懐へ潜り込むふわもふ、ハムスター
リリィ四話目
街の掲示板に貼られた一枚の求人紙。
『急募! 希少素材【ふわもふの抜け毛】求む。報酬:金貨10枚』
「これだわ!待ってて私の金貨」
リリィは即座に街を飛び出し、森へ向かった。
青々と茂る草むらの中に、ぽつんと「それ」はいた。
大きさは小型犬ほど。雪のように白いフワフワの毛並み。クリクリとしたつぶらな瞳と小さな耳先。どこからどう見ても、保護欲をかき乱す極上の癒やし系毛玉生物「ふわもふ」である。
「わぁぁっ! 本当にもふもふしてかわいい」
リリィは一瞬で語彙力を失い、その愛らしさに目を輝かせた。
「大丈夫だよ〜、怪しい者じゃないよ〜。毛をちょっとだけブラッシングさせてね〜」
リリィが膝をついて優しく手を差し出すと、ふわもふは「きゅ〜?」と可愛らしい鳴き声を上げた。
そして、すり寄ってくるかのように、すばやい動作でリリィの胸元へと潜り込んできた。
(うわぁぁ! 吸い込まれる! なにこの柔らかさ、雲を抱きしめてるみたい!)
あまりのふわふわ感と、懐にすっぽりと収まる極上の毛玉感に、リリィの顔は溶け切っていた。
「えへへ、捕獲完了……って、あれ?」
懐に抱きかかえていたふわもふの体が、なぜか風船のようにパンパンに膨らみ始めていた。
つぶらだった瞳が、どこかドヤ顔めいた鋭い光を帯びる。
「きゅ、きゅ〜〜〜〜」
「えっ、ちょっと、なにこの圧迫感」
「きゅーうっ!!(とんずらー!)」
ドカァァァァン!!!
凄まじい爆発音と共に、ふわもふから強烈な圧縮空気が噴射された。
それこそが、潜り込んで相手を油断させた隙に放たれる超威力噴射脱出「とんずら」である。
「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!???」
綺麗な放物線を描いて吹き飛ぶリリィ。ふわもふはといえば、その推進力を利用して宙を飛び、草むらの奥へと逃げていった。
ドスン、と泥水の中に派手に落ちたリリィは、顔中泥だらけになりながら立ち上がった。
「あざとい!油断させてこっちを吹き飛ばすなんて、許さない、 私の金貨10枚を返して!!」
ここから、リリィの大追跡劇が幕を開けた。
「待ちなさぁぁぁい!」
「きゅーっ!(追いつけるものなら追いついてみなー!)」
ふわもふは短い足をフル回転させ、縦横無尽に駆け抜ける。見た目の愛らしさに反して、その逃走速度は疾走する馬並みだ。
リリィは必死の形相で追走する。モグラこらしめのバイトで培った体力が役に立った。
「逃がすかぁぁぁ!」
リリィが背後に迫ると、ふわもふはくるりと振り返り、再び胸元を目指してジャンプ!
「とんずらする気ね!? 同じ手は二度も食らわないんだから!」
リリィは咄嗟にリュックサックを前に突き出した。
ふわもふはすっぽりとリュックの中に潜り込む形になり、焦って体にまとった空気を噴出させる!
「きゅーうっ!!」
ボォォォォン!!!
リュックの中で「とんずら」が炸裂!
リュックの口を軽くしめたことで、空気だけが外へ抜けていった。
「捕まえたぁぁぁ!」
不意を突かれたふわもふは、目を丸くして大慌て。
リリィはリュックの中にいるふわもふをブラッシングして、抜け毛を手際よく採取袋へかき集めた。
「抜け毛ゲット!」
ふわもふは降参したように「きゅぅぅん……」と情けない声を上げる。
改めてその姿を見ると、やっぱり猛烈にかわいい。
「ふふ、驚かせてごめんね。抜け毛だけ欲しかったの。痛いことはしないよ」
リリィが優しく頭を撫でてやると、ふわもふは安心したように、今度は本当に甘えてきてリリィの首元に頭をすりすりしてきた。
「う〜、やっぱり最高にふわもふだぁ」
ひとしきり癒やされた後、ふわもふはリリィの手からポンッと飛び降りると、最後にもう一度「きゅーっ!」と元気よく鳴いて、森の奥へと可愛らしく去っていった。
「ふぅ……大変だったわ。バイトで鍛えたダッシュ力がなかったら追いつけなかったかも」
リリィのお腹が「きゅるるる〜」と、今日一番の元気な音を立てて鳴り響いた。
干しブドウと乾パンを食べ、水筒の水を飲むと元気が湧いてきた。
抜け毛の入った袋を抱え、リリィは満足げに微笑んだ。
これで金貨10枚は確実。今度こそ、調子に乗らずに貯金するのだ。
……が、その喜びも束の間。
周囲を見渡したリリィの顔から、急速に余裕が消え去っていく。
どこを見ても、見渡す限りの木々と狭い獣道。先ほどのふわもふとの死闘(追いかけっこ)に夢中になるあまり、彼女は見たこともない森の深部まで踏み込んでしまっていたのだ。
「あれ? ここ、どこ……」
帰り道どころか方向もわからない。
太陽は刻一刻と傾き、森の影がぐんぐんと伸びていく。
「嘘でしょ?」
ついさっきまでの大勝利から一転、迷子になったリリィは、半泣きになりながら森の中をトボトボと歩き始めた。
ぽっかりと開けた小さな空き地に出た。
その中央にある大きな切り株の上に、なにやら「ちんまり」とした影が見えた。
そっと近づいてみると、そこには一匹のハムスターが、仰向けになってポツンと寝転がっていた。
まるですべての希望を失ったかのように、しょんぼりと空を見つめている。
(あ、ハムスターが、すごく落ち込んでる)
リリィは優しく声をかけてみた。
「大丈夫? なんだか、しょんぼりしてるけど」
すると、ハムスターはゆっくりと顔だけをこちらに向けた。そして、小さな口をモゾモゾと動かすと、驚いたことに、ハッキリとした人間の言葉で喋り始めたのだ。
「僕はね、悲しいんだよ」
「えっ、 喋った!?」
驚くリリィを気に留める様子もなく、ハムスターはつぶらな瞳からポロリと涙をこぼしながら、小さな手で空を指さした。
「僕はね、ハムの一番星になるために生まれたんだ。だから僕の名前は『ハムスター』なんだよ。でもね、毎日こうやって夜空を見上げて手を伸ばしても、素晴らしいハムになるには力不足で届かないんだ。僕はなんて無力なんだろう」
哀愁を漂わせながら、熱く夢を語るハムスター。
しかし、リリィは首をかしげ、半端ない違和感を覚えた。
(一番星のハム??塩漬け肉の??)
リリィは一瞬フリーズしたあと、真顔になってハムスターに教えてあげた。
「あのね、大変言いづらいんだけど」
「なんだい?」
「『ハムスター』っていうのは、あなたの種族の名前であって、星のハムになるための肩書きではないよ。あなた、誰かに騙されてるんじゃない?」
「……え」
切り株の上で、ハムスターがぴきりと固まった。
「ハム、じゃない?」
「うん。肉を塩漬けにして燻製にした食べ物の『ハム』とは関係ないと思う」
衝撃の事実を知ったハムスターは、跳ね起きてガバッと頭を抱えた。
「僕が今まで『君は一番星のハムになる英才教育を受けているんだよ』って言われて、毎日過酷な回し車トレーニングをさせられていたのは?」
「ひどい騙され方ね、一体誰がそんなことを」
呆れるリリィと、ショックでプルプルと震えるハムスター。
ふと、リリィは視線を感じて、後ろの茂みへ目を向けた。
そこには——
岩陰から、ひょっこり顔を出し、こちらのやり取りをニヤニヤしながら見物していた、あのフワフワの白い姿があった。
「 ふわもふ!!」
リリィが叫ぶと、ふわもふは「あ、ばれたか」と言わんばかりに、つぶらな目を丸くした。
そして、ペロッと小さな舌を出すと
「きゅわー(ハムスターだからって甘えてんじゃねえよ)きゅ〜〜〜っ!(退散退散〜〜!)」
驚異的な素早さでくるりと背を向け、一目散に森の奥へと逃げて行った。
「あっ! あいつだ、友達のふりしやがって、僕の悩ましい日々に謝罪しろーーー!」
犯人を見つけたハムスターは、しょんぼり顔から一転、激怒してリリィの肩へと飛び乗った。
「追うよハムスターくん!」
パルクールを駆使して追いかけてくるリリィとハムスター。その気迫に恐怖したふわもふは、短い足を限界までフル回転させて森の中を爆走した。
しかし、怒りに燃えるハムスターの執念は凄まじい。走っているのはリリィだけど。
着実に距離は詰まり、ふわもふの目と鼻の先まで迫る。
「捕まえたぁぁぁ!!」
そのリリィの指先を蹴って、ふわもふは逃げる。
ポッカリと開けた空き地に、なぜか「ぽつん」と打ち捨てられていた一台の大砲が視界に飛び込んできた。
「きゅーっ!(備えて安心ーっ!)」
ふわもふは躊躇なく大砲の砲口へとダイブ!
すっぽりと筒の中に潜り込むと、すかさず空気を爆縮する用意を始めた。
リリィとハムスターが行動するより早く、砲口から凄まじい勢いで毛玉が飛び出した。
「きゅ〜〜〜〜……きゅーうっ!!!!(とんずら砲ー!!)」
ダアァァァァァァァン!!!!!!
爆発音が響き渡り、大砲の筒から放たれたホワイトのフワフワな弾丸——ふわもふ本体が、猛烈な推進力とともに空へと打ち出された。
「きゃあああぁぁぁっ!?」
「ぬあぁぁぁぁぁっ!?」
見上げれば、夜空に浮かぶ満月をバックに、綺麗すぎる放物線を描いて飛んでいく小さな毛玉。
その飛距離は通常の「とんずら」の比ではない。大砲の筒によって指向性が極限まで高められた結果、ふわもふは雲を突き抜け、もはや走って追いつくことなど不可能な遥か彼方の空へと消えていった。
夜空の果てから、「きゅ〜〜〜〜(あばよ〜〜〜まぬけづら~~~)」という勝ち誇ったような鳴き声の残響だけが響いている。
「と、飛んでった」
ポカーンと空を見上げるリリィ。
肩の上で、ハムスターが膝から崩れ落ち、夜空に向かって絶叫した。
「許さないぞーーー!」
ふわもふに逃げられ、街への帰り道も分からないまま、リリィとハムスターは残り少ない食料を分け合い、1週間森をさまよった。




