19
秋連は硝子筒の炎の揺らめきに、ふと顔をあげた。書物を広げた時には端正だった炎が、蝶が羽ばたくように閃いている。どうやら油が切れかかっているのにも気づかぬほどに書物に没頭していたらしい。
硝子筒を手に秋連は書庫を出た。食事の後そこに籠ってから、一体どれほどの時間が経ったのだろうか。時をはかろうにも細い廊下には窓がなく、月の位置を見ることもかなわない。しんと静まり返った様子から、皆すでに眠りに就いているのだろう。
一階の部屋へと向かう階段の途中で、硝子筒の炎が一度大きく燃え上がり、唐突に消えた。己の手も見ることのかなわぬ闇の中で、秋連はゆっくりと足を運ぶ。布靴を通して石の冷やかさが感じられた。薄手の衣では肌寒いくらいである。夜は次第に長く、冷たくなっているのだ。
階段を降り、廊下の突き当たりにある己の部屋へと向かおうとして秋連はふと足を止めた。微かな音が聞こえたのだ。地を這うようなそれに耳を澄ます。虫の音ではない。人の声である。このような深夜に一体誰がしゃべっているのか、離れた場所から聞こえるその内容は掴めない。
(厨房から……?)
その声はどうやら秋連の部屋とは反対側にある厨房から聞こえるようだった。足音を殺して厨房に近付き、細く開いた扉から中を覗くと、そこは闇に沈んでいた。用心深く目を凝らすも、声の主はいない。恐る恐る中に入り、厨房を見渡す。
「……は、明日神殿に抗議をなさいます」
突然明瞭に聞こえた言葉に秋連はぎょっと立ち竦んだ。無人の室内を見回し、その目が一点に据えられた。竈のそばに設えられた換気口である。天井に近い位置にあるそこからどうやら声は聞こえるようだ。誰かが星見の塔の外で話しているのだ。くぐもって聞こえるそれは押し殺したような男の声だった。そして次に聞こえた声に秋連は息を呑んだ。
「ですが、神殿は惣領の抗議を聞き入れるでしょうか」
(灰……?)
秋連はその場に立ち尽くしたまま耳を澄ませる。
「むろん聞き入れるでしょう。何ゆえ、聖遣使が多加羅に入り込んだのか、それも事前に何の通達もなく、沙羅久惣領家に連なる者を送り込むとは多加羅への愚弄です。いかに聖遣使が特権を有していようとも、多加羅惣領家の存在を無視してこの地は治まりませぬ」
僅かな沈黙が続く。それを破ったのは男の方だった。
「惣領は灰様のことをお気に懸けておいでです。聖遣使が如何なる目的で多加羅へと送りこまれたかわかりませぬゆえ、今後くれぐれも注意なさるように、との仰せです。灰様の力のことが知られているとは思えぬが油断せぬように、とのことです」
「わかりました」
少年が答える。
「惣領に伝えて下さい。まだ、見つけることはできていないと。だが、祭礼に向けて人が増えるほど危険は増しているように思えます。おそらく、遠からず感じ取れることはできるでしょう」
「承知致しました」
衣ずれの音が響き、次いで微かな足音がする。どうやら遠ざかっていくらしい。静寂にひたされた闇の中で、秋連は強張っていた体から力を抜いた。
(一体どういうことだ……)
会話の内容は断片的で掴みどころがない。しかしはっきりしていることは、会話を交わしていた一人が灰であり、もう一人の男が峰瀬の使いであろうということだ。どうやら秋連の知らぬところで何事かが起こっているらしい。それも穏やかならざることに違いない。
秋連は昼間に見た灰の様子を思い出す。左手と腕に酷い傷を負って帰って来た少年は、その怪我について多くを語らなかった。もっとも書庫で書物の整理をしていた秋連は、その傷を目にしてはいない。ただ左手から肘までを包む包帯が痛々しく、娃菜の話では、傷は明らかに尋常なものではなかったという。青褪める娃菜と稟に対して、灰はただ平気だから、と言っただけだった。しかしさすがに体調が優れぬのか、灰は秋連の講義を受けることもなく早々と就寝したのだった。
今更ながらに秋連は己の迂闊さに気付く。もしや灰が負った傷も先程の会話の内容と関わりがあるのだろうか。一体何が起こっているかはわからないが、それが少年にとって危険なことなのは間違いないだろう。そしてそれは灰の怪魅師としての力とも関係があるのだ。聖遣使が実在することは秋連も知っているが、それが多加羅に入り込んでいるらしいというのは初耳だった。もっとも彼はそのようなことを知る立場にはいないのだが――
(惣領は一体灰に何をさせているのだ)
かたり、と音がする。厨房の隣にある食物貯蔵庫からだった。灰はどうやらそこから出入りしているらしい。秋連は息をつめて少年の気配を探った。はからずも聞いてしまった先程の会話である。深夜に人知れず交わされたそれは、恐らく星見の塔の住民に秘すためであろう。知らぬ振りをすべきなのか、それとも一体何事が起こっているのか問い質すべきなのだろうか。秋連は迷う。
彼はただ教育係として灰を預かっているに過ぎない。少年は恐らく惣領である峰瀬の命に従って動いているのだ。それは秋連が踏み込むべき領分ではない。
己の思考に沈みこんでいた秋連は貯蔵庫の扉が軋む音にはっとした。続いて軽い足音が厨房の前に差し掛かり、そして止まった。秋連は思わず息を詰める。束の間の静寂――壁を隔てて対する相手の緊張が、夜に滲む。己の心音に縛される。だが、少年は何事もなかったように再び歩を進めると、静かに階段を昇って行った。
(私がいることに気付いたか……?)
なおも秋連は立ち尽くし、闇に沈み藍の輪郭を纏う己の手を見つめる。何かを掴み損ねた焦燥が胸中にあった。
――それを聞けばお前は否応もなく惣領家が秘める闇に入り込むことになる――峰瀬の言葉えを思い出す。あれは、つまり警告だったのだ。惣領家のことに触れるな、と。灰が峰瀬から何を命じられようとも、秋連はそれを知るべき立場にはないのだという、明確な宣告だった。秋連は知らず拳を握りしめる。
(今更気付くとは間抜けなことだ)
だが、あの時は秋連も峰瀬がただ肉親としての情愛だけで、あるいは義務感だけで灰を呼び寄せたのではないことに気付いていたのだ。それでもなお峰瀬に真意を問おうとしなかったのはなぜなのか。そして今なぜ、己は少年を引き止め真実を聞こうとしないのか。なぜ――
やがて静かに閉ざされる扉の音が階上で聞こえた。
沙羅久の街は多加羅の北西に位置する。その街の佇まいは多加羅とは様相を異にしている。小高い丘のような優美な外観の多加羅と比べ、沙羅久の街並みは平坦だった。薄茶の家壁と単調な四角い家々の形が、見る者に堅牢な印象を与える。街は多加羅のように壁に囲まれてはいないが、要所に配された物見の塔が常に外部を監視しており、街を訪れる者に無言の圧迫を感じさせる。そして多加羅が金笹の産地として芸術に秀で、祭礼で名を馳せいているのとは対照的に、沙羅久は歴史に名を残す優秀な軍で知られてはいても、これといった名産はない。沙羅久の人々が多加羅へと抱く対抗意識の根底には、帝国の中でも芸術都市として知られる多加羅への密かな羨望があった。
聡達は怠惰に寝台に寝そべりながら開け放した窓から見える街を憂鬱に見やった。街の中心部にある惣領家の屋敷もまた飾り気のない外観である。およそ装飾というもののない建物は一際高く街を睥睨するように聳え立っている。聡達の部屋は建物の中でも最も高い位置、五階の奥にあり、平らな街並みが一望できた。今、街は押し迫る夕闇に染まり、淡い夜の霞に沈みつつある。
(兄貴の奴、もったいぶりやがって)
心中で呟いて聡達は街並みから目を逸らし、苛立ちを紛らわすように傍らの卓へと手を伸ばした。掴んだ刀を目の前に翳し、そっと鞘から刃を抜き放つ。戯れに空気を裂けば銀が纏う鋭い光沢がゆらりと揺れた。それに目を細めた聡達は、前触れもなく開いた扉に視線を流した。
唐突に部屋へと入って来た男は、刃を弄ぶ聡達の姿に眉を顰めた。後ろ手に扉を閉めると、寝台の横に立って聡達を見下ろす。
「刃をしまえ」
命令に聡達はにやりと笑う。これ見よがしに刃を振れば、目の前の相手は益々顔を顰めた。
「わかったよ。んな怖い顔すんなよ兄貴」
言いながら聡達は刃を鞘にしまうと、卓に置く。かたりと乾いた音が響いた。体を起こし、肌蹴た衣はそのままに兄――若国と対すれば、相手はなおも苦々しい渋面である。
「私が何を言いたいかわかるか?」
「もったいぶった言い方はやめてくれ。だいたい話があるってんならさっさとすればいいだろ。それを一日謹慎させられてこっちもいい加減うんざりしてるんだよ」
「謹慎を申しつけられる自覚はあるわけだな」
聡達は四歳年上の相手を見上げると皮肉に笑む。まるで鏡と向かい合っているかのように似通った相貌の二人である。しかし内包するものはあまりにかけ離れている。この兄と話していて共感することなど皆無だ。それは相手も同様に感じていることだろう。
「昨日のことを言ってるならお門違いもいいとこだ。俺は単に任務のために多加羅に行っただけだ」
「だがその結果がこれだ。今朝、多加羅惣領家から神殿に正式な抗議があったらしい。神殿から沙羅久へ勝手なことをするなとのお達しがあった」
「へえ……多加羅もまださほどの腑抜けではないらしいな」
「聡達!」
厳しい若国の声に聡達はうんざりしたように頭をかく。
「いいじゃねえか。どうせ多加羅なんて今や名ばかりの存在だろ」
「いかに多加羅が力弱くなろうとも、侮ってはならん。特に峰瀬は油断のならぬ人物と聞く。下手に弱みを見せればつけこまれるのはこちらだ」
「それも今の惣領が死ねば終わりだ。次の代になれば多加羅が潰れるのも時間の問題だ。あの家系は早死にだからな。兄貴もそのつもりなんだろ。親父もそろそろ兄貴に跡目を譲るつもりなんだろう?」
若国はため息をついた。
「私はそのようなことを言っているのではない。お前の軽はずみな態度を改めろと言っているのだ。だいたいその任務とやら、お前ではなく別の聖遣使に与えられたものだろう。それをお前が無理矢理に自ら多加羅へと赴いたと聞いたぞ。なぜそのようなことをした!」
「なあ、兄貴」
言うと聡達は再び刀を手に取った。
「滝斗のこと、覚えてるか?」
脈絡のない聡達の言葉に若国は訝しげな表情で黙る。
「腹違いとはいえ兄貴だってのに、俺あんまり覚えてねえんだよ。どんな奴だった?」
「なぜそのようなことを聞く?」
若国は身構えた。彼の狼狽に目の前の弟は気付いているのか、揶揄するように笑む。どこか人を見下したような笑みだった。それに対して沸き起こる怒りを若国は抑える。聡達の挑発に乗るのは賢明ではない。若国はこの弟が苦手だった。対すれば油断のならない相手を前にするような緊張を覚えるのだ。そこにあるのは恐れではなく、理解できない相手への警戒である。
若国自身は決して軟弱な性質ではない。むしろ豪胆にして緻密という、上に立つ者としての資質を兼ね備えた青年である。将来、沙羅久惣領家を継ぐ者として幼いころから厳しく育てられた若国にとって、自由奔放な弟の性はあまりにも己とはかけ離れたものだった。それに加え年若くして聖遣使を拝命する聡達は、窺い知れない能力を有する不気味な存在でもある。
「覚えてるはずだよな。それとも兄貴は早く忘れたいのか? 滝斗が沙羅久を追い出されたのは兄貴のせいだもんな。母上も惨いことをする」
「いい加減にしないか! それがこの話と何の関係がある」
「俺は真実が知りたいんだ。滝斗は多加羅惣領家に連なる女を殺したんだろ? そして何者かに殺された。なあ、兄貴は滝斗が誰に殺されたか知りたくはないか?」
ひそりと聡達は言った。若国は一瞬言葉を失い、聡達を睨みつけた。
「お前が何を言いたいのか私にはわからんが、滝斗はとうの昔に沙羅久との縁を切った者だ。そうされても仕方がないほどの堕落した人物だったとお前には言っておこう。いらぬことに首を突っ込む暇があるならば、もう少し惣領家の一員としての自覚を持つよう精進することだな。日頃からくだらん場所に出入りしていることは皆が知っているぞ。そろそろ態度を改めることだ」
一息に言うと若国は踵を返す。その背に聡達は放り投げるように言った。
「惣領家の肩書がそんなに大切か?」
若国は答えなかった。しかし部屋を出る前に聡達を振り返ると硬い声音で言った。
「とにかく、二度と多加羅へは行くな。いくら聖遣使といえども、お前は沙羅久惣領家の人間なのだ。勝手な所業は許さん」
弟の返事を待つこともなく若国は音をたてて扉を閉める。取り残された聡達はため息をつくと再び体を横たえた。
「そう言われてもなあ」
ぼそりと呟くと、すでに宵闇に沈みつつある部屋を眺める。見慣れた空間は、閉塞感を伴って視界を埋め尽くした。
「つまんねえ……」
呟くと聡達は目を閉じた。手の中の刀の感触が冷たく、それが昨日対した相手を思い起こさせる。多加羅惣領家の灰――臆することもなく正面から睨みつけてきた相手の相貌を思い浮かべ、聡達は知らず笑んでいた。以前から会ってみたいと思っていたのは事実である。だが、これほどまでに興味をそそられるとは思っていなかった。
灰は聡達がなぶるつもりで放った法術を片手で受け止め、あまつさえ消してみせた。それは条斎士でも容易くできることではない。法術が阻まれたその瞬間、聡達が感じたのは己の法術が破られたことへの屈辱ではなく、むしろ心中に澱のように凝るもの――おそらく人が倦怠と呼び、退屈と表現するそれが晴れるほどの高揚だった。
灰だけではない。多加羅若衆の面々も存外に骨のある連中である。条斎士に恐れ気もなく向かって来る気概を持つ者は、そう多くはない。
(せっかく面白い相手を見つけたのに、大人しくしてるなんてできねえよなあ)
刀を握る手をおろせば、敷布の感触が心地よい。聡達は意識がまどろむままに体から力を抜いた。眠りに落ちる寸前に彼が感じたのは、ゆっくりと手からころがり落ちる刀の重い感触だった。
鼈甲の櫛を鏡台に置くと、夏純は満足の溜息をついた。磨き抜かれた鏡に映る己の主の姿に称賛の眼差しを送る。
「悠緋様、お美しゅうございます」
「夏純はいつでも私のことをそう言うわ」
どこか憮然とした表情で悠緋は言うと、丹念に梳られた己の黒髪をひとふさ撫でる。彼女の居室であるそこには、今は夏純と二人きりである。ふんだんに明かりを灯した部屋は柔らかな光に包まれている。口うるさい年配の女官も今はいない。夜の底に響く虫の音が優しく聞こえた。
「なんだか近頃特にお美しくなられたように思います」
彼女の言葉に悠緋は軽く首を傾げただけだった。幼いころから悠緋付きの侍女として常に側近くに仕える夏純には、悠緋がその声音と表情とは裏腹に不機嫌ではないことがわかる。むしろ、浮き立つ様を必死に押さえつけているようにも見えた。仄かに上気した頬は湯浴みのせいばかりではあるまい。
「明日は私も御一緒しとうございます」
「あら、夏純はだめよ。貴族の娘が若者ばかりの鍛錬所に行くなんて、許されることではないわ。私だって巫女役だから行くだけだもの」
「わかっております。でも剣舞を間近で見ることができるだなんて悠緋様が羨ましくて……」
悠緋はからかうような視線を侍女に送った。
「そんなことを言って、憧れの若衆がいるんじゃないかしら?」
「まあ、そんなことはございません。悠緋様こそ、どなたかいらっしゃるんじゃございませんか? なんだか楽しそうでいらっしゃいますもの」
夏純は言いながらも仄かに頬を染める。悠緋はそれに笑って答えようとして、不意に脳裏に浮かんだ姿に言葉を呑みこんだ。端然と、表情も変えずに彼女を掠めて逸らされた視線――
「いいえ。いないわ」
強く言う。夏純が驚いた表情で悠緋を見た。伏せられた悠緋の瞳に硬質な怒りと、それだけではない何かが浮かんでいる。
「……私、お気に触ることを申し上げましたでしょうか?」
恐る恐る問う夏純の声に、悠緋は我に返ったようだった。気まずそうに微笑む。
「いいえ、そういうわけではないの。ちょっと思い出したことがあって、急に腹が立ってしまっただけ。何でもないの。それに、明日のことだって私は義務として行くだけだもの」
夏純の視線を避け、悠緋は鏡台の前の椅子から立ち上がった。挑むように鏡面に映る自身の姿を見つめる。白い薄紗の寝巻きは緩やかに揺れて、襞の影は灯を映して仄かな紅を含む。
「悠緋様、私はてっきり明日のことを楽しみにされているとばかり……」
「ええ、楽しみだわ」
悠緋は呟く。問いかける夏純の表情に気付かぬふりをして、笑んでみせた。
「さ、夏純もそろそろ部屋にお戻りなさい。口うるさい女官頭が来たらまた小言を言われるわよ」
優雅に一礼して部屋を去る夏純を見送り、悠緋は寝台へと倒れ込んだ。目の前に己の黒髪が流れるように広がる。夏純が丁寧に梳いたそれは、光を纏い、濡れたように艶やかだ。夏純の物問いたげな視線を思い出して小さくため息をついた。彼女の言葉に思わず過剰に反応した自身への羞恥が沸き起こる。
夏純に言われずとも悠緋は己が浮き立つ心持でいることに気付いていた。巫女役として鍛錬所に赴くことを誰よりも心待ちにしていたのは悠緋自身である。
「本当に何を舞いあがっているのかしら……」
零れた呟きは行くあてもなく頼りなく響いた。目を閉じればまたあの光景が浮かぶ。逸らされる瞳、まるで彼女のことなど歯牙にもかけぬ様子で――それに被さるようにして、初めて出会った時に相手が見せた笑顔がくっきりと浮かんだ。
「灰……」
声に出してみる。
なぜ、これほどまでにあの少年が気になるのか、悠緋にはわからない。相手に感じるのは怒りと苛立ち、そしてその奥底に燻る何とは知れぬ惑いだ。たった二回顔を合わせただけの相手である。接見の間で対した時には良い印象すら抱けなかった。しかし悠緋は灰との対面の後、聖蓮院に戻ってからも彼の面影を思わぬ日はなかったのだ。その理由を見極めようとすればするほど、惑いは大きくなるばかりだ。祭礼のために多加羅に帰ったのは数日前のことだったが、気づけば若衆が集う鍛錬所を見つめている。
(明日会えば、きっとはっきりわかるわ。何が気になっているのかも……)
心中に呟けば、自身でも情けなくなるほどに言い訳めいて響いた。それがなおさらに腹立たしく、悠緋は唇をかむ。そうしなければ再び少年の名を口に出していただろう。そうしたくはなかった。ただ、心の中でなぞるようにその名を呟くことを止めることはできなかった。
今更ですが、名前の読み方について少し。書き手は音読み、訓読みには特に拘っていません。「聡達」と「若国」なんて名前が並んでいるのもそのせいです。片仮名の名前も混ざっていますが(灰の祖母、リーシェンとか)それはそれ、東と西で文化が違うんだな、という感じで読んでいただければ、と思います。
因みに、服装のイメージは敢えて言えば和風に近いですが、生活様式は別に和風をイメージしてないので、これまたごたまぜです。「異世界」ですので、なにせ。
ではでは、今後ともよろしくお願いいたします!