9 英介のヴァイオリン と響子の魅力
英介はシャンパンゴールド色のケースを開けるとそっとヴァイオリンを出した。大抵ピアノを弾いたり見ることはあっても、本物のヴァイオリンを間近で見る機会は滅多にないせいか、響子は
「すごーい」
を連発した。
「弓の白い毛は馬の尻尾なんだよね。モンゴル産とかカナダ産とか色々あるんだけど、私のはカナダ産でやや高いやつ。弦は昔は羊の腸から作っていたらしいけど、これはナイロンでできてるんだ。でもこの弓と弦を擦り合わせるだけじゃ音は出ないんだよね。もう一つ何かが必要なんだけど、知ってる?」
「えっそうなの?何だろう?ヒント言って」
「ヒントは植物」
「えーっ、分かんない」
「松脂だよ。松の木のネバネバした樹液を加工して固形にしたものさ。弓の毛にこすりつけるとその粉があるために弓と弦の間に摩擦が生じて音が出るっていうわけさ。でも不思議だよね。馬の尻尾に松脂に羊の腸なんて不思議な取り合わせだよね。しかもヴァイオリンの本体も不思議だよね。普通は物って最初は新しくてだんだん古くなって劣化していってお払い箱になるのに、ヴァイオリンってむしろ古くていろんな人が弾いたものの方がいい音が出るようになるらしいんだよね。ちなみに私のはチェコ製でモダンと言って100年くらい前のものなんだけど、いろんな人が弾いたらしくて、買った時から傷がついているし少々汚れもある。値段は44万円なんだけどね。でも20万円とか30万円台のきれいなヴァイオリンと弾き比べてみると明らかにこの古い方がきれいでボリュームのある音が出るんだよね。プロはもっとすごいよ。葉加瀬太郎さんは小学校六年生の時にすでに100万円のヴァイオリンを弾いていたっていうし、千住真理子さんは借金をして3億円のストラディバリウスデュランティを買ったということなんだけど、そのヴァイオリンは300年前のだっていうしね。」
「へー知らなかった。それじゃ早速やりましょう。先ずはどんな感じなのか一通り弾いてみてくれる?」
「つっかえたりしてかなり酷いから、幻滅しちゃうかも」
「私、こう見えて結構忍耐強いし絶対に幻滅したりしない自信あるのよ。じゃあ最初から少しずつ一緒に弾いていきましょうか?」
「あっそれがいい。一人で弾くとなると観客が響子ちゃん一人でも緊張してますますひどくなっちゃうからね。」
「響子は瑠璃色のワンピースを着ている。スカートの長さは膝下で、バーでは胸の大きさは特に確認していなかったが、普通の大きさでCカップといった感じで大き過ぎず小さ過ぎずやや尖っていて美しい形だった。スカートがミニだと最初からドキドキしてしまうところだが、そうではなかったのでややホッとした。響子はピアノに向かって譜面を見て確認している。英介はメープル製のヴァイオリンの肩当てをヴァイオリンにはめ、チューナーで調弦を始めた。英介はヴァイオリンに集中しなければと思うのだが、控えめな服装とは言っても美しく可愛らしい胸ときれいな足に気を取られないように理性をフルに働かせて頑張らなければならなかった。英介の場合、派手な服装、たとえばデコルテが大きく開いて胸が強調されていたり超ミニスカートだったりするよりも、むしろ清楚な服装の方がそそられる性格なので、響子の装いはその意味でも魅力的で、その分危険とも言えた。これは男にとってはかなり辛い。誰か第三者がいればそういう気持ちは諦めて吹っ切ってできるのだが、二人きりとなると誘惑との戦いがますます熾烈になってしまう。