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観光気分で町へと繰り出す

 何が何やらわからないうちに宮殿から引きずり出された。引きずり出した張本人である梓と同い年程度の少女はスズと名乗っていた。それ以外にも何かを言っていたよだが残念なことにそれは梓には通じなかった。とりあえず、梓はスズの名前を知ることができたし、梓も名乗ったのでスズの方も梓の名前は知ったはずである。

 そして今は腕を引かれながら広い道の商店街の様なところを歩いていた。石造りの家の通りに面した一階部分の壁が無く、一階部分には商品がずらりと並べられている。店の中には屋根を出し、その下にも荷物を広げている。道が広いのはこういう店への対応だろうか。

 どこに行くのかという問いには答えてもらえず、通じていないと思ったのでスズには何も言わず、この場に至るまでずっとどこに行くのかとハルと議論を繰り広げていた。道行く人に凝視されていたが梓は気付いてはいなかった。

 店の品も幅広く、野菜を売っているところもあれば雑貨を売っているところもあるし、中には宝飾品を無造作に広げて販売していたりもする。


(泥棒はいないのかな)

《いーや、違うね。どこの店も境界線作るみたいにして結界を張ってある》

「へえ」


 梓にはわからなかったけれどハルにはわかるらしい。そのことがなんとなく面白くなかったのか顔が渋い。


《金を払ってない商品が結界を越えると持ってる人間に何がしかの魔法が働くようになってるんだろうな》

「魔法ってそんな地味に使えるものなんだ」


 魔法というともっと派手なイメージがあった梓はそう言った。例えばはじめてこの世界に来たときに使われたああいう魔法とか、ありとあらゆるものが燃えるような炎とか、広い範囲が凍りつくようなものとかである。


《ちなみにこの手の結界で一番使われるのは電撃な。怪我をさせるんじゃなくて気絶させれば捕まえるのが楽だからなー》

「詳しいね」

《俺のいたところでも普通に使っていた方法だからな。たいていのやつが対策を立てていたせいで普通に万引きとかあったけど》

「うわー。なんていうか、意味ないんだね……」

《まあ、形としてはあるって感じだな》


 そして梓はハルとの会話をやめて周りを見た。異世界だけあって、自分の世界では見たことのないようなものもいくつかある。

 それは服飾よりも食品によく見られた。中にはとてもじゃないが受け付けられないような見た目をしているものもあった。


「でも、あの果物とかおいしそう」


 梓が見ていたのは八百屋のように果物や野菜が並べられている店の一番前に並べられている物だった。つやを持っている物で、リンゴのようだ。

 腕を引っ張っていたスズは梓のスピードが遅くなったのに気づき、梓の視線を追った。何を見ているのか気づいたスズは梓の手を引いたままその八百屋へ行って、梓が見ていた果物を買った。そしてそれを梓に渡す。


「え? いいの?」


 いいよというように皮ごとかぶりつくスズ。それを見て安心したのか梓もおずおずと一口食べた。


「おいしい……」


 見た目はリンゴだけど味は桃に近いというか、香りが桃で味がリンゴというか、とにかくおいしかったのだ。スズは食べながら歩き出した。まだ梓の手を握ったままだ。

 手を離されてもスズから離れる気はないが、人が多いのではぐれたら困る、と思った梓は手を握られたままでも文句を言うことはなかった。

 商店街を過ぎ、一軒の家の中に入っていくスズ。宿のようで、スズが入った一室にはベッドが置いてあった。四階建ての一番上の角部屋で調度品の質などはわからないけれどいいものなのだろうか。ベッドが置いてある部屋と、リビングのような部屋は薄い障子戸によって仕切られているが、今はその戸は開いている。いい感じに風が吹き抜けていき、それだけで落ち着ける。

 スズはソファにすわり、テーブルを挟んで向かい側のソファを指差して梓にも座るようにとジェスチャーで示してきた。おとなしく座ると今度はテーブルの上のお菓子を勧められた。


「おいしい……」


 遠慮しつつ食べているとお茶が目の前に出てきた、どうやらスズが淹れてくれたらしい。そのお茶もいい香りがしておいしかった。

 食べ終わると急に眠気が襲ってきた。ずっと振り回されていて疲れたのだろうと思いその眠気に逆らわず、そのまままぶたを閉じた。


◆◇◆◇◆◇◆


 わずかに聞こえてきた人の声に目を覚ました。


「よく、寝た?」

《なんで疑問系?》

「寝たって感じがしないから」

《そうとうよく寝てたってことじゃね?》

「じゃあ、そういうことにしておこう」


 眩しさに目を凝らすとそこはおそらく昨日、スズに連れてこられた部屋のソファの上だった。お菓子のごみがあったことで昨日のことをぼんやりと思い出しながら考える。ハルに意見を求めるつもりだった。


「あの人、スズさんだっけ。どう思う?」

《俺に意見を聞くなんてはじめてじゃね? まあ、いいや。で、あのスズってやつのことだよな。俺は信用してもいいと思うぜ》

「理由は?」

《うーん、感?》


 その口調から一瞬、緑の髪をした歌姫の「キラッ☆」という光景が頭に浮かびいらっとする梓。その苛立ちを感じ取ったのかハルが反論する。実際感なのだから仕方ないと。


「じゃあ、これからどうし……」

「あ、おはよう!!」


 梓の声をさえぎってスズが部屋に入ってきた。昨日のように梓の正面に座り、手に持っていた紙袋と紙コップをテーブルの上に置いた。


「一人にしてごめんなさい。朝ごはんにいろいろ買ってきたし、食べれそうなの選んでね」


 見た目に受け付けられないものはなかったのでパンの類を三つ選び、オレンジジュースのような色をした飲み物を受け取った。


「ありがとうございます」

「どういたしまして。昨日のお茶に薬入れすぎたかと不安になってたところだったから不安だったんだー」


 あからさまにほっとした感じのスズに苦笑しつつ朝ごはんを食べる。先ほどの発言に変な言葉が混じっていた気がしたけれど、聞き間違いだろうと思った梓はすべてを食べ終わり、ほっと一息ついたところで気付いた。

 スズが自分と会話をしているということに。

 確か、昨日はジェスチャーを利用していたはずだし、自己紹介程度しかしていないはず。その自己紹介も名前だけでそれ以外は何も話していない。スズの言葉を梓が理解できなかったからだ。


「あの……言葉……」

「これはあたしの特技なの。『いかなる言語であろうと理解できる』っていうもので、特技って言うよりかは能力って言ったほうが正しいらしいけど」

「はあ」

「あ、でも、これってあたしにしかできないみたいなの。あなたの言葉は昨日の市で喋ってたので大体理解できたよ。前に聞いたことがあるタイプだったからすぐに理解できてよかったよ」


 話せないって気まずいもん、と言って梓を見るスズ。どうやら梓の目の前に座っているスズという少女は異世界という現実とは思えない世界でもさらに非常識と言える存在だったようだ。


「あの、訊いていいですか?」

「何を?」

「私がこれからどうなるのかを」


 言葉が通じるならばと梓はスズに質問した。だがスズは期待した答えを返さずに、立ち上がった。


「とりあえず、あたしの用事もあるし、これから外に出るから。道すがらにいろいろ教えてあげるし、あなた退いた世界のこととかもいろいろと教えてくれるとうれしいな。あと敬語は使う必要はないからね」


 梓がこの世界の情報を手に入れるのはまだまだ先のようだった。


「あ、そうそう、ここじゃあ迷子になってもアナウンスとかかけられないから」

「迷子になんてなりませんよ!!」

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