このままじゃどうしようもないので
梓が先程の兵士たちと再会するまでの時間はそこまで長くはなかった。物陰に潜みつつ移動していたら目の前にいたので、方向を変えて進むと別の人がいた。
気づけば梓が隠れているところは囲まれていた。
「うわ、詰んだ」
『何言ってんだよ。お前には魔法を消し去る力があるだろう。それで突破すればいいだろうが』
「じゃあ、あんたが行ってこい。」
魔法を消し去る力? それだけであの、いかにも近距離戦ができそうな兵士たちの包囲網を突破できるはずがない。
それができる自信があればさっさと立ち向かっている。
(うーん、どうしようか)
『悩んでないで突っ込んでみろよ』
「殺されない、という保証があるならね」
ハルに返事をしつつ考えていることがあった。投降すればいいのではないのだろうか。
投降、という言葉を使うと自分がまるで犯罪者になったような気分になった梓であったが言葉がほかに思い浮かばなかったし、それ以外の言葉を捜している暇もなかった。
(降参の両手をあげるあのポーズはここでも通じるのかな?)
『やってみれば~』
読心術によるなげやりな返答に殺意を覚えるが、このままの状態を続けるのも梓の精神衛生上、非常によろしくない。仕方がないのでハルの言う通りにやってみることにする。
もしも問題があるとすれば、出るタイミングが分からないことと、出た瞬間に攻撃されるのではないかの二つであった。
(え、どう考えても死活問題なんですけど……)
◆◇◆◇◆◇◆
少女を囲んだものの、彼女には魔法が通じないので魔法で威嚇ができないだろうということからなにもできなくなった。本当は一斉に斬り込んでもいいのかもしれないが、相手は任務とは関係のない少女だという可能性が高いことが、それに歯止めをかけていた。
時折、少女が何かを言っているが詳しくは聞き取れないし、動くような気配もない。このままではらちが明かないと思い近寄るように指示を出す。もちろん突然襲われても対応できるように剣は抜いておくようにとも指示しておく。
一歩。
二歩。
まだ少女が動く気配はない。
三歩。
四歩。
五歩目を踏み出した瞬間に少女が飛び出してきた。身構えたものの彼女は襲ってくるようなことはせず、両手を上げた。
◆◇◆◇◆◇◆
「まずい、まずい、まずい」
相手方と梓の距離は徐々に無くなってきている。剣も構えている。このままではバッドエンドに向けて一直線だ。
『どうするんだよ!?』
「何であんたの方がそんなに慌ててんの!?」
このままではどうしようもない。成り行きに任せることにして、梓は意を決して飛び出した。
もちろん、両手を上げて。
ところが、相手の反応が何か鈍い。もしや、これは降参を意味しないのか、と考えるが、梓は間違えてはいない。実は向こうは梓が襲いかかって来ると思い構えていただけなのだった。
しばらくすると全員が構えていた剣を鞘に納める。無事に(?)切り抜けられたことに安堵の息を漏らしていると、一人が縄をもって近づいてきて手首と足首がそれなりの余裕をもって縛られる。殺されなかっただけよしとしようと思いながらも、事態は一切好転していないことに不安も覚える。
「これからどうなると思う?」
『知らね。まあ、この感じだと何処かに連れて行かれるっぽいけど』
逃げない方がいいことはわかっているし、逃げれるとも思っていない。このまま逃げ続けるのも得策ではないので彼らにその『何処か』まで連れていってもらいたい。できればそこでなんとかできないものだろうか。
だが、これで連れていかれた先が処刑場だったりしたら目も当てられない。
知り合いが誰もいないところで何の罪もなく処刑されて人生を終えるなんてたまったもんじゃない。まぁ、そうなるとは決まったものではないのだけど。
道中はたいしたことはなかった、というよりも何もなかった。
梓を連行している兵士たちはなにやら腫れ物に触るような態度をとるし、たまにハルと話していると不気味そうにこちらを見ているだけ。見ている彼らの方が不気味に見えるくらいだ。多分、全くわからない言葉を喋っていることを気味悪がっているのだろうとは思うけれど、そこまで露骨に避けられると梓もつらい。
移動は徒歩ではなくて、馬車であった。梓は隊長格の人ようなと一緒に乗せられている。この人はそこまで梓を避けたりしないので梓としても気が楽である。一時期は他の兵士と同じように幌馬車に乗っていたのだけど、彼らの対応を見た隊長が自分のところに乗るようにと自分の馬車へと梓を引きずっていったのだ。
彼はちょくちょく梓に声をかけてくれる。ジェスチャーを交えてくれて何を言いたいのかはなんとなくわかるときもあるが、何を言っているのかをちゃんと理解したことはいまだに無い。
(自分の国から出ることはないと思ってたから考えたことも無かったけど、言葉が通じないってこんなに不便なことだったんだ)
『そうだよなー。あーあ、あんなことをしなけりゃこんなことにはならなかったってのに』
もとの世界に帰ったらいつでも会話できるくらいになれるように真面目に語学の勉強をしよう。この国のとは違うけど、と梓は心に固く誓う。それよりもいま、ハルは少しばかり気になることを言った。
「あんなことって?」
『俺があいつのぷ……あいつを裏切らなけりゃってことだよ』
「それを言うなら私はあんたに引きずられなかったらここにはいなかったはずなんだけど?」
『それはもう、本当にすいませんでした』
ハルのことを責めながらも、そういえばそんなことも言っていたなとすっかり忘れていたことを思い出す。訂正するような妙な間を置いてハルが喋ったことは気になったが追求はせずに、同乗している隊長の方を見る。向かい合って座っていた彼は梓の方をじっと見ていた。何か粗相をしたのだろうかと梓は考えたが、この人は梓が喋りだすといつもこんな感じだと思い出すと何も無かったように外を眺めた。
この世界の太陽が東から上って西に沈むものなのかは知らないけれど、梓の感覚ではおよそ南から北に向かっている。 この辺は畜産農業が盛んなのか、羊、牛、豚をよく見る。
梓のいた場所が火の海だったことと比べると随分とのんびりした感じである。いや、あっちの方が異常だったのだろう。どう考えてもそうとしか思えない。時々、こちらに向けて手を振る人がいることから、この兵士達は悪い人ではないのだろうと思えた。それだけが救いなのかもしれない。
走行しているうちにのどかな牧畜地帯を抜け、農業地帯に入る。ここの主食は米だろうか。青く、いまだ成長過程にあるような感じの稲が風に揺られている。そのことから、季節は梓のいたところとおよそ変わらないだろうことが予想できた。そして、その農業地帯を抜けると、まばらに見えていただけの家がどんどん増えていく。進めば進むほど家の作りはしっかりとした物になっていくように感じる。それにあわせて人も増えてきた。梓には見えていなかったが、馬車の正面には大きな屋敷が存在している。馬車はそのままその屋敷の中へと入っていく。実に十日ほどの旅路はここで終了した。
ここは、東の国と呼ばれるところ。そして、梓がつれてこられた場所はこの国の首都の中心にして、すべての中心となっているところ。帝とその親族が住み、国の政治を執り行う、皇居と呼ばれるところであった。
◆◇◆◇◆◇◆
隊長である彼、朱旺は部下の一人からの報告を受けていた。
「えらい熱のこもった目で見ているやつがいまして。そういう趣味のやつだとは思っていませんが、しかし尋常ではない何かを感じましたので一応、報告をと思いまして」
なんでも、その部下はかつてこの国の不正を正すべく現れた『神降ろし』だと言っている仲間を見て信仰が厚いのは素晴らしいことではあるが、言葉が通じない少女にそこまで言い切るとは何かおかしい、と思ったために報告してきたらしい。
朱旺は目の前に座る少女に目を向ける。時折、何かをしゃべるがそれらはすべて彼に理解できるものではなかったが、聞き取ろうと努力をする。
十日ほど、どうにかして緊張を解いてほしいと思っていろいろやったが無理だったようだ。久しぶりに帰ってきた都。皇居の門をくぐった。
彼はあきらめて彼女に馬車から降りるようにと促した。




