常ではない男である。そのような相手にただ者ではないと評されるのを純粋に喜んでよいか否か、いささか複雑な心境に万は陥った。

「この青年もお前も殺しはせぬ。だが、この場で見たことを一言でも漏らせばそうもいかぬ」

「誓うよ。俺は何も見てはいないし、聞いてもいない。あんたと俺は通りすがりの旅人同士。たまたま嵐を逃れて逃げ込んだ先で顔をあわせただけの間柄だ」

「賢明だな」

「あんたみたいなのを相手にしたら命が幾つあっても足りない。俺はまだ死にたかないんだよ」

 弦は言葉の真偽をはかるように万を凝視すると言った。

「その言葉、信じよう」

 言い置いて用は済んだとばかりに背を向ける弦に、思わず万は声をかけていた。

「なあ、どうやって俺を眠らせたんだ?」

 弦が振り返る。

「眠らせたんだろう? あんたらがあそこで何をしていたかは知ったこっちゃないが、見られたらやばいことだったんだろう。俺達があの場所にいたことも誤算だったんじゃないのか? あのまま仲良く一夜をともにして、旅は道連れなんてことになってたら都合が悪かった。だから後腐れなく、ひっそりと姿を消したんだろう。まあ、もう一人の見た目を思えば賢明だな。ありゃあ記憶に残る」

 弦の視線が俄かに鋭くなる。万はにやりと笑ってみせた。

「あー、いや、違ったかな。昨日あの小屋にいたのは三人きりだ。途中で嵐の仙だか何だかが迷い込んだかもしれんが、そりゃあきっと俺の夢だ。だがな、俺としても前後不覚に眠るなんざ大問題でね。下手したら命に関わる大へまだ。言ったろう。俺はまだ死にたかない。死なぬためには備えるべしってね」

 答えぬ相手に、万は低く言った。

「約束は守る。他言はしない。だが同業のよしみで教えてくれないか?」

睡覚煙すいかくえんだ。お前が眠らぬから使うしかなかった」

 それだけを言うと弦は背を向けた。足早に去る姿を見つめ、万は漸く強張っていた体から力を抜いた。まさか答えが返るとは思わなかったが、はったりも言ってみるものである。

「睡覚煙とは……たまげたね」

 名前だけなら聞いたことがある。火で燻すことで効果を発する薬だ。その煙を嗅いだ者はたちどころに眠りに引き込まれる。だが睡覚煙の調合には熟練した技術が必要なはずである。下手な者が作れば、眠らせるどころか命を奪う危険性すらある。その用途のせいもあるが、一般的に知られてもいない。容易く手に入る物ではなかった。

 弦は薪をくべる際、一緒に睡覚煙を火に投じたのだろう。いささかも気取らせない所業である。

 そして、おそらく弦の言うあの方とは昨夜の青年だろう。やはり主従の関係であったらしい。相を殺そうとした男の言葉から青年に対する敬意は微塵も感じられず、むしろ蔑む様子ではあったが、どのような事情があるのかは、万には窺い知れない。言うまでもなく、知りたくもないことである。彼らが誰に仕えているにせよ、郷氏や貴族程度が抱える部類の者達ではなかった。

「知るは災厄、知らぬは後の息災なり……」

 何度目かの言葉も、どこか空しい。万は倒れ伏している相の元に近寄ると肩を揺すった。空を見上げれば太陽は中点を過ぎている。

「おおい、証文を昼までに届けるんだろうが。もう昼を過ぎちまったぞ」

 相は呻き声をあげるがまだ目覚める気配がない。万は大きく溜息をつく。相の体を引きずり起こすと肩におぶった。このまま放っておくわけにもいかない。警吏けいりに預ければ何とかしてくれるだろう。だが、一体どう説明したものかとげんなり考える。物盗りに襲われたとでも言うしかなかろう。

「お前も災難だよなあ」

 言いながら万は懐から香草を取り出す。袋を破って一掴み口に放り込んだ。噛むほどに香ばしさと僅かな渋みが広がった。

「まったく何て災厄だよ……」

 いっそのこと嵐の仙に一夜の夢を見せられたのだと思いたい。夢ならば理不尽に命を奪われる危険もない。もっともあの青年は、風の化身と言われても頷けそうな雰囲気ではあった。

 いずれにせよ、もう二度と会うことはあるまい。万はそう思う。

 無論この時点では誰も想像し得なかっただろう。これより後厳しい冬を経て、巡る季節の黎明――初春の頃に、万は再び青年とまみえることとなる。

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