お別れはなにも言えずやってくる
「あんまりよろしくないお知らせがあるんだけど、聞きたい?」
冷たいお茶を飲みながら、アリスは切り出した。
何でも梓とハルに関係のあることらしい。聞かないわけにはいかず、話についていけなくて放心している梓ではなくハルが先を促した。
「ウヅキから梓に関してはできるかぎり元の生活に何事も無かったように戻れるようにしてほしいって頼まれてたんだけど、それ、無理になった」
《具体的に》
「ハルを梓から剥がす。梓が望めば記憶を消して、時間軸の調整。の二つかな」
一つ目が無理になったので自動的に二つ目も無理になったそうだ。記憶を消してもいいのだがそうなると元の世界に戻ったときにハルの存在のことでパニックになる恐れがあるからだ。
無理になった理由はハルの魂が梓の魂と同化してしまったからだそうだ。ハルの力を使えるようになったことがその現れであるそうだ。
つまり梓は神の力が使える人間になったということだそうだ。
《じゃあ、俺は梓が死ぬまでこのままかよ!!》
八つ当たりのようなハルの声をアリスはしれっと無視した。
「ボクも長い間生きてるけど、キミらみたいなパターンは初めてでね。そもそも死ぬってことがあるのかもわからないんだよ」
人が神に力を借りる場合は問題ないそうだが、今回は魂が神のものになっているためアリスも予想がつけられないそうだ。いくつかの予想はできているらしいが。
「どれにしてもいい結果とは言いがたくてね。梓はともかくハルの方は自業自得って言葉がぴったりくるような理由だし、やつ当たられても困るっての」
「自業自得?」
アリスの言葉に梓が反応をした。アリスは意地悪そうに笑ってその反応に応える。
「そうだよ。ウヅキが楽しみにしていた甘味をハルが食べたんだって。それで怒ったウヅキから逃げてる時に見つけた梓を盾にして異世界に逃げてきたって訳らしいよ」
一息に説明された梓の唇がいびつに歪んだ。ひくひくとひきつった笑いになり大きく深呼吸をした。
スズがアリスに本当なのかと確認して、ニコニコと笑うアリスがそれを肯定した。
「いま、すごいハルが憎いんですけど、どうすればいいでしょうか」
その梓のあまりにも静かな殺気に、絶対に殺されないと思ったアリスも冷や汗をかいたと後日語っている。そんな状態で口許だけが笑っている。
スズは思わず顔を反らし、ハルはさすがになにも言わない。何か言った瞬間にそれがどんな内容であれ起爆剤になることがわかったからだろう。
「ま、まあとにかく? 帰る準備はできてるし、いつ帰る? お土産の準備もできてるよ。でもまあ今はさすがにね。スズ」
「何?」
「頼んでもいい?」
スズは大きくため息をついてアリスに軽く文句を言ってから梓を眠らせた。
メイドさんに梓を運ばせて、スズにそばにいるようにと言った。諦めたようにそれを引き受けたスズがアリスはどうするのかと尋ねれば、アリスは何も答えず作業をしていた円形の広場に向かった。
◇◆◇◆◇◆◇
数時間もすれば梓は目を覚ました。眠る直前の怒りは残っているもののだいぶおちついたと実感できた。
「本当ですか?」
そんな梓が口にしたのは、すぐ横にいたスズへの質問。
スズは梓が起きたことに気づいておらず、それに気づいてから梓が何を言ったのかを聞いてくる。
「スズさんは元々はこの世界の人じゃなかったって本当なんですか?」
「それ、アリスから聞いたの?」
寝たまま頷いた梓にスズは静かに肯定した。
簡単ないきさつも、話してくれた。そして、スズは最後にこう言った。
「あたしの家族はもうあっちにはいないんだ。だからあたしはこっちを選んだの。でも、梓はちゃんと帰って梓を待っている家族に会いに行ってあげてね?」
涙が出そうになった。
スズはおちついたらアリスが待ってるし、さっきのところに戻ろうかと梓を起こした。アリスのところに着くまでの間、いままでで一番気まずい時間を過ごした二人は大人しくアリスの説明を聞いた。
どうやら時間軸もいじってあって、向こうの世界に戻ったときには梓が巻き込まれた一時間後になっているとのことで、家族にそこまでの心配をかけないようで安心した。
「それとこれ、お土産」
アリスが渡してきたのは五百ミリリットルのペットボトルのような容器。その中にラムネ菓子のようなものがいっぱい入っている。
これを飲めば一発で夢の中。六時間の強制睡眠と引き換えに夢の中でハルをボコることができます。あなたの体にはダメージはありませんし、ハルにとっては現実になるのです。といかにも胡散臭い通販の口調での説明を受けて、梓はすぐさま一粒口に入れようとしたがアリスに止められた。
「帰ってから飲みなよ。今は向こうでウヅキも待ってるしさ」
渋々と頷いてアリスから無くなった時のための連絡先が書いてある名刺を手渡された。そのままアリスに言われるがままに広場の中央に立つ梓。
アリスが勢いよく手を合わせ、合掌の形を作る。その時に発生した音のあとに一拍置いてアリスは魔法の発動を宣言した。
「『陣式 渡』『重符式 時渡』」
梓の足元に円形の、なにかがたくさん書き込まれた模様が出現した。さらに符がその模様に重なり、新たな模様を作った。
「そうだ、これからもし困ったことがあったら古時計という喫茶にいる大禍時の店主に会いに行けばいいよ。きっと何かの力になってくれるから」
その言葉を最後に、梓の異世界での生活は幕を閉じた。




