16 シティーハンターのリョウとカオリ
英介が好きな漫画の一つに「シティーハンター」というのがある。主人公の冴羽リョウは腕利きのスイーパーで、その相棒がカオリちゃんというやや男勝りの美女なのだが、なぜか一緒に住んでいるのに男女の関係は無い。
お互いに何となく恋愛感情を持っているのかな、という場面は時々見られるのだが、女好きなリョウはいつも依頼人の美女に夢中だ。
ある時カオリがウエディングドレスを着る場面があるが、周囲の人たちがその美しさに見惚れているというのに、カオリがどうやら最も褒めて欲しいらしいリョウのところへ行って感想を聞くと、リョウは褒めるどころか
「別に。いつもとおんなじじゃん。」と言ってカオリの怒りを買ってしまったりするのだ。
リョウちゃんはそんな調子だし、カオリが危機に晒されると必ず守るのだが、二人が住んでいる大きなマンションでは、食事は一緒なのに何も起きないし喧嘩ばかりしているのだ。
この二人の関係はとても不思議なのだが、自分と響子の場合もこの関係に少しだけ似ているような気もする。ただ違う点は英介と響子は一緒に住んでいないということと、何よりも会う時は二人っきりではなく、必ず妹の瑠璃子がいるのだ。
どうしていつも瑠璃子がいるのか。練習する時だけでなく外で会う時までついてくるというか一緒に連れてくるというところが不思議なのだ。
それはまだ響子が奥手で男女のこととかよく知らないということなのか、それとも一種の男性恐怖症のようなところがあって二人っきりになると恐いからいつも瑠璃子をそばに連れているということなのか、さっぱり分からない。
ある日いつものように響子の家を訪れ、部屋に入るとまだ瑠璃子がいなかった。間もなく入ってくるだろうと思ったが、まだ来ていないのに響子は練習を始めようと言う。
ブルッフのコンチェルト第二楽章を始めると、瑠璃子はいつになっても来ない。こんなことは初めてだ。二人っきりの練習をしているうちに1時間が過ぎた。
今日は珍しいことに瑠璃子はどこか遊びにでも行っていて不在と考えていいのかもしれない。そう思うとあらためて響子の美しさ、綺麗なボディーラインと脚線美が気になり出した。
考えてみると響子と出会ってこうして合奏をするようになってもう2年近くになる。これは純粋な友情と考えるべきなのか、男女二人っきりになってもシティーハンターのリョウとカオリのように男女の関係になることなくいられるものなのか。
まだ手さえ握ったこともないなんてあまりにも不自然ではないか。そうだ、これまでは瑠璃子がいたからそうなれなかっただけではないか。
いくら響子が不思議な女性だからと言って23歳にもなって子供じゃあるまいし男を全く意識しないなんてあり得ない。
そう考えて英介はそっと左手を伸ばすと、鍵盤上にある響子の右手の上に自分の手を軽く重ねたのだ。初めて響子の体の一部に触れたのだ。響子がどんな反応をするのかな、と思った瞬間彼の左肩に何かが触れた。
彼の左手が、彼の左にいる彼女の右手に触れているのだから、彼女の手のはずはない。それでは今彼の左肩に触れているものは何なのか。そちらを向いてみると、何とそれは妹の瑠璃子の右手だったのだ。瑠璃子はいつのまにか英介と響子の間に立っていて右手を彼の左肩に、そして左手を姉の右肩に載せていたのだ。