私家出します
はじめまして。
和風ファンタジーと歌姫のお話です。
重たい展開もありますが、
主人公はよく怒り、よく動きます。
気楽に読んでいただけたら嬉しいです。
第1話 記憶を消された姫は、怒って家出しました
記憶を消された姫は、怒って家出しました。
だってまだ十歳。
納得できないものは、できません。
◆
「……キミの記憶を、消した」
その日は、本当に衝撃でした。
お兄さま――綾人が、私の部屋に来て、
まるで大したことじゃないみたいに、そう言ったのです。
「ちょっと待ってください!」
「いきなり何を言ってるんですの!?」
私は思わず声を荒げました。
だって、私はまだ十歳。
生まれてから、たった十年しか生きていないのです。
その記憶を、消した?
「ひどいと思いませんの!?」
「説明もなしに、そんなこと言われて、
はいそうですか、なんて納得できるわけないでしょう!」
でも、お兄さまは困ったように微笑んで、
それ以上、何も教えてくれませんでした。
――守るためだ。
そう言って、
私の頭を優しく撫でただけ。
……それが、一番腹が立ちました。
◆
「つまり……家出、ですか」
そう言ったのは、私の従者の一人、月華です。
長い黒髪に、真紅の瞳。
女の子みたいな顔をしているけれど、
十五歳の少年で、絃を操る不思議な力を持っています。
「そうよ!」
私は胸を張って言いました。
「勝手に記憶を消されて、
何も知らないまま生きるなんて、絶対にイヤ!」
「だから、取り戻しに行きますわ」
「……姫さま」
困ったように頭をかいたのは、
聖月界の親衛隊長、風翔。
青みがかった銀髪に、深緑の瞳。
いつも笑顔で優しいけれど、
私の教育係も兼ねている、十八歳のお兄さんです。
「綾人さまにも、
何か事情があってのことだとは思いますが……」
「それでも、イヤなものはイヤなの!」
私は腕を組んで、はっきり言いました。
「決めました」
「記憶を取り戻す旅に出ます」
「三人とも、付き合っていただきますわよ?」
一瞬の沈黙。
「……姫の記憶を取り戻すための、旅ですか」
月華が、静かに問い返します。
「そうよ」
「……了解しました」
あっさり頷いた月華に、
私は思わず目を瞬かせました。
「いいの?」
「姫が決めたことなら」
その様子を、少し離れた場所から見ていたのが、氷月です。
短い銀髪に、碧い瞳。
十三歳とは思えないほど冷静で、
ときどき毒舌な少年。
「姫さま」
淡々とした声。
「感情は荒れてますが、
判断は間違っていません」
「それ、褒めてるの?」
「事実です」
……やっぱり、ちょっと毒舌。
◆
こうして私は、
月宮三人衆と呼ばれる従者たちを連れて、
家出中の身となりました。
あ、自己紹介が遅れましたわね。
私は、月宮桜花。
聖月界の姫です。
どうやら私は、
とても大事な“何か”を、
忘れさせられているらしいのです。
この旅の先で、
どんな真実を知ることになるのかは、まだ分かりません。
でも。
知らないまま生きるより、
知って、泣いて、怒って、
それでも前に進む方が――
きっと、私には向いています。
だから。
この旅の終わりに、
どんな記憶を取り戻すことになっても。
私は、自分で選びます。
……たぶん。




