救いは高校生
何かを話し出す、突然やって来た少女と豚。豚は怒りながら、対する少女は冷静にかつ真剣に豚と対峙しているように梓には見えた。梓には理解できないが、その内容とは以下のものである。
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「今年も参りましたが、何やら変な状況ですね」
乱入してきた少女が梓を見る。そして隣にいる隊長を見る。帝は突然の訪問に怒っている。
「なぜ、やってきた? 西の特使よ。我は誰も入れぬようにと命令したような気がするが」
「そうでしたか。失礼いたしました。ですが、この扉の前に立っていた人たちは悪くはありません」
真剣な口調はそのままで少女はにっこりと笑った。
「あたしは理由もなく帰れと言われたのが気に入らなかったので、その理由を聞こうと無理矢理入ってきただけです」
扉の外の人たちでしたら、あまりにも邪魔が激しかったのでちょっとばかり寝てもらいました。そう言って広間の中へと入っていく少女。彼女を止めるものはおらず、その足は兵士たちに囲まれている梓たちのところで止まった。
「それで、これはどのような状況なのでしょうか」
梓を指しながらまっすぐ豚を見据えて言い切る少女。
◆◇◆◇◆◇◆
一方、当の梓はと言うと……。
何が起きているのかが全く理解できずにただただ呆然としていた。単純に突然入ってきた少女に驚いただけなのだが、その少女が豚相手にあまりにも普通に話していることにも驚いたのだ。
(というか、目の前の人、誰? 何を話してんの?)
あまりの急展開についていけず、ゆっくりと深呼吸する間もなくあったことをまとめることにした。
一つ、自分はハルとかいう神様に巻き込まれて異世界であるこの世界にきた。
一つ、ついた先はなぜか戦場で、梓は敵だと思われたらしくここまで手足を拘束されて連れてこられた。
一つ、なにやら偉い人(おそらくこの国のトップであろう人)のところへ連れてこられた。
一つ、その偉い人は豚だった。
(あ、これはどうでもいいな……)
で、なにやら殺されそうになってちょっとパニックになってたら梓と同い年くらいの少女が現れて豚と話し始めたと。
(すごいねー。帰ったら自慢できるよ?)
《誰も信じないだろうけどな。てかどうやったら帰れるんだよ》
「それはもちろん、あんたが返してくれるんじゃないの? だって連れてきてくれたし」
《おまっ、それはだいぶ前に無理だって言っただろうが!! 他の神でも探すんじゃなかったのかよ》
「じゃあ、他の神の居場所でも探してよ。ほら、レーダーみたいにさ」
《無、理!!》
「本当に役立たず!! ……あ」
考え事から一転、ハルとの口論をしていた梓は自分に注がれている少女と豚の視線に気付いた。見ているというレベルを超えて梓を凝視している少女。その色は不振や不安というよりも驚きが強いように感じた。
◆◇◆◇◆◇◆
「どうやら、訛りが強いみたいですけど西の国の言葉ですね」
少女はとてつもなくほっとしていた。彼女は西の国の人です、と言ったもののその自信はほとんどなかったからだ。
目の前に座っているこの国の帝は、彼は兵士に囲まれている、自分と同じくらいの年頃の少女を喋らせて言葉を確認しろと言ったのだが、言葉が通じていると思っていなかった(言葉が通じるならはじめに命乞いをしてきそうな状況だったので)のだ。それなのに喋って、と彼女に言ったタイミングで喋りだしてくれたのだから。
そして、ほっとした反面あせった。なぜなら彼女の喋った言葉はこの世界のものではなかったからだ。少女の国の言葉でないと気づかれては、困る。
少女は自分の出自と被るような彼女をこのまま帝に渡すのは嫌だったのだ。
「訛りが強かったので西の国の言葉に通じていらっしゃるあなたにもわからなかったみたいですね」
「そうか、のう?」
首をかしげる帝。それはそうだろう。訛りで片付けられるか微妙だとは少女自身も感じているのだ。ましてや彼女が異世界の人間だとわかった今、とりあえず少女の知り合いのもとへと連れて行かねばならない。なので、この話し合いをさっさと終わらせようとする。
「では、国につれて帰って身元を確認するので連れて行きますね」
彼女の腕をつかみ、無理やり彼女を兵士の中から連れ出そうとする少女を帝が制止する。
「待て!! そやつは『仮面』とのつながりが疑われておる。それをむざむざ国の外へ連れて行かせるわけには行かぬ!!」
「……そうですか。では、どうしたらいいでしょう?」
帝にしてみればここ最近追い続けている『仮面』の唯一の手がかりだろう。実際は全く関係ないというのに……。少女も関係ないのはわかったが、ここで帝ともめるのはよくない。
少女の家からの命令で帝の機嫌はなるべく損ねないようにと言われているのだ。
少女としては帝に妥協案を出せという意味を込めて足を止めた。
「本来ならば牢屋行きなのだが……。なればお前がこやつを見張ってくれぬか?」
「見張り、ですか」
「そう。見張っている間に仮面が事件を起こせばこやつは無罪ということであろう? 西の者かも知れぬということも考慮してお前にそれを任せようではないか」
それは逆に好都合だと思った少女は快く承諾する。では、とお辞儀をして扉から出て行く。もちろん彼女をつれてだ。
帝はぶくぶく太った腕を持ち上げて振り下ろした。その見た目にふさわしくこぶしを振り下ろした音ではなく肉の揺れる音が聞こえる。帝は怒りによって顔を紅く染めていた。
「くそっ!! あの小娘め。西の者だと少し丁重に扱っただけで調子に乗りおって!!」
小娘、とは彼女を連れて行った少女のことだろう。腕を何度も振り回し、怒りをぶつけ続ける。
「くそっ。くそっ。全く持って気に入らん。こうなったら何かの理由をつけて連行してこねばならぬ……」
彼女を手元に取り戻すために考えを広げ始める帝。すっかり忘れられている隊長と兵士は交わす言葉も少なく、隊長は退出し兵士は元の定位置へと戻っていった。
退出した先には先ほどの少女がいた。どうやら自己紹介をしているらしく、自身を指差して名乗っていた。
「これはこれは特使殿。こんなことをこんな場所でなさらなくてもいいのでは?」
「ああ、朱旺さんですか。わざわざそんな他人行儀にならなくてもいいんですよ? とりあえず、先日の遠征は大成功だと聞いています。それに梓を見つけたのもあなただとか」
「梓?」
「彼女の名前ですよ」
はじめの質問に答えないのは、そんなことを聞くなという意思の表れなのだろう。隊長に喋らせる暇を与えずに梓と出会った状況や、これまでの梓の行動についてを聞いて少女は皇居の外へと向かって梓の手を引いて歩いていった。
「しかし、言葉が分かるのですか。さすが特使殿ですね」
「特使殿、というのはやめてください」
少女は言葉は分かるのが半分。分からないのが半分くらいだと答えた。今度は梓を連れて個人的に朱旺をたずねることを伝える。
朱旺は非番の日を教えて、これからどうするのかとたずねた。
「とりあえずは宿に行きます。宿はいつもの宿のいつもの部屋ですから。何かの情報をくれるんなら大歓迎です。梓のことを心配してきてくれても歓迎しましょう」
そう、言い残して。
残された隊長は苦笑してから皇居から出ていった。今日は早く寝よう。そして明日からまたがんばろう、そう思いながら。




