13 響子は夢見る乙女?
ではどうしたらいいのか。夏目漱石の作品に学ぶのだ。つまり響子とは今のままお友達のような感じで合奏を通じたつきあいを続ける。
響子の気持ち次第では恋愛に発展することもありうるが、彼女はそういったことに疎いというか普通の女の子と違ってその手の意識が欠如している感じなので、その可能性はゼロに近いと英介は思っている。
一方でこの音楽を通じたピュアで不思議な関係を大切にしたいとも切実に思っているのだ。漱石の作品に学ぶとは言っても、英介が望むのは手に触れたり、肩を抱いたりくらいなのだ。
それにはガールズバーに響子には内緒にしてこっそり通うことだ。従ってもちろん響子が働いている以外のガールズバーということになる。ガールズバーならある女の子に嫌われても別の女の子に乗り換えればいいし、気楽にいろんな女の子と接することができる。
今日も響子との合奏デートの日だが、ガールズバーでいろんな女の子と接して時々拒否されたりしながらも軽く手を握ったり隙を見て軽く肩を抱いたり、おっとりしている感じの女の子の場合はサラッと髪に触れたりしてある程度欲求を満たしているので、モヤモヤにあまり悩まされることは無くいつものようにベートーベンをやっているのだ。
響子の前では紳士中の紳士で欲望に惑わされることは絶対無い聖人君子を演じているのだが、そもそも響子はひょっとしたら男性に性欲があることさえ知らないのかもしれない。
先日ガールズバーで出会った女の子は大学生だが、ボーイフレンドのいる女友達とは彼氏がどんな風に彼女の服を脱がして性的関係に及ぶのかなどの話をすると言っていた。
これはあくまで推測だが、女の子も多分二十歳を超えるとそういったことを意識し始めて興味津々で話題にしたりするのかもしれない。そうした意識は海外に留学していた女子の方が進んでいるような気がする。
英介が大学生のとき学食にいると、AFSでドイツ留学していた女子がもう一人の留学生に
「あなたまさかまだ処女じゃないよね?」
と言っているのを小耳に挟んだことがあるからだ。
ただそれは女の子の集団によって違うと思われる。以前英介が高校生の時、たまたま女子5人が放課後教室で話しているのを小耳に挟んだことがある。
5人中4人は電車など何らかの形で痴漢にあった事があるそうなのだが、一人だけそうではない子がいて、その子は「私って魅力無いのかな」「痴漢に遭ってみたい」と言っていた。
痴漢はもちろん女性の憎むべき敵のはずだが、不思議なものでこういう状況になってみると焦ってしまうということだろうか。
男性体験にしてもまだ高校生くらいで周りに経験者がほとんどいない時は何とも思わないが、周囲の友達が皆んな経験者で、特に十代ならともかく二十代になって自分だけ経験が無いとなると焦ってしまうのかもしれない。
しかし恐らく響子は友達がいないようであり、いたとしてもそういった話はしないグループに属するのではないかと思われるのだ。
ガールズバーで話していると、若い女の子はあからさまで下品な話は嫌うがちょっとエッチな話はむしろ好きなようだが、響子のような超お嬢さんの場合は、ちょっとでもエッチな話は嫌悪するのではないかと思われるので、英介は冗談でもその手の話はしないように気をつけていた。響子は幾つになっても夢見る乙女のままなのではないだろうかなどとも思ってしまう。