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二次元の世界?

 梓が馬車を降りて一番始めに思ったこと。というか口にした一言。


「うーんと……。あれだ。お金大好き少女が金に釣られて皇帝の嫁になった後に官吏を目指す世界ですか?」

《いや、違うだろ。多分。てか、それは何の話のことだ?》


 はじめは十二の国に麒麟と王がいる世界かとも思ったがそれとは違うな、と梓が思った結果の発言だった。

 連れてこられた屋敷は寝殿造りとは違う感じの豪邸で、どこの貴族のお屋敷ですか。ああ、いよいよバッドエンドへ向けてのラストスパートが開始するのだろうか。


「ああ、お母様お父様。梓はこの地で散ってしまうようです」

《まだそう決まってないだろ》

「いや、捕まってこんなところまで来たらほぼ詰みかなーと」


 もちろん梓だって死ぬことを受け入れているわけではない。むしろ機会さえあれば逃げ出そうとも考えている。

 だが横には先程まで一緒に馬車に乗っていた隊長らしき人。後ろには馬車が通ったあとに閉じてしまった重そうな門(どうやらスイッチ式のようだ)。前には大きな屋敷。しかもまだ梓の足には鎖がついている。こんなんじゃあとてもじゃないが逃げ切れそうもない。だが、そうだとしても。


「ああ、逃げたい。逃げたいに決まってるじゃない!!」


 考えても打開する方法が見つからず苛々して叫んだ梓を隊長と、その隊長と話していた門番の人がぎょっとして梓を見た。梓はそれに気づかずに地団駄を踏み空を見上げた。

 青い空が広がる。


(この空に向かって飛んでいけたら逃げていけるのに)

《I can fly.ってか? 無理無理無理無理無理無理》

「……」


 なんかもう、色々と台無しだった。



◆◇◆◇◆◇◆


 一方の隊長こと朱旺はというと。


「……という訳で帝の指示を仰ごうと思い連れてきたのだが、どうにかならんか?」

「仕事の報告の際になら別にいいんですけど、大丈夫なんですか? 突然叫んだりしますし、帝の御身に危険が及びでもしたら大変なことになりますよ」


 主に私たちの首がね。と茶化すがそれは冗談ではない。

 当代帝は政治手腕は一流であるものの、強硬な態度をとり物事を押し進める一面も持ち合わせている。今回の遠征も帝が情報を手に入れた瞬間に決断したようなもので、特に入念な調査などはしていない。《仮面》の関係での遠征もこれが初めてという訳でもなく部下も隊長本人もまたか、という程度にしか考えていなかった。

 とにかく、今の帝は政治的手腕はすばらしいが人間としてはいまいちな人物なのだった。


「俺だってまさかこんなことになるなんて思ってもなかった」


 他のみんなだってそうだ。道中で部下たちが「何でこんな厄介なものがこんなときに出てくるんだよ」とぼやいていたと門番に話すとものすごく納得された。

 だれだって、予定外のことなどしたくないものだ。この少女がいなければ朱旺も文面だけの報告で終わらせていたかったくらいだ。


「でも、ほら、何ていうやつだったかな。一人だけやけに熱のこもった目で見ていたのがいたんだが」


 報告を受けてから、その部下をしっかり見ていて朱旺は確かにそいつがやばそうなことに気づいた。

 他の部下の反応よりも、その一人の反応の方が危ないと感じた。他の部下たちが突然現れた少女を気味悪がり、近づこうとも近寄らせようともしないのに対し、そいつだけが少女に近づこうとするのだ。それもあって、彼は少女を自分と同じ馬車に乗せてここまでつれてきた。

 言葉が通じないとはいえ年頃の少女なのだ。見知らぬ土地にたった一人なのだ。そういう目で見るのが一人だったとはいえ、貞操の危機は守ってやらねばならぬだろう。

 帝に報告する時ならと言われたのでその時まではきちんと見張っていよう。逃げ出されでもしたら問題になってしまう。幸いなことにそこまで時間はかからない。時間はかからないが間違いなく昼過ぎになるだろうことを考えて隊長は梓についてくるようにということを伝えようと手招きして歩き出す。

 幸いなことにそれは少女に通じたらしく、彼女は不安げながらも隊長についてきた。


◆◇◆◇◆◇◆


「ここってほんと、どこなんだろう」


 梓がついていった先は食堂であろう場所だった。彼女をここまで連れてきた隊長が適当に見繕って料理を持ってきてくれた。

 この世界の食事は梓がいたところのものとはほとんど相違がなく、梓も抵抗なく受け入れることができていた。今まではおにぎりと適当なおかずをもらっていた梓。

 だが、今目の前にあるのは間違いなく高級と言われるような物ばかりだった。


「こんな簡単に、こんなすごい料理が出てくるここって、ほんとどこなんだろう」

《とりあえず考えるのは後にして食えよ。つーか、お前が食わなかったらあいつも食わねーぞ?》

「わかってるって」


 梓の目の前には料理を調達してきた隊長の姿がある。彼はここにくるまでもそうだったが、梓が食事に手をつけるまで彼も手をつけないのだ。正直、気にせずに食べてくれてもいいのだがと梓は思っていた。やはり、ものめずらしいのだろうか。さすがに、十日間もこの国を見ていると自分の容姿、主に着ている服が大きく違っていることがわかっている。さしずめ自分は動物園の動物、といったところだろうと予想をつける。

 そんなことを考えているとおなかがなった。結局のところお腹がすいていたのでとりあえず、食べる。隊長も食べ始める。


『         』

『   』


 食事がこの世界に着てから食べたものの中で一番おいしかったことと、時々、隊長の知り合いみたいな人たちがこちらにやって来るがそれ以外はいたっていつも通りだった。


◆◇◆◇◆◇◆


 とりあえず、普段は使う食堂にまでつれてきた。ここは皇居の敷地内にありながらも、帝たちの皇帝一家が暮らす場所からはかなりの距離がある。利用者は主に皇居内で働く文官や鍛錬を行う武官である。値段がそれなりにするため、ある程度の地位からでないと利用するには懐に厳しい。その代わりに味は保障されている。

 これから昼時なのでどんどん人が増えてくる。

 入り口からは遠いが、一番奥でもない場所をとった朱旺たちはとても目を引いたらしく、彼の知り合いが何人も声をかけてきた。


「どうしたんだよ、そんなかわいいやつ連れてきて。恋人か?」

「任務に行ったときにちょっとな」


 何度か朱旺にかけられた言葉は大抵がそんなものだった。

 どう見ても違うことはわかるだろうがそんな冷やかしをされるということはほかの連中は暇なのだろう。彼は聞かれる度に同じことを返していたが、さすがにうんざりしてきた。

 それしかお前らの頭にはないのかと怒鳴ってやりたい気持ちがあるが、それは余計な問題を引き起こすだけなのでこらえている。そこで仕方なしに、目の前の少女を観察することにする。

 食事を始めるのは梓が先でも食べ終わるのは朱旺の方が早い。やることもなく、こんな質問ばかりされていたのでは嫌気もさすだろう。もちろん、梓を観察してもその嫌気が消えることはないのだが、目の前の彼女には何の非もない。

 目の前の梓が食事を終えたので、この場から立ち去ることにする。立ち上がって食器を二つに分けて、片方を梓に持たせて返却場所へ持っていかせて、食器を指定の場所へ戻してから外へ出る。


「これからお楽しみか?」

「ああそうだな。帝とのお見合いだよ」

「そいつは笑えないな」


 下品な質問だと思いながら適当に帰す。質問したやつは笑えない、そう言いながらも笑いながらそいつは去っていった。隊長は顔を引き締めて、梓をつれて歩き出す。珍しいものを見ている感じなのだろう。梓は辺りをきょろきょろと見ながら隊長についていく。

 歩くこと十数分。目の前にある大きな扉が開いた。

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