14 不自然なデート
かくしてもう一年以上も毎月一度ずつ響子の家で妹と3人でベートーベン「春」の練習をやっている。合奏は順調で実に楽しかった。
響子は男性の性的欲望のことなどは知らないというか無頓着に見えるが、それでいて英介が行く日は必ず妹の瑠璃子がいて、偶然かどうかは分からないが、絶対に二人っきりにはならないようにしているようにも見える。
響子はこの関係をどう思っているのかさっぱり分からないし探りようもなかった。練習の合間にティータイムがあるとは言っても、小学生がいるので無難な話しかできない。
そんなある日英介は妹抜きで響子と少しはプライベートな大人の話がしたいと思い、かなり久しぶりに響子と出会ったガールズバーに行ってみた。すると驚いたことに響子はとっくの昔に辞めていたのだ。
ママさんの話から推測すると、辞めたのはちょうど英介が響子の家に初めて行った頃ということになる。ということはこんな仮定もできるのでは無いか。響子は超がつくほど箱入りお嬢さんなのにガールズバーで働いていたのは、ボーイフレンドを探すためであって、英介が彼女のタイプなのでもう働く必要は無くなったということなのか。
ひょっとしたら響子の考えでは今の英介と彼女の関係はある意味恋人状態ということなのか。響子の考えていることの断片であってもいいから知りたい。それには、そうだ、さりげなく美術展などに誘ってみるという手がある。もし誘いにのってくれたら今度こそ二人っきりになれる。そこから段々誘導して恋人同士のような感じになればいいではないか。
響子は音楽の他に美術にも興味を持っているので、妹がトイレに行っている隙に国立西洋美術館での印象派の美術展にさりげなく誘ってみると、意外にも即答で是非行きたいと言ってきた。
英介は心中ばんざいと跳び上がりたいほど嬉しかったが「俺の誘いを断る女はいない。来るのは当たり前だ」という雰囲気を醸し出して表面上はクールに取り繕ったのだ。
そして遂に外での二人きりの、実質的に初デートの日がやってきた。英介はお洒落なネクタイを身につけてピカピカに靴を磨いて出かけた。
上野駅の改札口で待っていると、ほぼ時間通りに可愛らしい淡いピンクに白いリボンのついた、スカートがフリルのワンピースを着た響子が現れたが、その瞬間英介は自分の目を疑った。
何と隣にはお揃いのワンピースを着た瑠璃子が一緒だったのだ。信じられない。
響子は23歳の女性だ。それなのにこの誘いの意味がわかってなかったというのか。それとも一種の男性恐怖症のようなところがあって一対一でデートすることができないというのだろうか。
とどのつまり響子にとっては今日の美術館デートはデートでは無くていつものヴァイオリン&ピアノ合奏会のヴァリエーションというか延長にすぎないということなのか。
3人で楽しく印象派の絵を鑑賞し、食事をしてデザートにケーキを食べて、女子二人は大いに満足といった感じであったが、英介は楽しむことはできたものの響子との関係が一向に進展しないことにややガッカリした。
一体響子はどういうつもりなのだろう。実は今回美術展に誘うにあたってはかなり迷ったのだ。というのも現在続いている響子との音楽を通じての清い交わりというのは英介がかなり若い頃からの理想の実現といえるからだ。
今の素晴らしい女性との交流形態は絶対に壊したくなかったのだ。なので英介としてはかなりおもいきったことをやったということなのだが。こうなったからには当分はこのまま様子をみるしかないと思うのだ。