きんきんきらきら
目の前の豪華に装飾された扉。他のものとは違って大きい。いかにもラスボスというかんじである。
(開けたらそこには魔王がいました、とか?)
《それがいいのか?》
「いや、言っとけばこう、フラグ回避できるかなーと」
《それがまさにフラグを立てる行為じゃないのか?》
「………あ」
声を出すと隊長に睨まれる梓。どうやらここから先は黙っていた方がいいらしい。確かに扉の左右に控えている兵士たちはさっきまですれ違っていた兵士と雰囲気が違う感じがしないこともない。
扉が音をたてて開いていく。そしてその扉の向こうにあったのは。
「えーと、成金趣味?」
言った後から慌てて口を閉じたが、小声であったためか誰にも聞かれなかったようでほっとして首を動かさないようにして辺りを見る。
まずは、扉からまっすぐ、この部屋の主の座る椅子へ向かって伸びている赤絨毯。テレビ越しでしか見たことのないそれにただただ驚いた。
床は何かの石だろうか、きれいに磨かれたそれはつやをもって光っている。そして壁、柱、天井が光っている。電球とかではなくて装飾で。金で装飾されていてきれいとかすごいとか言う前に目が痛い。目に痛いの方が正しいだろうか。
こんなところにいる人はどんなのだろうと思っていると前方の椅子から声がした。あたりをきょろきょろと見ていた梓は言葉を理解できなかったがそちらを向く。なんとなくだが怒られた気がしたのでそのまま目が点になったような錯覚を覚えた。
あまりにも『それらしい』人物がいたのだから。
一言で言うなら『豚』。もっと詳しく言うなら『昔からやりたい放題して育ってきた一人称が僕で、役立たずの貴族のお坊っちゃま』がいた。ぶくっと膨らんだ顔が動いているのと声が聞こえることから喋っているのがそいつだとわかるが、どう見てもポジションがおかしい気がした。
(こういうのはさあ、もっと精悍な顔つきのかっこいい人がいるものだと思うんだけど……)
さすがにハルもコメントしづらかったのか梓のその思考には何の返答も無かった。
ちなみにこの椅子に座っている人物は有能といわれている帝なのだが、梓には偉い、ということしか分からなかった。
◆◇◆◇◆◇◆
梓がそんなことを考えているとき。
(いつ見ても趣味の悪い部屋だ)
朱旺はそんなことを思っていた。されど、そう思いながらも顔をしかめることなく言われた通りに前へと進み出る朱旺。
前にいる巨体にも嫌悪感があるもののそれを周りに悟られないように取り繕って一礼する。こんな巨体でもこの国の頂点、帝なのだから。そしてこんな巨体でも有能なのだ。
「この度はご苦労であった」
「おほめいただき光栄でございます」
「して、成果のほどは?」
「これといって『仮面』との繋がりを見つけることはできませんでした」
「そうか。して、後ろの娘は何だ?」
言外になぜこんな小娘がここにいるのか、と言っているのだろう。ありすぎる肉によって小さくなった目をさらに細めて帝は朱旺を見た。朱旺はしぶしぶながら説明を始めた。
「この度の遠征に行った先に突如現れた娘であります。衣服はこの国のものと違っておりますし、言葉が通じぬため西の国の者ではないかと思い帝の指示を頂きたくこの場へつれて参りました」
朱旺は帝に『魔法が効かない』ということを言わなかった。なぜかと問われたら少女がかわいそうだと思ったと答えるのかもしれなかった。
近頃『仮面』に対して不必要に過敏になっている帝がその事を知ったら。最近その疑いをかけられた者は全員が死んでいる。彼女にも間違いなく処刑命令が出されるだろうと思ったからだ。
大きく頷く帝。実際は首回りの肉に邪魔されて『大きく』ではないが、本人にとっては大きくである。
「今年もそろそろあの季節。そろそろ着くと連絡を受けておる」
「では……」
「うむ、渡せ」
毎年この時期にやって来る西の特使に少女を渡すということになり、退出を命じられた朱旺は少女を連れて出ていこうとする。
内心はほっとしている。一刻も早くこの趣味の悪い部屋から出て行きたかった。
しかしそれは一人の役人によって阻まれる。
「お待ちください!!」
扉が開き、やって来た役人が乱入の非礼を詫びながら帝に何かを耳打ちする。それを聞いている帝の顔がどんどん赤くなっていく。
そして、体を揺らすと朱旺を怒鳴りつけた。
揺らすだけで立ち上がることはしなかったようだ。
「貴様、その娘に魔法が効かぬことを黙っておったな!!」
(ちっ。今のやつ告げ口したな)
「答えぬか!!」
内心の苛立ちを抑え、返答すると少女を処刑するとわめき出す帝。周りもその雰囲気になってきており、護衛兵が二人を囲んでいた。扉が閉まる音を聞きながら朱旺は思う。
(ああ、誰か助けに来ないだろうか)
たとえばもうすぐやってくるはずであろう西の特使。
それなりに仲がよい彼女なら助けてくれるのではないだろうか。
◆◇◆◇◆◇◆
一方の梓は危機感を感じつつも違うことを考えていた。というかハルと話し合っていた。
《いやいや、あれはあれだな。本当は立ち上がりたかったけど重くて立てなかったってやつだろうな》
(ああー、同感)
あの帝の巨体についてである。どうやればあんな風になるのかから始まり、帝の動作一つ一つに突っ込んでいくという面倒でもいい暇潰しである。
無事に終わったと思ったけど、この流れが良くないのは梓にもわかった。帝の顔が怒っている。いや、真っ赤になってることしか分からないが。
「あ、これって、詰んだ?」
《ほら、さっきあんなフラグ立てるからだ》
「いやいや。あれは魔王が出てくるっていうフラグであって……。まさかこの成金デブが魔王?」
《は?》
「こんな金ぴかなところにいるとは予想斜め上を……。もっと暗くてじめじめしたところにいると思ってた」
《え? あの、もしもーし》
「魔王が相手なら私には勝つことができない!!」
《てか、普通の人にも勝てないよな》
「とまあ、ちょっとふざけたところで」
《こんなときにふざけるなよ……》
前にいる帝は怒り狂っていた。座っていたはずなのに立ち上がっている。それだけ腹が立ったということだ。理由は梓が勝手に喋っていたからだが、当の本人は知るわけもない。
「どうしよう。このままじゃ、晒し首だ。いや、その前に国中を馬車で引きずられて見せ物にされる」
《こいつの怒り、明らかお前に向いてるよな。何かしたのか?》
「まさか!! 日々平穏に過ごすことが私の目標だよ? そんなバーテンダー服に喧嘩売るような行為をわざわざするわけがないでしょ」
《バーテンダー服? まあいいけど。》
「それとも、私の知らないところで負のスパイラルが起きててめぐりめぐって私に!?」
《異世界にまで影響を及ぼすとしたらたいした負のスパイラルだな》
梓も隊長と同じように助けが来ないだろうかと期待していた。
そして、その期待に応えるように扉が動く。その場にいる全員の顔が扉の方に向く。そこに梓は見た。
梓とそう年の変わらないであろう少女がそこにいるのを。
◆◇◆◇◆◇◆
時は少しばかりさかのぼる。場所は梓がはじめに馬車に乗ってやってきた門のところに、一台の馬車が到着する。馬車から降り、去っていく馬車を見送った少女はそのまま門の番のがいるであろう詰め所へと軽やかな足取りで歩いていく。
短いスカート。半そでのブラウスに、えんじ色のネクタイという服装の少女は、臆することなく進んでいく。
「こんにちわー」
少女は詰め所で目的を話す。荷物が結構多いので持ってくれる人を呼んでもらい、慣れた様子で中へと入ってく。
よどみなく歩いていった先は大きく豪華な扉の前。
入ろうとしたところで、扉の左右にいる兵士に声をかけられる。
「お前は何者だ」
「いま、帝は大変お忙しい。今は帰り、また来い」
今この部屋の中では梓がピンチに陥っている。
扉の前に立っている少女はまったく動かないが、やがて二人の兵士の制止をまったく気にせずに扉を開けようとした。
それに二人の兵士は反応し、力でねじ伏せようとした。見た目はただの少女。大の男二人でかかれば何の問題もなく、追い返すことができるだろう。
「眠れ」
少女は一切あわてずに一言だけ言った。
直後、少女に向かう勢いのまま前進し、そのまま床に崩れ落ちる二人の兵士。
少女は自分を止める者がほかにいないことを確認してからゆっくりと扉を開けた。
大きさに反して軽い扉が開くと、そこでは帝が怒り狂い、何人もの護衛兵が誰かを取り囲んでいた。




