見当違いな南の島での出会い
「スズさん。確か、ここに来る直前は建物の中でしたよね」
「そうだね」
「確かドアを通って来ましたよね」
「うん」
ばっ、という音がしそうな勢いで梓は自分が歩いてきた方向を確認する。
距離があるからか通ってきたはずのドアは見えない。
ここは柵もない、きれいな円形をしていて梓たちはそこから数歩分だけ離れたところにある同じように足元を石で固めてあるところでお嬢様とやらを待っている。
スズは慣れているのか、のんびりと用意されていたお菓子を食べている。
《しっかし、ここはえらく不安定な世界だな》
「まあ、アリスの意思でそうしてる世界らしいよ。たくさんの世界の不安定が集まる場所だからってのもあるらしいけど」
「だってさ」
辺りを見渡しながらハルにそう返した。
スズは梓を呼び、おとなしくお茶を飲んで待っていればいいと言ってくれたがいまいち落ち着かない。波の音が聞こえる環境に普段はいないし、遊びたいなと思いながらお茶に手をつけた。
「ところで梓。さっきの声って誰の?」
「ハルのですけどそれがどうか、しま、した……」
スズの質問の意図が一瞬分からなかったが、聞き返す途中で気づいた。
スズにはハルの声は聞こえていないはずである。それなのに聞こえた。不思議なことである。
《てことはこの空間の主が何かしたな》
「んーまあそうだと思うよ? アリスだし」
《アリス?》
「この世界の管理人だよ。ここはアリスが創った世界なんだよ」
「そして、ボクはきみらを元の世界に返すことができる力を持った人間だよ」
スズの返答にあわせて別の声が続いた。
声のした方を見ればここまで連れてきてくれたメイドさんと一緒に一人の少女がいた。年のころは梓やスズとそう変わらない。鮮やかな金髪に明るい緑の瞳。服装は真っ赤なチャイニーズな物であった。スリットが入った丈の短い、袖のないものを着て、ひざ上までの長さのズボンをはいている。そちらは黒かった。
おそらく彼女がアリスなのだろう。彼女は不敵に笑って、メイドさんがいつの間にか用意した椅子に座った。
「おかえり、スズ」
「ただいま」
「そしてようこそ、吉住梓に、神様のハルだよね。ボクはアリス。アリス・スヴェンヒルダ。話はウヅキから聞いているよ」
《ウヅキから?》
新しく出てきた名前は梓にとっては知らないものだった。ハルにお前と出会ったときに俺を追いかけていたやつ、と説明されて理解した。確か、ハルとなにやらものすごい理由で仲違いした人のはずである。
それはさておき、そのウヅキという人は梓が異世界に行ったのを確認した後、すぐさま神界のトップに会いに行ったそうだ。そこで説明をして、連絡を取ったところがここ、レイゾイールという異世界にある何でも屋だったそうだ。
レイゾイール社はこの世界のことだけではなく、必要があれば異世界からの仕事も引き受けており支社がある異世界もあるそうだ。
この国での地位はかなり高い位置にあるらしく社長は侯爵の地位をもらっているそうだ。侯爵がどれくらいの位置にいるのかは梓にはよくわからなかった。
「スズはそんなレイゾイール社の社長令嬢ってことになってるんだよ」
「実際はここに拾われてレイゾイールという姓をもらっただけなんだけど」
そう言って二人は笑った。
「キミらが帰る準備をしておくからお風呂にでも入っておいでよ。ここはいい温泉があるんだよ。それと水皇、炎樹。二人の服を洗濯しといて」
その声にあわせて、二人現れた。一人は平安時代の男性をを思わせる姿をした少年。紙も目も明るい空のような青さで、服は真っ黒である。
もう一人は現代的な感じの少年。長袖のジャケットを着て、ジーンズをはいている。髪と目は炎のような鮮やかな色である。
二人は見た目は同年代に見え、青い方が水皇、赤い方が炎樹だと紹介された。
そして温泉に案内され、梓だけが先に出てきた。スズはゆっくりしているつもりだそうだ。梓もゆっくりしていたかったのだが、なぜかハルがえらく急かしたのだ。
スズからはもったいないと言われたが、ハルがうるさいのに耐えられなかった結果である。
「そんなに急いで何がしたいの?」
《あのアリスってやつにいろいろと聞きたいことがあるんだよ》
いろいろと言えば、梓はスズのことを聞きたいと思った。
拾われたと言っていたから家族がいないのだろうか。でもなんとなく違う気がする。根拠は勘である。
だから梓は先ほど案内された広場で何かをしているアリスにそう尋ねた。
「いい勘だねー。ほめて使わす」
「教えてくれるんですか?」
「そういうことはスズに直接ききなよ。ボクが喋るのは間違ってるから」
しかし、アリスはその件については教えてくれなかった。
そしてハルの質問には丁寧に答えていた。おそらく、他人のことではなく自分のことだからだろうということは予想できた。そして、その内容はあまりにも梓に理解しがたい内容だった。
《スズのやつは世界、って言ってたが、ここってどんなところなんだ?》
「世界名『サイハテ』。ありとあらゆる世界の歪の集合場所」
《歪ってのは?》
「世界は互いに干渉しあっている。その干渉によって生じた、その世界にはありえない現象を世界が強制的に排除したときに生まれる整合性の取れない現象によって生まれた結果のこと。現象ではなく、結果ね」
《この世界が不安定な理由はそれか?》
「そ。安定した世界には歪は入り込めない、されど歪によって生まれたものが狭間にあり続ければそれはさらに歪を生み出すことになる。だから不安定であるここに呼び寄せる。呼び寄せた後はここに閉じ込めておけば何とかなるしね」
といった感じである。アリスは何かの作業をやりながら、二人は結構話し合っていたがさっぱり理解できないので、話題を変えたいのに話題が見つからず、梓は仕方なくメイドさんが淹れてくれたお茶を飲んでいた。
そのお茶をカップに三杯ほどゆっくりとしたペースで飲んでいるとスズが温泉から戻ってきた。
そしてアリスが強制的に話を終わらせた。終わらせて再び席に着く。そして梓にこう言った。
「ちなみにだけどね。スズもそんな歪の一つだよ。もともとは異世界にいたんだよ」
ボクから言えるのはそれだけだよ。だから後はスズに聞きなよ。そう言ってアリスは戻ってきたスズに冷たいお茶を勧めた。




