5 ジャズとクラシック
次に趣味の話になった。響子はスポーツは苦手で、興味も無いのでテレビなどで見ることもない。野球のWBCやオリンピック、ラグビー、サッカー、バスケットのワールドカップなどの大きな大会で人気の選手が大活躍し、彼女の周囲だけでなく日本全体が盛り上がっていてもどこ吹く風だ。
いつも友達というものが存在しないので、話を合わせる必要もないからお気楽なものだ。ただそんな響子にも例外がひとつだけあった。
それは女子バレーだ。バレーボールの試合では得点がどんどん入る。点がどちらに入るかだけで必ず着々と点数が入る。
特にラリーが続いて自分の応援しているチームに点が入ると圧巻だ。もうダメかと思われても必死になってボールを追い、何とかつないでいる姿はかっこいいし感動ものだ。
じゃどうして男子はダメで女子がいいのかというと、得点が入った時に女子は集まってさっと丸い円形になり、お互いに軽く肩を抱いて笑顔で喜びを分かち合う、それがいいのだ。
しかし彼女が興味あるのはそれだけだ。とどのつまり響子は結局インドア派だ。読書やイラストを描いたりもするが、メインとなる趣味はピアノだ。それも何と音大生でピアノ科だというのだから驚きだ。
ショパンの革命も弾けるというのだからすごい。英介も音楽は大好きで、話しているうちにお互いにクラシックとジャズが特に好きだということが分かってきた。
クラシックの話ができるお客さんはなかなかいなくて初めてだったので、響子にとって英介は新鮮で、嬉しく思うと同時に彼をなかなか見所のある、魅力的な男だと思うようになってきた。
ジャズの話では、セロニアスモンク、ビルエバンス、オスカーピーターソン、ジョンコルトレーン、マイルスデイビス、チャーリーパーカー、デュークエリントン、ソニーロリンズ、カウントベイシー、トニーベネット、マイケルブレッカーなど様々なミュージシャンの名前がお互いにどんどん出てきて、英介が特にビルエバンスのピアノが好きだと言うと、響子も大好きで、時々弾いているそうだ。
「響子ちゃんのジャズ聴いてみたいな」と言うと響子は笑顔を返したが、何も言わなかった。そりゃそうだ。実際に響子ちゃんのピアノを聴くとなったらどこかスタジオを借りるか自宅に行くことになるし、いずれにしても二人きりになることになるわけで、そんなことはできないに決まっている。
ジャズに続いてクラシックの話になり、英介は響子がピアノをやっているので先ずはピアニストの話をしてみた。
バッハが大好きなグレングールドは、彼のCDをよく聴いているとピアノの音の他に彼のハミングが聞こえるよね、と言うと響子も「そうそう」と相槌を打ってくれた。
ところが彼が夏目漱石の草枕の英訳を死ぬまで60回以上繰り返して読んでいたことを言うと驚いていた。
また美人ピアニストのAlice Sara Ott がオーケストラとの共演でもいつも裸足だと言うとそれにも驚いていた。
英介は以前は全くクラシックには興味無かったが、大学でモーツァルトのレクイエムをみんなで歌おうという企画にたまたま参加し、レコードを擦り切れるほど聴いた時から特にモーツァルトが好きで、映画「アマデウス」を観たのはもちろんのこと、何冊も書籍を読み、オーストリアのザルツブルクにある彼の生家にまで行き、ザルツブルク音楽祭にも行ってきたこと、ベートーベンやブラームス第三番も大好きだなどと話すと響子も自分の好きな音楽家の話を始め、二人の会話は大いに盛り上がった。