十一
少し疲れたのでオレは清州の町にある寺で休息を取ることにした。
「カヤト、見つけた」
また地蔵かよと思って辺りを見渡すが旅の僧侶は見つからない。寺だから地蔵はたくさんあるのだが⋯⋯。しかも知らねえ女の声だ。
「カヤト、カヤトの記憶の件だけどね。ちょっと探してみたんだけど手掛かりにたどり着かないんだよね。次回カヤトがこっちに来るまでには探しておくよ。次は何百年後?」
「何百年後って、あんた誰だよ」
オレの問いに女はしばらく黙り込むがふたたび話を続ける。
「今回って応仁の乱でカヤトはこっちに来たんだよね。カヤト、その後どこ行ったか覚えている?」
なんだ、この女。
こちらの問いには答えずに自分ばかり訊いてくる。
オレが黙り込んでいると女は話を続ける。
「歴史の授業ではこの後、家康と秀吉が戦争をするって先生が言ってたけど⋯⋯。アレ、違ったっけ」
じゅぎょう、せんそう、せんせい。
わからん言葉が続いたが、この流れだと羽柴秀吉と徳川家康が戦をするって⋯⋯。
こいつ、なんでそんなこと知っているんだ。
「ところでそろそろあんたの名前を教えてくれよ」
オレの言葉に女は絶句するが気を取り直して言葉を続けた。
「この間言ったっしょ。うちは⋯⋯」
その名前を聞いた瞬間、オレの意識は遠のいていった。
肩を揺らされる感覚でオレは目覚めた。どうやらオレの肩を揺すったのは、この寺の小坊主のようだ。
「いきなり倒れ込んでどうしたんですか?」
「すまん、疲れていたようだ」
オレは小坊主に詫びて寺を出た。
明智光秀を岡崎城まで送ってそのまま清州城、いやこの寺に入ったところまでは覚えている。なんだこの感じ。
オレは気を取り直して比叡山を目指して美濃路を歩いていった。
オレはようやく最終目的地の比叡山延暦寺にたどり着いた。どこに封印するかはわからないし延暦寺は広大だが、最悪鬼導丸を抜刀しながら歩いていればたくさんの鬼たちと出会うだろう。その辺りが本当の意味での最終目的地だろうが、封印ってどうやるんだろうか。それだけが心配だ。オレは延暦寺内部を後回しにして比叡山の山道を歩いていく。やがて、旅の僧侶、いや地蔵に声を掛けられた。
「おやおや、今回は随分ゆっくりしていたね。ど⋯⋯」
「キャハハ、カヤト。またお地蔵さんと喋っている」
声のする方を見ると雪乃が笑っていた。もう会えないと覚悟をしていたためオレは不覚にも大粒の涙を流してしまった。
「ゆきの、ゆき⋯⋯」
「はいはい、泣くぐらいなら⋯⋯」
そう言う雪乃も大粒の涙を流している。
「カヤト、あたしはカヤトの行くところならたとえ地獄の底だってついていくんだからね。黙って行くなんて⋯⋯」
「あのおお、お二人さん」
見知らぬ女の声。
「雪乃も今回は諦めな。カヤトが次にこっちに来る時までにカヤトの記憶がどこに封印されているか調べようよ」
記憶が封印?
「嫌だよ。あたしはカヤトと一緒がいいの。サチだけこの世に残ればいいじゃない」
サチ?
サチ。
どこかで聞いたことがある名前のような気がする。
「カヤト、今は乱世を終わらせるのがあんたの仕事のはずだよ。さあ、鬼導丸を抜いて」
「やだやだ、カヤト。あたしを置いていかないで」
オレは雪乃の涙の嘆願を振り切って鬼導丸を抜刀する。目の前の景色は墨絵の世界へと変わっていく。
鬼。
鬼。
鬼。
鬼がたくさんいるのは予想していた。だが、その前には見知らぬ女が立っていた。
「さあ、カヤト。あそこに見えるのが鬼導。あそこに鬼導丸を刺して封印するの。できるでしょ」
「カヤト、カヤト⋯⋯」
サチという女の言う通り目の前には鬼が今まさに出てきている裂け目が見える。
「雪乃、ごめん」
オレは意を決して歩き出し、今まさに出てきた鬼を鬼導丸で撫で斬って、その裂け目に鬼導丸を突き刺した。
その日夕方、夕焼けで真っ赤に染まる比叡山の山道を歩いていく男が一人。この男の名は『韋駄天の佐平』。佐平は山道に落ちている刀をおもむろに拾う。
「お告げの通りだ。でも、なんでこんなところに雪乃の忍び刀が落ちているんだろ?」
佐平は首を傾げながら比叡山の山道を戻っていった。




